龍 田 (たつた)

●あらすじ
全国に経を納める聖が奈良から竜田川の岸辺に到着して明神参詣のため川を渡ろうとすると巫女が現われ、藤原家隆の歌を引用して制止する。そして明神への案内をして、紅葉が神木だと教え、社壇の中に消える。近くの者から龍田明神の謂れを聞き、お告げを待つ間に龍田姫の神霊が現われ、国家鎮護の天瓊矛の守護神の龍祭の神が龍田明神だと語り、神楽を奏で、昇天していく。

●宝生流謡本    内十三巻の一   四番目略脇能  (太鼓あり)
  素謡(宝生) : 季節=秋  場所=大和国龍田  稽古順=入門   素謡素謡時間=40分
  素謡座席順   シテ=前・巫女 後・龍田姫  
             ワキ=旅 僧

●京都大学 学生能 龍 田             1994年11月22日 於 京都観世会館
 神奈備(かみなび)、という言葉がある。特に大和では神社の後ろの山、付近の川を指し、神々が鎮座する場所を意味する。四季の変化に富む日本の風土は、我々の先祖をして、日々の生活を取り巻く森羅万象あらゆるものに畏敬と親しみとを感ぜしめ、天地に神なるものを感ぜしめた。雨を呼び風を起こし、花を咲かせ紅葉を色づかせつつ常に人間を取り巻いて神なるものの存在を、そうした自然現象を五感に感じ取ることで実感し畏れ敬う。神といわば、擬人化された自然であった。一方そうした神々への親しみは、日本独特の人間味豊かな神話を生成する。自然のふるまいに神なるものを感じ、ともに生きること、これが民俗信仰の原点である。 古人が龍田山、龍田川と呼びならわした、現在の生駒郡三郷町、三室山と大和川の一帯は平城(なら)の京の西、つまり秋の方角に位置する紅葉の名所である。「龍田」は、この山河の紅葉を司ると信じられた秋の女神、龍田姫をシテとし、龍田姫は風を司る龍田明神・水を司る瀧祭神(たきまつりのかみ)と同一体であるとする神道説と、紅葉の葉を瀧祭神が守護するという天之御矛に見立てる独自の解釈とを踏まえ展開する。 開曲。時は晩秋霜月、所は大和龍田明神。六十余州に納経を志す僧が龍田を訪れ、参詣のため川を渡ろうとすると、一人の巫女が現れ引き留める。僧は「龍田川紅葉乱れて流るめり渡らば錦中や絶えなん」の歌を思い出すが、すでに薄氷の季節なれば、と猶も渡ろうとする。巫女はさらに「龍田川紅葉を閉づる薄氷渡らばそれも中や絶えなん」の歌を引いて戒め、別道から社殿へ案内する。そして、冬枯れの山中にただ一本盛りを見せる紅葉が龍田の神木であると語り、宮めぐりに立つと見うち、我こそは龍田の神であると明かし社壇の扉に隠れる態で中入する。 その夜、神前通夜を行う僧の前に、出端の囃子とともに龍田姫の神体が来現し天之御矛を守護する龍田明神の由来を語る。そして春は霞に、秋は夕日に照り映える龍田の景勝を愛で、禰宜の奏す囃子に乗り夜神楽を舞う。やがて夜が明け初める頃、神楽を舞上げて龍田姫は天空へ神上がりする・・・ 
同じく女神をシテとする「三輪」「葛城」が、苦悩を内包する人間的な神の姿を描くのに対して、「龍田」の主題は神さぶ秋の清澄な光景を叙すことに純化されている。物語的展開が希薄な分、鬘能の幽玄と脇能の祝言性までも要求されるだけに、この能を格調高く演ずることは至難の業であろう。しかしこの季節、しかもシテとしては最後となるこの大舞台に掛けるには充分魅力的な能であったことも、また確かである。
 神奈備たる龍田の秋の情景を緯に、人たる僧と神たる龍田姫との邂逅を経にして編ぜられた能。龍田の嵐に乱れ飛ぶ紅葉の彩、鈴音の如く颯々と降りしきる夕時雨、白木綿にもにた龍田の川波、様々な景勝はさながら錦繍の如く織り上げられ、やがて龍田姫という神の姿へ昇華されてゆく。自然とともに生き、神を感じる、感受性豊かな古人には可能であったこうした心のはたらきを、「龍田」という能を通じて体験できれば成功である。          作成日時 : 2006/01/21


●観能記
能「龍田(たつた)」                     
(武田友志2010-11-19)
「龍田」の季節は11月となっています。しかし曲中の謡にも出て来ますが、川に氷が張ると言うのは現在に置き換えると真冬の1月頃と思います。そんな季節を想像してください。寒々とした川の辺でシテとワキが、何故この川を渡ってはいけないかの問答があります。古歌などを用いたシテの話に納得し、シテに案内され龍田の宮に着きます。その中で神前に供える幣が無い事を気付いたワキが、散る紅葉を幣の代わりに供えます。このワキが本当に風流な人物というのが分ります。後場では、ワキの夢の中に龍田の神が現れます。ほかの演劇では実際に紅葉を散らせると思いますが、能では大袈裟な舞台装置は使いません。能舞台の限られた空間で、紅葉が咲き乱れているようなイメージを持って頂けるように、地謡、囃子などと共に美しい舞台を作りたいと思います。そしてどこかに神の強さも持ったシテを表現できればと考えています。今の言葉で言えばファンタジーでしょうか。私は、能楽は常に無駄を省き、美しくありたいと考えています。前シテのシーンは冬から始りますが、後シテは秋の季節の龍田の女神の美しさを感じて頂ければ幸です。もう1番の熊坂と、2番共予備知識が無くても理屈抜きに楽しんでいただける曲です。今年最後の「観世会荒磯能」になりますが、お越しになった方が、幸せで豊かな気持ちになって頂ける様に勤めたいと思います。

●「龍田の神=風神」
第代40天武天皇代(675年)、「風神を龍田に祀らせた」という記事あり。その「風神」というのが龍田大社の境内摂社(本殿の南側)龍田彦命&龍田姫命のことなのか、「天御柱命&国御柱命」の史実上の創建がこのことなのかは、わかりません。どちらにしても、この「風神」の方が国家にとっても庶民にとってもググっとキたんでしょうね。今では天御柱命=級長津彦命(※)、国御柱命=級長戸辺命(※)と神社側も認識し(※両方とも記紀における風の神)、朝廷が行った風鎮大祭の評判も手伝って、ということで落ち着きました。「天御柱命&国御柱命」の又の祭神名を、わざわざ権威ある「級長津彦命&級長戸辺命」にして、地元神の「龍田彦命&龍田姫命」にしなかったのは―――国家の意地、なのかな、ところがこの龍田という地域(現在は立野?)、紅葉が素晴らしく、和歌によく詠まれました。「ちはやぶる神世も聞かず竜田川 〜」は有名ですね。他にもたくさん、あるんです。詠むなら紅葉、紅葉に似合うのは女性です。姫です。女神です。そーすると、いつの間にか「龍田の神」=「龍田姫命」の方が強くなります。平安時代のセンスからして、「シナトベ」じゃあ、ちょっと、ドロいですもんねえ…そんなわけで現在、「龍田の神=龍田姫命=秋の女神」となっております。そう、民衆にとって、龍田の神は女神なのです。

●参 考    
 龍田大社に因むお話です。奈良県生駒郡三郷町にございます。この神社も色々と複雑です。社伝では、第10代祟神天皇代に神託があったので、ここに「天御柱命&国御柱命」の二柱を祀ったとなっていて、延喜式(10世紀成立)には「名神大社」として掲載されています。しかし6世紀頃。聖徳太子が法隆寺を建設するにあたって、「龍田彦命&龍田姫命」という地元の神が力を貸しました。それで太子は御礼に、法隆寺の近くにこの二柱の神を祀る龍田神社を建てたのです。これは龍田大社とは全く別の神社で、斑鳩町にあります。
現在の竜田川は、生駒山を源として北から南に縦断する河川ですが、歌に詠まれる竜田川はこの龍田大社あたりの大和川のことだそう。だとしたら、結構な高低さがあります。渡らずに神社へ行くなんて、ムリ。恐らく、神社近くの小川なども竜田川と呼んでいたのではないかと思われます。正式名称の神社は「龍田大社」ですが、川は「竜田川」。なので、流派によってはタイトルも「竜田」になります。

(平成23年6月17日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


                  龍 田 (たつた) 

         季 秋      所 大和国龍田     素謡時間 40分
  【分類】四番目・略脇能 
  【作者】世阿弥元清   典拠:
  【登場人物】前シテ:巫女、後シテ:龍田姫 ワキ:旅僧 

         詞 章                  (胡山文庫)

ワキ  次第上 教の道も秋津国。/\。数ある法を納めん。
ワキ    詞「これは六十余州に御経を納むる聖にて候。我此程は南都に候ひて。
         霊仏霊社残なく拝み廻りて候。又これより龍田越にかゝり。
         河内の国へと急ぎ候。
    道行上 ふるき名の。奈良の都を立ち出でて。/\。
         有明残る雲間の西の大寺をよそに見て。早暮れ過ぎし秋篠や。
         外山の紅葉名に残る。龍田の川に。着きにけり龍田の川に着きにけり。
ワキ    詞「急ぎ候ふ程に。これは早龍田川に着きて候。
         此川を渡り明神に参らばやと思ひ候。
シテ    詞「なうその川な渡り給ひそ申すべき事の候。
ワキ    詞「不思議やな。此川を渡り。龍田の明神に参り候ふ所に。
         何とて其川な渡りそとは承り候ふぞ。
シテ    詞「さればこそ神に参り給ふも。神慮に合はんためならずや。心もなくて渡り給はゞ。
      下 神と人との中や絶えなん。よく/\案じて渡り給へ。
ワキ    詞「げに今思ひ出したり。龍田川もみぢ乱れて流るめり。
         渡らば錦なかや絶えなんとの。
   カカル上 古歌の心をおもへとや。
シテ    詞「なか/\の事この歌は。紅葉の水に散り浮きて。錦を張れる如くなれば。
         渡らば錦中や絶えなんとなり。それにつきなほ/\深き心もあり。
         紅葉と申すは当社の神体。神の畏もあるべければと。いましめ給ふ心もあり。
ワキ カカル上 げに/\それはさる事なれども。紅葉の頃も時過ぎて。
         川の面も薄氷にて。立つ波までも見えぬなり。許させ給へ渡りて行かん。
シテ    詞「いや/\なほも御科あり。氷にもまた中絶えんとの。その戒もあるものを。
ワキ カカル上 不思議や紅葉の錦ならで。氷にもまた中絶えんとの。いはれは如何なる事やらん。
シテ    詞「紅葉の歌は帝の御製。又その後家隆の歌に。
   カカル上 龍田川紅葉を閉づる薄氷。わたらばそれも中や絶えなんと。
         かやうに重ねて詠みたれば。必ず紅葉に限るべからず。
地     上 氷にも。中絶ゆる名の龍田川。/\。錦織りかく神無月の。
         冬川になるまでも。紅葉をとづる薄氷を。情なや中絶えて。
         渡らん人は心なや。さなきだに危きは薄氷をふむ理のたとへも今に。
         知られたりたとへも今に知られたり。
ワキ    詞「御身はいかなる人にて渡り候ふぞ。
シテ    詞「これは巫にて候。明神へ御参り候はゞ御道しるべ申し候ふべし。
ワキ    詞「あら嬉しや御共申し。宮めぐり申さうずるにて候。
シテ    詞「粉へ御入り候へ。これこそ龍田の明神にて御入り候へ。よく/\御拝み候へ。
ワキ    詞「不思議やな頃は霜降月なれば。木々の梢も冬枯れて。
         景色淋しき社頭の御垣に。盛なる紅葉一本見えたり。これは御神木にて候ふか。
シテ    詞「さん候当国三輪の明神の神木は杉なり。当社は紅色を愛で給ふにより。
         紅葉を神木と崇め参らせ候。
ワキ    詞「ありがたや我国々を廻り。今日は又この御神に参る事の有難さよ。
      下 和光同塵は結縁の始。八相成道は利物の終り。
地     下 下紅葉。塵に交はる神慮。和光の影の色添えて。我等を守りたまへや。
地     上 殊更に此度は。/\。幣取りあへぬをりなるに。心して吹け嵐紅葉を幣の神慮。
         神さび心も澄み渡る。龍田の嶺はほのかにて。川音もなほ冴え増さる夕暮。
         いざ宮めぐり始めんとて。名におふ龍田山。同じかざしの榊葉を。
         とり%\に乙女子が。裳裾をはへて袖をかざし。運ぶ歩の数々に。
         度重なると見る程に。不思議やな今まではたゞ巫と見えつるが。
         我はまことはこの神の。龍田姫は我なりと。名乗りもあへず御身より。
         光を放ちて。紅の袖を打ちかづき。社壇の。
         扉を押し開き御殿に入らせ給ひけり御殿に入らせ給ひけり。
                 中入間
ワキ  待謡上 神の御前に通夜をして。/\。ありつる告を待たんとて。
         袖をかたし臥しにけり。/\。
                 出羽
後シテ、  上 神は非礼を受け給はず。水上清しや龍田の川。
地     上 御殿しきりに鳴動して宜禰が鼓も声々に。
シテ    上 有明の月。燈の光。
地     上 和光同塵おのづから。光も朱の玉垣かゝやきて。あらたに御神体あらはれたり。
シテ    上 我劫初よりこのかた。この秋津州に地をしめて。
         御代を守りの御鉾を守護し。紅葉の色も八葉の葉。即ち鉾の刃先なるべし。
         剣の験僧の法味引かれて。夜半に神燈。明かなり。
地   クリ上 そも/\瀧祭の御神とは。即ち当社の御事なり。
シテ    上 昔天祖の詔。
地     上 末明かなる御国とかや。
シテ サシ上 然れば当国宝山に至り。
地     上 天地治まる御代のためし。民安全に豊なるも。偏に当社の御故なり。
シテ    上 梢の秋の。四方の色。
地     下 千秋の御影。目前たり。
    クセ下 年毎に。もみぢ葉流る龍田川。港や秋の泊なる。山も動せず。
         海辺も波しずかにて、たのしみの秋の色。名こそ龍田の山風も静かなりけり。
         然れば世々の歌人も。心を染めてもみぢ葉の。龍田の山の朝霞。
         春は紅葉にあらねども。たゞ好色にめで給へば。今朝よりは。
         龍田の桜色ぞ濃き。夕日や花の。時雨なるらんと。よみしも紅に心を。
         染めし栄歌なり。
シテ    上 神なびの御室の岸やくづるらん。
地     上 龍田の川の。水は濁るとも和光の影は明けき。真如の月はなほ照るや。
         龍田川紅葉乱れし跡なれや。古は錦のみ今は氷の下紅葉。あら美しや色々の。
         紅葉重ねの薄氷。渡らば。紅葉も氷も。重ねてなか絶ゆべしやいかで今は渡らん。
シテ    下 さる程に夜神楽の。
地     下 さる程に夜神楽の。時移り事去りて。宜禰が鼓も数至りて月も霜も白和幣。
         振り上げて声澄むや。
シテ    上 謹上。地「再拝。
                 神楽
シテ    上 久堅の。月も落ち来る。瀧祭。
地     下 波の。龍田の。
シテ    下 神の御前に。
地     下 神の御前に。散るはもみじ葉。
シテ    上 即ち神の幣。
地     上 龍田の山風の時雨降る音は。
シテ    下 颯颯の鈴の声。
地     上 立つや川波は。
シテ    上 それぞ白木綿。
地     上 神風松風吹き乱れ吹き乱れもみぢ葉散り飛ぶ木綿附鳥の。
         御祓も幣も。翻へる小忌衣謹上再拝再拝再拝と。
         山河草木。国土治まりて。神は上らせ。給ひけり。


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