宝生流謡曲  「猩 々」

●あらすじ
 唐土の揚子の里に、高風という親孝行な酒売りがいました。その高風の元に市が立つごとに酒を買って飲む客がいるのですが、その客はいくら飲んでも顔色が変わりもしません。不審に思って名を尋ねると、潯陽の海中に住む猩々だと名乗ります。 月の美しい夜、潯陽で高風が酒を持って猩々を待っていると、猩々が海中より浮かび上がって、酒を飲んでは舞い遊びます([中之舞])。最後に猩々は、汲めども尽きぬ酒壷を高風に与えては消えていくのです。

●参考宝生流謡本     内十二巻の五    切 能 (太鼓あり)
  素謡 : 季節=秋  場所=唐土 揚子   稽古順=平物    素謡時間=10分 
  素謡座席順      シテ=猩々    
                ワキ=高風 

●解 説 @ 
猩々 唐土かね金山の麓、揚子河のほとりに住む高風は親孝行者でしたが、そのしるしでしょうか、
或夜不思議な夢を見ます。夢の告げの通り揚子の市で酒を売っているとしだいに富貴の身になっていきます。いつも高風の酒を飲みにやってくる不思議な風体の男がいます。いくら酒をのんでも顔の色が変わりません。名をたずねると、この揚子の海に住む猩々と答えます。高風は今日も壷に酒を湛えて猩々を待ちます。やがて月も昇り猩々が浮かび上がり、菊の酒を飲み、酒の徳を謡い、舞い、汲めども尽きない酒の壷を高風に与え酔い臥します。高風は酔の眠りから覚めます。猩々の出現は夢だったのです。猩々が与えた壷はそのまま残っていて高風の家は末永く栄えます。
□石橋と並ぶ祝言の能です。シテの酔態、祝意を表す赤ずくめの装束や笑みを浮かべた赤い童顔の面が祝言色を盛り上げます。シテは、のんびり、ゆったりの「下り端」の囃子で現れ、変わったリズムの「渡り拍子」の謡で舞います。「舞」を主にした楽しい能と言われます。
□猩々は中国の伝説上の動物で、オウムのように人の言葉を話し(礼記)酒を好む動物(後漢書)として伝えられたといいます。我が国では、この能のように妖精的な認識ではなかったようで、「酒を好む猩々はモタイ(酒や水を入れる器)の辺りに繋がれ(義経紀)」とか、「その血を以て毛ケイを染める(本草綱目)」、さらに「大海のほとりの猩々は酒に酔ふて臥せりて血をしぼられ(宝物集)」と散々です。我が国の河童のようなものでしょうが、すっかりアイドル化された河童と比べ哀れです。猩々の名は、現在では馴染みが薄く、オランウータンの和名、夏の厄介者、目玉の赤い猩々蝿(ショウジョウバエ)、大酒家にその名を止める程度です。
□この能は、こうした猩々の認識を越えて作られています。「菊の酒」「三寸(みき)」「潯陽」を軸にした詞章を「渡り拍子」のリズムで酒盛りの雰囲気を醸し盛り上げます。 「菊の水」は周王の治世、深山に流された少年が、菊の葉に経文を書き付け、その葉から滴り落ちた露が薬の酒になり、これを飲んで七百年経っても童子のままであったという故事(能、枕慈童)によるものでしょうか。「三寸」は「酒を三寸(みき)と訓ずるは酒を飲めば則ち邪風、皮膚を去ること三寸と云々(江次第鈔)」によるものです。「潯陽」は、酒を愛した詩仙、白居易の詩、琵琶行でよく知られた所です。イメージが膨らみます。「渡り拍子」は一字一拍の「大ノリ」のリズムを、二字一拍の平ノリのリズムにしたものです。大ノリの伸びやかなリズムと詞章の文意を重視、表現する平ノリのリズムを併せ持つリズムです。神仙、妖精などの登場に謡われます。
□室町初期に成ったという、書簡文範例集「庭訓往来」の市の由来の項に本曲と同じ内容の説話があるそうですが、本曲の出典か、又は同種の説話があったのかどうかわからないといいます。この能は、きわめて短い能であり、半能形式です。この能の成立時は復式能だったのではないかといわれています。本曲の原型ではないかといわれるものに「一番猩々」があり、前場、後場を持つ復式能だったようです。写本が関東大震災で焼失したといわれています。   (梅)

●解 説 A
 「猩々」というのは、中国の伝説上の存在で、赤い顔をして酒を好む動物だといいます。私が読んだ本ではほとんど猿のような格好で描かれていましたし、オラウータンとする説もあります。伝説ゆえにさまざまな説があるんですね。日本では七福神の一人として寿老人の変わりに入れられた時代もあるそうです。 能の猩々は、その名も「猩々」という赤い童子のような専用面に赤い頭(普通の赤頭には一房白い毛が混じっているのですが、『猩々』と『石橋』の赤頭のみ完全な赤だそうです)、赤の装束と赤ずくめの格好で登場します。とにかく、赤は猩々のイメージカラーなのです。右にあげましたが、日本古来の色の呼称で猩々緋というものがありますが、これは極めて鮮やか赤色のこと。マラリアは体に赤い発疹が出るために、猩紅熱というそうです。猩々と赤色の関係は、なんといってもお酒を飲むと、血行が良くなって顔などが赤くなるからでしょう。またそれとは別に赤く染めた毛織物を猩々緋と呼んだことにも関係があるような気がします。 この能『猩々』は現在一場物の能として演じられていますが、最初のワキが語る「猩々と名乗る場面」は本来、前場として演じられていたものでした。天文年間(1532-1555)には、すでに祝言能として演じられる場合には、前場を省略した半能形式で行われていたことが古記録に見えるそうなのですが、そうした中で、半能として行われるのが常態となり、現行の様に後場だけの能となったそうです。同様の例は『枕慈童』や観世流の『岩船』『金札』などにも見られ、後場だけの半能形式が常態となってます。近年は『石橋』も半能の方が上演が多いです。             (ゆげひ的雑感)

●概 説
 人語を解し、赤い顔をした人間のごとき容姿で、酒を好むとされている。元来は礼記に「鸚鵡は能く言して飛鳥を離れず。猩々は能く言して禽獣を離れず」とあるのが出典で、後代の注ではしばしばオランウータンなどの大型類人猿に擬せられるが(猩々はオランウータンの和名のひとつでもある)、一方で各種の説話や芸能によってさまざまなイメージが付託されて現在に及んでいる。酒を好むのは猩々の重要な特徴のひとつであるが、これは日本においてかたちづくられたものである可能性が高い。 しかし、伝説のため、さまざまな説がある。日本では七福神の一人として寿老人の替わりに入れられた時代もある。 日本においては、岩手県、山梨県、富山県、兵庫県、和歌山県、山口県など各地の伝説や昔話に登場する。江戸中期に甲府勤番士の著した地誌書『裏見寒話』では、山梨県の西地蔵岳で猟師が猩猩に遭って銃で撃った話があるが、そのほかの地域では猩猩はほとんど海に現れている。富山県の氷見市や新湊市(現・射水市)の海に現れるという猩猩は、身長1メートルほどで、船に上がってきて舳先に腰をかけるという。ときには6、7匹も乗り込んでくるが、船乗りが驚いて騒いだりすると猩猩は船をひっくり返してしまうため、船乗りは黙って船底に打ち伏したという。山口県周防大島でいう猩猩は船幽霊のように語られており、船に対して海底から「樽をくれ」と声をかけ、樽を投げ込まないと祟りがあるが、樽を投げ入れると船に水を入れられて沈められてしまうため、樽のそこを抜いて投げ込んでやるという。オランウータンの和名としても使われたのに合わせてチンパンジーの和名は黒猩猩(くろしょうじょう)、ゴリラの和名は大猩猩(おおしょうじょう)とされた。なお、これらの表記は中国語でも同様である。また、ショウジョウバエは、酒に誘引される性質から猩猩になぞらえて名づけられた。
他にも赤みの強い色彩を持つ生物には、しばしばショウジョウ……の名が付されることがある。

(平成23年4月15日 あさかnユーユークラブ 謡曲研究会)


猩 々            切能(太鼓あり)  

        シテ 猩々      季 秋
        ワキ 高風      所 唐土楊子

ワキ  「 是は唐土 かね金山の麓。楊子の里に高風と申す 民にて候。 さても我親に 孝あるにより。
     ある夜ふしぎの 夢を見る。 楊子の市に出でて酒を 売るならば。
     冨貴の身と なるべしと。教へのままに なす業の。」
     時去り時來りけるにや 次第しだいに冨貴の身となりて候
     「 又ここにふしぎなる 事の候。市毎に来り酒を 飲む者の候が。盃の数は 重なれども。
     面色は更に 変わらず候程に。あまりに 不審に存じ。名を 尋ねて候へば。
     海中に棲む猩々とかや 申し候程に。今日は潯陽の 江に出でて。
     彼の猩々を待たばやと 存じ候。」
     潯陽の江のほとりにて 潯陽の江のほとりにて 菊をたたえて夜もすがら 月の前にも友待つや
     又傾むくる盃の 影をたたえて待ち居たり影をたたえて待ち居たり
地   「
老いせぬや 老いせぬや 薬の名をも菊の水
     盃も浮み出でて友に逢ふぞ嬉しき この友に逢ふぞ嬉しき
 
シテ  「御酒と聞く
地   「御酒と聞く 名も理りや秋風の
シテ  「吹けども吹けども
地   「更に身には寒むからじ
シテ  「理りやしら菊の
地   「理りやしら菊の 着せ綿を温めて酒をいざや酌もうよ
シテ  「客人も御覧ずらん
地   「月星は隈もなし
シテ  「所は潯陽の
地   「江の中の酒宴
シテ  「猩々舞を舞はうよ
地   「芦の葉の笛を吹き 浪の鼓どうど打ち
シテ  「声すみ渡る浦風の
地   「秋の調めや 残るらん          (中の舞)
シテ  「有難や御身心すなほなるにより この壺に泉をたたへ ただ今返し 輿ふるなり
    
「よもつきじ
地   
「よもつきじ 萬代までの竹の葉の酒
     酌めどもつきず 飲めども変わらぬ秋の夜の盃 
     影も傾く入江に枯れ立つあしもとはよろよろと
     酔ひに臥したる枕の夢を 結ぶと思へば泉はそのまま
     つきせぬ宿こそ めでたけれ


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