宝生流謡曲 鞍馬天狗

●あらすじ
 春の京都、鞍馬山。ひとりの山伏が、花見の宴のあることを聞きつけ、見物に行きます。稚児を伴った鞍馬寺の僧たちが、花見の宴を楽しんでいると、その場に先の山伏が居合わせていたことがわかります。場違いな者の同席を嫌がった僧たちは、ひとりの稚児を残して去ります。僧たちの狭量さを嘆く山伏に、その稚児が優しく声をかけてきました。華やかな稚児に恋心を抱いた山伏は、稚児が源義朝の子、沙那王[牛若丸]であると察します。ほかの稚児は皆、今を時めく平家一門で大事にされ、自分はないがしろにされているという牛若丸に、山伏は同情を禁じ得ません。近隣の花見の名所を見せるなどして、牛若丸を慰めます。その後、山伏は鞍馬山の大天狗であると正体を明かし、兵法を伝授するゆえ、驕る平家を滅ぼすよう勧め、再会を約束して、姿を消します。大天狗のもと武芸に励む牛若丸は、師匠の許しがないからと、木の葉天狗との立ち合いを思い留まります。そこに大天狗が威厳に満ちた堂々たる姿を現します。大天狗は、牛若丸の態度を褒め、同じように師匠に誠心誠意仕え、兵法の奥義を伝授された、漢の張良(ちょうりょう)の故事を語り聞かせます。そして兵法の秘伝を残りなく伝えると、牛若丸に別れを告げます。袂に縋る牛若丸に、将来の平家一門との戦いで必ず力になろうと約束し、大天狗は、夕闇の鞍馬山を翔け、飛び去ります。

●宝生流謡本   内十二巻の二  切能 (太鼓あり)
  素謡 : 季節=春  稽古順=入門  素謡時間35分  場所=山城国鞍馬山 
  素謡座席順  子方=牛若 子方=花見児
            シテ=前・山伏 後・大天狗  
            ワキ=東谷の僧

●鞍馬天狗 (能)            
鞍馬天狗(くらまてんぐ)は能の演目の一つ。五番目物、天狗物、太鼓物に分類される。牛若丸伝承に題を採った曲で、大天狗と牛若丸との間の少年愛的な仄かな愛情を、華やかな前場と、山中での兵法相伝を行う後場の対比の中に描く。 作者は「能本作者註文」が宮増とするが、宮増についてはその実像がはっきりとは解っておらず、不明な点も多い。「自家伝抄」は世阿弥作と記すが、考えにくい。

●みどころ
源義経の幼少時代を題材にした物語です。花盛りの鞍馬山を背景に、威厳ある大天狗と華やかな牛若丸との師弟の絆を中心に、情趣に富んだ多彩な場面が展開されます。 前半では、大勢の可憐な稚児の登場あり、寺男の小舞あり、高僧のお高くとまった物言いありと、盛りだくさんの話を経て、大天狗の化身である武骨な山伏と、孤独な牛若丸との心の交流に至り、どこか詩情を誘う深山の、彩り深い雰囲気が醸し出されます。 
後半には、大天狗のもと兵法を学ぶ牛若丸の、殊勝な心がけに焦点があてられます。牛若丸は師匠を大事にする、凛々しく素直な少年として描かれ、鞍馬の大天狗は、天狗たちの頭領とも目されるような、堂々たる威厳ある姿を現します。 さほど長くはありませんが、登場人物が多く、謡や所作も変化に富み、みどころに恵まれた作品です。

●典 拠
 源義経の幼少期を題材とした能であるが、他の同趣の能と同様『義経記』からの影響はほとんど見られない。一方で舞曲、御伽草子、説経節、古浄瑠璃とは密接な関係があり、おそらくは能を含めこれらの作品が共通して題材とした「牛若の物語」と言うべきものが流布していたものと考えられる[2]。「鞍馬天狗」はそうした物語の影響下に作られたものだが、一方「花見」という場の設定、また大天狗と牛若丸の少年愛的な交情は作者による独創であろう。

●解 説
 稚児が多数出る華やかな前場に疎外された山伏と牛若丸の寂しさを描きつつ、逆に闇夜の山中に豪快な大天狗を登場させ、背景の明と暗、内容の暗と明を対照的に配置した作風が特徴的である[3]。また、天狗という「外道の魔物」を、「強きを挫き弱きを助ける」役として好意的に描いた点にも独創性があり、『能本作者註文』が宮増作とする作品では最も優れた能の一つと目される。
 室町期の演能記録としては、1465年(寛正6年)将軍院参の際に演じられたことが「親元日記」に見られ、前年の糺河原での勧進能でも音阿弥によって演じられたとする記録があるが(『異本糺河原勧進申楽』)不明。
 平易な親しみやすさから広く人口に膾炙したと見られ、『閑吟集』にその一節が採られるほか、三重県伊賀市旧島ヶ原村の雨乞踊「源氏踊」、同小里の雨乞踊歌「源氏踊」、また佐賀県宮野の小浮立「牛若丸」などの民間芸能にこの曲からの影響が見られる。 また登場時間も短く特に所作もない牛若丸以外の子方は、能役者の子息の初舞台としてしばしば演じられる

● 小 書
 小書(特殊演出)に、五流共通の「白頭」、観世流の「白式」「素翔」「素働」、宝生流の「白頭 別習」、和泉流の「大勢」が存在する。「白頭」では後ジテが白頭(白髪の鬘)を着け、全体的に緩急のある演出となる。「別習」では、常の形では名前だけが出る大天狗配下の天狗たち数人(通常7人)が実際に舞台に出る。

 作者(年代)   宮増(室町時代)
 形式   天狗物、太鼓物   能柄<上演時の分類>   五番目物
 現行上演流派   観世・宝生・金春・金剛・喜多
 シテ<主人公>  大天狗
 その他おもな登場人物  牛若丸、東山の僧ほか
 季節  春   場所  鞍馬山
 本説<典拠となる作品>  牛若丸伝承


              
源氏義経関係の謡曲(11曲)  
                                 
小原隆夫調べ)
 コード    曲 目      概        要          場所  季節  謡時間
内12巻2  鞍馬天狗 1169牛若丸天狗から兵法伝授11歳   京都   春   35分
外15巻4  烏帽子折 1174牛若赤坂ノ宿ニテ熊坂長範ヲ16歳  滋賀   秋   45分
外02巻2  熊  坂 1174烏帽子折ノ後日物語16歳       岐阜   秋   38分
外07巻2  橋 弁 慶 1174京五條橋ノ上牛若丸ト弁慶戦16歳 京都   夏   20分
内11巻2  八  島 1184源平合戦ノ義経弓流し26歳      香川   春   55分
外15巻2  正  尊 1185源 義経土佐坊正尊ヲ捕る27歳   京都   秋   36分
内02巻5  船 弁 慶 1185静と義経別知盛幽霊と弁慶27歳  大阪   秋   44分
外02巻3  吉 野 静 1185吉野山ノ衆徒ヲ静ト忠信防グ27歳  奈良   春   22分
外08巻2  忠  信 1185源義経ヲ佐藤忠信ニテ防戦ス27歳   奈良   冬   15分
内18巻2  安  宅 1187安宅ノ関ノ勧進帳義経29歳      石川   春   66分
外10巻3  摂  待 1187奥州下リ継信母孫ニ接待サレル29歳  福島   春   82分


(平成23年4月15日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


宝生流の能180番の曲目中、源氏に関するものが多いが、平家に関係ある曲目17番についで、源氏関係24曲中でも、源 義経に関係のある曲目は11番あります。紗那王・牛若丸時代から二回も奥州平泉の藤原氏をたよりその地で生涯を終るまでのドラマ中、鞍馬天狗は源 義経幼少時代の謡曲です。
     @鞍馬天狗  A橋 弁 慶  B烏帽子折  C熊  坂
     D
八  島   E正  尊  F忠  信   G吉 野 静
     H船 弁 慶   I安  宅  J
摂  待


        鞍馬天狗     切能(太鼓あり)  

        子方  牛若丸
        シテ  前 山伏   後 大天狗      季 春 
        ワキ  東谷の僧               所 山城国鞍馬山

  

シテ  「かやうに候者は。鞍馬の奥僧正が谷に住居する客僧にて候。
     さても当山において。花見乃由承り及び候間。 
     立ち越えよそながら梢をも眺めばやと存じ候」          
(シカシカ)
ワキ  「何々西谷の花。今を盛りと見え候に。
     など御音信にもあづからざる。一筆啓上せしめ候古歌に曰く」
     今日見ずは悔しからまし花盛り。咲きも残らず。散りも始めず。
     げに面白き歌の心。たとひ音信なくとても。木陰にてこそ待つべきに
地  
花咲かば告げんといひし山里の。花咲かば告げんといひし山里の。
     使いは来たり馬に鞍くらま乃山のうづ桜。手折り枝折をしるべにて。
     奥も迷わじ咲きつづく。木陰に並みいていざいざ。花を眺めん。
シテ  遥かに人家を見て花あれば即ち入る。論ぜず貴賤と親疎とをわきまへぬをこそ。
     春のならひと聞くものを。浮世に遠き鞍馬寺。本尊は大悲多聞天。
     慈悲に洩れたる人々かな
子方  げにや花の本乃半日の客。月の前の一夜の友
     「それさへよしみはあるものを。あら痛はしや近うよつて花御覧候へ」
シテ   「思ひよらずや松虫の。音にだにたてぬ深山桜を。御訪ひの有難さに此の山に」
子方  ありとも誰か白雲乃。立ち交はらなば知る人もなし。
シテ   誰をかも知る人にせん高砂の
子方  松も昔の
シテ   友がらすんの
地  
御物笑ひの種まくや。言乃葉茂き恋草の。
     老をな隔てそ垣穂の梅さてこそ花の情けなれ。花に三春の約あり。
     人にひと夜を馴れそめて。後いかなん打ちつけに心空になら柴の。
     馴れはまさらで恋のまさらんくやしさよ。
シテ   「いかに申し候。只今の稚児達は皆々御帰り候に。何とて御一人これには御座候ぞ」
子方  「さん候誰今の稚児達は平家の一門。中にも安芸の守清盛が子供たるにより。
     一寺の賞鑑他山の覚え時乃花たり」
     みずからも同山には候へども。よろづ面目もなきことどもにて。
     月にも花にもすてらて候。
シテ  「あら痛はしや候。流石に和上揩ヘ。常磐腹には三男。毘沙門乃沙の字をかたどり。
     御名を紗那王とつけ申す。」
     あら痛はしや御身を知れば。所も鞍馬の木陰の月。」
地  
松嵐花の跡訪ひて。松嵐花の跡訪ひて。雪と降り雨となる。
     哀猿雲に叫んでは。腸を断つとかや心すごの気色や。
     夕べを残す花のあたり。鐘は聞えて夜ぞ遅き。奥は鞍馬の山道の。
     花ぞ知るべなる此方へ入ら給えや。
   
さても此程お供して見せ申しつる名所の。ある時は愛宕高雄の初桜。
     比良や横川のおそ桜。吉野初瀬の名所を。見残す方もあらばこそ。
子方  さるにても如何なる人にましませば。我を慰め給ふらん御名を名のりおはしませ。
シテ   今は何をかつつむべき。我この山に年経たる。大天狗は我なり。
地  
君源の棟梁にて兵法を授け奉り。平家を討たせ申さん為。
     さも思し召されば。明日参会申すべし。さればと云ひて客僧は。
     大僧正が谷を分けて雲を踏んで飛んで行く立つ雲を踏んで飛んで行く。  
(中入)

子方上「さても紗那王が出でたちには。肌には薄花桜のひとえに。
     顕紋沙の直垂乃。露を結んで肩にかけ。白糸の腹巻き白柄の長刃。
地    
上「たとえば天魔鬼神なるといぇも。さこそ嵐の山桜。
     花やかなりける出で立ちかな。
シテ 「仰是は。鞍馬の奥僧正が谷に。年経て住める。大天狗なり。
地  
上「まづ御供の天狗は。たれたれぞ筑紫には。
シテ 
上「彦山の豊前坊。
地  
上「四州には。
シテ 
上「白峰の。相模坊。大山の伯耆坊。
地  
「「飯綱の三郎富士太郎。大峰の善鬼が一堂葛城高間。
     余所までもあるまじ。辺土においては。
シテ 
上「比良
地  
「横川。
シテ 
如意ヶ嶽。
地  
「我慢高雄の峰に住んで。人乃為には愛宕山。霞とたな引き雲となつて。
シテ 
上「月は鞍馬の僧正が。
地  
「谷にみちみち峰を動かし。
      嵐木枯らし滝の音。天狗倒しはおびたたしや。
シテ   「いかに紗那王殿。只今小天狗を参らでて候に。
      稽古のきはをばなんぼう御見せ候ぞ」
子方  「さん候只今小天狗ども来り候程に。薄手をも切りつけ。
      稽古のきはをも見せ申したくは候ひつれども。
      師匠にや叱られ申さんと思い留まりて候」
シテ   「ああ由々しし由々しし。さる物語の候語って聞かせ申し候べし。
      昔漢の高祖の臣下張良といふ者。黄石公にこの一大事を相伝す。
      ある時馬上にて行き逢ひたりしに。何とかしたりけん左の履を落し。
      いかに張良あの履とってはかせよといふ。
      安からずは思いしかども履を取ってはかす。
      又其後以前の如く馬上にて行き逢いたりしに今度は。
      ひだりみぎりの履を一度に落し。いかに張良。あの履とってはかせよといふ」
      なお安からず。
     「思いしかども。よしよしこの一大事を相伝する上はと思い」
      落ちたる履をおっ取って。
地  
「張良履を捧げつつ。張良履を捧げつつ。馬の上なる石公に。
      はかせけるにぞ心解け兵法の奥義を伝えける。
シテ 
下「其の如くに和上揩
地  
下「其の如くに和上揩焉Bさも花やかなる御有様にて姿も心も荒天狗を。
      師匠や坊主も御賞鑑は。
      いかにも大事を残さず伝えて平家を討たんと思し召すかや優しの志やな。
地  
上 「抑も武略の誉れの道。抑も武略の誉れの道。
      源平藤橘四家にも取り分き彼の家乃水上は清和天皇乃後胤として。
      あらあら時節を考え来たるに驕れる平家を西海におっくだし
      遠波滄波の浮雲に飛行の自在を受けて。
      敵を平らげ會稽を雪がん御身と守るべしこれまでなりや。
      お暇申して立ち帰れば牛若袂にすがり給えばげに名残あり。   
      西海四海乃合戦といふとも影身を離れず弓矢の力をそへ守るべし。
      頼めやたのめと夕影暗き。頼めやたのめと夕影暗き鞍馬の梢にかけって。
      失せにけり。


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