松 風(まつかぜ)

●あらすじ
ある秋の夕暮れのことです。諸国を旅する僧が須磨の浦(今の神戸市須磨区付近)を訪れます。僧は、磯辺にいわくありげな松があるのに気づき、土地の者にその謂れを尋ねたところ、その松は松風、村雨という名をもつふたりの若い海人の姉妹の旧跡で、彼女らの墓標であると教えられます。僧は、経を上げてふたりの霊を弔った後、一軒の塩屋に宿を取ろうと主を待ちます。そこに、月下の汐汲みを終えた若く美しい女がふたり、汐汲車を引いて帰ってきました。 僧はふたりに一夜の宿を乞い、中に入ってから、この地にゆかりのある在原行平(ありわらのゆきひら)の詠んだ和歌を引き、さらに松風、村雨の旧跡の松を弔ったと語りました。すると女たちは急に泣き出してしまいます。僧がそのわけを聞くと、ふたりは行平から寵愛を受けた松風、村雨の亡霊だと明かし、行平の思い出と彼の死で終わった恋を語るのでした。 姉の松風は、行平の形見の狩衣と烏帽子を身に着けて、恋の思い出に浸るのですが、やがて半狂乱となり、松を行平だと思い込んで、すがり付こうとします。村雨はそれをなだめるのですが、恋に焦がれた松風は、その恋情を託すかのように、狂おしく舞い進みます。やがて夜が明けるころ、松風は妄執に悩む身の供養を僧に頼み、ふたりの海人は夢の中へと姿を消します。そのあとには村雨の音にも聞こえた、松を渡る風ばかりが残るのでした。

●宝生流謡本     内十巻の三    三番目  (太鼓なし)
  素謡 : 季節=秋   場所=摂津国須磨   稽古順=中奥   素謡時間65分
  素謡座席順  ツレ=村雨
 シテ=松風      
ワキ=旅僧

●能の構成
松風 (能)
作者(年代)  観阿弥作、世阿弥改(室町時代)
形式   夢幻能   能柄<上演時の分類>   三番目物、紅入り鬘物
現行上演流派    観世・宝生・金春・金剛・喜多
シテ:海人松風の霊、  ツレ:海人村雨(松風の妹)の霊、  ワキ:旅の僧、 アイ:里の男。
季節   秋、月の美しい頃    場所   摂津国須磨の海岸
本説<典拠となる作品>   撰集抄、源氏物語、古今集

正面先に松の作り物。 ワキとアイの応対により、海辺の松は松風、村雨姉妹の旧跡であると説明される。作り物の潮汲み車が置かれ、一声があり、松風と村雨の姉妹が登場する。村雨は水桶を持つ。姉妹は在原行平との恋の日々を舞い、謡い、松風は大鼓前で床几に腰掛け、村雨はその後ろに座る。 ワキ僧はこの二人に対し、海人の家を一夜の宿とさせてくれぬかと乞う。三人の会話の内に、須磨に流された貴公子在原行平と海人の姉妹が恋を結んだ次第が語られる。美しい姉妹の容貌も恋情も身分違いの前には如何ともし難く、結局一途な恋は実ることがなかった。ここで姉妹は実は自分達がその昔の姉妹の霊であると打ち明け、平座する。後ジテは行平形見の烏帽子と狩衣をまとい、ツレと共に叶わなかった恋と行平を偲び舞う。やがて、「立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる 待つとし聞かば いま帰り来ん」(在原行平) の歌に始まる中ノ舞から心が激して破ノ舞となり、夜明けと共に霊は去って行く。『帰る波の音の、須磨の浦かけて、吹くやうしろの山颪、関路の鳥も声声に、夢も後なく夜も明けて、村雨と聞きしもけさ見れば、松風ばかりや残るらん、松風ばかりや残るらん』(ワキのトメ拍子)。 熊野と共に賞賛された能であり、熊野の春、松風の秋、熊野の花、松風の月と好対照をなしている。

●観能記
能「松風」:在原行平と海女の恋    2010年2月 1日
松風は、熊野松風に米の飯といわれるように、古来能としても謡曲としても人気の高かった曲だ。在原行平の歌をベースに、行平の恋の相手であった海女松風村雨の切ない思い出語りを、源氏物語須磨の巻の雰囲気を借りてしみじみと演出したものだ。また終わり近くでは、松風が狂乱状態で舞うなど、構成に変化があって、観客は飽きることがない。もともとは田楽の名手亀阿弥がつくった汐汲という曲を、観阿弥が改作して松風村雨と名づけ、さらに世阿弥が手を加えて現行の曲にしあげた。三人の名手の手を経ているだけに完成度が高いわけである。行平は伊勢物語の作者在原業平の兄である。その歌の中から
     わくらはに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩たれつゝわぶと答へよ
     立ち別れいなばの山の峰に生ふる待つとし聞かばいま帰り来ん
の二首を選んでこの劇の筋の柱としている。

「わくらはに」の歌からは、行平が須磨にわび住まいしていたことが連想されるが、そこから須磨の海女との恋の話が生まれたのだろう。この二人の女性が実在して、行平との間に本当にそんな恋があったのか、そんなことを問題にするのは野暮というものだ。
「立ち別れ」の歌からは、行平が海女と別れて去らねばならなかった無念さが連想される。そこから行平の帰りをひたすらに待ちわびる海女たちの切ない思いが構想されたのだろう。
この曲はあくまでも海女たちの切ない恋心がテーマだ。行平本人は出てこない。幽霊となってもなお、行平との再会を夢見る海女たちがでてきて、諸国一見の僧とのやり取りを経て、昔を懐かしみつつ、やがて狂乱する。狂乱の中で松風は、松の立ち姿が行平の姿に重なってみえるのだ。
前半と後半とではだいぶ雰囲気が異なるが、構成上は一場ものになっている。ただ途中で物着が入り、そこで松風が海女の姿から狩衣に変わる演出がある。複式夢幻能への過渡的な形態と位置づけることができよう。
ここで紹介するのは、先日NHKが放送した舞台。喜多流の能で、シテは友枝昭世、ワキは宝生閑が演じていた。両者とも人間国宝である。
まず舞台正面に松の作り物が据えられ、諸国一見の僧が登場する。須磨の浦にやってきた僧は、浜辺の松に供養に徴があるのを不思議に思い、そのいわれを土地のものにたずねる。間狂言が出てきて、この松は行平に愛された二人の海女松風村雨を祀ったものだから、是非念仏を手向けなさいと答える。

この作品は、もともと田楽の役者である喜阿弥(きあみ:亀阿弥とも)が作った「汐汲」という能を、観阿弥が「松風村雨」という曲に改作したものを、世阿弥がさらに手を入れた秋の季節曲です。昔から、「熊野(ゆや)松風は(に)米の飯」(三度のご飯と同じくらい飽きのこないことのたとえ)と言われるほどで、春の季節曲である熊野と並び、非常に高い人気があります。
「松風」では恋慕の情の表現が際立ち、うねるようなその変化が、ほかにないような面白さを導き出しています。松風、村雨が昔を思ってさめざめと涙するところにはじまり、行平の形見を松風が懐かしむクセの場面、その形見を着た松風が松の立ち木を行平と思う場面を経て、「中の舞」「破の舞」へ至ります。次第に感情が高ぶり、恋慕がすっかりあらわになり、極まっていくのですが、その底にはあくまでも位のしっかりした三番目物のしっとりした雰囲気が流れ、深々とした緊張感が漲ります。 またその前には、美しい女たちが秋の夕べに月を汲み運ぶ幻想的な場面も用意されています。このすべてが一場で展開する夢幻能の恋物語に浸れば、ひと時、この憂き世を忘れることができるでしょう。

(平成25年12月20日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


           松 風     三番目(太鼓なし)  

        ツレ 村雨
        シテ 松風        季 秋
        ワキ 旅僧         所 攝津国須磨

まず舞台正面に松の作り物が据えられ、諸国一見の僧が登場する。
須磨の浦にやってきた僧は、浜辺の松に供養に徴があるのを不思議に思い、そのいわれを土地のものにたずねる。間狂言が出てきて、この松は行平に愛された二人の海女松風村雨を祀ったものだから、是非念仏を手向けなさいと答える。


ワキ  詞「これは諸国一見の僧にて候。我いまだ西国を見ず候ふ程に。
      此度思ひ立ち西国行脚と志して候。あら嬉しや急ぎ候ふ程に。
      これははや津の国須磨の浦とかや申し候。又これなる磯辺を見れば。
      様ありげなる松の候。
      いかさま謂のなき事は候ふまじ。このあたりの人に尋ねばやと思ひ候。
ワキ   「さては此松は。いにしへ松風村雨とて。二人の海人の旧跡かや。
      痛はしや其身は土中に埋もれぬれども。名は残る世のしるしとて。
      変らぬ色の松一木。緑の秋を残す事のあはれさよ。
    詞「かやうに経念仏してとぶらひ候へば。実に秋の日のならひとてほどなう暮れて候。
      あの山本の里まで程遠く候ふほどに。これなる海人の塩屋に立ち寄り。
      一夜を明かさばやと思ひ候。


ここでツレの村雨とシテの松風が海女の姿で出てくる。また舞台には汐汲車の作り物が据えられる。


  二人真ノ一声
シテツレ 「汐汲車。わづかなる。うき世にめぐる。はかなさよ。
ツレ   「波こゝもとや須磨のうら。
   二人「月さへぬらす。袂かな。
シテ サシ「心づくしの秋風に。海はすこし遠けれども。かの行平の中納言。
   二人「関吹き越ゆるとながめたまふ。浦曲の波の夜々は。実に音近き海人の家。
      里離れなる通路の月より外は友もなし。
シテ   「実にや浮世の業ながら。殊につたなき海人小舟の。
   二人「わたりかねたる夢の世に。住むとや云はんうたかたの。
      汐汲車よるべなき。身は蜑人の。袖ともに。思を乾さぬ。心かな。
地  下歌「かくばかり経がたく見ゆる世の中に。うらやましくも。
      澄む月の出汐をいざや。汲まうよ出汐をいざや汲まうよ。
   上歌「かげはづかしき我が姿。かげはづかしき我が姿。忍車を引く汐の跡に残れる。
      溜水いつまで澄みは果つべき。野中の草の露ならば。
      日影に消えも失すべきにこれは磯辺に寄藻かく。
      海人の捨草いたづらに朽ち増りゆく。袂かな朽ちまさりゆく袂かな。
シテ サシ「おもしろや馴れても須磨のゆふま暮。海人の呼声幽にて。
   二人「沖にちひさきいさり舟の。影幽なる月の顔。雁の姿や友千鳥。
      野分汐風いづれも実に。かゝる所の秋なりけり。あら心すごの夜すがらやな。


松風は汐汲車の紐をとって肩にかけると、車を引っ張りながら舞台を一巡する。前半部分の見せ場だ。汐を汲む動作をすることによって、自分たちが海女であったことを観客に強調しているわけである。


シテ   「いざ/\汐を汲まんとて。汀に満干の汐衣の。
ツレ    「袖を結んで肩に掛け。
シテ   「汐汲むためとは思へども。
ツレ    「よしそれとても。
シテ   「女車。
地    「寄せては帰るかたをなみ。寄せては帰るかたをなみ。芦辺の。
      田鶴こそは立ちさわげ四方の嵐も。音添へて夜寒なにと過さん。
      更け行く月こそさやかなれ。
      汲むは影なれや。焼く塩煙心せよ。さのみなど海士人の憂き秋のみを過さん。
      松島や小島の海人の月にだに影を汲むこそ心あれ影を汲むこそ心あれ。
ロンギ地 「運ぶは遠き陸奥のその名や千賀の塩竈。
シテ   「賎が塩木を運びしは阿漕が浦に引く汐。
地    「その伊勢の。海の二見の浦二度世にも出でばや。
シテ   「松の村立かすむ日に汐路や。遠く鳴海潟。
地    「それは鳴海潟こゝは鳴尾の松蔭に。月こそさはれ芦の屋。
シテ   「灘の汐汲む憂き身ぞと人にや。誰も黄楊の櫛。
地    「さしくる汐を汲み分けて。見れば月こそ桶にあれ。
シテ   「これにも月の入りたるや。
地    「うれしやこれも月あり。
シテ   「月は一つ。
地    「影は二つ満つ汐の夜の車に月を載せて。憂しともおもはぬ汐路かなや。


これが終わり、二人が塩屋の中に入ると、外で待ち構えていた僧侶が一夜の宿を所望する。


ワキ  詞「塩屋の主の帰りて候。宿を借らばやと思ひ候。いかにこれなる塩屋の内へ案内申し候。
ツレ  詞「誰にて渡り候ふぞ
ワキ   「これは諸国一見の僧にて候。一夜の宿を御貸し候へ。
ツレ   「暫く御待ち候へ。主にその由申し候ふべし。いかに申し候。
      旅人の御入り候ふが。一夜の御宿と仰せ候。
シテ  詞「余りに見苦しき塩屋にて候ふ程に。御宿は叶ふまじきと申し候へ。
ツレ   「主に其由申して候へば。塩屋の内見苦しく候ふ程に。御宿は叶ふまじき由仰せ候。
ワキ   「いや/\見苦しきは苦しからず候。出家の事にて候へば。
      平に一夜を明かさせて賜はり候へと重ねて御申し候へ。
ツレ   「いや叶ひ候ふまじ。
シテ   「暫く。月の夜影に見奉れば世を捨人。よし/\かゝる海人の家。松の木柱に竹の垣。
      夜寒さこそと思へども。芦火にあたりて御泊りあれと申し候へ。
ツレ  詞「此方へ御入り候へ。
ワキ   「あらうれしやさらばかう参らうずるにて候。
シテ  詞「始より御宿参らせたく候ひつれども。余りに見苦しく候ふ程に。さて否と申して候。


塩屋の中へ導き入れられた僧は、二人の様子が浮世離れしているのを怪訝に思い、身分を明かすように迫る。


ワキ   「御志有難う候。出家と申し旅といひ。泊りはつべき身ならねば。何くを宿と定むべき。
      其上此須磨の浦に心あらん人は。わざともわびてこそ住むべけれ。
      わくらはに問ふ人あらば須磨の浦に。
    詞「藻塩たれつゝわぶと答へよと。行平も詠じ給ひしとなり。
      又あの磯辺に一木の松の候ふを。
      人に尋ねて候へば。松風村雨二人の海士の旧跡とかや申し候ふ程に。
      逆縁ながら弔ひてこそ通り候ひつれ。あら不思議や。松風村雨の事を申して候へば。
      二人ともに御愁傷候。これは何と申したる事にて候ふぞ。
シテツレ二人「実にや思内にあれば。色外にあらはれさぶらふぞや。
      わくらはに問ふ人あらばの御物語。余りになつかしう候ひて。
      なほ執心の閻浮の涙。ふたゝび袖をぬらしさぶらふ。
ワキ  詞「なほ執心の閻浮の涙とは。今は此世に亡き人の詞なり。
      又わくらはの歌もなつかしいなどと承り候。かたがた不審に候へば。
      二人ともに名を御名告り候へ。


僧に身分を訪ねられた二人は、松風村雨という海女の幽霊であることを告白する。しかして生前行平がここにやってきて愛されたこと、その行平が三年の後に都に帰りやがて死んだこと、自分たちは行平が忘れられず、こうして幽霊となって思い出の地を徘徊しているのだということを語る。


   二人「恥かしや申さんとすればわくらはに。言問ふ人もなき跡の。
      世にしほじみてこりずまの。恨めしかりける心かな。
  クドキ「此上は何をかさのみつゝむべき。これは過ぎつる夕暮に。あの松蔭の苔の下。
      亡き跡とはれ参らせつる。松風村雨二人の女の幽霊これまで来りたり。
      さても行平三年が程。御つれづれの御船あそび。
      月に心は須磨の浦夜汐を運ぶ海人乙女に。
      おとゞひ選ばれ参らせつゝ。をりにふれたる名なれやとて。松風村雨召されしより。
      月にも馴るゝ須磨の海人の。
シテ   「塩焼衣。色替へて。
   二人「〓{カトリ:大漢和27750}の衣の。空焼なり。
シテ   「かくて三年も過ぎ行けば。行平都にのぼりたまひ。
ツレ   「幾程なくて世を早う。去り給ひぬと聞きしより。
シテ   「あら恋しやさるにても。又いつの世の音信を。
地    「松風も村雨も。袖のみぬれてよしなやな。
      身にも及ばぬ恋をさへ。須磨の余りに。罪深し跡弔ひてたび給へ。
地   歌「恋草の露も思も乱れつゝ。露も思も乱れつゝ。心狂気に馴衣の。巳の日の。
      祓や木綿四手の。神の助も波の上。あはれに消えし。憂き身なり。
   クセ「あはれ古を。思ひ出づればなつかしや。行平の中納言三年はこゝに須磨の浦。
      都へ上り給ひしが。此程の形見とて。御立烏帽子狩衣を。残し置き給へども。
      これを見る度に。弥益の思草葉末に結ぶ露の間も。忘らればこそあぢきなや。
      形見こそ今はあだなれこれなくは。忘るゝ隙もありなんと。
      よみしも理やなほ思こそ深けれ。


ここで後見人から紫の狩衣を受け取った松風は、死に別れしたからには今はよそもないと、狩衣に怒りの思いをぶつける。


シテ   「宵々に。脱ぎて我が寝る狩衣。
地    「かけてぞ頼む同じ世に。住むかひあらばこそ忘形見もよしなしと。
      捨てゝも置かれず取れば面影に立ち増り。起臥わかで枕より。後より恋の責め来れば。
      せんかた涙に伏し沈む事ぞ悲しき。


ここで物着が入り、松風は狩衣姿になる。そこからが後半部分だ。


シテ   「三瀬河絶えぬ。涙の憂き瀬にも。乱るゝ恋の。淵はありけり。
      あらうれしやあれに行平の御立ちあるが。松風と召されさむらふぞやいで参らう。
ツレ   「あさましやその御心故にこそ。執心の罪にも沈み給へ。娑婆にての妄執をなほ。
      忘れ給はぬぞや。あれは松にてこそ候へ。行平は御入りもさむらはぬものを。
シテ   「うたての人の言事や。あの松こそは行平よ。たとひ暫しは別るゝとも。
      まつとし聞かば帰りこんと。連ね給ひし言の葉はいかに。
ツレ   「実になう忘れてさむらふぞや。たとひ暫しは別るゝとも。待たば来んとの言の葉を。
シテ   「こなたは忘れず松風の立ち帰りこん御音信。
ツレ   「終にも聞かば村雨の。袖しばしこそぬるゝとも。
シテ   「まつに変らで帰りこば。
ツレ   「あら頼もしの。
シテ   「御歌や。
地    「立ち別れ。


中ノ舞はかけりを思わせるように、なかなか動きに飛んでいる。舞はだんだん動きをましてクライマックスへと高まっていく。 


シテ ワカ「いなばの山の峰に生ふる。松とし聞かば。今帰り来ん。それはいなばの遠山松。
地    「これはなつかし君こゝに。須磨の浦曲の松の行平。立ち帰りこば我も木蔭に。
      いざ立ち寄りて。磯馴松の。なつかしや。


破ノ舞はクライマックスにふさわしい動きの激しい舞である。そして舞い終わると二人はそのまま
舞台を去っていく。あとには呆然とした僧だけが残されるのだ。


地  キリ「松に吹き来る風も狂じて。須磨の高波はげしき夜すがら。
      妄執の夢に見ゆるなり。我が跡弔ひてたび給へ。暇申して。帰る波の音の。
      須磨の浦かけて吹くや後の山おろし。
      関路の鳥も声々に夢も跡なく夜も明けて村雨と聞きしも今朝見れば松風ばかりや
      残るらん松風ばかりや残るらん。