加  茂  ( か も )

●あらすじ
 播州窒(むろ)の明神に仕える神職が京に上り、賀茂神社に詣でます。ふと見ると川辺に祭壇が築かれ白羽の矢が立っています。水桶を持った里女が通りかかるのでその謂れを問います。里女は上賀茂神社の縁起を語り、自分は貴い神の化身であるといって姿を隠します。 暫くすると御祖(みおや)の神が天女の姿で現れ御代の栄えを祝ってあらたかな舞を舞い、続いて別雷神(わけいかづちのかみ)も姿を現し、五穀が成就するように国土を守るのだと神徳を示し、御祖の神は糺(ただす)の森へ別雷神は虚空高く立ち去ります。

●宝生流謡本      内十巻の一   脇 能    (太鼓あり)
              季節=春   場所=山城国加茂   作者=
              素謡稽古順=入門   素謡時間=40分 
    素謡座席順    ツレ=天女
               ツレ=里女
               シテ=前・里女 後・別雷神
               ワキ=室明神の神職

●解 説
 播磨国(今の兵庫県南西部)の室(むろ)の明神(みょうじん)に仕える神職の者が、ある夏、京都を訪れ、室の明神と御神体が同じと聞く加茂(賀茂)神社に参ります。神職はそこで、白羽の矢を立てた祭壇があるのに気づきました。折しも、里の女たちが水を汲みにやってきたので、神職はその祭壇について、謂れを尋ねます。 里の女たちは神職に、この白羽の矢は加茂神社、室の明神の御神体そのものだと教え、その謂れを細かく述べ伝えます。「昔、加茂の里に住む秦氏の女が、毎日川に出て、神に手向ける水を汲んでいた。ある時、一本の白羽の矢が水桶に止まったので、それを家の軒に挿したところ、男の子が産まれた。その子は、三歳になった時、父はこの矢である、と言った。すると、矢はすぐさま雷、すなわち別雷神(わけいかずちのかみ)となって天に上った」
さらに、その母も神となり、矢、母、子の三神が加茂の三社に祀ってあることを教えた後、女は、そのまま加茂川の清らかな水を汲みはじめます。神職は女が詳しく物語を知っているので、興味を抱き、名を尋ねます。
女は名を告げるのは浅ましい、と名乗らず、ただ自らが神であることを明かして、消え失せます。 残された神職の前に、末社の神が現れ、あらためて神話を語り、舞を舞います。しばらくすると、いよいよ御祖神(みおやのかみ)が、天女のかたちをとって姿を見せ、美しい天女の舞を舞います。さらに、別雷神も勢いよく登場し、雷雨を呼び起こして神威を示します。やがて御祖神は糺(ただす)の森へと飛び去り、別雷神は虚空へ上がっていきました。
みどころは、京都の有名な加茂(賀茂)の社(やしろ)にまつわる神話を題材にした、脇能です。前半では女性のシテが登場して、気品のある雰囲気を醸し出しながら、神話を丁寧に語ります。そして後半は、天女に変じた御祖神がたおやかに舞い、威勢の良い別雷神が舞台を駆け、雷鳴を擬した拍子を踏み轟かせるなど、みどころは尽きません。 古くは「矢立賀茂」という名の曲で、作り物に矢を立てた台を置きます。 季節は夏。加茂川の清流の麗しさが際立つような、爽快な能です。京都の夏の酷暑も、この能を見ると、和らぐような気がします。
 久々にNHKで能『加茂』を放映したのを拝見。兵庫県室津の加茂明神に仕える神職が本社の加茂の宮に参詣する。すると里女が現れ、清い御手洗の水を称え手向けの水を汲む。なんて清々しい詞章でしょう!能の楽しみはその詞章の美しさ雅さにもありますね。神職はこの里女から社の縁起を聞く。やがて天女や別雷(べついかづち)が現れ国土安穏・五穀豊穣を祈り去っていく。

●能「加茂」の面・装束
能は、国土を祝福し、五穀豊穣を祈る芸能から始まったとされています。
能「加茂」は寺社のいわれを語り、神仏に奉納する脇能のひとつで、京都・糺森にある下賀茂神社を舞台とします。 ある初夏の日に、播磨(今の兵庫県)にある室の明神の神職が、室の明神と同一体であるという加茂に参詣します。すると、二人の里の女が、加茂川のほとりで神にお供えする水を汲んでいます。神職が加茂の社のいわれを尋ねると、里の女は次のように語ります。
…昔、加茂の里に住んでいた秦氏の女性が朝晩加茂の神に水をお供えしていると、水上より白羽の矢が流れてき た、その矢を軒に指しておいた所、赤子をさずかり男児を生む、男児が3歳になったとき、その子に父親の名を尋ねると、母親が軒に指しておいた白羽の矢を指差した、すると矢は鳴雷となり、天に昇り別雷の神となった、またその母子も神となって、加茂の三所の神となった…。
神職が、そのように神の由来を語るあなたはどなたですか、と尋ねると、里の女は神となって姿を消し ます。ほどなくして御祖の神が現れ、天女の舞を舞います。その後、御祖の神が袖を川の水に浸してすずんでいると、急に雨風が起こって稲妻が走り、雲居から別雷の神が現れ、国土を守護する神徳を説き、猛々しい神威を示した後、御祖の神は糺森へ、別雷の神は空へと去っていくのです。雷(神鳴り)は豊年の徴、ほろほろ、とどろと踏み轟かす神の鼓は、五穀成就の予祝であると言われています。 能舞台では、里の女は唐織を着流しで着用し、小面という若い女性の面をつけ、御祖の神は長絹に大口を着用し、「増女」の面をつけて天冠をかぶります。別雷の神は顔面を金色に彩色し大きな目玉を見開く「大飛出」と呼ばれる荒神の面を付け、厚板と呼ばれる着物の上に華やかな金襴の狩衣をまとい、荒々しい神の姿を表しました。

●「加茂能人形山車」
 東京にただ一台、動かせる状態で保有されている(フルサイズの)江戸型山車として知られています。 この山車は江戸時代の天下祭に(室町三丁分、本町三裏河岸本船町、安針町の四ヶ町持ち)で「山王の十番」として曳かれ、明治・大正期の何度かの水神祭にも曳かれたものの複製(昭和30年製作)です。複製にあたっては、図面のようなものが残されている訳はなくて、数多くある錦絵と、明治期に三代目 原 舟月が当時の魚河岸の粋人の注文で製作した、この山車の十分の一大の模型(この素晴らしい模型については、また別に書きます)をもとに、昔気質の職人わざで何とか出来上がったと聞いています。 昭和30年といえば敗戦から10年しか経っていません。戦後の復興期に何故これ程のものが作られたのか、経緯は定かではありません。推測してみますと、昭和25年に魚河岸の機能が復活して(それまで約10年の間、戦中・戦後の統制経済制度の中で、魚河岸はいわゆる「配給」の拠点として位置づけられていた)自由な取り引きが始まり、それまでの抑圧された食生活から一気に昔からの「日本の味」への回帰が進みました。取扱高は年々増え魚河岸の景気もかなり良かったのだと思われます。長いこと放って置かれた水神さまの「お祭りをやろう」との機運が盛り上がり「神輿はあるから山車を新調しよう」「作るからには立派なものを」となったのでしょう。資料によりますと、枠・木彫・車は後藤直光、幕・衣裳は瀬戸佼作、人形・面・付属品を磯貝勝之の各氏が担当制作したとされています。「加茂能人形山車」という聞き慣れない名前はこの山車の最上部に乗る人形が能楽『加茂』の後シテ「別雷神(ワケイカズチノカミ)」であることによります。別雷神は京都・上賀茂神社(正式には賀茂別雷神社)のご祭神です。そういえばこの山車は「京都」指向がまざまざとうかがえます。
 人形の台座にあたる二層目のまわりを覆う幕を四方幕といいますが四面とも緋羅紗地に競馬(くらべうま)神事の勇壮な図柄が楓を配して見事に刺繍されています。この行事は現在でも5月に上賀茂神社で行われています。最下部(三層目)の幕は見送り幕と呼ばれます。ここには加茂の流水模様と青金二葉葵が織り出されています。

(平成23年1月21日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


                    賀 茂 (か も)

         季 夏      所 山城国加茂     素謡時間 40分
  【分類】脇 能
  【作者】世阿弥元清   典拠:
  【登場人物】前シテ:里女、後シテ:別雷の神  ワキ:室の明神の神職
               前ツレ:里女、  後ツレ:天女 

         詞 章                  (胡山文庫)

ワキ  次第上 清き水上尋ねてや。/\。賀茂の宮居に参らん。
ワキ     詞「抑これは播州室の明神に仕へ申す神職の者なり。
    -     さても都の賀茂と当社室の明神とは御一体にて御座候へども。
         いまだ参詣申さず候ふ程に。此度思ひ立ち都の賀茂へと急ぎ候。
    道行上 播州潟。室のとぼその曙に。/\。立つ旅衣色染むる飾磨の徒路行く舟も。
         上る雲居や久方の。月の都の山陰の。賀茂の宮居に着きにけり/\。
シテツレ二人一声上 御手洗や。清き心に澄む水の。賀茂の河原に出づるなり。
ツレ    上 直にたのまば人の世も。
二人    上 神ぞ糺の道ならん。
シテ  サシ上 半ゆく空水無月の影更けて。秋程もなみ御秡川。
二人    上 風も涼しき夕波に。心も澄める水桶の。もちがほならぬ身にしあれど。
         命の程は千早振る。神に歩を。運ぶ身の。宮居曇らぬ。心かな。
     下歌 頼む誓は此神によるべの。水を汲まうよ。
     上歌 御手洗の声も涼しき夏陰や。
ツレ    上 声も涼しき夏陰や。
二人    上 糺の森の梢より。初音ふり行く時鳥なほ過ぎがてに行きやらで。
         今一通り村雨の。雲もかげろふ夕づく日。夏なき水の川隈汲まずとも影は。
         疎からじ汲まずとも影はうとからじ。
ワキ    詞「いかにこれなる水汲む女性に尋ね申すべき事の候。
シテ    詞「これはこのあたりにては見馴れ申さぬ御事なり。何処よりの御参詣にて候ふぞ。
ワキ    詞「げによく御覧じ候ふものかな。これは播州室の明神の神職の者にて候ふが。
         始めて当社に参りて候。先々これなる川辺を見れば。新しく壇を築き。
         白木綿に白羽の矢を立て。剰へ渇仰の気色見えたり。
         こはそも何と申したる事にて候ふぞ。
シテ    詞「さては室の明神の神職の人にてましますかや。室の明神と当社とは。
         後一体の御由緒をば知ろし召され候はずや。後一体とも神物とも。
         唯此神の御事なり。
       下 あからさまなる御事なりとも。渇仰申させ給ひ候へ。
ワキ カカル上 げに/\和光の神秘において。さま%\あるべき其内に。
       詞「わきてこの矢の御謂。委しく語り給ふべし。
シテ    詞「総じて神の御事を。あざ/\しく申さねども。暫く一義を顕すべし。
         むかし此賀茂の里に。秦の氏女と云ひし人。
         朝な夕な此川辺に出でて水を汲み神に手向けけるに。
         ある時川上より白羽の矢ひとつ流れ来り。
         此水桶にとまりしを。取りて帰り庵の軒に挿す。主思はず懐胎し男子を生めり。
         此子三歳と申しゝ時。人々円居して父はと問へば。此矢をさして向ひしに。
         此矢すなはち鳴雷となり。天に上り神となる。別雷の神これなり。
ツレ    上 其母御子も神となりて。賀茂三所の神所とかや。
シテ    上 さやうに申せば憚りの。誠の神秘は愚なる。
シテツレ二人上 身に弁は如何にとも。いさしら真弓やたけの人の。
         治めん御代を告げしら羽の。八百万代の。末までも。弓筆に残す。心なり。
ワキ カカル上 よく/\聞けば有難や。さて/\其矢は上る代の。
        今末の代にあたらぬ矢までも。
      詞「御神体なる謂は如何に。
シテ    詞「げによく不審し給へども。隔はあらじ何事も。
ワキ カカル上 心からにて澄むも濁るも。
シテ    上 同じ流れのさまざまに。
ワキ    上 賀茂の川瀬も変る名の。
シテ    上 下は白川。
ワキ    上 上は賀茂河。
シテ    上 又其うちにも。
ワキ    上 変る名の。
地     上 石川や。瀬見の小河の清ければ。/\。月も流を尋ねてぞ。
         澄むも濁るも同じ江の。浅からぬ心もて。何疑のあるべき。
         年の矢の早くも過ぐる光陰惜みても帰らぬはもとの水。
         流はよも尽きじ絶えせぬぞ手向なりける。
       下 いざ/\水を汲まうよ/\。
地  ロンギ上 汲むや心もいさぎよき。賀茂の川瀬の水上は如何なる所なるらん。
シテツレ  上 何処とか。岩根松が根凌ぎ来る。瀧つ流は白玉の。音ある水や貴船川。
地     上 水も無く見えし大井河。それは紅葉の雨と降る。
シテツレ  上 嵐の底の。戸無瀬なる波も名にや流るらん。
地     上 清瀧川の水汲まば。高嶺の深雪解けぬべき。
シテツレ  上 朝日待ち居て汲まうよ。
地     上 汲まぬ音羽の瀧波は。
シテツレ  下 受けて頭の雪とのみ。
地     上 戴く桶も
シテツレ  上 身の上と。
地     上 誰も知れ老いらくの。暮るゝも同じ程なさ今日の日も夢の現ぞと。
ワキ    詞「げに有難き御事かな。かやうに委しく語り給ふ。御身は如何なる人やらん。
シテ    詞「誰とは今は愚なり。
   カカル上 汝知らずや神慮の趣き。迎へ給はゞ君を守りの。
         此神徳を告げ知らしめんと。現れ出でて。
地     上 恥かしや我が姿。恥かしや我が姿の。
         真をあらはさばあさましやなあさまにやなりなん。よし名ばかりはしら真弓の。
         やごとなき神ぞかしと。木綿四手に立ち紛れて神がくれになりにけりや。
         神がくれになりにけり。
                 来序中入間「。
後ツレ出端上 あら有難のをりからやな。我此宮居に地をしめて。法界無縁の衆生をだに。
         一子とおぼし見そなはす。御祖の神徳仰ぐべしやな。曇らぬ御代を。守るなり。
地     上 守るべし守るべしやな。君の恵も今此時。
ツレ    上 時至るなり時至る。
地     上 感応あらば影向微妙の。相好荘厳まのあたりに。有難や。
                 天女舞
地     上 加茂の山並御手洗の影。/\。映り映ろふ緑の袖を水に浸して涼とる涼とる。
         裳裾をうるほすをりからに。山河草木動揺して。まのあたりなる別雷の。
         神体来現し給へり。
                 早笛
後シテ   上 我はこれ。王城を守る君臣の道。別雷の神なり。
地      上 あるいはは諸天善神となつて。虚空に飛行し。
シテ    上 又は国土を垂跡の方便。
地     上 和光同塵結縁の姿。あら有難の。御事やな。
                 舞働
シテ    上 風雨随時の御空の雲居。
地     上 風雨随時の御空の雲居。
シテ    上 別雷の雲霧を穿ち。
地     上 光稲妻の稲葉の露にも。
シテ    上 宿る程だに鳴雷の。
地     上 雨を起して降りくる足音は。
シテ    下 ほろ/\。
地     下 ほろ/\とゞろ/\と踏みとゞろかす。鳴神の鼓の。
         時も至れば五穀成就も国土を守護し。治まる時には此神徳と。
         威光を顕しおはしまして。御祖の神は。糺の盛に。
         飛び去り/\入らせ給へばなほ立ち添ふや雲霧を。
         別雷の。神も天路に攀ぢ上り。神も天路に攀ぢ上つて。
         虚空に上らせ給ひけり。


 

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