嵐 山(あらしやま)

●あらすじ
嵯峨帝に仕える臣下が、勅命を受けて、嵐山へ桜の咲き具合を見に行きます。というのは大和吉野山が桜の名所であることは有名ですが、あまりに都から遠いので、花見の御幸も簡単にはできません。それで吉野の千本の桜を、都近くの嵐山に移し植えられましたが、吉野の花が今は盛りだというので、嵐山の花もよく咲いているのではないか、というお尋ねがあったからです。勅使一行が嵐山につくと、老人夫婦が現れ、木陰を清め、花に向って祈念します。勅使がその謂れを聞くと、老人夫婦は、この千本の桜は、吉野から移されたものだから、木守、勝手の二神が時折現れて守護する神木であり、嵐という名だが、花を散らさないのだと語ります。やがて自分達こそ木守、勝手の神なのだと名乗り、再会を約して、雲に乗って吉野の方に飛び去ります。<中入>そのあと、蔵王権現の末社の神が現れ、勅使一行に対して舞を舞ってもてなしていると、木守、勝手の二神が今度は神の姿で現れ、嵐山の美景を眺めつつ舞楽を奏します。続いて蔵王権現も現れて、衆生の苦患を助け、国土を守ると誓い、栄ゆる御代を祝福します。

●宝生流謡本        内九巻の一    脇能  (太鼓あり)
    季節=春    場所=山城国嵐山   稽古順=入門    素謡時間30分
素謡座席順   ツレ=前・姥 後・木守神 勝手神
            シテ=前・尉 後・蔵王権現
            ワキ=勅使

●演能記@
嵐 山    宝生流 宝生能楽堂 2007.4.08   高橋章(宝生会月並能四月)
   シテ 高橋章 姥 朝倉俊樹   ツレ 木守 辰巳孝弥、勝手 澤田宏司
   ワキ 宝生閑、         アイ 山本則孝
   大鼓 亀井忠雄、小鼓 曽和正博   太鼓 小寺佐七、笛 小野寺隆二
脇能と分類される曲はおよそ四十番ほどありますが、シテの性格づけや舞の種類などにより、さらにいくつかのグループに分けられます。例えば高砂や弓八幡のように、前シテが老人として現れ、後場では若い男神となって颯爽と神舞を舞う曲・・・
私は大変好きですが、神舞物とでも言ったらいいのか、養老や志賀などといった曲もこのタイプですね。 また老松や白楽天のように老体の神として後シテが登場するタイプのものもありますし、東方朔のように老体でも楽を舞う曲もあります。 そうした中に、後場でシテ以外に様々な神が登場して絢爛豪華な舞台を繰り広げる一群の曲がありまして、この嵐山や賀茂、竹生島などが該当します。これらの曲は金春禅竹や禅鳳の作と言われていて、高砂などのグループとは一線を画する感じがします。 本日はその嵐山。実はこの曲、ちょっと不思議なところがあります。
前場で登場するシテの尉とツレの姥、謡の詞章からみると木守明神と勝手明神の仮の姿と見えるのですが、後場では木守、勝手はツレが演じ、シテは蔵王権現として登場します。こんなのって嵐山くらいしか思いつきませんが、前シテの本体を後ツレが演じる珍しい形ですね。

●演能記A
絢爛豪華な脇能『嵐山』       観世流 ぬえの会       2008-08-22
蔵王権現が吉野の千本の桜を植え移したといわれる京都の(といっても当時は都からは依然遠く離れた僻地でしたが)嵐山に影向した、という話は、能以外にはまったく所見がないのだそうです。とすれば『嵐山』の作者の狙いは、修験道というミステリアスな信仰があがめるご本尊。日本人が生み出した神のひとつの姿でありながら、非常にベールに包まれた感があり、そのうえこの神は子守・勝手という二神を従え、これがさらに「同体異名」の三体であるという。観客にとって目新しい、そういう神を、吉野にゆかりの深い、かつ都にほど近く、観客にとって親近感のわきやすい嵐山という舞台に登場させることにあったのではないか、と考えられます。思えば脇能は、能が社寺の祭礼に奉仕していた時代、民衆とともにあった時代から。いやまだ能が能としての形式を洗練させてくる以前から、能の中心的な演目であったはずで、能作者としては後進に属する金春禅鳳の時代に新しく生み出される脇能としては、新時代を告げるような、目新しい材料や演出が能の作曲に求められたのかも知れません。そして前シテ・前ツレを後シテの化身とせず、後に登場するツレ(子方)の化身として設定し、いざ登場した後ツレ(子方)は尉・姥の前シテとはうって変わってまばゆいばかりの若い夫婦の神で、袖を翻して「天女之舞」を見せます。囃子の手組も「下リ端」「渡り拍子」「天女之舞」と盛りだくさんで豪華な趣向。そして彼らが幕に向かって「雲之扇」をして「主神」を待ち受けるとき、そこには爽快な「早笛」の囃子に乗って豪快に登場する異形の神の姿があるのです。そしてその神は「同体異名」と宣言して美しい二体の神と舞台の上に並んで屹立してみせる。。この型、舞台上では本当に豪華絢爛な装いに見えるんですよ。
こう考えるとき、『嵐山』の異質がよく見えてくるようです。世阿弥が脇能に求めた「かかり直なる道」。それなのに世阿弥作で脇能の代表曲である『高砂』は脇能のとしてかなり異質な部分があります。しかし『嵐山』の舞台の豪華絢爛さが持つ「異質」は『高砂』の比ではないでしょう。なんだか ぬえ、『嵐山』の豪華さには「世紀末のデカダンス」を感じるんですよね〜。応仁の乱が収束して戦国群雄割拠の時代、こういう脇能が観客に求められていた時代。なんだか現代の世界の中での能のあり方にも示唆があるような気がします。考えてみれば「狩野川薪能」で ぬえが演じてきた能は、作者不詳の『鞍馬天狗』を別にしても、小次郎信光作の『船弁慶』、『嵐山』と同じく禅鳳作の『一角仙人』と、世阿弥時代とは様相が一変した不安定な時代に作られた能ばかり。そしてその時代の、幽玄美よりもむしろ趣向の興味を引く能が、現代の薪能では喜ばれるのも、これまた事実なんですよね。ぬえはいっぺん薪能で元雅の『隅田川』か『弱法師』を舞ってみたいです。でもまた、ぬえは禅鳳という人について、この『嵐山』の中で発見もありました。この前シテ、『高砂』から影響を受けて作られたのは間違いないと思うのです。前シテが尉で、前ツレは姥の夫婦。神木をあがめ、それを清掃する箒を持って登場するその姿。そして中入での、脇座よりスルスルと常座に行く型、それが「南の方に行ききけり」と、『嵐山』では後シテも同じ嵐山に現れるのに、わざわざ「主神」の住む吉野の方角に立ち去る演出。(後略)

●場所の解説
嵐山 は京都の中でも指折りの観光地・嵐山。その嵐山が桜の名所となったのは、嵯峨天皇が吉野の桜を見たいと思ったものの、遠方で御幸が無理なので、逆に吉野の桜を嵐山に移植したことに由来するといいます。 そのことを能にしたのが能『嵐山』。最初の次第「吉野の花の種取りし。嵐の山に急がん」という謡にテーマがしっかりと示されています。 そして、桜だけではなく、子守・勝手の明神や蔵王権現など吉野の神仏もまた時折、吉野山から嵐山まで出張って威光を示すのでした。 さらに替の間狂言『猿聟』では、猿までが桜と一緒に吉野山から聟入りしてきます。聟猿に舅猿、姫猿に太郎冠者猿・供猿と構成は人間と全く同じながら、最低限の決まり言葉以外は全てキャーキャーという猿の鳴き声で演技するという異色の間狂言…なんだそうです。私は未見なので是非見てみたいと思っています…。 今でも嵐山には猿が多いらしく、阪急嵐山駅前の案内板には、しっかり「モンキーパークあらしやま」も載っていました。 ちなみに京都の西を流れる川が桂川ですが、嵐山の辺りを特に「大堰川」とも言い、「多い」などの掛詞として多くの謡に登場します。当然ながら能『嵐山』の替の間狂言『猿聟』の舞台でもある。
交通 = ・阪急嵐山線「嵐山」・京福嵐山線「嵐山」・JR山陰本線「嵯峨嵐山」

(平成22年12月17日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


            嵐  山 (あらしやま)

         季 春      所 山城国嵐山     素謡時間 43分
  【分類】脇 能 
  【作者】世阿弥元清   典拠:前半分は伝説か 後半は平家物語
  【登場人物】前シテ:花守の尉、後シテ:蔵王権現 ワキ:勅使 
            前ツレ:花守の姥    後ツレ:子守の明神・勝手の明神

         詞 章                  (胡山文庫)

ワキ  次第上 吉野の花の種とりし。/\。嵐 の山に急がん。
ワキ     詞「そも/\これは当今 に仕へ奉る臣下なり。さても和州吉野の 千本の桜は。
         聞しめし及ばれたる名花な れども。遠満十里の外なれば。
         花見の御 幸かなひ給はず。さるにより千本の桜を。
         嵐山にうつしおかれて候ふ間。此春の花を見て参れとの宣旨を蒙り。
         唯今嵐山へと急ぎ候。
    道行上 都には。げにも嵐の山桜。 /\。千本の種はこれぞとて。
         尋ねて今ぞ三吉野の。花は雲かと眺めける。その歌人の名残ぞと。
         よそ目になれば猶しもの。妙なるけしきかな/\。
シテツレ一声上 花守の。住むや嵐の山桜。雲も上なき。梢かな。
ツレ    上 千本に咲ける種なれや。
二人    上 春も久しき。眺めきかな。
シテ  サシ上 これ はこの嵐山の花を守る。夫婦の者にて候ふなり。
二人    上 それ遠満の外なれば。 花見の御幸なきまゝに。名におふ吉野の 山桜。
         千本の花の種とりて。この嵐山に植ゑおかれ。後の世までの例とかや。
         これ とても君の恵かな。
     下歌 げに頼もしや御影山治まる御代の春の空。
     上歌 さも妙なれや九重の。
ツレ    上 さも妙なれや九重の。
二人    上 内外に通ふ花車。轅も西にめぐる日の影ゆく雲の嵐山。
         戸無瀬に落つる白波も。散るかと見ゆる花の瀧。盛久しき気色かな/\。
ワキ    詞「いかにこれなる人に尋ね申すべき事の候
シテ    詞「此方の事にて候か何事にて候ぞ
ワキ    詞「見申せばかほど多きの本を清め。花に向ひ礼をなし給ふ不審にて候
シテ    詞「げに/\御不審は御理りにて候。此の嵐のやまの千本の桜は。
         皆神木にて候程に。かやうに陰を清め礼をなし申し候
ワキ    詞「ふしぎやな嵐のやまの千本の桜の。神木たるべき謂われはいかにげに
ツレ カカレ上 この嵐の山の千本の桜は。吉野の花を移されたれば。木守勝手の神慮にも。
         惜しみ給いし故により。人こそ知らめ今とても。此花に陰向なるものを
ワキ カカレ上 げにやさしもこそいとおうき名の嵐山。取り分きはなの在所とは。 
         何とて定め置きけるぞ
シテ    詞「それこそなほも神力の。妙なる花の奇特をも。顕さんとの御恵み。
シテツレ二人上 げに頼もしやつくば山。靡き治まる三吉野の。神風あらば おのづから。
         名こそ嵐の山なりとも。
地     下 花はよも散らじ。風にも勝手木守 とて夫婦の神はわれぞかし。
         音たかや嵐山。人にな知らせ給ひそ。
地     上 笙の岩屋の松風は。/\。実相の花盛り。開くる法の声立てゝ今は嵐の山桜。
         菜摘の川の水清く。真如の月の澄める世に。五濁の濁ありとても。
         ながれは大堰川その水上はよも尽きじ。いざ/\花を守らうよ/\。
         春の風は空に満ちて。庭前の木を切るとも神風にて吹きかへさば妄想の雲も晴れぬべし。
         千本の山桜のどけき嵐の山風は。吹くとも枝は鳴らさじこの日もすでに呉竹の。
         夜の間を待たせ給ふべし。明日も三吉野の山桜。立ちくる雲にうち乗りて。
         夕陽残る西山や。南の方に行きにけり/\。
                 中入  来序間   下羽
地     下 三吉野の。/\。千本の花の種植ゑて。
         嵐山あらたなる神あそびぞめでたき此神あそびぞめでたき。
後ツレ二人 下 いろ/\ の。
地     上 いろ/\の。花こそまじれ白雪の。
ツレ二人  上 子守勝手の。
地     上 恵なれや松の色。
ツレ二人  上 青根が峯こゝに。
地     下 青根が峯こゝに。小倉山も見えたり。向は嵯峨の原。下は大堰川の。
         岩根に波かゝる亀山も見えたり。万代と。/\。囃せ/\神あそび。
         千早ぶる。
                 中ノ舞(天女舞)
地     上 神楽の鼓声澄みて。/\。羅綾の袂をひるがへし飄す舞楽の秘曲も度重つて。
         感応肝に銘ずるをりから。不思議や南の方より吹きくる風の。
         異香薫じて瑞雲たなびき。金色の光輝きわたるは。蔵王権現の来現かや。
                 早笛
地     上 和光利物の御姿。/\。
後シテ   上 我本覚 の都を出でて。
地     上 分段同居の塵に交はり金胎両部の一足をひつさげ。悪業の衆生の苦患を助け。
         さて又虚空に御手を上げては忽ち苦海の煩悩を払ひ。
         悪魔降伏の青蓮のまなじりに。光明を放つて国土を照らし。
         衆生を守り。誓を顕し子守勝手。蔵王権現一体分身同体異名の姿を見せて。
         おの/\嵐の山に攀ぢのぼり。花に戯れ梢にかけつて。
         さながらこゝも金の峰の。光も輝く千本の桜。光も輝く千本の桜の。
         栄ゆく春こそ久しけれ。


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