木  賊 (とくさ)

●あらすじ
 歌枕・園原山を舞台にした能〈木賊〉は、「渋くて皮肉な名曲」の代表格です。老人をシテとした物狂能でありながら、家出したわが子に寄せる愛情は過剰に強烈。そこには「若さ」への嫉妬と羨望すら秘められた、妖しい愛執のすがたが浮かびます。上演頻度の低いこの能が十全の配役で今秋上演されるのを期に歌枕と能作の関係を学び、流儀によって異なる演出に留意しつつ、さまざまに考察したいと思います。 「木賊」は、我が子と生き別れになった老父が、子に身をやつして狂い舞い、ついには子に再会するという内容の能。老父による物狂いは他に類曲がなく難曲といわれる。

●宝生流謡本      内八巻の四   四番目    (太鼓なし)
    季節=秋   場所=信濃国園原山   作者=世阿弥作
    素謡稽古順稽古順=奥伝   素謡時間=67分 
    素謡座席順   子方=松若
               シテ=老翁
               ワキ=旅僧

●演能記       『木賊』について -親子の愛情と反発  喜多流能楽師 粟谷明生-
17年最後の締めくくりとして、粟谷能の会・研究公演(平成17年12月22日)にて、友枝昭世氏に『木賊』を舞っていただき私たち(地頭・粟谷能夫、副地頭粟谷明生、中村邦生、長島 茂、狩野了一、金子敬一郎、内田成信、粟谷充雄)は地謡を勤めました。普通はこのような大曲、殊に『木賊』のような老いをテーマにしたものは熟年の経験者、今ならさしずめ父菊生が地頭を勤めるのが当然ですが、能夫と私は地謡の重要性を責任ある立場で挑みたいと思い、研究公演を4年ぶりに再開しました。大先輩について謡うときにはありえない数回の地謡だけの稽古、その中での微細な節扱いの確認、声の張り方までの検討という作業は喜多流では珍しいものでした。 また私はこの曲を理解するために資料にも目を通すうちに、謡本の解題やその他の本の概要に書かれていることが作品の主旨と幾分違うのではと感じ、この曲を理解するには少し説明を加えたほうがいいのではないかと思いました。何か大事なものがどこかに隠れているように思えたからです。地謡に取り組む中で、私なりの読み込み・解釈が出来上がってきたのでここに個人的な見解として書き留めることにしました。 まずは老人(シテ)とその愛児(子方)松若の人物像を考えるところから始めたいと思います。 
松若の父は老いた父親として登場します。従者を連れての木賊刈りの場面からも、それ相当の大家で、大地主のような、階級も上のクラスの人物だと思われます。木賊という植物は砥草(とくさ)の意で物を砥ぎ磨くのに用いられる常緑シダ植物で、今でも庭に観賞用として植えられる生命の強い草です。園原は木賊刈りの名所ですが、老人にとってのそれは生活のためではなく、気ままな暮らしの中での趣味的なものとして理解したほうがいいと思います。『鵜飼』や『烏頭』のシテのような切実な生業の労働とは異なります。 では突如消息を絶つ松若とはどのような人物であったでしょうか。 能では実際は大人であっても幼い少年を子方として採用し、おセンチな涙を誘う効果をもたらすことがあります。しかし、私は松若は資産家の跡継ぎという有望な将来を捨ててまで、あえて仏道を志すほどの人物だったと推測します。ですから、ある程度成長し自立心のある立派な息子のイメージです。父親はきっと仏門に入ることを許さないであろう、ならば無言で家を出るしかない、と覚悟を決めてしまうほど意志の強さを持った人物だと思います。一説に、松若は恋をして父親がその恋路を許さなかったので家を飛び出したのだとする、面白い説もありますが、私は恵まれた環境の中で日々送っていたがある日、一念発起して出家を志したと考える方がよいと思いますが・・・、そこは観客の皆様の自由です。 まずここがこの曲の主軸に大きく関連しているところです。    (後略)

●参 考
トクサ(砥草、木賊)
仕上用研磨材となるトクサの顕微鏡写真は無数のケイ酸の蓄積が見える。トクサ(砥草、木賊、学名:Equisetum hyemale L.)とは、シダ植物門のトクサ科トクサ属の植物。 本州中部から北海道にかけての山間の湿地に自生するが、観賞用などの目的で栽培されることも多い。表皮細胞の細胞壁にケイ酸が蓄積して硬化し、砥石に似て茎でものを研ぐことができることから、砥草の名がある。 地下茎があって横に伸び、地上茎を直立させる。茎は直立していて同じトクサ科のスギナやイヌドクサ、ミズドクサの様に枝分かれせず、中空で節がある。茎は触るとザラついた感じがし、引っ張ると節で抜ける。節の部分にはギザギザのはかま状のものがあって、それより上の節の茎がソケットのように収まっているが、このはかま状のぎざぎざが葉に当たる。茎の先端にツクシの頭部のような胞子葉群をつけ、ここに胞子ができる。
小話に、明治時代の郵便夫が、わらじがあまりにすり減るのを嘆き、すり減らなさそうな材料としてトクサを使う話がある。その結果、足先からすり減って頭だけになった郵便夫は、頭を鞄に片づけて帰ったという落ちである。

木賊山 (とくさやま)
   標所在地 山梨県山梨市、埼玉県秩父市
木賊山は山梨県山梨市と埼玉県秩父市の境にある標高2,469mの山で、奥秩父の山域の主脈上の一峰。別名、雲切山。大きな山容を持つ。木賊山だけを目標に登る人は少なく、多くの人は甲武信ヶ岳と雁坂峠を結ぶ稜線、または西沢渓谷入口と甲武信ヶ岳を結ぶ徳ちゃん新道を歩く途中でこの山を通過する。木賊山界隈は5月から6月にシャクナゲが見頃となる。木賊山の山頂は樹林に囲まれ眺望はないが、甲武信ヶ岳方面へ少し下った所に好展望地があり、正面に甲武信ヶ岳、遠くには国師岳や金峰山などの山々を展望できます。

木賊山(京都山矛)
   所在地 京都市下京区仏光寺通西洞院西入木賊山町
 京都市下京区仏光寺通西洞院西入ル木賊山町の山。世阿弥の謡曲「木賊」から着想され、木賊刈りの老翁が別れた愛児を思いながら舞う場面を表現している。等身大の老翁像は足台に元禄5年(1692)の墨書があり、右手にかま、左手に木賊を持つ。  山建て:13日午前9時−

木賊とくさ温泉
   所在地 福島県南会津郡南会津町舘岩字木賊
「会津の隠れ湯」だったと伝えられる西根川渓谷の秘湯。露天岩風呂では、川床の岩盤の間から湯が湧きだしています。近くに男女別の内湯「広瀬の湯」もあり、泉質は無色無臭の単純泉。湯温は40〜47℃。宿は川沿いに13軒余りが点在しています。 会津高原駅からバス70分、車33km。
付近には前沢曲家集落や次の温泉があります。
  湯ノ花温泉 【交通】 会津高原駅からバス40分、車24km。 小豆温泉。
 たかつえ温泉  スキー場せ有名な、たかつえは会津高原のオールシーズン型バカンスの拠点となっています。たかつえ温泉「白樺の湯」の露天風呂は、白樺林を望む高原中央に位置しており、ヘルシースポーツ派に人気の的です。泉質は無色無臭の単純泉。宿は周辺に40軒余りあります。 【交通】 会津高原駅からバス25分、車18km。
 南会津町役場 〒967-0004 福島県南会津郡南会津町田島字後原甲3531番地1 
        TEL:0241-62-6100

(平成22年10月15日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


                 木 賊 (とくさ)

         季 秋      所 信濃国園原山     素謡時間 67分
  【分類】四番目
  【作者】世阿弥元清   典拠:不明
  【登場人物】 シテ:老人、 ツレ:里人  ワキ:旅僧  子方:松若

         詞 章                  (胡山文庫)


ワキ  次第上 信濃路遠き旅衣。/\日も遥遥の心かな。
ワキ    詞「これは都の者にて候。又これに渡り候ふ御方は。
         本国は信濃の国の人にて御座候。いまだ父を御持ち候ふが。
         今一度御対面ありたきよし仰せられ候ふ間。我等御供申し。
         信濃の国へと急ぎ候。
    道行上 道あるや。旅の関の戸明け暮れて。/\。
         宿はいづくと定なく行方も知らぬ身ながらも。伴なふ人は有明の。
         月日ほどなく木曽路へて園原山に着きにけり園原山に着きにけり。
シテツレ一セイ上 木賊刈る。山の名までも園原や。伏見の里も。秋ぞ来る。
シテ    上 梢はいづれ一葉ちる。
シテツレ  上 嵐や音を。残すらん。

   ( 連吟 面白や処は ヨリ  木賊刈らうよ マデ )

シテ  サシ上 面白や処は鄙の住居なれども。げに名所の故やらん。山野の眺も気色だつ。
シテツレ  上 木曽の御坂の梢より。浮む雲間の朝づく日園原山にうつろひて。
         木賊かる野の青緑。草の袂もなほ深し。
     下歌 男鹿鳴く野のゆくへまで妻や篭りしそのはらや。
     上歌 処は信濃路や。
ツレ    上 処は信濃路や。木曽の梯かゝる身の。うき世を渡るならはしに。
         さも馴衣しほたれて袖の露もいとなし。草筵露を片敷く有明の。
         朝な/\出づるや牧笛の野人ならまし。
地     下 いざ/\木賊刈らうよ/\。
地  ロンギ上 刈るや木賊の言の葉はいづれのながめなるらん。
シテ    上 木賊かる。園原山の木の間より。磨かれ出づる。秋の夜の月影をもいざ刈らうよ。
地     上 影も仮なる草の原。露分け衣しほたれて刈れや/\花草。
シテ    下 木賊かる/\。木曽の麻衣袖ぬれて。磨かぬ露の玉ぞ散る。
地     上 散るや霰のたま/\も。心の乱知るならば。
シテ    下 胸なる月は曇らじ。
地     上 けに誠何よりも研くべきは。真如の玉ぞかし。思へば木賊のみか。
         われもまた木賊の。身をたゞ思へ我が心。
         みがけやみがけ身の為にも木賊刈りて取らうよや木賊刈りて取らうよ。
ワキ    詞「いかにこれなる尉殿に尋ね申すべき事の候。
シテ    詞「此方の事にて候ふか何事にて候ふぞ。
ワキ    詞「見申せば年たけ給ひたるが。手づから木賊を刈り持ち給ふ事。
         其身にも応ぜぬ業と見えて不審にこそ候へ。
シテ    詞「其身にも応ぜぬ業と承れば人がましうこそ候へさりながら。
         園原山の木賊は。名所といひ名草といひ。かたがた歌人の御賞翫なれば。
         手づから刈りもち家づとゝ志し候。
ワキ    詞 「げに/\尤もにて候。さて此処に伏屋の森と申す森の候ふか。
シテ    詞 「さん候あれに見えたるこそ伏屋の森にて候へ。
ワキ    詞 「あの伏屋の森に。箒木と申す木の候ふか。
シテ    詞 「御覧候へ梢に一木うす/\と見えたるこそ箒木にて候へ。
         箒草にて候を箒木と申しならはして候。これは寄生木にて候。
ワキ    詞「古事の思ひ出でられて候。
   カカル下 園原や伏原に生ふる箒木の。
       詞 「ありとは見えて逢はぬ君かなと詠めり。これは恋の歌とは聞こえてが。
         何とてありとは見えて逢はぬ君かなと詠まれて候ふぞ。
シテ    詞「其心をば賎しき身にて候へば。委しき事をば知らず候べども。
         処に申し習はしたる義を以て。歌の心を推量申し候ふに。
         あの箒木を此辺より見候へば見え候ふが。木蔭によりては見え候はぬぞとよ。
         其心を歌人知りて。有りとは見えて逢はぬ君かなと詠まれたる歌と存じ候。
ワキ    詞「さて今もよりては見え候はぬか。
シテ    詞「なか/\の事唯今その証拠を見せ申さんと。
ワキ    上 互に近づき立ちよりて。
シテ    上 見ればありつる箒木の。
ワキ    上 蔭にて見ればかきたえて。
シテ    上 何れかそれぞ。
シテワキ  上 不思議やな。

   ( 小謡 余所にては ヨリ  種ならん マデ )

地     上 余所にては 正しく見えし箒木の。/\。蔭に来て見ればなかりけり。
         けにも正しくありとは見えて。逢はぬ君かなと詠みおく言のはゝき木は面白や。
         げにや道ある心とて。誠なりける歌人の。
         言葉の林しげるもや其箒木の種ならんその箒木の種ならん。
シテ    詞「我らが私宅は旦過にて候。一夜を明して御通り候へ。
ワキ    詞「あら嬉しやさらば参らうずるにて候。
シテ    詞「いかに誰かある。
ツレ    詞「御前に候。
シテ    詞「唯今の御僧たちを御供申してあるぞ。罷り出でてしょうじ候へ
ツレ    詞「畏まって候。いかに御僧たち。御心易く御座候へ。
         今の尉殿は少し身に思の候ひて。時々は現なき風情の候。
         其時は心得有つて御あひしらひ候へ。
ワキ    詞「心得申して候。
シテ    詞「いかに御僧たち。今夜は心静かに尉が身の上を語つて聞かせ申し候ふべし。
         この尉は子を一人持ちて候ふを。行方も知らぬ人に誘はれ失ひて候。
         若しも行方や聞くと思ひ。此路次に居処を立て。行来の人を留め申し候。
         また我が子のありし時は。常は小歌曲舞に好きて。
         友を集め舞ひ謡ひ候ひし程に。此尉も時々は舞ひうたひ遊び候。や。
         誰かある御盃を参らせ候へ。
子方    詞「いかに申すべき事の候。
ワキ    詞「何事にて候ぞ。
子方    詞「唯今の尉殿は我らが親にて候。
ワキ    詞「何と唯今の唯今の尉殿は。御親父にて御座候ふとや。
         さらばやがて御名のりあらうずるにて候。
子方    詞「いや暫く。思ふ子細の候へば。先知らぬよしにて御入り候へ。
ワキ    詞「心得申し候。
シテ    詞「いかに御僧たち。余りに夜長に候ふ程に。酒を持ちて参りて候。
         一つ聞こし召され候へ。
ワキ    詞「御志はありがたけれども。飲酒は仏の戒にて候。
シテ    詞「飲酒は仏の戒なれども。かの廬山の恵遠禅師。虎渓を去らぬ禁足にだに。
         陶淵明が謀にて飲酒を破りしぞかし。ましてや我が子の翫びし。
         舞曲の酒宴の戯にて。
   カカル上 老生を慰む志をば。などかあはれみ給はざらん。
地     下 廬山の古を思し召さば。心の底までも汲みて知る法の。真水と思しめして。
         飲酒の心とけて一つきこしめされよ。
地   クリ上 それ誤つて仙家に入つて半日の客たりといへども。
         旧里にかへつて七世の孫に逢ふ事をともいへり。
シテ  サシ上 いはんや一世の親子として。など其情なからざらん。
地     下 ていたいは薪を採り。老いたる母をはごくみ。
         虞舜は頑なる父をうやまふとも言へり。
シテ    下 たとひ老後の愚なりとも。
地     下 孝恩の心なからんやと。恨の涙。連々たり。
    クセ下 然るに。教主釈尊も。羅ご〓為長子と説き給へり。いはんや二仏の。
         中間の衆生として。恩愛の。あはれを知らざらんは。木石に異ならず。
         石の火の光の間をだにもなどや添ひもせぬ。

   ( 仕舞 親は千里を ヨリ  人の見るらん マデ )

         親は千里を行けども子を忘れぬぞ誠なる。子はあつて。
         千年をふれども親を思はぬ習とは今身の上に知られたり。

   ( 小謡 げにや人の親の ヨリ  人の見るらん マデ )

シテ    上 げにや人の親の。
地     下 心は闇にあらねども子を思ふ道に迷ふとは。
         誠なりや我ながらその面影の忘れらぬ。昔に返す舞の袖。
         我が子はかうこそ舞ひしものを。此手をば。かうこそさしゝぞとて。
         左右に颯々の袖を垂れ。一つは又酔狂も。まじると人や。御覧ずらん。
         酔ひ泣きも子を思ふ涙とや人の見るらん。
地     下 子を思ふ。
         。       序ノ舞。
シテ  ワカ上 子を思ふ。身は老鶴の。鳴くものを。

   ( 独吟 げにや子を思ふ ヨリ  父に見えよかし マデ )

地     上 げにや子を思ふ闇の夜鶴の。声は盃中。
シテ    下 回るも盃。
地     上 五老の月の。影に酔ひふす枕の上に。
シテ    下 来らば我が子よ。
地     上 親物に狂はゞ。子は囃すべきものをあら。
シテ    下 恨めしや唯。
地     下 うらめしやたゞ舞も歌も現なさも子故なれば老の波の。
         あはれ立ち帰り今一目。父に見えよかし。
   ロンギ上 この上は。何かつゝまん我こそは。別れし御子松若と言ふにもすゝむ涙かな。
シテ    上 誰そや我が子と夕月夜。おぼつかなしや何れさて別れし我が子なるらん。
地     下 かはる姿の衰へは。げにそれならぬ有様を。
シテ    上 よく/\見ればさすがげに。
地     上 親なりけり。
シテ    上 子なりけるぞや。
地     上 恨めしやなどされば。とくにも名のり給はぬぞと。逢ふ時だにも恨ある。
         こは夢か夢にても逢ふこそうれしかりけれ。
    キリ下 かくて親子にあひ竹の。/\。世を故郷をあらためて。
         仏法流布の寺と為し。仏種の縁となりにけり。
         あとに伏屋の物語。うき世語になりにけり/\。


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