宝生流謡曲 紅葉狩

●あらすじ
 津の国住吉で僧は一夜の宿を借りる。その家には雅楽の太鼓と舞の衣装があり、主の女人は、楽人を争って敗れた夫の形見と説明する。その夜形見を纏った女人が現れて、舞を舞い、自分と夫の供養を頼み去って行く。
(宝生能楽堂 H18/10/25)能「梅枝」 シテ金井雄資

●宝生流謡本(参考)  内七巻の四   四番目 (太鼓なし)
    素謡 : 季節=秋  場所=摂津国住吉    稽古順=初序 素謡時間=44分
    素謡座席順       ワキヅレ=従 僧  
                  シテ=前・里 女 後・富士の妻  
                  ワキ=旅 僧   

●曲目の解説
  作者=観世小次郎信光     形式=現在能     能柄=五番目物、鬼物
  現行上演流派 = 観世・宝生・金春・金剛・喜多
作品構成の場面は信濃国戸隠である。前シテ一行の道行きで幕を開ける。若い美女が数人連れ立って紅葉見物にやってきた。絶景の中、地謡前に幕を巡らし宴会となる。次いで馬に乗り供の者を従えたワキが登場する。鹿狩りにやってきた平維茂の一行である。橋懸リでの道行きの後、楽しげな宴会が開かれているのを発見した維茂は、供の者に様子を見てこさせる。アイとの問答があるが、美女一行は素性を明かさない。そこで維茂は馬を降り通り過ぎようとするが、シテが現れ、どうかお出でになって、一緒に紅葉と酒を楽しみましょうと誘惑する。 
無下に断ることもできず宴に参加した維茂であったが、美女の舞と酒のために不覚にも前後を忘れてしまう。シテの舞う美しい中ノ舞は突如激し急ノ舞となり、美女の本性を覗かせるが、維茂は眠ったままである。女達は目を覚ますなよと言い捨てて消える。 ここで場面は夜となる。アイによる八幡宮の神が現れ維茂の夢中に、美女に化けた鬼を討ち果たすべしと告げ、神剣を授ける。覚醒した維茂は鬼を退治すべく身構え、嵐と共に炎を吐きつつ現れた後シテ(面は顰または般若)と丁々発止、激しい攻防の末ついに鬼を切り伏せることに成功する。
不明だが、大日本史平維茂伝、太平記に鬼退治伝説が見られる。戸隠の紅葉の岩屋に鬼のアジトがあり、維茂によって殲滅される。多くの場合、能の鬼は女の妄念から生ずる(例えば鐡輪、葵上、道成寺)。しかし本作では鬼が本体であって、仮に美女の姿をとっている(黒塚もそのように解釈することが可能である)。この点、戸隠、鬼無里の鬼女伝説と内容的に関連しており、後者が能の影響を受けている可能性がある。後に本作をもとに近松門左衛門によって歌舞伎の時代物(作品名 色狩剣本地:もみじがりつるぎのほんち 正徳4年)、市川團十郎 (9代目)による歌舞伎舞踊(作品名 紅葉狩 明治20年)が作られている。

●平 維茂   (強烈な仏教信者であったいう。生没年不詳)
平安中期の武将、平 兼忠の子、平 貞盛の養子で、十五番目の息子である事から余五将軍とも呼ばれた。 『今昔物語集』巻二十五での陸奥の豪族藤原諸任との合戦。信濃での鬼女退治などの武勇伝がある。 惟茂の武勇の名は、「紅葉狩」によっていちだんと世に広まったとみられる。

(平成21年2月20日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


 

           紅葉狩         切能(太鼓あり)  

        シテ 前 女             季 秋
        シテ 後 鬼
        ワキ 平 維茂            所 信濃国戸隠山
        ワキヅレ 従者


シテツレ  「時雨をいそぐ紅葉狩。時雨をいそぐ紅葉狩。
       深き山路を尋ねん。
シテ    「是はこのあたりに住む女にて候。
シテツレ 「げにやながらえてうき世に住むとも今わはや。
       誰白雲の八重葎。茂れる宿のさびしきに。人こそ見えね秋の来て。庭乃白菊うつろふ色も。
       うき身の類いと哀れなり。余りさびしき友まぐれ。
       しぐるる空を眺めつつ。四方の梢もなつかしさに。    下哥
      伴い出づる道のべ乃草葉の色も日に添ひて       上哥
      下紅葉夜の間の露や染めつらん
ツレ    「夜の間の露や染めつらん
シテツレ 「朝の原は昨日より。色深き紅を分け行く方の山深み。
       げにや谷川に。風のかけたるしがらみは。
       流れもやらぬもみじ葉を。渡らば錦中絶えんと。
       まづ木の本に立ち寄りて。四方の梢を眺めて暫く休み給えや。
ワキ   「面白や頃は長月二十日余り。四方の梢も色々に。錦を色どる夕時雨。濡れてや鹿の独り鳴く。
       声をしるべの狩場の末。げに面白き景色かな。
ワキヅレ 「明けぬとて。野辺より山に入る鹿の。あと吹きおくる風の音に。駒の足並み。勇むらん。
ワキ    「ますらをがやたけ心の梓弓
ワキヅレ 「やたけ心の梓弓
ワキ    「いる野の薄露分けて。行くえも遠き山陰の鹿垣の道のさがしきに。
       落ち来る鹿の声すなり。風の行方えも。心せよ風の行くえも心せよ
ワキ    「いかに 誰かある」
ワキヅレ 「御前に候」
ワキ    「あの山陰に当たって人影の 見えて候は。
      いかなる者ぞ名を尋ねて 来たり候え」
ワキヅレ 「畏まって候。名を 尋ねて候へば。
      やごとなき 上臈の 幕打ちまはし 屏風を立て。
      酒宴半ばと 見えて候程に。懇ろに 尋ねて候えば。
      名をば申さず。唯さる御方とばかり 申し候」
ワキ    「あらふしぎや。このあたりにて左様の人は思いも よらず候。
      よし誰にてもあれ 上臈の。道のほとりの 紅葉狩。
      殊更酒宴の 半ばならば」
       かたがた乗りうちかのうまじと
地     「馬よりおりてくつを脱ぎ。馬よりおりてくつを脱ぎ。
      道をへだたてて山陰の。岩のかけぢを過ぎ給う。
      心ずかいぞたぐいなき心ずかいぞたぐいなき。
シテ   「げにや数ならぬ身ほどの山の奥に来て。人は知らじと打ち解けて。
      独り眺めるもみじ葉の。色見えけるかいかにせん。
ワキ   「我は誰ともしらま弓。唯やごとなき御事に。恐れて忍ぶばかりなり
シテ   「忍ぶもじ摺り誰ぞとも。知らせ給はぬ道のべ乃。便りに立ち寄り給えかし。
ワキ   「思いよらずの 御事や。我をば とめ給ふべきと」
      さらぬようにて過ぎ行けば
シテ   「あら情なの御事や。一村雨の雨宿り
ワキ   「一樹の陰に
シテ   「立ちよりて
地    「一河の流れをくむ酒を。いかでか見捨て給ふべきかと。
      恥かしながらも袂にすがり留むれば。
      さすが岩木にあらざれば。心弱くも立ち帰る。
      所は山路の菊の酒何かは苦しかるべき。
地クリ  「げにや虚渓を出でし古へも。志をば捨てがたき。
      人の情けの盃の。深き契りのためしとかや。
シテ   「林間に酒をあたためて紅葉を焚くとかや。
地    「げに面白や所から。巌の上の苔筵。かたしく袖も紅葉衣のくれない深きかほばせ乃。
ワキ   「この世の人とも思われず
地    「胸うち騒ぐばかりなり
地クセ  「さなきだに人心。乱るるふしは竹の葉の。
       露ばかりだにうけじとは。思ひしかども盃に。
       向えばかわる心かな。されば仏も戒めの。
       道は様々多けれど。殊に飲酒を破りなば邪淫忘語ももろともに。
       乱れ心の花かづら。かかる姿はまた世にも。
       類いあらじの山桜。その見る目もいかならん。
シテ   「よしや思えばこれとても
地    「前世の契り浅からぬ。深き情の色見えて。
      かかる折しも道のべの。草葉の露のかごとをもかけてぞ頼む行く末を。
      契るもはかなうちつけに。人の心もしら雲の立ちわづらえる気色かな。
      かくて時刻もうつり行く雲にあらしの声すなり。
      散るかまさきの葛城の。神の契りのよるかけて。
      月のさかづきさす袖も。雪を廻らす袂かな。
地    「堪えず紅葉                         (中の舞)
シテ   「堪えず紅葉青苔の地
地    「堪えず紅葉青苔の地。叉これ涼風暮れ行く空に。
       雨うちそそぐ夜嵐の。物凄まじき。
       山陰に月待つ程のうたた寝に。かたしく袖も露深し。
       夢ばし覚まし給うなよ夢ばし覚まし給うなよ       (中入)
ワキ   「あら浅ましや我ながら。無明の酒の酔心。
       まどろむ隙もなき中に。あらたなりける夢の告げと。
地    「驚く枕に雷火乱れ。天地も響き風おちこちの。たつきも知らぬ山中に。おそろしや。
地     「ふしぎや今までありつる女。
       取りどり化生の姿を現し或いは巌に火焔を放ち
       または虚空に焔をふらし。咸陽宮の煙の中に。
      七尺の屏風の上になお。余りて其のたけ一丈の鬼人の。
      角は火木。眼は日月面を向くべきやうぞなき。
ワキ   「惟茂少しも騒がずして
地     惟茂少しも騒ぎ給はず南無や八幡大菩薩と。心に念じ。
       剣を抜いて待ちかけ給えば。
      微塵になさんと。飛んでかかるを。
      飛ちがいむずと組み鬼神の真中刺し通す所を頭をつかんで上らんとするを。
      切り払い給えば剣に恐れて巌えのぼるを。
      引きおろし刺しとおしたちまち鬼神を従え給う。
      威勢の程こそおそろしけれ。



紅葉伝説

紅葉伝説 (もみじでんせつ) は、信州戸隠、鬼無里に伝わる鬼女にまつわる伝説である。紅葉は女主人公の名前である。
   出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

紅葉伝説のあらすじ
 937年(承平7年)のこと、子供に恵まれなかった会津の夫婦(笹丸・菊世)が第六天の魔王に祈った甲斐があり、女児を得、呉葉(くれは)と名付けた。才色兼備の呉葉は豪農の息子に強引に結婚を迫られた。呉葉は秘術によって自分そっくりの美女を生み出し、これを身代わりに結婚させた。偽呉葉と豪農の息子はしばらくは睦まじく暮らしたが、ある日偽呉葉は糸の雲に乗って消え、その時既に呉葉の家族も逃亡していた。 呉葉と両親は京に上った。ここでは呉葉は紅葉と名乗り、初め琴を教えていたが、源経基の目にとまり、腰元となりやがて局となった。紅葉は経基の子供を妊娠するが、その頃御台所が懸かっていた病の原因が紅葉の呪いであると比叡山の高僧に看破され、結局経基は紅葉を信州戸隠に追放することにした。
 956年(天暦10年)秋、まさに紅葉の時期に、紅葉は水無瀬(鬼無里)に辿り着いた。経基の子を宿し京の文物に通じ、しかも美人である紅葉は村びと達に尊ばれはしたものの、やはり恋しいのは都の暮らしである。経基に因んで息子に経若丸と名付け、また村びとも村の各所に京にゆかりの地名を付けた。これらの地名は現在でも鬼無里の地に残っている。だが、我が身を思うと京での栄華は遥かに遠い。
 このため次第に紅葉の心は荒み、京に上るための軍資金を集めようと、一党を率いて戸隠山に籠り、夜な夜な他の村を荒しに出るようになる。この噂は戸隠の鬼女として京にまで伝わった。
 ここに平維茂が鬼女討伐を任ぜられ、笹平(ささだいら)に陣を構え出撃したものの、紅葉の妖術に阻まれさんざんな目にあう。かくなる上は神仏に縋る他なしと、観音に参る事17日、ついに夢枕に現れた白髪の老僧から降魔の剣を授かる。今度こそ鬼女を伐つべしと意気上がる維茂軍の前に、流石の紅葉も敗れ、維茂が振る神剣の一撃に首を跳ねられることとなった。
 呉葉=紅葉33歳の晩秋であった。


下紅葉という言葉は何を表わしているのですか?

謡曲「紅葉狩」の謡本にある、

  シテ 上歌「下紅葉夜の間の露や染めつらん
         朝の原は昨日より色深き紅を分け行く方の山深み・・・

下紅葉という言葉は何を表わしているのですか?

@山のすそ野付近の紅葉の状態を言うでしょうか
A紅葉落葉が敷物のように散っている紅葉を言うでしょうか
B紅葉した木の下枝を下紅葉を言うでしょうか
 
上記以外に何か有ればお教え願います。


回 答@     椙山女学園大学文化情報学部  飯塚 恵理人

片桐洋一先生の「歌枕・歌ことば辞典増訂版」(笠間書院 1999年6月発行)に、「木々は気がつかぬうちに下の方の葉から紅葉するとされていたので、「下紅葉するをば知らで松の木の上の緑をたのみけるかな」(拾遺集・恋三・読人不知)のように気づかぬうちに人の心が変わってしまったことにたとえられ、また下葉の方から散り始めるので「下紅葉かつ散る山の夕時雨濡れてやひとり鹿の鳴くらむ」(新古今集・秋下・家隆)」のようによまれたりした」とありますので、下紅葉は「木の下葉の紅葉したもの」と言う考え方でよいと思います。



回 答A     郡山市中央図書館  奉仕係 調査相談担当

小原 隆夫 様
いつも図書館を御利用いただきありがとうございます。お問い合わせの件について、何冊か記載のある資料がありましたのでご案内します。  「下紅葉」の意味について

1 「日本国語大辞典 6」 小学館 より
 @紅葉した樹木の下葉  この項にいくつか歌が載っていますが、その中に 「謡曲・紅葉狩 下もみぢ、夜の間の露や染めつらん」とあります。
 A物の下の方にあるもみじ
 B植物「きっこうはぐま(亀甲羽熊)」の異名
2 「広辞苑」岩波書店 より 下葉のもみじしたもの
3 「新潮国語辞典」新潮社 より 紅葉した樹木の下葉、また物の下にあるもみじ

となっておりました。よろしくお願いいたします。


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