阿 漕 (あこぎ)

●あらすじ
 伊勢参宮を思い立った日向国の男(西国の僧)が伊勢の国、阿漕が浦にたどり着く。そこで釣り竿をもった老人に出会う。旅の男が浦の名前を聞くと老人は、この浦は伊勢大神宮の御膳調進の網を引く禁漁区であるが、阿漕の密漁が露見して海中に沈められたと、阿漕が浦の謂われを教える。さらに密漁の様子を語ろうとするが、急に激しい風が吹き、海が荒れて老人は消えてしまう。(中入)
 旅の男が弔いのお経をあげていると、四手網をもった阿漕の霊が現れて、密漁の様子を見せ、地獄での苦しみを訴える。そして僧に助けを求めながら波の底に沈んで行く。

●宝生流謡本      内六巻の五     四五番目    (太鼓あり)
    季節=秋       場所=伊勢国阿漕裏     作者=世阿弥
    素謡稽古順=平物   素謡時間=35分 
    素謡座席順   シテ=前・魚翁  後・阿漕
               ワキ=旅僧

●観能記
 能「阿漕」  平成23年8月13日(土)18:30開演
        会場:石川県立能楽堂   金沢市石引4丁目18-3   TEL.076-264-2598
  シテ/藪 俊彦  ワキ/苗加登久治
  後見/渡邊容之助、渡邊茂人
  笛/片岡憲太郎、小鼓/住駒俊介 大鼓/野尻哲雄、太鼓/前田孝雄
  地謡/広島克栄、島村明宏、佐々木英一、寺田成秀、山崎 健、中川一美、大間豊光、寺田 茂

 最初に「次第(しだい)」という囃子でワキ(僧)の一行が登場します。九州から伊勢大神宮へ向かう旅で、「道行」という謡を謡い、伊勢の国に到着します。 今度は「一声(いっせい)」という囃子で前シテ(漁夫の霊)の登場となります。老人の姿で釣り竿を持っています。 
シテは舞台に入り、殺生ばかりする浅ましい職業だが、これも生きていく為に仕方がない事だ、といった内容を謡います。
 ワキが言葉をかけ、所の名を尋ねますと、シテは「ここを阿漕が浦と言う」と答えます。 ワキが「伊勢の海、阿漕が浦に引く網も、度重なれば顕れにけり」という和歌を思い出すと、シテも「逢ふ事も、阿漕が浦に引く網も、度重ならば顕れやせん」という和歌を紹介し、「物の名も、所によりて変わりけり」と地謡が謡い出します。
 地謡「物の名も、所によりて変わりけり。所によりて変わりけり。難波の芦の浦風も。
    ここには伊勢の浜荻の、音を変えて聞き給へ、藻汐焼く、煙も今は絶えにけり。
    月見んとての。海人の仕業にと。許され申す海人衣。
    敷嶋に寄り来る、人なみにいかで洩るべき。
 ワキの所望により、シテは、舞台中央奥に座して物語り始めます。伊勢大神宮に捧げる魚を捕る海ですから、一般には禁漁なのですが、誘惑に勝てず、密漁を繰りかえした阿漕という名の漁夫が、やがて罪が露見し、海に沈められ処刑されたという物語です。そしてシテは、実は自分は阿漕の霊であると明かして姿を消します(前シテの退場を中入と言います)。 この中入の少し前に、「繰り返し繰り返し」と釣り竿に糸を繰り掛ける大変珍しい型がございます。

●H23.8/13(土) 能『阿漕』、狂言『梟山伏』   解説:飯塚恵理人(椙山女学園大学教授)
【阿漕(あこぎ)】 執心男物密漁が露見し、海に沈められた男の亡霊。地獄でなお網を引き続け、悪魚に身を苛まれ続ける苦しみをあらわす。(後略)

●参 考
阿漕(あこぎ)
  演能流儀: 五流全部にある        曲種・場: 雑能物(四番目物)、二場もの
  典拠・(古今和歌六帖)
       「逢ふことを あこぎの島に引く鯛の たび重ならば 人も知りなん」
     (源平盛衰記)巻八ー讃岐院事ー西行にまつわる歌の伝説
       「伊勢の海 阿漕が浦に引く網も 度重なれば 人もこそ知れ」
  登場人物: 前シテ:漁翁(阿漕の化身)=無地熨斗目、水衣、釣竿 面=笑尉、三光尉
        後シテ:阿漕の亡霊=黒頭、無地熨斗目、白水衣、腰蓑 四手網 面=痩男、河津
        ワキ:日向国の男(または旅僧)=段熨斗目、素袍上下(無地熨斗目着流、水衣)
        アイ:浦人=長裃
  作り物: なし


                   
三卑賤関係陽極 3曲
                                       
小原隆夫調べ
 コード     曲 目    概         説            場 所  季節 素謡  習順
内06巻5  阿  漕  殺生禁断を破った漁師の弔い        三重   秋  40分  初序
内01巻5  鵜  飼  亡鵜飼い法華の慈悲功徳にすくわれる  山梨   夏  30分  平物
内13巻5  善 知 鳥  立山禅定ノ僧猟師ノ亡霊ニ殺生ノ懺悔スル 富山   夏  45分  初奥

備考: 「阿漕」は「鵜飼」「善知鳥」とともに「三卑賤」と呼ばれ、殺生を業とする人間の執心を扱った曲。いずれも漁や猟の写実   的な表現が見せ場。「鵜飼」と異なりこの漁師は供養を頼むが救われない。


●阿漕浦と阿漕塚            
 三重県津市は昔、安濃津(あのつ)といっていました。「安濃郡ノ船着場」あるいは「安濃郡ノ港町」ということによる地名です。安=ア、濃=コイ、コキ から「アコギ」と転化させたのが「阿漕」の地名となった、という説が伝えられています。真偽の程はわかりませんが、とにかく阿漕は津市の発祥の地域であって、中世時代まで盛んな漁業・舟運の町として発展をしていたところです。(中略)
 阿漕平治物語ができる以前、室町時代末期に「謡曲・阿漕」ができて、この度重ならはあらはれにけり、を加えていますが、そのころはまだ「阿漕平治」という特定の人物をさしていません。 江戸時代の中ごろになって浄瑠璃(義大夫)の「勢州阿漕浦・鈴鹿合戦、平治住家の段」ができて広く宣伝され、それをまた「芝居」に仕組んで、ついに阿漕平治の名を実在した人物のようにしてしまいました。 そうして「平治孝子伝説」が生まれ「平治が簀巻きの刑うけた」という伝説となったのです。
 あらすじは 阿漕ノ平治が母の病気によくきく、という「矢柄」という魚を秘かに漁獲して、ヤレ嬉しやと、わが家に帰ったところ、あまりの嬉しさに浜辺へ笠を忘れてきたが、役人が来てその笠をつきつけ、笠に平治と書いてあるのが証拠だぞ、と平治を引き立てて処刑をした。つまり、母の病を思っての孝行も水の泡。平治は簀巻きにせられて、海へ投げ込まれてしまった。 この話に尾ヒレをつけた「又話し」ができました。平治が阿漕浦に投げ込まれてからは、夜な夜な阿漕浦のおきに、あやしい光が表れるようになったので、鳴呼可愛想な平治が恨みの光を放つと人々が言い、なんとか平治の魂を供養しよう、と平治供養を始めました。つまり現在も続けられている平治盆がここに由来しています。…というように書きますと、なんだ作り話を本当にしたのではないか、といわれるのですが、平治という特定の人ではなかったでしょうが、処罰をうけた人がなかったとは断言できません。(後略)

(平成25年4月19日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


詞 章
            阿  漕  (あこぎ)           四五番目   (太鼓あり)

                     季 秋    所 伊勢国阿漕浦
   【分類】四番目物 (雑能)
   【作者】世阿弥元清     典拠  古今 和歌六帖・源平盛衰記等記載の和歌によりて作る
   【主人公】前シテ:漁翁、後シテ:阿漕の亡霊

【あらすじ】
九州日向国(宮崎県)の男が伊勢参りを思い立ち、長い旅路の末、伊勢国(三重県)安濃の郡までやって来ます。ちょうど現れた一人の年老いた漁師に、ここが阿漕が浦であることを教えられたので、この浦を詠んだ古歌を口ずさむと、老人も別の古歌を詠じます。そこで旅人が、この浦の名のいわれを聞くと、老人は、昔からこの浦は、大神宮の御膳を調えるための網を入れるところなので、一般には禁漁となっていたのだが、阿漕という漁師がたびたび密漁をしていた。やがてその事がわかって、彼は捕らえられ罰としてこの沖に沈められた。そのことから阿漕が浦というようになったのだと物語り、その罪に今も苦しんでいるので弔って下さい、と言います。旅人が、さては阿漕の幽霊だなと思っていると、その老人は、夕暮の海辺に網をひく様を見せながら消え失せます。

   詞 章                                              (胡山文庫)

  次第
ワキ    上 心づくしの秋風に。/\。木の間の月ぞすくなき。
ワキ    詞 「是は九州日向の国より出でたる僧にて候。我未だ伊勢大神宮に参らず候程に。
          只今思い立ちて候。
    道行上 日に向う 国の浦舟漕ぎ出でて。/\。八重の汐路をはると分けこし波の淡路潟。 
          通う千鳥の声聞きて。旅の寝覚めを須磨の浦。関の戸ともに明け暮れて。
          阿漕の浦に着きにけり/\
シテ 一セイ上 波ならで。乾す隙もなき海女衣。身の秋いつと。かぎらまし。
    サシ上 それ世を渡る習い。我一人に限らねども。せめては職をいとなむ田夫ともならず。
          かくあさましき殺生の家に生まれ。明け暮れ物の命を殺すことの悲しさよ。
シテ    詞 「拙かりける殺生かなとは思えども。浮世の業にて候程に。
          今日もまた釣りに出でて候」
ワキ    詞 「いかにこれなる人に尋ね申すべき事の候」
シテ    詞 「此方の事にて候か何事にて候ぞ」
ワキ    詞 「伊勢の国に取りても。此の所をばいづくと申し候ぞ」
シテ    詞 「さん候此の所をば阿漕の浦と申し候」
ワキ    詞 「さては承り及びたる阿漕の浦にて候いけるぼや。古き歌の」
ワキ    上 伊勢の国阿漕の浦に引く網も
ワキ    詞 「度重なれば顕れにけり。かように詠まれし浦なるぞや。
       下 あら面白や候
シテ    詞 「あらやさしの旅人や。所の和歌なればなどかは知らで候ばき。
         彼の六帖の歌に。逢うことも阿漕の浦に引く網も。
         度重なれば顕れやせん。かように詠まれしあま人なれば。
         さも心なしいせをの海女の。見ろ目もかろき見なればとて。
         賤しみ給い候なよ
ワキ    上 げにや名所旧跡に馴れて年経ば心なき
シテ    上 海女の焚く藻の夕煙
ワキ    上 身を焚くべきにはあらねども。
シテ    上 住めば所によろ波の
ワキ    上 音もかわるか
シテ    上 聞き給え
地     上 物の名も所によりて変わりけり。/\。難波の芦の浦風も。
         ここには伊勢の浜荻の音をかえて聞き給へ藻汐やく。煙も今は絶えにけり。
         月見んとての。海女のしわざにと。ゆるされ申すあま衣。
         敷島に寄りくる人並みにいかでもるべき
ワキ    詞 「此の浦を阿漕が浦と申す謂われ御物語り候へ」
シテ    詞 「語って聞かせ申し候べし。総じて此の所を阿漕が浦と申すは。
         伊勢大神宮御降臨よりこのかた。御膳調進の網を引く所なり。
         されば神の御誓いによるにや。海辺のうろくづ此の所に多く集まるによつて。
         浮世を渡るあたりの海女人。此の所にすなどりを望むといえども。
         神前の恐れあるによい。堅く戒めてこれを許さぬ所に。
         阿漕とう海女人。望む心のかなさは。夜な/\忍びて網を引く。
         暫しは人も知らざるしが。度重なれば顕れて。阿漕をいましめ所をもかえず。
         此の浦の沖に沈めけり」
シテ    下 さなきだに伊勢をの海女の罪深き。身を苦しみの海の面。重ねて重き罪科を。
         受くるや冥途の道までも
地     下 娑婆にての名にしおう。いまも阿漕が恨めしや。呵責の責も隙なくて。
         苦しみもたび重なる罪弔はせ給えや
    クセ下 恥ずかしや古えを。語るもあまりげに。阿漕がうき名もらす身の。
         世語りのいろいろに。錦木の数積り。千束の契り忍ぶ身の。
         阿漕がたとえ浮き名立つ。憲清と聞えしその歌人の忍び妻阿漕阿漕と言いけんも。
         責め一人に度重なるぞ悲しき
   ロンギ上 ふしぎやさては幽霊の。幻ながら現れて。執心の浦波の哀れなりける知遇かな
シテ    上 一樹の宿りをも。他生の縁と聞くものを。御身も前の世の。
         知遇をすこし松陰にうらふれ給え墨衣 
地     上 日も夕暮れの汐煙。立ちそう方や漁り火の   
シテ    上 影もほのかに見えそめて
地     上 海辺も晴つつ村霧に
シテ    上 すはや手繰りの
地     上 網の綱。繰り返し/\浮きぬ沈むと見えしよりも。俄に疾風吹き。
         海面暗くかき暮れて。しき浪も立ち添い漁のともし消え失せて。
         こはそもいかにと叫ぶ声の波に聞こえしばかりにて
         跡はかもなく失せにけり/\
                     <中入>
旅人は不思議に思って、浦の人に、阿漕が浦の故事を聞き、先程の老人の話をすると、浦の人はきっと阿漕の亡霊にちがいないから回向してやるようにすすめて去ります。旅人が、法華経を読誦していると、阿漕の亡霊が四手網を持って現れ、密漁の有様と地獄での苦しみを見せ、救ってほしいと願って、また波問に消えていきます。
    (囃子 =  いざ弔はん数々の カラ  波の底に入りにけり マデ) 
ワキ  待謡上 いざ弔はん数々の。/\。法の中にも一乗の妙なる花の紐ときて。
        苔の衣の玉ならば。終に光は暗からじ/\。
後シテ   下 海女の刈る。藻にすむ虫のわれからと。音をこそなかめ世をばおとしわじ。
      上 今宵はすこし浪あれて。御膳の煮贄の網はまだ引かれぬよなう。
      詞 「よき隙なりと夕月ならば。宵より軈(ヤガ)て入り汐の」
      上 道をかえ人目を。忍び/\に引く網の。沖にも磯にも船は見えず。
         唯我のみぞあごの海阿漕が塩木こりもせで
地     上 猶執心の。網おかん
                     <カケリ>
シテ    上 伊勢の海。清き渚のたまだまも。
地     上 とうこそ便り法の声。
シテ    上 耳には聞けども。なお心には。
地     上 ただ罪をのみ持ち網の。波はかえって。猛火となるぞや。あら熱や。たえがたや。
地     上 丑三つ過ぐる夜の夢。丑三つ過ぐる夜の夢。見よや因果のめぐり来る。
         火車に業を積む.数苦しめて目の前の。地獄も誠なりげに.
         恐ろしの気色や。
シテ    下 思うも怨めし.いにしえの。
地     下 思うも怨めしいにしえの。娑婆の名を得し。阿漕がこの浦に。なお執心の。
         心引く網の.手馴れしうろくず今はかえって。悪魚毒蛇となって。
         紅蓮大紅蓮の氷に.身を痛め.骨を砕けば.叫ぶ息は。焦熱大焦熱の。
         焔煙雲霧。立居に隙もなき。冥途の責もたび重なる。
         阿漕が浦の罪科を。助け給えや旅人よ。助け給えや旅人とてまた波に.
         入りにけりまた 波の底に入りにけり。


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