姨  捨 (おばすて)

●あらすじ
都の男は、名所の月を眺めようと更科にある姨捨山を訪れます。夕刻、山からの眺めを楽しむ男の前に現れた女は、男の問いかけに対し、昔この山に捨てられ「我が心なぐさめかねつ更科や姨捨山に照る月を見て」と詠んだ老女の未だ晴れぬ心の内について語るうちに、自分がその老女の霊であると名乗って姿を消します。夜になり月が出ると、老女の霊が白衣の姿で男の前に現れ、夜もすがら月を愛でようと言います。月の光を阿弥陀仏の救いの光と見て極楽の様子を再現し、月は満ちては欠けることによって世の無常を示すのだと言い、月光と一体となったかのように舞を舞いますが、昔を懐かしむ執心は消えません。夜明けとともに男がたち去ると、老女の霊だけがまた、独り山に残されるのでした。                 姨捨山伝説と大和物語 独立行政法人日本芸術文化振興会ヨリ

●宝生流謡本      内六巻の四     三番目    (太鼓あり)
    季節=秋   場所=信濃国姨捨山   作者=世阿弥   出典=大和物語
    素謡稽古順=三老女   素謡時間=***分 
    素謡座席順   シテ=前・里女  後・老女
               ワキ=都の者

●観能記
能「姨捨」 宝生流    
山本順之の会 特別公演 2011年10月22日 宝生能楽堂 :
 すごいものを観た。たらたらと長いこと観続けてきた割に、能の「姨捨」を観るのはこれがはじめてであったが、この舞台を観るために今まで能楽堂に足を運び続けて来たのではないかと思わせるような舞台であった。 舞台上は月の光に満たされ、時間の感覚さえなくなってしまったかのよう。途中シテは一度詞章を度忘れし(山本さんにはよくあることだが)後見がフォローしていたが、それが舞台の流れを断ち切ることはまったくなく、最後まで濃密な空間が続いていた。 肉親に山に捨てられ、孤独で過酷な死を迎えたはずの盲目の老女は、今はその恨みも悲しみもすべてそぎ落としたかのように舞っている。しかし、彼女は成仏したわけではない。
自分でも「執心の闇を晴らさん」とか言って、実際にこうして幽霊として旅人の前に現れちゃったりしているのである。 彼女をこの世にとどめているのはなにかとと考えたとき、それは「寂しさ」なのかなと思った。 
他の感情はなにも残っていないが、ただ純粋な「寂しさ」だけが残留思念のようにこの山に残り、都からの旅人のおとずれを喜んで実体化してしまったのかもしれないな、と。
旅人が去ったとき、別にそれを引き止めるでもなく、嘆くでもなく、彼女の意識は山の中に雲散してしまったようだった。そしてまた新たな旅人が訪れたときに老女の形をとって現れるのかもしれない。 長い上に動きの少ない老女物とて、いねむり覚悟で見ていたが、間狂言の最初のところだけ意識が飛んだだけで、あとはこの空間にどっぷりと浸ることができた。序ノ舞では我知らず、ぼろぼろと涙がこぼれた。感情移入や哀れみなどが原因ではなく、純粋な老女の姿と月の光に自分の心が浄化されて出てきた涙だった。 
ワキ、間狂言、お囃子方、地謡、後見の方がたも素晴らしいものであった。

<公演詳細>
   シテ 山本順之  ワキ 宝生 閑  ワキツレ 宝生欣哉  大日方寛
   地頭 観世銕之丞          アイ 野村万作
   笛  一増仙幸  小鼓 大倉源次郎  大鼓 柿原崇志  太鼓 小寺佐七
   後見 観世清和    野村四郎    山本章弘


             
三老女関係謡曲 三曲
                                    
小原隆夫調べ
 コード    曲 目    概         説         場 所 季節  習順
内06巻3 姨   捨 姥捨山デ更科ノ月 捨ラレタ女ニ逢ウ)  長野   秋  三老女
内17巻3 関寺小町 老衰ノ小町ヲ関寺ニ招キ慰メル       滋賀   夏  三老女
内15巻3 桧   垣 太宰府ノ白拍子ノ霊弔フ         熊本   不  三老女


●参 考 
姨捨山伝説と大和物語
 信濃の更科は古来月見の名所だったらしい。これに何故か姨捨の悲しい話が結びついて、姨捨山伝説が出来上がった。大和物語に取り上げられているから、平安時代の前半には、人口に膾炙していたのだろう。今昔物語集も改めて取り上げている。能「姨捨」は、この説話を基にして、老女と月とを情緒豊かに描いたものである。 姨捨の風習が果たして存在したのかどうかについては、議論がある。作家の深沢八郎は「楢山節考」の中で、風習としての姨捨があったかのように描いているが、どうもそのようなことはなかったようだ。少なくとも、信濃の姨捨山に直接結びつくような、老人遺棄の話は存在しないらしい。 姨捨山がどの山をさしていうのかについても、実は議論がある。更級地方一帯の山々を総称していうとする見方もあれば、冠着山という特定の山だとする説もある。   (中略)
ここでひとまず、大和物語にある姨捨の説話を読んでいただきたい。

―信濃の國に更級といふところに、男すみけり。わかき時に親死にければ、をばなむ親のごとくに、若くよりあひそひてあるに、この妻の心いと心憂きことおほくて、この姑の、老いかゞまりてゐたるをつねににくみつゝ、男にもこのをばのみ心さがなく悪しきことをいひきかせければ、昔のごとくにもあらず、疎なること多く、このをばのためになりゆきけり。このをばいとたう老いて、二重にてゐたり。これをなをこの嫁ところせがりて、今まで死なぬこととおもひて、よからぬことをいひつゝ、「もていまして、深き山にすてたうびてよ」とのみせめければ、せめられわびて、さしてむとおもひなりぬ。月のいと明き夜、「嫗ども、いざたまへ。寺に尊き業する、見せたてまつらむ」といひければ、かぎりなくよろこびて負はれにけり。高き山の麓に住みければ、その山にはるばるといりて、たかきやまの峯の、下り來べくもあらぬに置きて逃げてきぬ。「やや」といへど、いらへもせでにげて、家にきておもひをるに、いひ腹立てけるおりは、腹立ちてかくしつれど、としごろおやの如養ひつゝあひ添ひにければ、いとかなしくおぼえけり。この山の上より、月もいとかぎりなく明くていでたるをながめて、夜一夜ねられず、かなしくおぼえければかくよみたりける、
    わが心なぐさめかねつ更級や姨捨山に照る月をみて
とよみて、又いきて迎へもて來にける、それより後なむ、姨捨山といひける。慰めがたしとはこれがよしになむありけるー(大和物語第156段)

ご覧のように、これは老母虐待の物語である。大和物語に前後して、落窪物語が継子いじめを題材にしているが、これはその裏返しとしての継母いじめである。それが月見の名所姨捨山のイメージと結びついている。能「姨捨」は、大和物語などを題材としつつも、老女遺棄の悲惨な話としてではなく、昔を恋ふる老女の思い出語りという体裁に仕上げられている。月を背景に老女が舞う姿は、幽玄の極致とされ、卒塔婆小町、関寺小町とともに、三老女の一つに数えられている。

(あさかのユーユークラブ 謡曲研究会 平成24年7月15日)


             姨 捨       三番目    (太鼓あり)

    季節=秋   場所=信濃国姨捨山   作者=世阿弥   出典=大和物語
    
              シテ=前・里女  後・老女
              ワキ=都の者

◎能「姨捨」は、大和物語などを題材としつつも、老女遺棄の悲惨な話としてではなく、昔を恋ふる老女の思い出語りという体裁に仕上げられている。月を背景に老女が舞う姿は、幽玄の極致とされ、卒塔婆小町、関寺小町とともに、三老女の一つに数えられている。この作品は、能の中でも最も難度の高い「最奥の曲」とされる。上演の頻度もそう多くはない。
構成は複式夢幻能である。前段は、わざわざ信濃まで月見に来た都の風流人と里の女との間で交わされる姨捨山の伝説の物語、後段はこの山に捨てられたという老女が現れ、昔を懐かしみ月を愛でつつ静かに舞う。まず舞台には、都に住まうという旅人が登場し、これから更科の月を見に姨捨山に向かうのだと述べる。(以下、テキストは「半魚文庫」を活用)


ワキ次第「月の名近き秋なれや。月の名近き秋なれや。姨捨山を尋ねん。
     詞「かやうに候ふ者は。都方に住居仕る者にて候。
       我未だ更科の月を見ず候ふほどに。此秋思ひ立ち姨捨山へと急ぎ候。
   道行「此程の。しばし旅居の仮枕。しばし旅居の仮枕。また立ちいづる中宿の。
       明かし暮らして行く程に。こゝぞ名におふ更科や。姨捨山に着きにけり。
       姨捨山に着きにけり。
    詞「さても我姨捨山に来て見れば。嶺平らかにして万里の空も隔なく。
      千里に隈なく月の夜。さこそと思ひやられて候。いかさま此処に休らひ。
      今宵の月を眺めばやと思ひ候。

旅人が月を眺めていると、里の女が現れ旅人に声をかける。旅人が老女の捨てられた場所はどこだと尋ねると、女は桂の木陰をさし、そこがその場所だと答える。

シテ  詞「なう/\あれなる旅人は何事を仰せ候ふぞ。
ワキ  詞「さん候これは都の者にて候ふが。はじめてこの処に来りて候。
       さて/\御身はいづくに住む人ぞ。
シテ    「これはこの更科の里に住む者にて候。今日は名におふ秋の半。
       暮るゝを急ぐ月の名の。殊に照り添ふ天の原。くまなき四方の景色かな。
       いかに今宵の月の面白からんずらん。
ワキ   「さては更科の人にてましますかや。さて/\古姨捨の。
      在所はいづくの程にて候ふぞ。
シテ   「姨捨山のなき跡と。問はせ給ふは心得ぬ。我が心慰めかねつ更科や。
     詞「姨捨山に照る月を見てと。詠ぜし人の跡ならば。これに木高き桂の木の。
       蔭こそ昔の姨捨の。其なき跡にて候へとよ。
ワキ   「さては此木の蔭にして。捨て置かれにし人の跡の。
シテ  詞「其まま土中に埋草。かりなる世とて今は早。
ワキ   「昔語になりし人の。なほ執心や残りけん。
シテ   「なき跡までも何とやらん。
ワキ   「もの凄じき此原の。
シテ   「風も身にしむ。
ワキ   「秋の心。
地   歌「今とても。慰めかねつ更科や。慰めかねつ更科や。姨捨山の夕暮に。
      松も桂もまじる木の。緑も残りて秋の葉のはや色づくか一重山。
      薄霧も立ちわたり。風冷まじく雲尽きてさびしき山の。けしきかな。
      さびしき山のけしきかな。

この辺は、大和物語の内容を踏まえた筋書きになっている。だが舞台が進むにつれ、次第に原作を離れ、独自の展開をするようになる。 里の女は、夜遊をして慰め申さんといいつつ、消え入るようにして退場する。

シテ  詞「旅人はいづくより来り給ふぞ。
ワキ   「されば以前も申すごとく。都の者にて候ふが。更科の月を承り及び。
      始めてこの処に来りて候ふよ。
シテ   「さては都の人にてましますかや。さあらば妾も月と共に。現れ出でて旅人の。
      夜遊を慰め申すべし。
ワキ   「そもや夜遊を慰めんとは。御身はいかなる人やらん。
シテ   「誠は我は更科の者。
ワキ   「さていまは又いづ方に。
シテ   「住家といはんは此山の。
ワキ   「名にしおひたる。
シテ   「姨捨の。
地   歌「それといはんも恥かしや。それといはんも恥かしや。その古も捨てられて。
      只一人此山に。澄む月の名の秋毎に執心の闇を晴らさんと。今宵現れ出でたりと。
      夕陰の木の本にかき消すやうに。失せにけりかき消すやうに失せにけり。

           (中入間)
間狂言では、里人が現れて、姨捨伝説を語った後、旅人に一夜をここで過ごすように勧めて去る。 旅人が月見をしながら一夜を明かしていると、白衣の老女が夢幻のように現れる。この老女は、かつてこの山に捨てられた老母であるには違いないが、別にそのことを恨むでもなく、姨捨山の秋の月を愛で、世のはかなさを嘆きながらも、勢至菩薩の功徳を説く。不思議な雰囲気に満ちた老女である。

ワキ 待謡「夕陰過ぐる月影の。夕陰過ぐる月影の。はや出で初めて面白や。
      万里の空も隈なくて。いづくの秋も隔なき。心もすみて夜もすがら。
      三五夜中の新月の色。二千里の外の古人の心。
後シテ一声「あら面白のをりからやな。あら面白のをりからや。明けば又秋の半も過ぎぬべし。
      今宵の月の惜しきのみかは。さなきだに秋待ちかねてたぐひなき。
      名を望月の見しだにも。おぼえぬ程に隈もなき姨捨山の秋の月。
      余りに堪へぬ心とや。昔とだにも思はぬぞや。
ワキ   「不思議やなはや更けすぐる月の夜に。白衣の女人現れ給ふは。夢か現か覚束な。
シテ  詞「夢とはなどや夕暮に。現れ出でし老の姿。恥しながら来りたり。
ワキ   「何をか包み給ふらん。もとより処も姨捨の。
シテ   「山は老女が住処の。
ワキ   「昔に帰る秋の夜の。
シテ   「月の友人円居して。
ワキ   「草を敷き。
シテ   「花に起き臥す袖の露の。
   二人「さも色々の夜遊の人に。いつ馴れそめてうつゝなや。
地   歌「盛ふけたる女郎花の。盛ふけたる女郎花の。草衣しをたれて。
      昔だに捨てられしほどの身を知らで。又姨捨の山に出でて。面を更科の。
      月に見ゆるも恥かしや。よしや何事も夢の世の。なか/\いはじ思はじや。
      思草花にめで月に染みて遊ばん。
地  クリ「実にや興にひかれて来り。興尽きて帰りしも。今のをりかと知られたる。
      今宵の空の気色かな。
シテ サシ「然るに月の名所。いづくはあれど更科や。
地    「姨捨山の曇なき。一輪満てる清光の影。団々として海:けうを離る。
シテ   「しかれば諸仏の御誓。
地    「いづれ勝劣なけれども。超世の悲願あまねき影。弥陀光明に如くはなし。
    クセ「さるほどに。三光西に行くことは。衆生をして西方に。
      すゝめ入れんが為とかや。月はかの如来の右の脇士として。有縁を殊に導き。
      重き罪を軽んずる天上の力を得る故に。大勢至とは号すとか。天冠の間に。
      花の光かゝやき。玉の台の数数に。他方の浄土をあらはす。
      玉珠楼の風の音糸竹の調とりどりに。心ひかるゝ方もあり。蓮色々に咲きまじる。
      宝の池の辺に。立つや並木の花散りて。芬芳しきりに乱れたり。
シテ   「迦陵頻伽のたぐひなき。
地    「声をたぐへてもろともに。孔雀鸚鵡の。同じく囀る鳥のおのづから。
      光も影もおしなべて。至らぬ隈もなければ無辺光とは名づけたり。
      然れども雲月の。ある時は影満ち。又ある時は影闕くる。有為転変の。
      世の中の定のなきを示すなり。
シテ   「昔恋しき夜遊の袖。

         (序ノ舞)
老女の舞は、夢幻のうちにあるように、ゆったりと、静かに舞われる。そのうち夜がしらじらと更け行くと、旅人は去り、老女一人がその場に残される。

シテワカ
「我が心なぐさめかねつ。更科や。
地    「姨捨山に照る月を見て。照る月を見て。
シテ   「月に馴れ。花に戯るゝ秋草の。露の間に。
地    「露の間に。なか/\何しにあらはれて。胡蝶の遊。
シテ   「戯るゝ舞の袖。
地    「返せや返せ。
シテ   「昔の秋を。
地    「思ひ出でたる妄執の心。やる方もなき。今宵の秋風。身にしみじみと。
      恋しきは昔。しのばしきは閻浮の。秋よ友よと。思ひ居れば。
      夜も既にしら/\とはやあさまにもなりぬれば。我も見えず旅人も帰るあとに。
シテ   「ひとり捨てられて老女が。
地    「昔こそあらめ今も又姨捨山とぞなりにける。姨捨山とぞなりにける。

ワキが去ってシテ方のみが舞台に残るのは、珍しい演出である。姨捨の趣旨をここに盛り込んだのでもあろうか。

姨捨といえば、かの芭蕉翁もわざわざ訪ね来て月見をしている。その折の様子は「更科紀行」に記されている。しかして芭蕉は、次の一句を詠んだ。
   おもかげや姨ひとり泣く月の友
                             (以上 壺齋閑話 より抜粋)