清 経 (きよつね)

●あらすじ
平家一門が都落ちした後、都でひっそり暮らしていた平清経の妻のもとへ、九州から、家臣の淡津三郎(あわづのさぶろう)が訪ねて来ます。三郎は、清経が、豊前国柳が浦〔北九州市門司区の海岸、山口県彦島の対岸〕の沖合で入水したという悲報をもってやって来たのです。形見の品に、清経の遺髪を手渡された妻は、再会の約束を果たさなかった夫を恨み、悲嘆にくれます。そして、悲しみが増すからと、遺髪を宇佐八幡宮〔現大分県北部の宇佐市〕に返納してしまいます。しかし、夫への想いは募り、せめて夢で会えたらと願う妻の夢枕に、清経の霊が鎧姿で現れました。もはや今生では逢うことができないふたり。再会を喜ぶものの、妻は再会の約束を果たさなかった夫を責め、夫は遺髪を返納してしまった妻の薄情を恨み、互いを恨んでは涙します。やがて、清経の霊は、死に至るまでの様子を語りながら見せ、はかなく、苦しみの続く現世よりは極楽往生を願おうと入水したことを示し、さらに死後の修羅道の惨状を現します。そして最後に、念仏によって救われるのでした。

●宝生流謡本      内五巻の二     二番目    (太鼓なし)
    季節=秋   場所=京都   作者=世阿弥
    素謡稽古順=入門   素謡時間=48分 
    素謡座席順   ツレ=清経の妻
                シテ=左中将清経
               ワキ=淡津三郎

●みどころ
世阿弥が出家する以前の自信作のひとつで、現代でも修羅能の代表的な一曲です。亡霊のシテが妻の夢に現れるという設定ですが、前シテが後シテの化身という設定の複式夢幻能とは異質の、現在能的な作風です。世阿弥は、その著『風姿花伝』や『三道』で、修羅能の作り方として、源平の名将を主人公に、物語を元のままに作ること、終曲部に合戦の場面を置くこと、などを説いています。しかしながら、平家の公達とはいえ、入水による死を選んだ清経は、上記の定型的な修羅能の主人公のイメージからは離れています。都落ちした平家一門への喪失感と絶望感に苛まれた清経は、信仰による究極の救いを求めます。自ら死を選んだ清経の心情は、回想のかたちで語られます。
シテの、この心象風景と、実際の情景とを織り交ぜた、クセからキリにかけての舞の部分が一番の見どころといえるでしょう。張りつめた緊張感のなか、地謡、囃子とシテの舞とが、お互いに、これら一連の情景を描写し合う様は圧巻です。

●参 考
平 清経(きよつね) ****〜1183
生年未詳、寿永二年(1183年)没。重盛の三男で、母は中納言藤原家成の娘で大納言成親の妹の経子。同母弟に有盛、師盛、忠房がいる。承安四年(1174年)に正五位下・左近衛権少将に任じられ、治承二年(1178年)に従四位上、寿永二年(1183年)に左近衛権中将になる。早くから追討軍として活躍しており、以仁王の乱の際は園城寺追討軍に参加、寿永元年(1181年)の大規模な諸国追討計画(計画は中止)では、兄維盛とともに東海・東山道へ派遣される予定であった。 
都落ちの後、もと家人の緒方惟義に太宰府を追われた平家一門は、豊前柳ガ浦に船を浮かべる。平家物語によると、この状況に絶望し前途をはかなんだ清経は「…いづくへゆかばのがるべきかは。ながらへはつべき身にもあらず」と言って、横笛を吹き、念仏を唱えながら入水したという。


●解 説  能『清経』
 平安末期、平家は凋落の一途をたどり、壇ノ浦の合戦まであと数年。源氏との戦により西国へと都落ちした左中将清経の京都の留守宅では、妻が一人寂しく夫を待っています。時は秋、降りしきる時雨の中、豊前の国(現・福岡県)柳が浦で清経が前途をはかなんで身を投げた報告と、清経の遺髪を届けるために、家臣の淡津三郎が九州より忍んで邸宅へ訪れます。報された妻は、いつか必ず再び会おうという約束を裏切られたことにショックを受け、討死か病死ならば耐えもしようが、何故一人先に身を投げてしまったのかと悲嘆にくれて、清経の形見の品である遺髪を見るに忍びず返してしまいます。 夜もすがら夫を思い臥している妻の夢の中に、「うたた寝に恋しき人を見てしより夢てふものは頼みそめてき」と詠じながら清経が現れます。妻は夢の中での夫との再会を嬉しく感じながらも、何故自分を残して死んでしまったのかと清経の身勝手を恨み、一方清経は妻が己の遺髪を返したことを恨むのです。 清経は妻に自分が身を投げるまでの経緯を語って聞かせます。筑紫での戦いの敗北、勝利の願をかけた宇佐八幡からの神託で見放されたと悟り、自ら命を絶というと決意したこと。そして澄み渡った月夜、今様を謡い、横笛を奏で、静かに念仏を唱えるとそのまま海へ身を投げたこと。さらに清経は、妻に修羅道を苦しみを見せますが、入水の際に十念を唱えた功徳で仏果を得たのでした。

▲ この『清経』の「恋之音取」というのは小書というそうで、特殊演出を言うそうである。私が持っている小学館の謡曲集では、シテが登場して最初の語りが「聖人に夢なし〜」であるが、この小書が付いた演出では、笛方が非常に重く扱われるそうで、何故かは訊かなかったが「聖人に夢なし〜」は詞章からは省略され、小野小町の歌からシテの語りが始まるようになっている。これは明治からの演出だそうで、それ以前はすべての台詞を語っていたとも言っていた。 この演出は、最期まで笛を手放さなかった清経ならではのものだそうで、シテ登場前に笛方が地謡座の前に出て、そこで奏でられる笛方の妙なる調べに導かれるかの如くに、橋掛よりシテが登場する演出となっている。 その場面で数回笛の音が止むのであるが、その瞬間舞台全体に漲る静寂が素敵だ。

▲ 清経の潔い死様を、あぢきなや、とても消ゆべき露の身を、なほ置き顔に浮草の、波に誘はれ、舟に漂ひていつまでか、憂き目を水鳥の、沈み果てんと思ひ切り、人には言わで岩代の、待つ事ありや暁の、月に嘯く気色にて、舟の舳板に立ち上がり、腰より横笛抜き出だし、音も澄みやかに吹き鳴らし、今様を謡ひ朗詠し、来し方行末を鑑みて、つひにはいつか徒波の、帰らぬは古、留まらぬは心づくしよ、この世とても旅ぞかし、あら思ひ残さずやと、よそ目にはひたふる、狂人と人や見るらん、よし人は何とも、みるめを仮の夜の空、西にかたぶく月を見れば、いざやわれも連れんと、南無阿弥陀仏弥陀如来、迎へさせ給へと、ただ一声を最期にて、舟よりかっぱと落ち汐の、底の水屑と沈みゆく、憂き身の果ぞ悲しき。(小学館出版 日本古典文学全集・謡曲集(1)『清経』より)

●清経の特徴
通常の修羅物とは違った点が清経にはいくつか見られます。
@前場と後場がない。『シテが化身で旅僧の前に現れ、後半で正体を現して修羅道の苦しみを救ってもらう』のが通常の修羅物の構成です。『例: 屋島、敦盛』
Aシテが自力で成仏する。 清経は海に飛び込むときに自分で唱えた念仏の功力で成仏します。(普通は旅僧などに弔ってもらって成仏します。)
B小書き「恋之音取(こいのねとり)」
多くの能に「小書き」という通常とは違った演出が存在します。清経も例外ではなく、「恋之音取」という小書きがあります。どういうものかというと、地謡の「手向け返して…枕や恋を知らすらん」のところで笛方が少し前に出て幕の方に向かい「音取」という特別の譜を吹きます。するとその笛の音に誘われるようにして清経の亡霊が幕から出て、笛が止めば止まり、吹き出すと歩き出す…という動作をしながら舞台に上がるという演出です。笛を愛した清経らしい演出ですね。

(平成21年2月20日 あさあかのユーユークラブ 謡曲研究会)


詞章
             
清  経(きよつね)

                     季  秋    所  京都
  【分類】二番目物(修羅能)
  【作者】世阿弥元清    典拠:平家物語
  【登場人物】シテ:平清経  ワキ:淡津三郎  ツレ:清経の妻

【あらすじ】
平清経の家臣、淡津三郎はひそかに一人で九州から都へ戻って来ます。清経は、平家一門と共に幼帝を奉じて都落ちし、西国へと逃れますが、敗戦につぐ敗戦に、前途を絶望して、豊前国(福岡県)柳ヶ浦で、船から身を投げて果ててしまいます。三郎は、その形見の黒髪を、清経の妻に届けるために、戻って来たのです。その話を聞いた妻は、せめて討ち死にするか病死ならともかく、自分を残して自殺するとは、あんまりだと嘆き悲しみます。そして形見の黒髪も見るに忍びず、涙ながらに床につくと、夢の中に清経の霊が現れ、妻に呼びかけます。妻は嬉しくもあるが、再び生きて姿を見せてくれなかったことを恨みます。清経は、都を落ちた平家一門が、筑紫での戦にも敗れ、願をかけた宇佐八幡の神からも見放されたいきさつ、敗戦の恐ろしさ、不安、心細さを話して聞かせ、望みを失って月の美しい夜ふけ、西海の船上で横笛を吹き、今様を謡って入水したことを物語って、妻を納得させようとします。続いて修羅道の苦しみを見せますが、実は入水に際して十念を唱えた功徳で成仏し得たと述べ、消えてゆきます。

 この『清経』には「恋之音取」(観世流)・「音取」(宝生流・喜多流)・「披講之出端」(金剛流)という小書があって、そうなるとシテが幕から出てくる直前の下歌の途中から囃子もなくなり、地謡だけで沈み行くかのような雰囲気を醸し出し、そして、静かに笛方が前に進み、「音取」という静かな笛の独奏の内に霊が現れるという演出になります。   (ゆげひ的雑感より抜粋)

 シテは笛に乗って橋掛りを進み、笛の音が止むと止まり。幕の向こうはあの世で、橋掛りはあの世とこの世を繋ぐ橋、笛は亡者を呼び寄せる咒、ってイメージすらあります。印象を深くするために、派手にするのではなくて逆に、ただでさえ少ない能の楽器演奏から大小鼓を除き、地謡まで除く。こういうのが能の真髄だなぁ、と感じるばかりです。
 ところで、この『清経』に関して、私の愛用する『能・狂言辞典』には「夫婦の愛情の深いきずなを思わせる」とか「夫婦のこまやかな愛情」だとか書かれてます。しかし、私はそこは実は本題とは違うのではないかな、と思っています。
 もちろん確かに、この夫婦の絆の深さはいろいろな箇所で描かれています。例えば淡津三郎がやってきた時、妻が直接応対に出ています。

                                        (胡山文庫)
   次第
ワキ    上 八重の潮路の浦の/\九重にいざや帰るらん
ワキ    詞「左中将清経の御内に仕え申す。淡津の三郎と申す者にて候。
         偖も頼み奉り候清経は。過ぎにし筑紫の軍に打ち負け給い。
         都へはとても道芝の。雑兵の手にかからんよりはと思し召しけるか。
         豊前の国柳ヶ浦の沖にして。更けゆく月の夜船より。
         身を投げ空しくなり給いて候。又船中を見奉れば。鬢の髪を残し置かれて候間。
         御形見を持ち唯今都へ上り候」
ワキ  道行上 此の程は鄙の住まいに別れなれて。/\。たまたま帰る故郷の昔の春に引き替えて。
         今は物憂き秋暮れてはや時雨ふる旅衣。
         しをるる袖の身のはてを忍び忍びに上りけり/\
ワキ    詞「急ぎ候程に。これははや都の着きて候。いかに案内申し候。
         筑紫より淡津の三郎がまいりて候それそれ御申し候へ」
ツレ    詞「何淡津の三郎と申すかあら珍しや。人までもなし此方へ来たり候へ」
ワキ    詞「や。これは御声にたありげにこう。淡津の三郎ば参りて候」
ツレ    詞「さて只今は何の為の御使いにてあるぞ」
ワキ    詞「さん候かくとももうさん為これまでは参りて候へども」
ワキ    下 何と申し上ぐべきやらん。 下二 前後をわきまえず候
ツレ    詞「あらふしぎやな。何とて物をば申さdrさめざめと泣くぞ」 
ワキ    詞「面目もなき御使い参りて候」
ツレ    詞「面目もなき御使いとは。もし御遁世にてあるか」 
ワキ    詞「あや御遁世にても御座なく候」
ツレ    詞「過ぎにし筑紫の軍にも御恙なきとこそ聞きつるに」
ワキ    詞「さん候過ぎにし筑紫の軍にも御恙御座なく候いしが。
         清経心に思ぼしめすようは。都えはとても帰らぬ道芝の。
         雑兵の手にかからんよりはと思し召しけるか。豊前の国柳が通の沖にして。
         更けゆく月の夜船より。身を投げ空しくなり給いて候。」
ツレ    上 なに身を投げ空しくなり給いたるとや。
      下 恨めしやせめては討たれもしは又。病の床の露とも消えなば。
         力なしとも思うべきに。我と身を投げ給う事。偽りなりつるかねことかな。
         げに恨み其のかいの。なきよとなるこそ悲しけれ
地     下 何事もはかなかりける世の中の
地     上 此の程は人目をつつむ我が宿の。人目をつつむ我が宿の。
         垣おの薄吹く風の。声をも立てず忍び音になくのみなりし見馴れども。
         今は誰をか憚りの。有明月の夜ただとも。
         何か忍ばん子規 名をもかくさで鳴く音かな/\
ワキ    詞「また船中を見連れば。御形見に鬢の髪を残し置かれて候。
         これをご覧じて御心を慰められ候へ」
ツレ    下 これは中将殿の黒髪かや。見れば目もくれ心消え。猶もおもいのまさるぞや。
         見るたびに心ずくしのかみなれば。うさにぞかえす本の社にと
地     下 手向返して夜もすがら。涙と共に思い寝の。夢に成とも見え給えと。
         寝られぬにかたむくる枕や恋を知らすらん/\
シテ  サシ上 聖人に夢無し。誰あつて現と見る。眼裏に塵あつて三界すぼく。
         心頭無事にして一床寛し。げにや憂しと身し世も夢。つらしと思うも幻の。
         いずれ跡ある雲水の。行くも帰るもえんぶの故郷に。たどる心のはかなさよ。
         うたた寝に恋しき人を見てしより。夢ちょうものは。頼みそめてき。
         いかにいにえ人。清経こそ参りて候へ
ツレ    上 ふしびやなまどろむ枕に見え給うは。げに清経にてましませども。
         正しく身を投げ給えるが。夢ならでいかが見ゆべきぞ。
      下 よし夢なりとも御姿を。見みえ給うぞありがたき。
         さりながら命を持たで我と身を。捨てさせ給う御事は。
         偽りなりつるかねことなれが。
     下二 唯恨めしう候 
シテ    上 さように人をも恨み給はば。我も恨みは
シテ    詞「有明の。見よとて贈りし形見をば。何しに返させ給うらん」
ツレ    上 いやとよ形見を返すハ。思いあまりし言の葉の。
         見るたびに心づくしの神なれば
シテ    詞「宇佐にぞかえす本の社にと。さしも贈りし黒髪を。あかずはとむべき形見ぞかし」
ツレ    上 愚かと心得給えるや。慰めとての形見なれども。
         見れば思いの乱れ髪
シテ    詞「別きて贈りしかひもなく。形見を返すハ此方の怨み
ツレ    上 我ハ捨てにし命の怨み
シテ    上 互いに喞(かこ)ち
ツレ    上 喞(かこ)たるる
シテ    上 形見ぞつらき
シテツレ  上 黒髪の
    
 当時の高貴な女性は、男性である夫の部下に直接会わず、侍女などを介して話を聞くのが普通でした。能『小督』でも侍女がいますしね。でも、直接会っているのは、離れていた夫の近況が聞ける、という嬉しさのあまりのためでしょう。また清経も妻を思ってこそ、わざわざ形見を残したのです。
 それでいながら、妻はどうしても夫の死を理解できません。夫はせっかく遺した形見を返す妻の気持ちが理解できません。お互いが想いあっているのに、解り合えない。そのことは次の謡によく表れているように思います。

地     上 恨みをさえにいひそえへ。/\。くねる涙の手枕を。
         ならべて二人が逢う夜なれど恨むれば独寐の。ふしぶしかるぞ悲しき。
         げにや形見こそ。中々憂けれこれなくハ。
         忘れるる事もありなんと 思うもぬらす袂かな/\ 
シテ    詞「今は恨みを御はれ候へ。古えの事ども語って聞かせ申し候ばし」
シテ    上 さても九州山鹿の城へも。敵よせ来ると聞きし程に。
         取るものも取りあえず夜もすがら。高瀬船に取り乗って。
         豊前の国柳と言うところに着く。
地     上 げにや所も名を得たる浦は並木の柳陰。いと仮初めの皇居を定む
シテ    下 それより宇佐八幡に御参詣あるべしとて
地     上 神馬七匹その外金銀種々の捧げ物。即ち奉幣のためなるべし
ツレ    上 かように申せば猶も身の。恨みに似たる事なれども。
         さすがに未だ君まします。御代のさかえや一問の。果てをも見ずして徒に。
         御身一人を捨て詞し事。まことによしなき事ならずや
シテ    上 げにげに是は御理りさりながら。
シテ    下 頼みなき世のしるしの告げ。語り申さん聞き給え
地     下 そもそも宇佐八幡に参籠し。様々祈誓怠らず。数の頼みをかけまくも。
         かたじけなけもみとしろの会式の内よりあらたなる。
         御声を出してかくばかり
シテ    上 世の中の。宇佐には神もなき物を。何祈るらん。心ずくしに
地     上 さりともと。思う心も。虫の音も。弱りはてぬる。
         秋の暮れかな
シテ    下 さては。佛神三宝も。
地     下 捨てはてたもうと心ぼそくて。
         一門は気を失い、力を落として、足弱車のすごすごと。
         還幸なしたてまつる、哀れなりし、有様。
    クセ下 かかりける所に。長門の国へも、敵向うと聞きしかば。
         また舟にとり乗りて、いずくともなくおし出だす。心の内ぞ哀れなる。
         げにや世の中の。移る夢こそまことなれ。
         保元の春の花、寿永の秋の紅葉とて、散りぢりになり沈む。
         一葉の舟なれや。柳が浦の秋風の。追手顔なるあとの波。白鷺のむれいる松見れば。
         源氏の旗をなびかす。多勢かときもをけす。
         ここに清経は。心をこめて思うよう。さるにても八幡の。
         ご託宣あらたに、心根に残ることあり。
         まこと正直の。こうべに宿りたもうかと。ただ一筋に思い切り。
シテ    上 あじきなや。とても消ゆべき露の身を。
地     上 なおおき顔に浮きくさの。波にさそわれ舟にただよいていつまでか。
         憂き目を水鳥の。沈みはてんと思い切り。
         人にはいわで岩代の、まつことありや暁の。
         月にうそむく気色にて。舟の舳板に立ちあがり。
         腰よりようじょう抜き出だし。
         音もすみやかに吹きならし、いまようをうたい朗詠し。
         来し方行く末をかがみて。ついにはいつかあだ波の。返らぬはいにしえ。
         とまらぬ心づくしよ。この世とても旅ぞかし。あら思い残さずやと。
         よそ目にはひたふる。狂乱と人は見るらん。
         よし人はなにとも、みるめをかりの夜の空。
         西にかたむく月を見れば。いざやわれも連れんと。
         南無阿弥陀仏弥陀仏。むかえさせたまえと。ただ一声を最後にて。
         舟よりかっぱと落ち汐の。底のみくずと沈み行く、憂き身のはてぞ悲しき。
ツレ    上 聞くに心もくれはどり。うきねに沈む涙の雨の。
         恨めしかりける。契りかな。]
シテ    下 いうならく。奈落もおなじ。うたかたの。哀れは誰も。変わらざりけり。
         さて修羅道に落ちこちの。
地     下 さて修羅道におちこちの。立つ木は敵雨は矢先。月は清剣山は鉄城。
         雲の旗手をついて。驕慢の剣をそろえて。じゃけんのまなこの光。
         愛欲とんいちつうげん道場。無明も法性も。乱るるかたき。打つは波引くはうしお。
         これまでなりやまことは最後の十念乱れぬみ法の舟に。
         頼みしままに疑いもなく。げにも心は清経が。
         げにも心は清経が仏果を得しこそ有難けれ。


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