養 老 (ようろう)

●あらすじ
第二十一代雄略天皇の御代のこと。美濃の国、本巣(もとす)の郡(こおり)に不思議な泉が湧くという知らせがあり、勅使が検分に訪れました。その地で勅使は、霊水をみつけた樵(きこり)の老人と息子に出会います。二人は勅使に問われるまま、泉を見つけ、「養老の滝」と呼ぶに至ったいきさつを語ります。息子が見つけた滝の水を老親が飲んだところ、心身ともに爽快になり活力にあふれたところから、老いの身を養う意を含めて名づけたのでした。さらに老人は、滝壺を指し示して勅使に場所を教え、さまざまな長寿と水にまつわる故事を引き、養老の滝から湧く薬の水を讃えます。勅使が帝に良い報告をできると喜んでいると、そのうちに天から音楽が聞こえ、花が散り降るという吉兆が現れました。 ただならぬ気配の中、やがて楊柳観音菩薩の化身と称する山神が登場し、颯爽と舞を舞って、天下泰平を祝福します。

●宝生流謡本(参考)     内五巻の一   脇能    (太鼓あり)
      季節=夏  場所=美濃国養老瀧  稽古順=入門   素謡時間42分 
      素謡座席順   ツレ=男
                  シテ=前・老翁  後・山神
                 ワキ=勅使  

●解 説       能「養老」、と能の構成について
 今月は、宝生会で、「養老」「草紙洗」「舟橋」「小鍛冶」を観能します。  まずは、「養老」を学んでみます。 「養老」は、「君が代」とか、「方丈記」だとかの、知っている一文がでてきます。また、古来「菊」は長寿の薬であるとか、はては、「君は船、民は水・・君の政治が正しいから、民の行いも正しい」とか、考えさせるところがあって、なかなかおもしろい曲です。 わたしなどは、「夢に見るのは、過ぎ去った60年の昔のことばかり、その過去は、見過ぎた花の散るようにはかなくすぎてしまい・・」とか、「茅の屋根から漏れる月も愛で、心を慰めているうちに、頭には、雪のような白髪を頂くようになった・・」などにしんみりしてしまいます。
 また、「段」の冒頭は、韻文で、七・五、の句を2度繰り返し、七・四、の句で終わるといったパターンが多いのです。  「養老」もそうです。しかも、「養老」の出だしの句は、能「金札(きんさつ)」と全く同じです。 
その基本構造に、「クリ」(上音を主とした高い調子の謡い)「サシ」(メロディーラインの少ない朗読調の謡い)「クセ」(シテの語る物語を地謡が謡う)で謡う、とか、舞の種類などの知識を、次々に付加していけば格段に理解が進むのは、これも気づかれたと思います。
 逆に、こういう基本構造を頭に入れておかなければ、「謡曲」の本質的な理解にはなかなか至りません。 よく例えば、市などで主催する薪能の前に、「市民公開講座」などがありますが、説明も、どちらかというと能理解というよりも、一夜のイベント理解向きになっていて、囃子などの説明があっても、一番大事なこのような構造などの説明はめったに無いように思います。やはり、能楽人口を増やすにはもう少し考えるところがあります。 さて、「養老」です。割合にシンプルな筋ですので、簡単にお話します。  次第です。「風も静かに 楢(なら)の葉の、風も静かに 楢の葉の、鳴らさぬ枝だぞ のどけき」((風が静かに吹き、木々の枝も音をたてないのどかな太平の世である。)と始まります。 ワキが登場し、天皇の命で、美濃(岐阜県)の国に不思議な泉(不老長寿の泉)があるのを探しにきたと名ノリます。  ここまで来るには、国も富んでいて、関所の戸も開けたままなので、このような田舎であっても一挙に来られた、と世上を称えます。 シテが登場します。年老いたが元気を保っていることを喜びます。  高貴なお方は長寿を望まれるが、それは自分たちとて同じである。さいわい、奥山の不思議な泉のおかげで元気である。 ワキ・シテの問答です。泉を発見したいきさつを言い、案内します。

●「段」は、多少の変形はあっても、だいたい次のように進みます。
1 ワキの登場。   2 シテの登場。    3 ワキとシテの応答
4 シテの物語    5(シテ「中入り」) 6 後場になっって、ワキの待受け
7 シテの登場    8 シテとワキの応答  9 シテの物語    10 結末
泉が澄み切っていて底の小石まで見え、小石が巌となって、苔がはえるという千代に八千代の栄えるたとえまででます。 シテが泉の功徳などを、故事を引いてのべます。老いを若返らせるのならば、若いひとには、もっと効果があるはず。  中入りです。アイがもう一度説明します。 後シテの山神(観世音菩薩のひとつ)が出て(注:神も仏も、水と波のようなもので、変わるものではない。神仏同体説)、泉をほめたたえます。 神舞を舞います。  臣下ともども、よく治まったみ世で、この太平は永久に続くであろう、と君が世を祝福して謡います。 と、いつもより、少し駆け足になりましたが、まあ大体、パターンどおりですよね。これを機会に、ぜひ、能楽堂にいらしてください。                             2010-06-01

●みどころ
この能は、世阿弥作の神能のひとつですが、「高砂」など世阿弥のほかの作品とはやや違ったつくりになっています。中入り後、神が登場し、祝福の舞を舞う神能の形式はとっていますが、霊的な化身があらわれて昔の物語などを語る他曲と異なり、前シテとツレは、実際に泉をみつけた人間であり、彼らが滝水の霊験を授かるという現実の物語です。 養老で親子がみつけたのは「薬の水」。酒のことを示唆しています。七賢人や曲水の宴など、めでたい酒の伝承を盛り込み、養老の霊水が、澄んだ美しい酒であると印象付けています。濁り酒が主流であった当時、この能で描かれた清らかな酒の印象は、多くの人々に、ことさらみずみずしく受け取られたことでしょう。

●岐阜県養老町情報
養老町役場 〒503-1392 岐阜県養老郡養老町高田798番地
TEL (0584)32-1100 FAX (0584)32-2686
□「養老」の由来        更新日2008年11月10日
 717年(霊亀3年)、元正女帝は親に尽くす孝子の話を聞かれ、養老に行幸されました。 その折りに、美泉を観られ、水を飲み体を洗った者が若返ったと知り、「老いを養う」こんなめでたい美泉はないと言われ、元号を養老と改元されました。そこの美泉は、養老の滝か、あるいは菊水泉であったと言われています。当時、宮中では水に菊を浮かべることが流行っていたことから養老神社境内の湧き水を菊水泉と呼ぶようになったそうです。

□孝子伝説を秘めた名瀑----養老の滝
養老の滝は、高さ約30メートル、幅約4メートルの滝で、巨岩老樹に囲まれた公園の奥深くにあります。岩角を打ってとうとうと流れ落ちる水は清冽を極め、くだけ散る飛沫が霧のように立ちこめて、夏なお肌寒さを感じさせます。 その見事な景観は、孝子伝説を秘めて、名瀑の名に恥じません。孝子伝説とは、親孝行な樵(きこり)・源丞内(げんじょうない)が山中で見つけた山吹色の水が、実は老父の大好きなお酒で、これを飲んだ老父はすっかり若返ったというもの。 この不思議な水の出来事は、やがて都にも伝わり、奈良の都の元正天皇は、早速この地に行幸になりました。ご自身も飲浴され、「肌は滑らかになり、痛むところは治りました。めでたい出来事です。 これは老いを養う若返りの水です」と、年号を養老と改められ、80歳以上の老人に位一階を授け、孝子節婦を表彰し、この地方の人々の税を免除したといいます。

(平成23年4月16日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


詞 章
                 
養   老(ようろう)
                      季 春      所 美濃国養老滝
【分類】初番目物 (脇能)           (太鼓あり)
【作者】世阿弥元清    典據 續日本書紀十訓抄
【主人公】前シテ:老翁、後シテ:山神  ツレ:男  ワキ:勅使
                                     (胡山文庫)
【あらすじ】
初夏に美濃国(岐阜県)本巣郡に霊水が湧き出るという報告があったので、雄略天皇の勅命を受けて勅使が下向します。一行が養老の滝のほとりに着くと、老人と若者の二人のきこりがやって来ます。勅使はこれこそ話に聞く養老の親子であろうと思って尋ねると、果たしてそうでした。老人は問われるままに養老の滝と名づけられたいわれを物語ります。次いで老人は勅使を滝壺に案内し、霊泉をほめ、他の霊水の例を挙げつつ、この薬の水の徳をたたえます。すべてを見聞した勅使が感涙を流し、この由を奏聞しようと都に帰ろうとすると、天から光がさし、花が降り、音楽が聞こえ、ただならぬ様子となります。

   次第
ワキ    上 風も静かに楢の葉の。風も静かに楢の葉の。鳴らさぬ枝ぞ長閑き
ワキ    詞 「抑も是は雄略天皇に仕え奉る臣下なり。偖も濃州本巣の郡に。
         不思議なる泉出でくるを奏聞す。急ぎ見て参れとの宣旨に任せ。
         唯今濃州本巣の郡えと急ぎ候」
ワキ  道行上 治まるや国富み民も豊かにて。治まるや国富み民も豊かにて。
         四方に道有る関の戸の秋津嶋根やあまさがる。鄙の境に名を聞きし。
         美濃の中道程なく養老の滝に着きにけり養老の滝に着きにけり
シテツレ  上 年を経し美濃のお山の松陰に。猶すむ水の。
ツレ     上 通いなれたる老いの坂。行くこと易き。心かな。
シテ  サシ上 故人眠早く覚めて。六十年の花に過ぎ。
シテツレ  上 身は板橋の霜に漂い。白頭の雪は積もれども。老いを養う滝川の。
         水や心を。清すらん
     下歌 奥山の深谷の下のためしかや。流れを組むとよも絶えじ
     上歌 長生の家にこそ
ツレ    上 長生の家にこそ
シテツレ  上 老いせぬ門はあるなるに。これこ年ふる山住みの。
         千代のためしを松浪の岩井の水は薬にて。老いを述べたる心こそ。
         尚行く末も久しけれ尚行く末も久しけれ
ワキ    詞 「いかにこれなる老人に尋ぬべき事の候」
シテ     詞 「此方の事にて候か何事にて候ぞ」
ワキ    詞 「いかにこれなる老人に尋ぬべき事の候」
シテ    詞 「此方の事にて候ぞ」
ワキ    詞 「おことは聞き及びたる親子の者か」 
シテ    詞 「さん候これこそ親子の者にて候へ」
ワキ    詞 「是は帝よりの勅使にてあるぞとよ」
シテツレ  上 有難や雲居遙かにみそなはす。我が大君のみことのりを。
          賤しき身として今承る事の有難さよ
シテ    詞 「これこそ親子の民にて候へ」
ワキ    詞 「偖も此の本巣の郡に。ふしぎなる泉出でくるよしを奏聞す。
         急ぎ見て参れとの宣旨に任せ。これまで勅使を下さるるなり。
         まずまず養老と名づけそめし。謂われを委しく申すべし」
シテ    詞 「さん候これに候は此の射が子にて候が。朝夕は山に入り薪をとり。
         我等を育み候所に。ある時山露の疲れにや。此の水を何となく掬びて飲めば。
         世の常ならず心も涼しく疲れも助かり」
ツレ    上 さながら仙家の薬の水も。かくやと思い知られつつ。急ぎ家路に汲み運び。
         父母にこれを与えれば
シテ    詞 「飲む心よりいつしかに。やがて老いをも忘れ水の
ツレ    上 あさいの床も起きうからず」
シテツレ  上 夜の寝覚めも淋しからで。勇む心は真C水の。絶えずも老いを養う故に。
         養老の滝とは申すなり
ワキ    上 げにげに聞けば有難や。さてさて今の薬の水。
         此の滝川のうちにても。取り分き在所のあるやらん
シテ    詞 「御覧候へ此の滝壺の。少し此方の岩間より。出でくる水の泉なり」
ワキ    上 さてはこれかと立ち寄り見れば。げにいさぎよき山の井の
シテ   上  底澄み渡るさざれ石の
ワキ    上 巌となりて苔のむす
シテ    上 千代に八千代のためしまでも
ワキ    上 まのあたるなる薬の水。
シテ    上 真に老いを
シテワキ  上 養うなり
地     上 老いをだに養ば。まして盛りの人の身に。薬とならばいつまでも。
         御寿命も尽きまじき。泉ぞめでたかりける。げにや玉水の。
         水上すめる御代ぞとて流れの末の我等まで。
         豊かにすめる嬉しさよ/\
地   クリ上 げにや尋ねても蓬が嶋の遠き世に。今のためしもいく薬。水又水はよむ尽きじ。
シテ サシ上 それ行く川の流れは絶えずして。しかも本の水にはあらず。
地     上 流れに浮むうたかは。かつ消えかつ結んで。久しくすめる色とかや
シテ    下 殊にげにこれはためしも夏山の
地     下 下行く水の薬となる。奇瑞を誰か。ならいみし。
         いざや水を結ばんいざや水を結ばん
地     上 甕頭(もたい)竹葉(ちくよう)は。/\ 。影や緑をかさぬらん。
         その外籬(マガキ)の萩花(テキカ)は林葉(リンヨウ)の秋を汲むなりや。
         晋(シン)の七賢が楽み劉伯倫(リュウハクリン)が翫び。
         唯この水に残れり。汲めやくめ簿薬を君の為に捧げん。
地     下 曲水に浮かむ鸚鵡は石にさわりておそくとも。
         手にまづ取りて夜もすがら馴れて月を汲もうよやなれて月を汲もうよ
地  ロンギ上 山路の奥之水にては何れの人か養いし
シテツレ  上 澎祖(ホオソ)ば菊の水。しただる露の養いは。仙徳を受けしより。
         七百歳をふる事も薬の水と聞くもの  
地      上 げにや薬と菊の水。其の養いの露の間に
シテツレ  上 千年をふるや天地の
地      上 開けし種の草木まで
シテツレ  下 花咲き実なる理り
地      上 其の折々といひながら
シテツレ  上 唯これ雨露の恵みにて
地      上 養い得ては。花の父母たる雨つゆの。翁も養はれて此の水になれ衣の、
         袖ひちてむすぶ手の。影さえ見ゆる山ノ井の。げにも薬と思うより。
         老いの姿も若水と見るこそ嬉しかりけれ
ワキ     詞 {げに有難き薬の水。急ぎ帰りて我が君に。奏聞せんこそ嬉しけれ
シテ    詞 「翁もかかる御恵み。広き御影をとうとめば
ワキ    上 勅使も重ねて感涙して。かかる奇特にあう事よと
  ( 囃子 言うもあえねばふしぎやな カラ  万歳の道に帰りなん マデ ) 
地     上 言うもあえねばふしぎやな。/\。天より光かかやきて。
         滝の響も声澄みて。音楽聞こえ花ふりぬ。
         これただことと思われずこれただことと思われず
               <中入>
そこへ土地の者が来て養老の滝のいわれを語り、滝の水を飲んで若返りの様を見せます。続いて養老の山神が出現し、清らかな水をたたえ、神仏はもとより同体であり、共に衆生を救おうとの御誓願であって、時として神として現れ、仏として現れるのであると述べます。そして、峰の嵐や谷川の音を音楽として舞を舞い、太平の世を祝して神の国に帰っていきます。
        
後シテ サシ上 有難や治まる御代のしるしとて。山河草木おだやかに。
         五日の風や十日の。天が下照る日の光。曇りはあらじ玉水の。
         薬の泉はよも尽きじ。あら有難の奇瑞やな
地     上 これとても誓いは同じ法の水。尽きせぬ御代を守るなる
シテ    上 我はこの山山神の宮居
地     上 又は楊柳観音菩薩
シテ    上 神と言い
地     上 佛と言い
シテ    上 唯これ水波の隔にて
地     上 衆生済度の方便の声
シテ    上 峯の嵐や。谷の水音滔々(トオトオ)と
地     上 拍子を揃えて音楽のひびき。滝つ心をすましつつ。
         諸天来去の。影向かな
     神舞
シテ  ワカ上 松陰に。千代をうけたる。みどりかな。
地      上 さもいさぎよき山の井の水。山の井の水。山の井の。
シテ     下 水とうとうとして。波悠々たり。
地      上 治まる御代の。
  ( 仕舞・小謡 君は舟 カラ 万歳の道に帰りなん マデ ) 
シテ    上 君は舟。
地      下 君は舟。臣は水。水よく船を。浮め浮めて。臣よく君を。
          あおぐ御代ぞといく久しさも。尽きせじや尽きせじ。君に引かるる玉水の。
         上澄む時は。下も濁らぬ滝津の水の。浮き立つ波の。返すがえすも。
          よき御代なれや/\。万歳の道に帰りなん/\


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