柏 崎(かしわざき)

●柏崎のあらすじ
訴訟の為に鎌倉に滞在していた柏崎殿が病死し、子息花若も父の死を哀しみ出家遁世した。家臣小太郎は越後柏崎に帰り、花若の遁世と柏崎殿の死を伝え、花若の手紙と殿の形見を手渡す。愛する者を二人同時に失った母の悲しみは深い。父の死がいかに哀しくとも、生きている母になぜ姿を見せないのかと息子の遁世を恨むものの、息子の無事を神仏に祈るのだ。<中入>
 狂女と化した花若の母が柏崎からこの善光寺に来て、内陣に入ろうとする。住僧はこれを咎める。女人であり、まして狂女の身では許されぬというのだ。阿弥陀の誓願は罪深い者も救い、女人を拒むはずはないと狂女は反論し、仏を讃え、夫の形見の烏帽子、衣を身につけ、夫の舞姿を偲びつつ舞を舞う。人間の妄執の深さ、世の無常を嘆きつつも、阿弥陀仏の力によって夫も自分も浄土に迎え取って欲しいと願う。この様子を見ていた花若は名のり出て、母子は再会を果たした。
 深い仏教的法悦を描いた名曲。             〔'00/12/22 第11回 響の会 パンフレット掲載〕

●宝生流謡本      内四巻の四    四番目略三番目   (太鼓なし)
    季節=秋   場所=前・越後国柏崎 後・信濃国善光寺  
    素謡稽古順=入門  素謡時間=67分  作者=榎木並左衛門五郎 世阿弥元清改作
    素謡座席順  ワキヅレ=善光寺住僧
              シテ=柏崎某の妻
              ワキ=小太郎

●観能記 (NHK教育テレビ鑑賞)
能「柏崎」を(世阿弥自筆本による読書のはじめてのお能鑑賞)今日は、能「柏崎」観世流を、ほぼ、はじめて能をテレビ観ます。飽きてしまうかな〜?と心配でしたが、とてもよかったです。
能「柏崎」〜観世流in 宝生能楽堂  blogs.yahoo.co.jp/mepochzo/48538300.html ? ヨリ
2007年5月19日(土)NHK教育テレビ 15:00〜17:00
シテ・花若ノ母  山本 順之  子方・花若 小早川 康充
ワキ・小太郎   宝生 閑 ワキツレ・善光寺住僧 宝生 欣哉
アイ・能力      山本 東次郎
笛 松田 弘之  小鼓 大倉 源次郎  大鼓 柿原 崇志

あらすじは、 越後国柏崎で夫の留守を守る妻は、小太郎より夫の病死と息子の花若の出家を知る。夫の後生と子の行方を捜す妻は、物狂いとなって信濃の善光寺へたどり着き、夫の形見を身に着け舞を舞い、花若に再会するお能です。 
感想は、はじめて能を、最初から最後までじっくりと観る。すべて理解できたかは置いといて、凝縮された濃い世界が広がっていると感じた。橋懸からシテがしずかに登場。腰が一定していて頭が全然ぶれない。静寂から突き上げてくる、笛・大鼓・小鼓・地謡。 まるで今世界が覚醒したかのようだ。冒頭では何も起こらないのに、全然飽きない。劇が淡々と進めば、少しの動き、音が引き立つ。響く。セリフは、お経のように心地よい。 生で鑑賞したら、音が直接身体に響いて気持ちいいだろうな。 シテの沈黙。 一声で引き込む。 声がこの世のものとは思えない‥・
シテは座っているだけなのに、能面の微妙な角度で表情が全然違う。 
多分、ほんの少しの角度だろうか? これは意識してやっているのだろうか? 花若からの手紙を読む場面で「亡からん父が名残にハ 子ほどの形見があるべきか」というセリフの後、一瞬の能面の表情にはっとする。哀しい。後半の冒頭。 アイだけ動きが違う? 他の人より早く歩くのはなぜ? 後半はシテの舞が中心で、ちょっとわかりにくかった(クライマックスのはず?)。なぜか、動いていない(もしくは座っている)シテの方に魅了される。よくわからない部分も多かったけどよかったです。

●善光寺 本堂(国宝)  所在地 長野県長野市元善町491
位置 北緯36度39分42.19秒  東経138度11分15.81秒
山号 定額山   宗派 無宗派[1]   本尊 一光三尊阿弥陀如来(絶対秘仏)
創建年 伝皇極天皇3年(644年)  開基 伝皇極天皇(勅願)
別称 信州善光寺、信濃善光寺
札所等 西国三十三箇所・坂東三十三箇所・秩父三十四箇所(各番外札所)
善光寺(ぜんこうじ)は、長野県長野市元善町にある無宗派の単立寺院である。山号は「定額山」(じょうがくさん)。山内にある天台宗の「大勧進」と25院、浄土宗の「大本願」と14坊によって護持・運営されている。「大勧進」の住職は「貫主」と呼ばれ、天台宗の名刹から推挙された僧侶が務めている。「大本願」は、大寺院としては珍しい尼寺である。住職は「善光寺上人」と呼ばれ、門跡寺院ではないが代々公家出身者から住職を迎えている。2010年(平成22年)現在の「善光寺上人」(「大本願上人」)は鷹司家出身の121世鷹司誓玉である。善光寺の住職は、「大勧進貫主」と「大本願上人」の両名が務める。古えより、「四門四額」(しもんしがく)と称して、東門を「定額山善光寺」、南門を「南命山無量寿寺」(なんみょうさんむりょうじゅじ)、北門を「北空山雲上寺」(ほくくうさんうんじょうじ)、西門を「不捨山浄土寺」(ふしゃさんじょうどじ)と称する。特徴として、日本において仏教が諸宗派に分かれる以前からの寺院であることから、宗派の別なく宿願が可能な霊場と位置づけられている。また女人禁制があった旧来の仏教の中では稀な女性の救済(女人救済)があげられる。 堂の中の「瑠璃壇」と呼ばれる部屋に、初めての朝鮮渡来の絶対秘仏の本尊・一光三尊阿弥陀如来像が厨子に入れられて安置と伝えられている。その本尊は善光寺式阿弥陀三尊の元となった阿弥陀三尊像で、その姿は寺の住職ですら目にすることはできない。 瑠璃壇の前には金色の幕がかかっていて、朝事とよばれる朝の勤行や、正午に行なわれる法要などの限られた時間のみ幕が上がり、金色に彩られた瑠璃壇の中を部分的に拝むことができる。開帳では前立本尊が代わりに公開される。 た、日本百観音(西国三十三箇所、坂東三十三箇所、秩父三十四箇所)の番外札所となっており、その結願寺の秩父三十四箇所の三十四番水潜寺で、「結願したら、長野の善光寺に参る」といわれている。

●参 考
三井寺・百万・桜川と共にこの曲は、狂女物でありますが、越後柏崎から信州信濃の善光寺まで、四十数里、我が子の行方を尋ねて狂い出るのは、真の狂女物であります。二段クセがあり仏理に終始シテ最後に我が子に巡り会う事ができる悦びで結ぶ狂女物です。
越後柏崎市から信州信濃長野市
柏崎市役所  945-8511 新潟県柏崎市中央町5番50号 電話:0257-23-5111(代表)
柏崎市は、日本海に面した新潟県のほぼ中央に位置し、柏崎刈羽圏域の中心となっています。 県都新潟市まで84km、北陸自動車道で1時間30分(JR信越本線特急で1時間15分)、首都圏東京へ約300km、北陸・関越自動車道で約3時間、JR上越新幹線では約2時間の距離にあります。 また、関西圏大阪へは約520km、北陸自動車道で約5時間10分の距離にあります。
▼柏崎市の人口 人口総数 91,451人 世帯数34,104世帯 (平成22年国勢調査)
▼位置 :東経 138度33分43" 北緯 37度22分8"
▼面積 :442,70平方km
▼長野市役所  380-8512 長野市大字鶴賀緑町1613番地 026-226-4911 
▼長野市の人口 人口総数 387,412人 ?世帯数 154,322世帯(H24.3.1現在)
▼位置 :東経138度11分40"  北緯:36度38分55"
▼面積 :834.85平方km 広ぼう:東西36.5km 南北:41.7km

(平成25年1月18日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


            柏  崎 (かしわざき)

         季 秋    所 前:越後国柏崎 後:信濃国善光寺   素謡時間 67分
  【分類】四番目物 (雑能・狂女物)
  【作者】榎並左衛門五郎原作、世阿弥元清改作
  【登場人物】 シテ:柏崎某の妻  ワキ:小太郎  ワキツレ:善光寺住僧

【あらすじ】
 越後国(新潟県)の柏崎の領主某の従者が鎌倉から帰国し、主人である柏崎の領主が鎌倉で急逝したことを領主の妻に報告します。それを聞いた領主の妻は夫の死を受け入れることなどできないと嘆き悲しみます。さらに、父の死を嘆いて出家するという息子花若からの手紙を目にし、夫と息子という愛する二人を一度に失った領主の妻の嘆きは、わが子への恨みに変わります。しかし、その一方でわが子を守り給えと神仏に祈るのでした。
 時が過ぎ、信濃国(長野県)の善光寺で、僧の姿をした花若が、住職に伴われて如来堂に向っています。阿弥陀如来へのお勤めを始めて、今日がちょうど満参日に当たるのです。そこへ一人の狂女が現れます。この女こそ、夫の成仏を願い、子の無事を願っているうちに、仏に導かれるようにこの善光寺へやって来た柏崎の領主の妻でした。如来堂に上がり、夫の成仏を祈念しようとする狂女に、住職は女人の身で如来堂に上ることは叶わぬゆえ、早々に立ち去るよう伝えます。しかし、狂女は如来堂から立ち去ろうとせずに、供物として持参した夫の形見の烏帽子と直垂を取り出して、自らの心の内を阿弥陀如来に訴え始めます。その狂女の一途な様子を見ていた花若は、自分こそ息子であると狂女の前に名乗り出ます。互いの変わり果てた姿にしばし呆然とする母と子ですが、それが現実であることを知ると、心の底から互いの無事と再会を喜び合うのでした。

        詞 章                                   (胡山文庫)

ワキ  次第上 夢路もそいて古郷に。夢路もそいて古郷に。帰るやうつつなるらん。
ワキ    詞「これは越後の國柏崎殿の御内に。小太郎と申す者にて候。
        さても頼み奉り候柏崎殿は。訴訟の事候いて。在鎌倉にてござ候いしが。
        ただかりそめの風の心ちと仰せられ候いて。ほどなく空しくなり給いて候。
        また子息花若殿も。同じく在鎌倉にてござ候いしが。
        父御の御別れを嘆き給い。いぜくともなくご遁世にて候。さる間花若との後文に。
        御かたみの品々を取り添え。ただ今故郷かしわ崎へと急ぎ候。
    道行上 ほしぬべき日かげも袖やぬらすらん。
        日かげも袖やぬらすらん今ゆく道は雪の下。ひと通り降るむらしぐれ。
        山のうちをも過ぎゆけば。袖さえまさる旅ごろも。碓氷の峠うちすぎて。
        越後に早くつきにけり。越後に早く.つきにけり。
      詞「急ぎ候ほどに。故郷かしわ崎につきて候。まづまづ案内を申そうずるにて候。
        鎌倉より小太郎が参り候それそれ御申し候へ。
シテ    詞「小太郎とはもし殿の御借りありたるか。人までもなしなたへ来たり候へ。
ワキ    詞「や。これは御声にてありげに候。かくと申さんためこれまでは参りて候へども。
      下 何と申し上ぐべきやらん。
     下二 更に思いもわきまえず候。
シテ    詞「あら心許なや。物をば申さでさめざめとは泣くは。さて花若が方に何事かある。
ワキ    詞「さん花若殿はご遁世にてござ候。
シテ    詞「何と花若が遁世したるとや。さては父の叱りけるか。など追手をばかけざりけるぞ。
ワキ    詞「いやさようにも御坐なく候。様々の御形見の物を持ちて参りて候。
シテ    詞「なに様々のかたみとや。花若が父のむなしたるよな。
      下 このほどはそなたの空もなつかしく。たよりもうれしかりつるに。
        かたみをとどくる音信は。なかなか聞いても恨めしきぞや。
        ただかりそめに立ちいでて。やがてと言いしその主の。
地     下 むかし語りにはやなりて。形見をみるぞ涙なる。
シテ ロンギ下 さてや最期のおり節は。いかなる事かのたまいし。委しく語りおわしませ。
        せめては聞いて慰まん。
ワキ    上 ただ古里の御事を。おぼつかなく思しめし。ご最期までも人知れず。
        ひそかに御諚ありしなり。
シテ    上 げにやさこそはおわすらめ。三とせ離れてその後は。
        われも御なごりいつの世にかは忘るべき。
ワキ    上 御理りとおもえども。歎きをとどめおわしまし。かたみをごらん候らへ。
シテ    下 げにや歎きても。甲斐なき世ぞと思へば。
地     下 かたみを見るからに。すすむ涙は.せきあえず。
ワキ    詞「又花若殿よりの御文の候。これこれ御覧候へ   
シテ    詞「甲斐なき形見の文なれども披いてみうずるにて候。
        さてもさても父御前。いたわりつかせ給い。ほどなく空しくなり給う。
        心のうちの悲しさは。唯おぼしめしやらせ給え。
   カカル下 われも帰りて御有様。見まいらせたくは候えども。思い立ちぬる修業の道。
        もしやとめられ申さんと。思う心を便りにて。心づよくもいずるなり。
        命つれなく候らわば。三年がうちにh参るべし。さまざまの形見をごらんじて。
        御心を慰みおわしませと。書いたる文のうらめしや。
地     下 なからん父が名残りには子ほどの形見あるべきか。

   (独吟 父が別れは ヨリ  祈る心ぞ哀れなる マデ )

地     上 父が別れはいかなれば。父が別れはいかなれば。悲しみ修業にいずる身の。
        などや生きてある。母に姿を見みえんと。思う心のなかるらん。
        うらみながらもさりとては。わが子の行くへ安穏に。
        守らせ給え神佛と祈る心ぞ。あわれなる祈る心ぞ哀れなる。
                   <中入>
ワキツレ  詞「これは信濃の國善光寺の住僧にて候。又これにわたり候幼き人は。
        いずくとも知らず愚僧をたのむ由仰せ候ほどに。師弟の契約をなし申して候。
        如来堂は伴い申し候。利今日もまた参やばやと思い候。

後シテ   詞「いかにあれなるわらんべどもは何を笑うぞ。なに物狂いなるほどにおかしいとや。
        うたてやな心あらん人は。わざともとむらいてこそたぶべしけれ。
        夫いは死して別れ。唯ひとりある忘れ形見とも育てつる。
地     上 乱れごころや。狂うらん。
                  <カケリ>
シテ  サシ上 げにや人の身のあだなりけりと。誰か言いけん空言や。
        又思いには死なれざりけりと。読みしも思い知られたり。
        これもひとえに夫と子の。故と思えば恨めしや
地     下 浮き身はなにとならの葉の柏崎をば狂い出で。
地     上 越後の國府に.つきしかば。越後の國府につきしかば。人目もわかぬわが姿。
        いつまで草のいつまでと。知らぬ心は麻ごろもうらはるばるとゆくほどに。
        松風遠くさびしきは。ときわの里の夕べかや。
        われにたぐえてあわれなるはこの里。子ゆえに身をこがししは野辺の木島の里とかや。
        ふれども積もらぬ淡雪の。淺野と言うはこれかとよ。桐の花さく井の上の。
        山を東に見なして。西に向えば善光寺。正身の弥陀如来.わが狂乱はさておきぬ。
        死して別れし夫を導きおわしませ。
ワキツレ  詞「いかにこれなる狂女。御堂の内陣えには叶うまじとうとういで候らへ。
シテ    詞「極重悪人無他方便。唯称弥陀得生極楽とこそ見えたれ。
ワキツレ  上 これは不思議の物狂いかな。
      詞「そもさようの事をば誰が教えけるぞ。
シテ    詞「教えはもとより弥陀如来の。御誓いにてましまざるや。唯心の浄土と聞く時は。
        この善光寺の如来堂の内陣こそ。極楽の九品上生の台なるに。
        女人は参るまじきとのご制戒とはそもされば。如来の仰せありけるか。
        よし人びとは何ともおせあれ。
   カカル上 声こそしるべ南無阿弥陀佛。
地     上 たのもしや。たのもしや。
シテ    上 釈迦はやり。
地     上 弥陀は導くひと道に。ここを去ること遠からず。これぞ西方極楽の。
        上品上生の内陣にいざやまいらん。光明遍照十方の。誓いぞしるきこの寺の。
        常のともしび影たのむ。夜念佛いざや申さん。夜念佛いざや申さん。
シテ    詞「いかに申し候。如来へ参らせ物の候。この烏帽子ひたたれは。
        別れし夫の形見なれば。身を離さで持ちたれども。
      下 形見こそ今はあだなれこれなくは。詠みしも思い知られたり。
        これを如来に参らせて。夫の後生善所をも。  下二 祈らばやと思い候。
                 〔物着〕
シテ    上 あらいとおしやこの烏帽子ひたたれの主は。
      詞「わが夫ながら何事につけても愚かならず。弓は三物とやらんを射そろえ。
        歌連歌の道も達者なりしうえ。また酒もりなんど折々は。
        いで人々の乱舞まうて見せんとて。
      下 よろいびたたれ取りいでし。へりぬりとつて打ちかつき。手拍子人に囃させて。
        扇おっとりなるは瀧の水。
地   クリ上 それ一念称名の声のうちには。攝取の光明をまち。聖衆来迎の雲の上には。
シテ    上 九品蓮台の。花散りて。
地     上 異香みちみちて人に薫じ。白虹地にみちてつらなれり。
シテ  サシ上 つらつら世間の幻相を観ずるに。飛花落葉の風の前には。有為の転変を悟り。
地     上 電光石火のかげのうちには。生死の去来を見ること。はじめて驚くべきにはあらねども。
        いく夜の夢とまとわれし。かりの親子の今をだに。
        そいはてもせぬ道芝の露のうき身のおきどころ。
シテ    下 誰に問わまし旅のみち。
地     下 これも憂き世の。習いかや。

   (仕舞 かなしみの涙 ヨリ  願いをかなえ給えや マデ )

    クセ下 かなしみの涙。眼にさえぎり思いの煙胸にみつ。つらつらこれを案ずるに。
        三界に流転してなお人間の妄執の。晴れがたき雲の端の月の御影や明らけき。
        真如平等の台に至らんとだにも歎かずして。煩悩のきずなにむすぼおれぬるぞ悲しき。
        罪障の山高く。生死の海ふかしいかにとしてか此の生に。この身を浮かめんと。
        げに歎けども人間の。身三口四意三の十の道多かりき。
シテ    上 されば始めの御法にも。
地     上 三界唯一心なり。心外無別法心佛及衆生と聞く時は。
        是三無差別なに疑いのあるべきや。己心の弥陀如来唯心の浄土なるべくは。
        尋ぬべからずこの寺の。み池のはちすのえんことをなどか知らざらん。
        ただ願わくは影たのむ。声を力の助け船。こがねの岸に至るべし。
        そもそも楽しみを極むなる教あまたに生まれれゆく。道さまざまの品なれや。
        宝の池の水。功徳池のはまのまさごかずかずの玉のとこ。
        台も品品の楽しみを極めはかりなき命の佛なるべしや。
        若我成佛十方の。世界なるべし。
シテ    上 本願あやまり給わずは。
地     上 今のわれらが願わしき。
        つまのゆくえをしら雲のたなびく山や西の空のかの國に迎えつつ。
        ひとつ浄土の縁となし。望みを叶え給うべしと。称名も鐘の音も。
        あかつきかけて灯の。善き光ぞと仰ぐなりや。南無帰命弥陀尊願いをかなえ給えや。
地  ロンギ上 今は何をか包むべき。これこそ御子花若と言うにもすすむ涙かな。
シテ    上 わが子ぞと聞けばあまりに堪えかぬる。
        夢かとばかり思い子のいずれぞさても不思議やな。
地     上 ともにそれとは思えども。変る姿は墨ぞめの。
シテ    上 みしにもあらぬ面わすれ。
地     上 母の姿もうつつなき。
シテ    上 狂人と言い。
地     上 おとろえと言い。たがいにあきれてありながら。よくよく見れば。
        その原やふせ屋に生うる箒木の。ありとは見えてあわぬとこそ。
        聞きしものを今は早や。うたがいもなき。
        その母や子にあうこそ嬉しかりけれあうこそうれしかりけれ。


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