玉  葛( タマカズラ)

●玉葛のあらすじ
旅の僧が長谷寺へ参詣しようと初瀬川の辺りまでくると、小舟を漕ぐ女性に出会います。僧が声をかけると、女は自分も長谷寺に詣でる者だと答え、寺へ僧を案内します。そこで女は、その昔、玉葛の内侍(ないし)が気の進まぬ結婚を迫られて筑紫から都へ逃げ上り、ここ長谷寺で母夕顔の侍女である右近に巡りあったことや、そのことが縁で光源氏に引き取られたことなどを物語ります。そして自分はその玉葛の亡霊であるとほのめかし、姿を消します。僧が弔いをすると、玉葛の霊が髪の乱れた姿で現れ、死後も妄執から抜け出せないと舞い狂います。しかし玉葛は、様々な男たちと恋を重ねた生前を懺悔して成仏し、僧の夢も覚めていきます。前場の、初瀬川を小舟にゆられて登場するシテの姿は、美貌のあまり多くの貴公子を虜にし、数奇な運命をたどった玉葛を象徴しているかのようです。『源氏物語』を題材にした能では、シテが優美な舞を舞うことが多いのですが、『玉葛』では、亡霊が狂乱の態でカケリを舞います。

●宝生流謡本      内四巻の三     四番目略三番目    (太鼓なし)
    季節=秋   場所=大和国初瀬   作者=金春禅竹
    素謡稽古順=入門   素謡時間=40分 
    素謡座席順   シテ=前・里女  後・玉葛の内待
               ワキ=旅僧

●演能記  
能の花 狂言の花 玉葛  宝生流 宝生和英(五雲会)
恋の妄執に闇路を迷う玉葛( タマカズラ)の亡霊が成仏していくという、複式夢幻能らしい展開になっていますが、さて その妄執はどういうことなのか、特に語られることがありません。

宝生流 宝生能楽堂 2008.12.20
       シテ 宝生和英  ワキ 則久英志、 アイ 山本則秀
       笛 槻宅聡   大鼓 柿原弘和、  小鼓 田邊恭資

ちょっとわかりにくい能だと思います。たしかに話としては、恋の妄執に闇路を迷う玉葛(タマカズラ)の亡霊が成仏していくという、複式夢幻能らしい展開になっていますが、さてその妄執はどういうことなのか、特に語られることがありません。ただただ妄執に迷うというのみです。
玉葛は、源氏物語の中でも重要な登場人物である玉鬘その人で、第二十二帖玉鬘から第三十一帖真木柱までの十帖は玉鬘十帖と呼ばれ、玉鬘をめぐる人々の話が展開しています。玉鬘は、なにがしの院で物の怪にあって命を落としてしまった夕顔の娘。父親は頭中将です。夕顔が亡くなった後、乳母に連れられて九州に赴き、その地で成長しましたが、美しい姫君として育つにつれて多くの求婚者が現れ、中でも肥後の太夫の監は強引に玉鬘を求めます。これに耐えかねて、乳母は玉鬘を連れ早船を仕立てて都へと逃げてきますが、大和の長谷寺で夕顔の女房だった右近と再会します。
右近は夕顔の死後、源氏のもとに身を寄せていたことから、玉鬘は源氏に引き取られ養女となります。そして玉鬘の美しさに、当の光源氏をはじめ多くの男達が思いを寄せるのですが、玉鬘は髭黒大将を選び、やがて髭黒大将との間に子供達をもうけたことが書かれています。
たしかに玉鬘はその美しさの故に多くの男達から求婚され、九州から都に逃げる程の事態に巻き込まれているのですが、さて玉鬘自身が恋の妄執に迷ったという話は、源氏物語自体には見えません。
能の中でも妄執の子細は語られず、また原典となる源氏物語にも具体的な話が見あたらないため、この玉鬘がどんな妄執に苛まれているのか、具体的に思い浮かべることが出来ません。これがこの能を、なんとなくわかりにくくしている理由と思います。  
2009年1月12日 記

●解 説
□本曲は源氏物語、玉葛の巻に拠っています。
作者は金春襌竹。襌竹の作品は主題が確乎とせず、焦点が定まらない作品が多いといわれます。
本曲の物狂いも、何故の物狂いかはっきりしないといいます。出典の源氏物語、玉葛の巻、夕顔の巻の中にカギがあるのかもしれません。玉葛の半生は数奇でした。母夕顔も又薄幸な人でした。
父は頭の中将(後に内大臣)。夕顔は中将の正妻、四の君の難を逃れて五條あたりの小家に隠れ住んでしまいました。光源氏は六條御息所のもとに通う途中、乳母の病気見舞いに立ち寄ります。たまたま夕顔の宿は乳母の家の隣でした。夕顔の宿に咲いていた夕顔の花が機縁で、源氏は夕顔のもとに通うようになります。(能、半蔀)ある夜、源氏は夕顔を某の院に連れ出します。
ここは昔、源融(実在の人物、能融)の屋敷跡で、荒れ果てていて物の怪が出ると噂のあるところでした。次の夜半、夕顔はこの物の怪に取り殺されてしまいます(又は六條御即所の生霊とも)。
夕顔の侍女、右近は忍び出た夕顔にただ一人伴われた手前、帰ることも出来ず源氏の妻、紫の上に仕えることになります。玉葛の乳母は、手を尽くして夕顔を探しますが消息をつかむことができません。たまたま夫が太宰少弐に任官し、四歳の玉葛を伴い筑紫に下向します。玉葛はこの地で成人します。少弐は任期を終えますが、病に倒れます。死を予感した少弐は、自分が死んでも玉葛を上京させるよう遺言します。玉葛は美しく成長し、求婚者も現れ始めます。中にも肥後国に絶大な勢力を持つ大夫監が求婚します。乳母一家は、拒み続けますが拒みきれず、長男豊後介を中心に筑紫脱出を計ります。響の灘の難所など、恐怖の船旅を続け、ようやく都にたどり着きます。一家はひとまず九条に仮住まいをします。これから先のことも解らないまま筑紫から同道した家人も離散し、
いよいよ心細い日が続きます。一家は豊後介の発案で初瀬詣を志します。一方、右近も玉葛との再会を祈願するため初瀬詣しようと椿市に投宿します。玉葛一行は、この宿で右近と劇的な邂逅をし、母夕顔の死を知ります。その後源氏は、玉葛を実父内大臣にも知らせず、実子として引き取り六条院に移し花散里を後見人にします。豊後介は玉葛の家司となります。
□前シテ(前場の主役)玉葛の霊は水棹を持って現れます。
初瀬川の激流を小舟で遡る態です。幼い玉葛が乳母に伴われて筑紫へ下った記憶が「舟人も誰を恋うとか大島の」の源氏物語を引用して謡われます。成人して又筑紫から逃げ帰る途中の響灘の恐怖などをも暗示する演出のように思われます。ついで、右近と邂逅してお参りした長谷寺の御堂に行き二本の松を訪ね、クセ(曲の中心をなす)になります。クセでは筑紫からの逃避行や、九条の仮住の心細い状況や、二本の杉での右近との邂逅などがこの曲の出典、源氏物語玉葛の巻の句をちりばめて語られます。この三つの場面「御堂に参詣する」「二本の松を訪ねる」「クセ」の間の劇的展開、例えばワキ旅僧の求めに応じて、案内するとか、物語するとかが一切省略され混沌と語られます。シテの錯乱にも思われます。後シテは唐織(衣装)の右肩を脱ぎかけ髪の一部を左肩から前に垂らして現れます。狂女であることを示します。前に垂らした髪は、曲中の「九十九髪」や「寝乱れ髪」をあらわしています。面は、増女、又は十寸神(ますかみ)を使います。この面は、仙女、又は女神の面です。他の狂女物では、その曲の役どころ、若い女性中年の女、老女と普通の女面を使います。この曲に限り、増女、十寸神を使うのは、この曲の「狂乱」の質の違いを主張するためでしょうか。後シテの登場歌で「恋わたる身はそれならで玉葛」と謡います。源氏が初めて玉葛に会ったとき詠んだ歌を少し変えたものです。このあと、柏木衛門督が玉葛に贈った歌や、玉葛が螢兵部卿に贈った歌が引用されますが、これらは妄執となるべき程のことがらではなく、これに続いて狂乱の「カケリ」、妄執の烈しさ、深さをあらわす語句を連ねます。舞いも文意に合った激しい型(所作)を連ねます。この曲の見所、聞き所です。妄執からの解脱も簡単で「この妄執をひるがえす、心は眞如の玉葛」でしめくくります。かえって人の心を烈しく打つのでしょう。古来、一調や仕舞など、好んで演ぜられるのも、それ故なのかもしれません。
          (梅) 平成20年度第3回東京金剛会例会

(平成25年1月18日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


              玉 葛 (たまかずら)

       季;秋    所;大和国初瀬   素謡時間:40分
  【分類】四番目物・略三番目 (雑能)
  【作者】金春禅竹
  【主人公】前シテ:里女、後シテ:玉葛内侍の亡霊  ワキ:旅僧

【あらすじ】
諸国一見の旅の僧が、奈良の社寺を巡拝の末、初瀬の長谷観音へと参詣に出かけます。初瀬川のあたりまで来ると、一人の女性が、底も浅い山川の岩問伝いに小舟に樟さしてやって来ます。不審に思って言葉をかけると、女は自分も長谷寺へ詣でる者ですと答え、「海士小舟初瀬の川」と古歌にも詠まれていますから、舟に乗っていても不思議ではありますまいと答えます。そして、僧を二本の杉の木へと案内し、玉葛内侍が筑紫から都へ逃げ上り、ここへ来たところ、母夕顔の侍女右近に巡り会ったことなどを語り、自分はその玉葛の亡霊であるとほのめかして消え失せます。
僧が哀れに思って、読経していると、玉葛の亡霊が現れ出で、乱れた思いに狂い舞いますが、やがて昔のことを懺悔して妄執を晴らし成仏したと見えるや、僧の夢も覚めました。

   詞 章                      (胡山文庫)

ワキ     詞「是は諸国一見の僧にて候。我この程は南都に候ひて。
         霊佛霊社残りなく拝み廻りて候。これより初瀬詣でと志して候
    道行上 ならのはの名におう宮野ふる事を。思いつづけて行く末は石の上寺伏し拝み。
         法のしるしや三輪の杉。山本行けば程もなく。初瀬川にも着きにけり/\。
シテ一セイ上 程もなき。船の泊まりや初瀬川。上りかねたえう。景色かな。
    サシ上 船人も誰を恋うるか大崎の。浦声かなしげに立てて。かがら来にける古hrの。
         果ててしもいさや白浪の。よるべいづくぞ心の月の。御船はそこと。はてしなし。
     下歌 唯我ひとり水馴れ竿雫も。袖の色このみ。
     上歌 暮れて行く 秋の涙か村時雨。/\。ふる川野辺のさびしくも。
         人や見るらん身の程も猶うき舟の棹を絶え。綱手かなしきたぐいかな
ワキ    詞 「ふしぎやな此の川は山川の。さも浅くしてしかもみなぎる岩間伝いを。
         小さき舟に棹さす人を見れば女なり。そも御身は如何なる人にてましますぞ。
シテ     詞「これは初瀬寺に詣でくる者なり。又此の川は所から。
       上 名に流れたる海士小舟。初瀬の川と詠みおける。其の川の辺のえにしあるに。
         不審はなさせ給いそとよ。
ワキ    詞 「さら面白の言葉やな。がに海士小舟初瀬とは。
         ふるきながめの言葉なるべしさりながら。又其のたぐいも波小舟。
   カカル上 さして謂われの有るやらん。
シテ    上 いや何事のそれよりも。まづ御覧ぜよ折からに。
地     上 ほの見えて 色づく木々の初瀬山。/\。風もうつろう薄雲に。
         日影も匂うひとしほの。さぞな景色もかく川の。浦曲の眺めまでげに。
         類いなや面白や。川音聞こえて里つづき。奥物ふかき谷の戸に。
         つらなる軒をたえだえの 霧間に残す夕べかな/\。
       下 かくて御堂に参りつつ。補陀洛山もまのあたり。四方の眺めも妙なるや。
         紅葉の色に常磐木の 二本の杉に着きにけり/\。  
シテ    詞 「これこそ二本の杉にて候へよくよく御覧候へ。
ワキ    詞 「さては二本の杉にて候ひけるぞや古き歌に。
       下 二本の杉のたちどころを尋ねずは。
       詞「古川のべに君をみましやとは。何と詠まれたる古歌にて候ぞ
シテ    詞「これは光源氏のいにしへ。玉葛の内侍この初瀬に詣で給いしを。
         右近とかや見連りてよみし歌なり。
      下 共にあはれと思し召して御跡を。よく弔らい給い候へ
地    クリ上 げにやありし世を猶夕顔の露に見の。消えにし跡は中々に何なでしこの形見もうし
シテ  サシ上 あはれ思いの玉葛かけてもいさや知らざりし。
地     上 心づくしのこの間の月。雲居の余所にいつしかと。
         鄙の住まいのうきのみかさてしも堪えてあるべき身を。
シテ    下 猶しをり行く人心の
地     下 あらき波風立ちへだて
    クセ下 たよりとなれば早船に乗りおくれじと松浦潟。唐土船を慕いしに心ぞかわる我はただ。
         あき島を漕ぎ離れても行く方や何くとまりと白波に。ひがさの灘もすぎ。
         思いにさわる方もなし。かくて都の中とても。我は浮きたる舟のうち。
         猶やうきめを水鳥の陸にまどへるここちしてたつきも知らぬ身の程を。
         思い嘆きてゆきなやむ。足曳きの大和路や。唐土までも聞こゆなる。
         初瀬の寺に詣でつつ
シテ    上 年もへぬ。祈る契りは初瀬山。
地     上 尾上の鐘のよそにのみ。思い絶えにし古への人に二度二本の。杉の立ちどを尋ねずは。
         古川のベと眺めける。今日の逢う瀬も同じ身を思えば法の衣の。
         玉ならば玉葛。迷いをてらし給えや。
地  ロンギ上 げにふるき世の物語。聞けば涙もこもり江にもれる水のあわれかな。
シテ    上 あわれとも思いは初めよ初瀬川。早くも知るや浅からぬ。
地     上 縁にひかるる
シテ    上 心とて
地     上 唯頼むぞよ法の人。弔え給え我こそは涙の露の玉の名と名のりもやらずなりにけり/\。   
                 中入り
ワキ     詞 「さては棚葛の内侍仮に現る給えひけるぞや
   カカル上 たとひ業因重くもも
    待謡上 照さざらめや日のひかり。/\。大慈大悲の誓いある。法の燈あきらかに。
          なき陰いざや弔らはん/\。
後シテ   下 恋いわたる身はそれならで。玉葛。いかなる筋を。尋ねきつらん。
          尋ねても。法の教に逢はんとの。心ひかるる一筋に。そのままならで玉葛の。
          乱るる色は恥ずかしや。つくも髪。
    カケリ上 つくも髪。我や恋うらし面影の。
地      上 立つやあだなる塵の身は。
シテ     上 はらえどはらえど執心の。
地      上 ながき闇路や。
シテ     下 黒髪の。
地      上 飽かぬやいつの寝乱髪。
シテ     上 むすぼほれゆく思いかな。
地      上 げに妄執の雲霧の。げに妄執の雲霧の。迷いもよしやうかリける。
         人を初瀬の山おろし。はげしく落ちて.露も涙も散りぢりに秋の葉の身も。
         朽ちはてね怨めしや。
シテ    下 怨みは人をも世をも。
地     下 怨みは人をも世をも。思いおもわしただ身ひとつの。
         報いの罪やかずかずの浮き名に立ちしを懺悔の有様。
       上 あるいは湧きかえり.岩もる水の思いにむせび。
         或いはこがるるや身より出ずる玉と見るまで包めども。
         ほたるに乱れつる。影もよしなや恥ずかしやと.この妄執をひるがえす。
         心は真如の玉葛。心は真如の玉葛。長き夢路は覚めにけり。


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