船弁慶(ふなべんけい)

●あらすじ
 平家が滅びた後、兄の源頼朝と不仲になった源義経は、嫌疑を晴らすべく西国落ちを決意する。摂津国尼崎大物浦まで一行が到着したとき、弁慶の薦めを容れて静御前を都へ帰すことになる。弁慶は静の宿を訪ねてこの由を伝えるが、静は弁慶の一存から来たものと誤解し、義経に直訴する。しかし、義経からも重ねて都へ帰る由を伝えられ、静は沈む心を引き立たせ、やむなく別離の[中之舞]を舞う。最後には、烏帽子を脱ぎ捨てて静は帰っていく。 義経一行が船出すると俄かに風が荒れ始め、平知盛を始めとする平家の怨霊たちが波間に現れ、義経一行を海に沈めようと[舞働]を舞って襲い掛かってくるが、弁慶が五大明王に祈ると遠ざかり、波間に消えて失せていった。

●宝生流謡本(参考)   内二巻の五   切能   (太鼓あり)
     季節=秋 場所=前・摂津国大物浦 後・大物浦の沖合稽古順=入門 素謡時間=44分
     素謡座席順    子方=源義経
               シテ=前・静 後・平知盛
               ワキ=武蔵坊弁慶
               ワキヅレ=従者 

●曲目の解説 (ゆげひ的雑感)
  前シテの優美な舞。後シテの豪快な長刀さばき。前後の対比が鮮やかで、能鑑賞入門なんかによく使われる能です。 前場の主題は、もちろん静御前と義経の別れです。しかし、鎌倉幕府の史書『吾妻鏡』によると、実際に義経と静が別れたのは、義経が大物浦から西国に行こうとしたところ、嵐に会い無理だったので、今度は大峯山に逃げようとしたところ、そこが女人禁制だったために仕方なく別れたとあります。ですから吉野山中であって大物浦での別れは能作者のフィクションということになります。本来、吉野であった別れを大物浦に敢えて変えた理由は、前文で書いた通り、静御前と平知盛の対比をさせるためでしょう。 史実では別れた後、静御前は頼朝の手の者に捕らえられ、母親の磯禅師と共に鎌倉に送られます。母親の磯禅師が付いてきていることから、十代後半ぐらいの若さだったと思われます。そして義経の行方を尋問されますが、この時は「詳らかならず」ということで決着がつきます。答えなかったと考えるとなかなか面白いのですが、単に別れた後の動向は知らなかったと考える方が自然かもしれません。 その後、鶴岡八幡宮で舞うように、頼朝から命令を受けますが、病気と称して固辞します。しかし再三の命令により舞いますが、その時、別離した義経のことを恋い慕う歌を詠い、頼朝を激怒させたことは有名です。この時は、頼朝の妻・北条政子のとりなしで事なきを得ています。 また若い御家人数人と酒宴をなす記事もあります。この辺りから考えて、静御前は罪人扱いではなく参考人扱いだったのでしょう。この時、御家人の1人、梶原景茂が酔った勢いで静御前に「艶言を通ず」とありますが、静御前はきっぱりとはね除けます。 静御前は義経と別れた際に身ごもっていたようで、鎌倉で子どもを生みます。男の子でした。女の子ならば一緒に京都に帰すことになっていましたが、義経の後継となりえるということで殺されてしまいます。京都へ戻った後のことははっきりしません。 一方、後シテの平知盛ですが、彼は清盛の三男で平家の副将でした。『平家物語』においては常に運命を正しく見据え、平家の命運が尽きようとしていることを認識しながら、それでも余裕さえ持って精一杯戦う男として登場します。壇ノ浦合戦の際、女房たちに「中納言殿、軍はいかに」と問われたところ、「めづらしき東男をこそ、ご覧ぜられ候はんずらめ」と言って「からからと」笑ったといいます。運命を見届けたものの爽快さがあります。 また同時に情の深い様も『平家物語』では語られています。平家が木曾義仲の軍に攻められて都落ちをする際、大番役(御所の警備)のために京都へ上洛していた東国武士たちについて、帰しても源氏方となって攻めあがってくるだろうから斬ってしまおうとしたことがありました。 その時、知盛は「御運だに尽きさせ給ぎなば、これら百人千人が頸を斬らせ給ひたりとも、世を取らせ給はん事難かるべし。故郷には妻子所従等いかに歎き悲しみ候はん」と、彼らを斬っても勢力挽回に何の足しにもならないことを説き、そして残された妻子たちのことを気遣う発言をして、斬るのを留めさせています。命を救われた東国武士たちは感激し、平家が崇める安徳天皇の護衛に加わることを願い出ましたが、知盛はそれをも留め、妻子たちのところに帰したのでした。 また一ノ谷合戦では、息子・知章が組み合っていたのを見殺しにしてしまったことを歎いて兄宗盛に語ります。その言葉には一辺の自己弁護も無く、ただただ我が身を恥じています。 さらにその際、船に馬が乗れなかったので、陸に帰すことになるのですが、部下がどうせ源氏のものになるのならば、と弓で射殺そうとします。しかし、知盛は「誰の物になってもかまわぬ。私の命を助けたものを。射るべきではない」といって止めさせます。その心が馬にも通じたのか、しばらくは船から離れようともせず、陸についてもニ三度船の方を向いては嘶いたといいます。 知盛は最期、「見るべきほどの事は見つ」といって身を投げます。平家の滅亡を見取ったという宣言です。そこには死に向かう悲壮さはなく、それどころか清々しさまであります。 その清々しい知盛がなぜ怨霊として能『船弁慶』では登場するのでしょう。 『船弁慶』の前シテの静御前と、後シテの平知盛の怨霊ってのは、全く異なる人物ですが、最近、やはり後シテはある意味の前シテの変化かな、と思う様になりました。どちらも感情自体には違いがありますが、義経に強い執着心を持っていて、それを舞や謡に表さなければならないこと、そして弁慶に邪魔されるところなどがそっくりです。 前シテの静御前は、神泉苑で舞って天候神=龍神を感応させたという伝承の持ち主です。その彼女が同行しなかったからこそ海は荒れ、知盛が登場するのです。『船弁慶』の前半には「波風も静かを留め給ふかと」という謡がありますが、静御前がいれば「波風」は「静」まって知盛は登場できないのです。水に関して表裏を為す役なんですね。 しかし、義経一行は「静」を陸に「留め」ます。それは息子・知章を陸に留めたために死なせてしまった知盛の彷徨う霊と感応しました。海面は荒れ立ち、静の悲しみをも背負った知盛が波間から現れます。…前シテを舞う子と、船弁慶への思いを話しているうちに、こんなイメージが沸き始めました。 これは私のあまりに勝手な解釈かもしれません。実際『船弁慶』って前後の対比が派手ですけど、前後の繋がりが薄く感じられて、初めは能2つに分割しても行けると思ってたのです。でも、やっぱりそうではないのかもしれない、って思うようになって、今まで以上に面白みが増えた曲です。       (2003/01/07)


            源 義経に関係ある謡曲(11曲)
                                       小原隆夫調べ
 コード    曲 目      概      要             場所  季節  謡時間
内12巻2 鞍馬天狗 花見と牛若丸天狗から兵法伝授11歳  京都   春    35分
外15巻4 烏帽子折 牛若丸赤坂ノ宿ニテ熊坂長範ヲ打つ16歳 滋賀   秋    48分
外2巻2  熊  坂  烏帽子折ノ後日物語16歳           岐阜   秋    38分
外7巻2  橋 弁 慶  京ノ五條ノ橋ノ上牛若丸ト弁慶戦う16歳   京都   夏    20分
内11巻2 八  島  源平合戦ノ義経八島デ弓流し26歳     香川   春    55分
外15巻2 正  尊  義経土佐坊正尊ヲ捕る(起請文)27歳    京都   秋    36分
内2巻5  船 弁 慶  静と義経の別れ知盛幽霊と弁慶27歳   大阪   秋    44分
外2巻3  吉 野 静  義経追レ吉野山ノ衆徒ヲ静ト忠信ニテ防グ  奈良   春    22分
外8巻2  忠  信  頼朝ニ追ワレ吉野山ヲ佐藤忠信ニテ防戦   奈良   冬    16分
内18巻2 安  宅  安宅ノ関ノ弁慶勧進帳ヲ読む義経29歳   石川   春    66分
外10巻3 摂  待  義経奥州デ継信ノ母孫ニ接待サレル29歳  福島   春    82分


あさかのユーユークラブ 謡曲研究会 平成21年12月18日(金)


                            

       船弁慶 (ふなべんけい)   切 能(太鼓なし) 
               季 秋
               所 前 摂津国大物浦   後 大物浦の沖合 
     子方    源義経
     前シテ   静御前
     後シテ   平知盛の怨霊
     ワキ     武蔵坊弁慶
     ワキツレ  義経の従者              アイ:船頭

次第〕
ワキ・ワキツレ「今日思い立つ旅衣。今日思い立つ旅衣帰洛をいつと定めん
〔名乗リ〕
ワキ詞  「かように候ものは。西塔の傍らに住居する武蔵坊弁慶にて候。
      さても我が君判官殿は。頼朝の御代官として平家を滅ぼし給い。
      御兄弟の御仲日月の如く御座あるべきを。言い甲斐なきものの讒言により。
      御仲違われ候こと。返す返すも口惜しき次第にて候。
      然れども我が君親兄の礼を重んじ給い。ひとまず都を御開きあって。
      西国の方へ御下向あり。御身に誤りなき通りを御嘆きあるべきために。
      今日夜をこめ淀より御舟に召され。津の国尼崎大物の浦へと急ぎ候
〔サシ〕
ワキ・ワキツレ「頃は文治の初めつ方。頼朝義経不会の由。すでに落居し力なく
子方   「判官都を落ちこちの。道狭くならねその前に。西国の方へと志し
ワキ・ワキツレ「まだ夜深くも雲居の月。出づるも惜しき都の名残り。一年平家追討の。
      都出でには引きかえて。ただ十余人。すごすごと。さも疎からぬ友舟の
〔下歌〕
ワキ・ワキツレ「上り下るや雲水の身は定めなき習いかな
〔上歌〕
ワキ・ワキツレ「世の中の人は何とも石清水。人は何とも石清水。
      澄み濁るをば。神ぞ知るらんと。高き御影を臥し拝み。行けば程なく旅心。
      潮も波も共に引く大物の浦に。着きにけり大物の浦に着きにけり
ワキ詞  「御急ぎ候ほどに。これは早や大物の浦に御着きにて候。
      それがし存知の者の候あいだ。御宿の事を申しつけようずるにて候
                   <ワキとアイの問答>
                (弁慶は船頭に宿と船の用意を頼む) 
ワキ詞  「いかに申し上げ候。恐れ多き申しごとにて候えども。
      正しく静は御共と見え申して候。今の折節何とやらん似合わぬように御座候えば。
      あっぱれこれより御返しあれかしと存じ候
子方詞  「ともかくも弁慶計らい候え
ワキ詞  「畏まって候。さらば静の御宿りへ参りて申し候べし
      「いかにこの家の内に静の渡り候か。君よりの御使いに武蔵が参じて候
シテ詞  「武蔵殿とはあら思いよらずや。何のための御使いにて候ぞ
ワキ詞  「さん候。ただ今参ること余の儀にあらず。我が君の御諚には。
      これまでの御参り返す返すも神妙に思し召し候さりながら。
      ただ今は何とやらん似合わぬように御座候へば。
      これより都へ御帰りあれとの御事にて候
シテ詞  「これは思いも寄らぬ仰せかな。何処までも御供とこそ思いしに。
      頼みても頼みなきは人の心なり。あら何ともなや候
ワキ詞  「さて御返事をば何と申し候べき
シテ詞  「自ら御供申し。君の御大事になり候わば留まり候べし
ワキ詞  「あら事々しや候。ただ御留まりあるが肝要にて候
シテ詞  「よくよく物を案ずるに。これは武蔵殿の御計らいと思い候ほどに。
      わらは参り直に御返事を申し候べし
ワキ詞  「それはともかくもにて候。さらば御参り候へ
      いかに申し上げ候。静の御参りにて候
子方詞  「こなたと申し候え
ワキ詞  「畏まって候。此方え御参り候え
子方詞  「いかに静。このたび思わずも落人となり落ち下るところに
      これまで遥々来たりたる志。返す返すも神妙なりさりながら。 
      遥々の波濤を凌ぎともなはん事。世上の人口然るべからず。
      まずこのたびは都に上り時節を待ち候え
シテ詞  「さてはまことに我が君の御諚にて候いし物を。
      由なき武蔵殿を怨み申しつる事の恥ずかしさよ。
      返す返すも面目のうこそ候え
ワキ詞  「いやいやこれは苦しからず候。ただ人口を思し召すなり。
      御心変わるとな思し召しそと。涙を流し申しけり
シテ   「いやとにかくに数ならぬ。身には怨みもなけれども。
      これは船路の門出なるに
〔上歌〕
地謡   「波風も。静を留め給うかと。静を留め給うかと。涙を流し木綿四手の。
      神かけて変わらじと。契りし事も定めなや。げにや別れより。
      勝りて惜しき命かな。君に再び逢わんとぞ思う行く末
子方詞  「いかに弁慶。
ワキ詞  「御前に候
子方詞  「静に酒を勧め候え
ワキ詞  「畏まって候。げにげにこれは御門出の。行く末千代ぞと菊の盃。
      静にことは勧めけれ
シテ   「わらわは君の御別れ。遣る方なさにかき昏れて。涙に咽ぶばかりなり
ワキ詞  「いやいやこれは苦しからぬ。旅の船路の門出の和歌。
      ただ一さしと勧むれば
      「折節これに烏帽子の候。これを召して一さし御舞い候え
シテ   「その時静は立ち上がり。時の調子を取りあえず。
      渡口の遊船は。風静まって出ず
地謡   「波濤の謫所は。日晴れて出ず
シテ   「立ち舞うべくもあらぬ身の
地謡   「袖うち振るも。恥ずかしや
                           <イロエ>
〔サシ〕
シテ   「伝え聞く陶朱公は勾践を伴い
地謡   「会稽山に籠もり居て。種々の知略を廻らし。
      終に呉王を滅ぼして。勾践の本意を。達すとかや
〔クセ〕
地謡   「然るに勾践は。再び世を取り会稽の恥を雪ぎしも。陶朱功をなすとかや。
      されば越の臣下にて。まつりごとを身に任せ。功名富み貴く。
      心の如くなるべきを。功成り名遂げて身退くは天の道と心得て。
      小船に棹さして五湖の。煙濤を楽しむ
シテ   「かかる例も有明の
地謡   「月の都をふり捨てて。西海の波濤に赴き御身の咎のなき由を。
      歎き給はば頼朝も。終にはなびく青柳の。枝を連ぬる御契り。
      などかは朽ちし果つべき
地謡   「ただ頼め
                           <中之舞>
〔ワカ〕
シテ   「ただ頼め。標茅が原のさしも草
地謡   「われ世の中に。あらん限りは
シテ   「かく尊詠の。偽りなくは
地謡   「かく尊詠の。偽りなくは。やがて御代に出で船の。舟子ども。
      はや艫綱をとくとくと。はや艫綱をとくとくと。
      勧め申せば判官も。旅の宿りを出で給えば
シテ   「静は泣く泣く
地謡   「烏帽子、直垂脱ぎ捨てて。涙に咽ぶ御別れ。
      見る目も哀れなりけり見る目も哀れなりけり
                         <シテ中入り>
                     <ワキとアイの問答>
                (弁慶と船頭は静御前の悲しみの様子に思わず涙を流したことを語り
                 あい、船頭は船が用意できたことを報告する)
ワキ詞  「静の心中察し申して候。やがてお船を出だそうずるにて候
ワキツレ 「いかに申し候
ワキ詞  「何事にて候ぞ
ワキツレ 「君よりの御諚には。今日は波風荒く候ほどに。御逗留と仰せ出されて候
ワキ詞  「何と御逗留と候や
ワキツレ 「さん候
ワキ詞  「これは推量申すに。静に名残を御惜しみあって。御逗留と存じ候。
      まず御思案あって御覧候え。今この御身にてかようのことは。
      御運も尽きたると存じ候。その上一年渡辺福島を出でし時は。
      もってのほかの大風ありしに。君御船を出だし。平家を滅ぼし給いしこと。
      今もって同じことぞかし。急ぎお船を出すべし
ワキツレ 「げにげにこれは理なり。何処も敵と夕波の
地謡   「えいやえいやと夕汐に。つれて船をぞ。出だしける
                     <ワキとアイの問答>
               (船頭は弁慶に命じられて船を出し、義経一行が乗り込む。
                船を漕ぎながら辺りの景色のことなどを話していると、
                突然天気が荒れ、波が寄せ来る中を船頭の腕によって耐える)
ワキ詞  「あら笑止や風が変わって候。あの武庫山颪弓弦羽が嶽より吹き下ろす嵐に。
      この御船の陸地に着くべきようもなし。皆々心中に御祈念候へ
ワキツレ 「いかに武蔵殿。この御船には妖怪が憑いて候
ワキ詞  「ああ暫く。さようのことをば船中にては申さぬことにて候
        アイ「ああらここな人は。最前船にお乗りやる時から。
           何やら一言言いたそうな口元であったが。したたかな事を言い出だいた。
           船中にてさようなことは申さぬ事にて候
ワキ詞  「いやいや船中不案内の事にて候あいだ。何事も武蔵に免ぜられ候え
        アイ「いや武蔵殿のさよう仰せらるれば。申そうではござないが。
           あまりな事をおしゃるによっての事にて候。えいえい。
           またあれからしたたかな波が打ってくるわ。ありゃありゃありゃありゃ。
           波よ波よ波よ波よ。叱れ叱れ叱れ叱れ。
           しいしっしいしっしいしっしいしっ。えいえい
ワキ   「あら不思議や海上を見れば。西国にて滅びし平家の一門。
      各々浮かみ出でたるぞや。
      「かかる時節を窺いて。怨みをなすも理なり
子方詞  「いかに弁慶
ワキ詞  「御前に候
子方詞  「今さら驚くべからず。たとい悪霊恨みをなすとも。そも何事のあるべきぞ。
      悪逆無道のその積もり。神明仏陀の冥感に背き。天命に沈みし平氏の一類
地謡   「主上を始め奉り一門の月卿雲霞の如く。波に浮かみて。見えたるぞや
                    <後シテの登場>
後シテ  「そもそもこれは。桓武天皇九代の後胤。平の知盛。幽霊なり。
      あら珍しやいかに義経。思いも寄らぬ浦波の
地謡   「声をしるべに出で船の。声をしるべに出で船の
シテ   「知盛が沈みしその有様に
地謡   「また義経をも海に沈めんと。夕波に浮かめる長刀取り直し。
      巴波の紋辺りを払い。潮を蹴立て悪風を吹きかけ。眼も眩み。
      心も乱れて。前後を忘ずるばかりなり
                    <舞働>
地謡   「その時義経少しも騒がず。打ち物抜き持ち現の人に。向こうが如く。
      言葉を交わし。戦い給えば。弁慶押し隔て打ち物業にて叶うまじと。
      数珠さらさらと押し揉んで。東方降三世。南方軍茶利夜叉。西方大威徳。
      北方金剛夜叉明王。中央大日。大聖不動明王の索にかけて。
      祈り祈られ悪霊次第に遠ざかれば。弁慶舟子に力を合わせ。
      お船を漕ぎ退け汀に寄すればなお怨霊は。慕い来たるを。
      追っ払い祈り退けまた引く汐に。揺られ流れ。また引く汐に。
      揺られ流れて。跡白波とぞ。なりにける



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