卒都婆小町 (そとばこまち)

●あらすじ
乞食の老女が卒塔婆に腰掛けているのを、高野山の僧が見咎め、説教を始めるが、逆に法論でやり込められる。驚いた僧が彼女の名を聞けば、かつては才色兼備を謳われた小野小町の成れの果てだという。彼女は自らの来し方を語り始めるが、彼女にあこがれて通いつめながらついに願いを果たせなかった四位の少将の霊にとりつかれ、苦しめられる。

●謡本(宝生流)参考    内二巻の四     三四番目   (太鼓なし)
       季節=不定  場所=山城国  稽古順=奥伝     素謡時間=62分 
       素謡座席順     ワキヅレ=住 僧
                   シテ=小野小町
                   ワキ=高野山の僧
●曲趣
 この曲は老女物のうちでも鸚鵡小町と共に至難な大曲である。位、調子の取り方は云うに及ばず、心持ちの変化が多く、抑揚緩急も多く、一つの詞、一つの節にも難しい謡い方がある。所謂口伝とも云うべき芸の妙所があって、言うに言われぬ難曲で、十分に修養を積んだ上でなくては容易にうたいこなせない。ワキは高野山の高僧と云うばかりでなく、大曲の位もあって相当大事に謡うのである。シテは老いたる乞食であるが、決して賤しからず、調子を静に十分に心持を含めて謡う。
 この曲のような大曲は、何処までも大事に取扱いよくよく習得のうえ、曲意曲想を帯してうたうべきである。

              
小野小町関係 5曲
                                       
小原隆夫調
 コード    曲 目      概    説               習順  季節  謡時間
内02巻4 卒都婆小町 老いた小野小町が僧に昔を語る   奥伝  不    62分
内11巻3 鸚鵡小町   老女小町鸚鵡返しで和歌を返歌    奥伝  春    60分
内16巻4 通 小 町    深草少將恋い人のもとに99夜通う   初奥   秋    35分
内17巻3 関寺小町   老衰ノ小町ヲ関寺ニ招キ慰メル       三老   夏
外06巻3 草 紙 洗   小野小町ト大伴黒主ノ和歌くらべ     初序   夏    50分

●小野小町
小野小町は大同4年(809年)頃から 延喜元年(901年)頃まで生きていたと言われる、平安前期9世紀頃の女流歌人。六歌仙・三十六歌仙の1人。出羽郡司小野良真(小野篁の息子)の娘といわれる。第54代仁明天皇の更衣だったらしい。また第55代文徳天皇の頃も仕えていたらしい。「町」の字は後宮に仕えた女性に用いられる。また彼女は絶世の美女として七小町など数々の逸話があり、能や浄瑠璃などの題材としても使われる。小野小町に材をとる作品を総称して「小町物」という。
 生まれには多数の説があるが現在の秋田県湯沢市小野(旧雄勝郡雄勝町小野)という説が主流となっており、晩年も同地で過ごしたとする地域の言い伝えが残っている。米の品種「あきたこまち」や、秋田新幹線の列車愛称「こまち」は彼女の名前に由来するものである。同市には小野小町にちなんだ建造物「小町堂」があり、観光の拠点となっている。湯沢市では、町おこしの一環として、毎年6月の第2日曜日に「小町まつり」を開催している。 しかし、秋田県湯沢市小野が小野小町の生誕地であるかどうかの確証はない。出身地はこの他にも福井県越前市とする説、福島県小野町とする説、茨城県新治郡新治村大字小野とする地元の言い伝えなど、生誕伝説のある地域は全国に点在しており、数多くの異説がある。東北地方に伝わるものはおそらく『古今和歌集』の歌人目録中の「出羽郡司娘」という記述によると思われるが、それも小野小町の神秘性を高めるために当時の日本の最果ての地の生まれという設定にしたと考えられてもいて、この伝説の裏付けにはなりにくい。 京都市山科区小野は小野氏の栄えた土地とされ、小町は晩年この地で過ごしたとの説もある。ここにある随心院には、卒塔婆小町像や文塚など史跡が残っている。前述の「花の色は..」の歌は、花が色あせていくのと同じく自分も年老いていく姿を嘆き歌ったものとされる。
 滋賀県大津市大谷にある月心寺内には、小野小町百歳像がある。他にも、小町寺(補陀洛寺)には、小野小町老衰像と小町供養塔などがある。 栃木県下都賀郡岩舟町小野寺には、小野小町の墓などがある。福島県では、田村郡小野町に小野 篁「たかむら」所在の伝説がある。喜多方市高郷町(耶麻郡旧高郷村)には、小野小町塚があり、この地で病となり亡くなったとされる小野の小町の供養塔がある。

●参考  卒塔婆小町  
中山可穂の小説「弱法師」(よろぼし)を読んだ。この小説は「弱法師」、「卒塔婆小町」、「浮舟」の三つの作品で構成されている。著者もこの本の帯に、「かなわぬ恋こそ、美しい」と書いてあるとおり報われない恋の途方に暮れた物語だけれど、(中略)
 卒塔婆に腰掛けた非をなじる高野山の僧に向かい、老女はあたかも挑戦でもするようにこんな風に問いかける。卒塔婆という形だけのものをどうして尊ばねばならないのか。人は決心一つで心の中に救いを求めることができるではないか。心でこそ人は世界を感じることができるのではないか。釈迦を殺そうとした人も、愚かしい弟子も、めぐりめぐってみれば結局は善ではないのか。絶ちがたい浮世への煩悩も、つまるところは求道への前提なのだから・・・・と。 このあたりの僧との問答は、見かけや形式に権威づけられている世の中の常識に対する痛烈な批判となって、かなり理屈っぽい構成ながら聞く人に十分な説得力を与えてくれる。それはまたもしかすると、かつての己の美と今の老残とのあまりにも大きすぎる隔たりに対する自身への憤りなのかも知れない。
 問われるままに老女は僧に自らの名を明かし、かつて、世の中のすべてを美貌で割り切った己の過去を語りはじめる。そして落ちぶれ果てて物乞いとなり、狂乱し、声まで変わってしまった百歳の今を恥じる。 語り始めた彼女にやがて一人の男の死霊がとりつく。彼女への想いを募らせ、焦がれ死にした深草の少将の霊である。老女は烏帽子をつけ狩衣をまとった男姿となる。 地謡は深草の少将の心を謡い、男姿となった老女は過ぎ去ったかつての小町の心を謡う。
 男は小町を責める。 「行っては帰り、帰っては行く。一日も欠かさず私はあなたのもとへ通った。毎日毎日、月の夜も、闇の夜も、雨も風も、秋の木の葉、冬の雪、一目すら会えないままに私の恋路は続いた。この無駄と思える努力も百夜通えばこそと思いつめ通った。なのに僅か一夜を残して私は死んだ。」 小町は男の思いにただ目まいして苦しむのみである。 二つの対立した心を持つ小町は、やがて男を受けいれるようになる。百歳にして始めて理解した男の心である。彼女を美しいと言った男は数限りなくいたけれど、今はそのすべてが死んでしまった。そのことが彼女を打ちのめし、切ないまでに思いつめた男の恋を理解する。 老女は、「どんな苦難を忍んでもいい、砂を一粒一粒集めて塔を作る努力をすることで仏を信じ、悟りの道に入ろう」と決心するところで、この能は終わる。 美しいとは一体何なのか、年をとるということは何なのか、そして見かけに惑わされる人の心の奥に潜む矛盾を、この物語は教えてくれる。
 「花のいろは、うつりにけりな、いたずらに、 わが身世にふる、ながめせしまに」
 百人一首にある小野小町の作品である。卒塔婆小町の物語とこの歌とは何の関係もないと思うけれど、こうして百歳の老女を追いかけてきてみると、小野小町もまた、己の容色の衰えをどこかで予感していたような、そんな気がしてくる。          
2005.05.03    佐々木利夫

あさかのユーユークラブ 謡曲研究会


             卒塔婆小町《そとばこまち》

  三四番目   (太鼓なし)
  季節  不定   場所  山城
  作者  観阿弥清次 または世阿弥元清ともいう
  典拠  不明
                                     (胡山文庫)
    シテ  小野小町《おののこまち》(面・老女《ろうじょ》)
    ワキ   高野山の僧
    ワキヅレ  従僧二人


   次第
ワキワキヅレ 山はあさきに隠れ家の。山はあさきに隠れ家の深きや心なろらん
ワキ   詞 「是は高野山より出たる僧にて候。我この度都に上らばやと思い候」 
ワキ サシ上 それ前仏は既に去り。後仏は未だ世に出でず
ワキワキヅレ 夢の中間に生れ来て。何を現と思うべき。たまたま受け難き人身をうけ。
        逢いがたき如来の仏教えにあい奉る事。これぞ悟りのなると。
        思う心もひとえなる。墨の衣に身をなして
    道行 生れぬ前に身を知れば
ワキヅレ   生れぬ前に身を知れば
ワキワキヅレ 憐れむべき親もなし。親もなければ我ば為に心をとむる子もなし。
        千里を行くも遠からず。
        野に臥し山に泊まる身のこれぞまことのすみかなるこれぞまことのすみかなる
シテ 次第上 身は浮草を誘う水身は浮草を誘う水なきこそ悲しかれけれ
    サシ上 哀れやべにいにしえは。驕慢最もはなはだしう。
        翡翠の簪はあだとたをやかにして。
        楊柳の春の風になびくが如し。又鶯舌の囀りは。露をふくめる糸萩の。
        かごとばかりに散りそむる花よりも猶めずらしや。
        今は民間賤の女にさえきたなまれ。
        諸人に恥をさらし。嬉しからざる月日身に積もって。
        百年の姥となりて侍ろう。
    下歌 都は人目つつましやもしもそれとか夕まぐれ
    上歌 月諸共に出でで行く。月諸共に出でで行く。雲居百敷や。大内山も山守も。
        かかる憂き身はよもとがめじ。こがくれてよしなや。鳥羽の恋塚秋の山。
        月のかつらの川瀬舟漕ぎ行く人は誰やらん漕ぎ行く人は誰やらん
シテ   詞 「余りに苦しう候に。これなる朽木に腰をかけ休まがやと思い候」
ワキ   詞 「なうはや日の暮れて候程に道を急ごうずるにて候。や。
        これなる乞食の腰掛けたるは。
        卒塔婆にて候。教化して除けうずるにて候。いかにこれなる乞がい人。
        おことの腰掛けたるは忝くも仏体色相の卒塔婆にてはなきか。
        そこ立ち退きて余の所に休み候え」
シテ   詞 「仏体色相の忝しとは宣えども。これ程に文字も見えず。
        刻める像もなし唯朽木とこそ見えたれ」
ワキ   上 たとい深山の朽木なりとも。花咲きし木はかくれなし。
      詞 「いわんや仏体に刻める木。などかしるしのなかるべき」
シテ   上 我も賤しき埋木なれども。心の花のまだあれば手向になどかなるやらざらん
     詞 「さて仏体たるべき謂われはいかに」
ワキヅレ 上 それ卒塔婆は金剛薩?(コンゴウサアタ)。
        仮に出化して三摩耶ぎょうを行い給う
シテ   上 行い「なせる形はいかに」
ワキ   上 地水火風
シテ   中 五体五輪は人の體何しに隔てのあるべきぞ
ワキヅレ上 像はそれにたがはずとも。心功徳はかわるべし
シテ   詞 「偖卒塔婆の功徳はいかに
ワキ   上 一見卒塔婆永離三悪道
シテ    中 一念発起菩提心それもjかでか劣るべき
ワキヅレ 上 菩提心あらばなど浮世をば厭はぬぞ
シテ   中 姿が世をも厭はばこそ心こそ厭え
ワキ   上 心なき身なればこそ。仏體をば知らざらめ
シテ   詞 「仏體と知ればこそ卒塔婆には近づきたれ
ワキヅレ 上 さらばなど礼をばなさで敷きたるぞ
シテ    上 とても臥したる此の卒塔婆我も休むは苦しいか
ワキ    上 それは順縁にはづれたり
シテ   詞 「逆縁なりと?むべし
ワキヅレ 上 提婆(だいば)が悪も
シテ    上 観音の慈悲
ワキ    上 盤特(ハンドク)ば愚痴も
シテ    上 文殊の知恵
ワキヅレ 上 悪というも
シテ    上 善なり
ワキ    上 煩悩というも
シテ    上 菩提なり
ワキヅレ 上 菩提もと
シテ    上 植木にあらず
ワキ    上 明鏡また
シテ    上 臺(うてな)になし
地     上 げに本来一物なき時は佛も衆生も隔て無し。本より愚痴の凡夫を。
       〇本より愚痴の凡夫を。〇 
        救はん為の方便の。深き誓いの願なれば。
        逆縁なりと浮かむべしと。懇ろに申せば。
        誠に悟れる非人なりとて。僧は頭を地につけて。三度礼し給えば
シテ   上 我は此の時力を得猶戯れの。歌を詠む。極楽の内ならばこそあしからめ。
        そとは何かは。苦しかるべき
地    下 むつかしの僧の教化や。むつかしの僧の教化や。
ワキ   詞 「さておことはいかなる人ぞ名を御名のり候え」
シテ   詞 「恥ずかしながら名を名のり候べし。
       〇名帳な入れてなからん跡を弔いて賜り候え
ワキ   詞 「なかなかの事名帳に入れて弔い候べし。先ず名を御名のり候え〇
シテ   上  これは出羽の郡司小野の良実が娘。
        小野の小町がなれる果てにて侍らうなり
ワキワキヅレ 痛はしやな小町は。さもいにしえは優女にて。花の貌(かたち)かがやき。
        桂の眉墨青うして。白粉を絶やさず。
地    下 羅綾(らりょお)の衣多うして桂殿の間に餘るしぞかし
シテ    下 歌をよみ詞を作り 
地    下 酔いを勧むる盃は。漢月袖に静かなり。
        まこと優なる有様のおつ其の程に引き替えて
地    上 頭には。霜蓬を戴き。せんげんたりし両髯(りょうびん)も。
        はだへにかしけて墨みだれ艶々たりしそうがも遠山の色を失う。百年に。
        一年足らぬつくも髪。かかる思いは有明の影恥ずかし我が身かな
  ロンギ上 頸にかけたる袋にはいかなる物を入れたるぞ
シテ   上 今日も命は知らねども。明日の飢えを助けんと。
        粟豆の朝飯を袋に入れて持ちたるよ。
地    上 後ろに負える袋には
シテ    上 垢膩(くに)のあかつける衣あり
地    上 肘にかけたるあじかには
シテ   上 白黒の田鳥子(くわい)あり
地    上 破れ蓑
シテ   上 破れ笠
地    上 面ばかりもかくさねば
シテ    下 まして霜雪雨露(しもゆきあめつゆ)
地    下 涙をだにもおそうべき袂も袖もあらばこそ。今は路頭にさぞらい。
        往き来の人に物を乞う。乞い得ぬ時は悪心。また狂乱の心つきて。
        声かわりけしからず
ワキ   詞 「何事ぞ
シテ   詞 「小野が許へ通うよなう
ワキ   詞 「おことこそ小町よ。何とて現なき事をば申すぞ
シテ   詞 「いや小町という人は。あまりに色が深うて。あなたの玉章こなたの文
        かきくれて降る五月雨の空言なりとも。一度の返事もなうて
  カカル下 今百年になる報うて。あら人恋しやあら人恋しや
ワキ   詞 「あら人恋しいとは。さておことにはいかなる者のつき添いてあるぞ
シテ   詞 「小町に心をかけし人は多いよなう。中にも思い深草の。
     上 四位の少将の
地    上 恨みの数のめぐり来て車の榻に通はん。日は何時ぞ夕暮。
        月こそ友に通い路の関守はありともとまるまじや出でたたん。
       〇関守はありともとまるまじや出でたたん
シテ    下 浮衣の袴かいとつて〇
シテ    下 浮衣の袴かいとつて
地    下 浮衣の袴かいとつて。立烏帽子をかざうぃり狩衣の袖をうちかついで。
        人目忍ぶの通い路の。月にも行く闇にもゆく。雨の夜も風の夜も。
        木の葉の時雨雪ふかし
シテ    上 軒の玉水。とくとくと
地    上 行きては帰り。かえりては行き一夜二夜三夜四夜。七夜八夜九夜の夜。
        豊の明の節会にも。あわでぞ通う鶏の。時をもかえず暁の。
        榻(ひじ)のはしがき百夜までと通い往て九十九夜になりたり
シテ   下 あら苦し目まいや
地    下 胸苦しやと悲しみて。一夜をまたで死したりし。深草の少将の
        その怨念が。つきそいて。かように物には狂わするぞや。
        これにつけても後の世を。
        願うぞまかとなりける砂を塔と重ねて黄金のはだへこまやかに。
        花を佛に手向けつつ。悟りの道に入ろうよ悟りの道に入ろうよ


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