仙道三十三観音のページ
                                                  2003/4/20


仙道三十三観音の記録

仙道第一番札所  鎮守山 泰平寺(田村大元神社)

ご詠歌      うるほわん 草木もあらじ 守山の 説きおく法の 雨のしづくも
所在地      福島県
郡山市田村町山中字本郷135-2
宗派・観音名   天台宗 聖観世音菩薩
管理者      宮司 遠藤武男
納経所      福島県
郡山市田村町大善寺東   Tel: 024-955-2630
参拝日と雑記   このお寺は、太平洋戦争の頃より、何度もお参りしているが、詳しく来歴を聞いたのは、田中正能先生から、郷土の歴史の説明をうけてからである。平成の現状は明治の廃仏棄却により田村神社になっているが、堂宇の中は寺の様式の形が残っている。
今年も、3回程現地に伺ったが、平成14年6月1日郡山市水道局が行なった、施設見学会の折に戴いた、資料のうち「田村神社(鎮守山泰平寺)由来より」から一部抜粋させていただく。
         「縁 起」
 その昔、延暦二十年(801)今から約1200年前、坂上田村麻呂公蝦夷征伐を終えて京の都へ帰る途中、峰上に祥雲のかかるのを見て、その山上に自身の守護尊である髻(結髪)中の聖観音像を本尊とし、堂宇を建立し、これを鎮守山泰平寺と号したのが、この神社の縁起と言われている。その後、大元帥明王も合わせ祭られる。今から600年以前の南北朝時代の終りごろか、天台宗の学頭と真言宗の別当が置かれ、それぞれ泰平寺で御修法を修している。戦国時代においては大名の崇奉あつく、三春の田村氏は大元帥明王社を、地名の「山中」とともに三春に分祀している。また、蒲生、上杉、加藤などの諸大名も、社領を寄進している。江戸時代になると、幕府から三百石が朱印状で認められるにいたる。また、大元明王堂(現田村神社本殿)は、幕府の命を受けた、二本松領主丹羽光重公が、寛文二年(1662)に建立したものである。その時幕府は、学頭は善法院、別当は帥継院と院号を定めている。その後守山地方は御三家の一つ水戸家の分家、松平大学頭が領主となるが、代々の守山領主も大元明王に対する崇奉があつく、二代領主頼寛公の「大元明王記」が残されている。 善法院は衆徒四坊と田村安積地方に十七ケ寺を末寺に持つ本寺であり、帥継院は衆徒八坊と同じく二十四ケ寺を末寺に持つ本寺であった。(善法院中興開基の行恵和尚は、日光東照宮別当大楽院の住持をも兼ねている。)それぞれ境内が、一町四反と二町三反という大寺であった。明治の神仏分離後、明王堂は田村神社として残り、善法院は明治三十年に炎上し、そのあとには国道が通り、倉庫やガソリンスタンドになっている。帥継院は、三春街道にあったが、明治四十四年に建物がとリこわされたしまった。往時をしのぶものは、庭の池のみである。
         祭神・坂上田村麿公について
坂上田村麿公は、坂上苅田麿公の子として天平宝宇二年(758年))に生まれている。成長して蝦夷征伐に関係し、延暦十六年(797年)には征夷大将軍に任じられている。また、観音への信仰もあつく、同十七年(798)には京都に清水寺を建立している。朝廷や天皇からの信頼あつく、正三位まで授けられるとともに、参議や大納言などの要職に任じられている。また、武門に対する信頼もあつく、右近衛大将や兵部卿なども歴任している。弘仁二年(811)五月二十三目、都にて没している。五十四歳であった。没後従二位を授けられている。
 田村神杜は康平二年(1059)に、正一位田村大明神として石祠を建立したのが、はじまりである。その後文化八年(1811)田村麿公一千年祭に当たり、帥継院内に、本殿を造営し、神像を彫刻して御神体となした。文久元年(1861)拝殿を造営している。その後明治の神仏分離による帥継院の廃絶により明治二十八年(1895)明王山へ移される。御神体の、坂上田村麿公の座像は、大元明王堂内の厨子中に移され、田村神社として今日におよんでいる。
         聖観音と仙道三十三観音について
一寸八分の聖観音像が泰平寺の本尊とも言われているが、今は、裏坂の宝蔵庫の中に納められている。秘仏なので年二回、新暦一月十三日と旧暦六月十三目の日中、数時間のみ御開帳される。聖観音とは、観音様のもともとのお姿である。観音様は三十三身に変身し、いつでも、どこへでも、だれの処へでも現われて救って下さる.仏様である。この一寸八分の聖観音様が、田村、安積、安達、石川、東白川、 西白河、岩瀬、の仙道三十三観音霊場の第一番札所になっているのである。 また、この観音様を守護しておられるのが、身の丈一丈余の二体の仁王様である。
         秋篠寺ゆかりの大元帥明王(タイゲンミョウオウ)について
明王堂.明王山の本尊とは、この大元帥明王のことである。承和六年(839)唐より、日本に初めて大元帥の秘法を伝えたのは、秋篠寺の僧、常暁である。大元帥明王は、もの凄い形相をして、火炎を背に、蛇などを巻きつけている。この像を本導として行なわれる大元帥御修法は、秘法中の秘法で、異敵調伏のため宮中やその勅願寺でのみ修せられた。田村神社の大元帥明王の画像は、狩野探幽作のものと言われている。木像の方は、作者年代不明であるが、全身青色で、火炎を背負い、三面八臂のもの凄い形相をしておリ、腕には蛇を巻きつけている。この像も秘仏なので、年二回、観音様の御開帳の目に公開されている。 宮中やその勅願寺でのみ修せられた大元帥御修法の本尊が、都から遠く離れた奥州のこの地に祭祀された由来は、未だに分っていない。
    追記  観音山 円通寺(真言宗)
           郡山市田村町守山字滑津39  住職 五十嵐至道
参拝日と雑記   平成元年7月2日 泰平寺の分家寺で明治政府の廃仏棄却により、田村神社の仏具類を本尊共に引き受けた。昭和16年田村神社総代から、返還要求があり、裁判訴訟となったが、本尊・仏具一切を田村神社に返し、祭り事は、円通寺が行なう事で和解が成立した。昭和20年太田病院の太田三郎氏が、過去の寺宝レプリカを円通寺に寄進している。  円通寺は約800年前に建立され、旧称は、三昧堂千手山 観音寺と称し、三百石の寺格を持っていた。現在地より東側の山の中腹にあったが、享保年間に炎上して、当時の守山藩家老が檀家でその人が再建した。その後も火災に遭っているが、会津藩士が現在の寺を建てたという。この寺は、守山藩の藩主の位牌をお守りしていると言う。     (1989.7.2五十嵐至道住職談)





仙道第二番札所  高岳山 如宝寺「観音堂」
ご詠歌      たにほこり 山寒からぬ 雪の日も 仏たのまば 道に迷はじ
所在地      福島県
郡山市堂前町4-24
宗派・観音名   真言宗豊山派 馬頭観世音菩薩
管理者      院家 保森覚道
納経所      福島県
郡山市堂前町4-24   Tel: 024-922-0607
参拝日と雑記    このお寺は、私が昭和19年夏、東京から郡山市へ移住してから、何回も、お参りしたが、「いぼなしの鐘」や国の重要文化財である「鎌倉時代の石碑」と、七日堂参りの縁日位しか知らなかった。はからずも「仙道三十三観音」の第二番札所である事を知り、郡山信用金庫さんより戴いた「仙道三十三観音札所めぐり」昭和60年3月発行の小冊子(非売品)に、如宝寺住職、保森覚道師が記された、「仙道三十三観音札所について」の巻頭文を読んで、中御門天皇の正徳6年(1716)頃に仙道巡礼案内が出来ていた事や、霊場巡りが存在することを知った。
是は、あくまで私のかってな推察であるが、奈良時代に存在した、郡山清水台の郡衛所在地跡に近い如宝寺の場所は、南向きの展望の良い高台である事から、大和朝廷が各地に設けた国分寺の跡かもしれないと思うと、一人よがりであるが古代のロマンを感じている。





仙道第三番札所  岩作山 妙音寺
ご詠歌      春ことに 法の み寺に 来てみれば 庭の桜も 花ぞにほへる
所在地      福島県
郡山市富久山町堂坂字岩作2-1(北小泉)
宗派・観音名   本山派修験 十一面観世音菩薩
管理者      古河芳夫
納経所      福島県
郡山市富久山町堂坂岩作2-1   Tel: 024-943-6119
参拝日と雑記   平成元年7月2日   小泉小学校から北の小和滝に向かって。阿武隈川堤防の手前、右側道のすぐうえに、廃寺になっている場所に小さな堂宇がある。わずかに当時のなごりの石碑があり、観音堂は寂れて哀れを感じた。 大同2年(807)僧大智が霊夢により、大隈川光明渕より十一面観世音を奉遷し、草庵を結ぶ、往時は堂塔伽藍の堂宇があったが、度々の火災で衰退し、観音像始め仁王像等は、鎌倉市三貴園常盤文庫内に移遷されている。この境内にあると言われた{蝉塚碑}は、郡山市大慈寺は移されている。境内の板碑、正安2年(1300)建は、松平定信編「果古十種」に堂坂妙音寺碑として収録したものである。(富久山町郷土史研究会の説明より)





仙道第四番札所  塩田山 日輪寺「塩田観音堂」
ご詠歌      たれもみな 見てる塩田の 観世音 そのかみよりの しるべなりけり
所在地      福島県
安達郡本宮町字太郎丸
宗派・観音名   天台宗 聖観世音菩薩
管理者      住職 高松義寛
納経所      福島県安達郡本宮町字山田32-2   Tel: 0243-33-2768
参拝日と雑記   平成元年7月2日 現場は、本宮町の南、旧会津街道と旧4号国道が合わさる道路の右側、阿武隈川の傍に、立派な堂宇がある。境内には子供の遊園地になっており、彫刻のある大きな堂宇は、金網を張って保護されている。お堂を管理している寺は日輪寺で、500m程離れている日輪寺に朱印帳を持っていったが、寺の住職様不在で、記帳してもらえなかったが、お寺の庫裏に居られた年配のご婦人が親切に応対してくれた。



仙道第五番札所  観法山 光恩寺
ご詠歌      声澄みて 松吹く風の 杉田寺 浮世の夢も さめぬべきなり
所在地      福島県
二本松市杉田二丁目2-123-1
宗派・観音名   天台宗 聖観世音菩薩
管理者      住職 梅津聖豊
納経所      福島県二本松市杉田二丁目2-123-1   Tel: 0243-23-7574
参拝日と雑記   平成元年7月2日 現状は国道4号線の拡張により、山を切り崩されて、山の上に光恩寺の本堂と庫裏は移転しているが、当時私達夫婦が参拝した折は、4号国道とJR杉田駅横の踏切を通る、旧4号国道が交叉する場所の、福島方面に向かって左側の山腹にあった。この山に、三十三観音様を参拝できるよう、お像と順路が出来ており、家内と二人で、お参りしてきた。



仙道第六番札所  雲龍山 満願寺(東鳥神社)
ご詠歌      うらちしを ここに移しの 山なれば たれか歩みを 運ばざるべき
所在地      福島県
田村郡船引町大字移字東作
宗派・観音名   天台宗 千手観世音菩薩
管理者      佐藤貞夫
納経所      福島県
田村郡船引町大字北移字池の入278   Tel: 0247-86-2579
参拝日と雑記  平成3年11月9日(日) 現状は東鳥神社になっている。堂山王子神社の観音様を参拝してから、移地区に移動いたが、所在地がわからず地元の人に聞くと、東鳥神社がそうだと言う。参拝後秋の日暮れは早く、あたりの山々の紅葉黄葉が美しかった。






仙道第七番札所  龍頭山 堂山寺(堂山王子神社)
ご詠歌      暮れにきと 風こそ 鎮め 雲たつる 堂山寺の 鐘のひびきに
所在地      福島県
田村郡船引町大字門沢字堂山171
宗派・観音名  真言宗 準胝観世音菩薩
管理者      安藤典芳
納経所      福島県
田村郡船引町大字門沢字堂山171   Tel: 0247-85-2152
参拝日と雑記  平成3年11月9日(日) 午後の3時頃参拝、この神社は、合併前の七郷農協の人と昭和50年頃から、何度もお参りした事があるが、境内は広く、大きな堂宇建物があり、綺麗に掃除が行き届いていた。付近に、湖南町馬入新田の佐藤宗一郎さん宅の「水芭蕉」を移植されたのが大きくなっていた。堂山王子神社には、入り口に立派な「仁王像」と「白馬像」があり、堂の裏に、奥の院がある。





仙道第八番札所  萬歳山 入水寺「観音堂」
ご詠歌      観世音 南無ととなえて 篭る夜の 明くれば山に 月の入り水
所在地      福島県
田村郡滝根町菅谷入水133
宗派・観音名   曹洞宗 聖観世音菩薩
管理者      住職 安倍量基
納経所      福島県
田村郡滝根町菅谷133   Tel: 0247-78-3147
参拝日と雑記   平成2年11月18日(日) JR磐越東線菅谷駅から、直線のだらだら登り路を、入水鍾乳洞の手前、左側にある大きな寺である。折よく住職が、外出まえの忙しい時であったが、親切に説明をして頂いた。現状の観音堂は、火災焼失後、山際の小さいお堂に、仮安置された観世音菩薩を家内と共に参拝した。お堂の横に、時外れの、あざみの花、一輪が印象的であった。





仙道第九番札所  東堂山 満福寺「観音堂」
ご詠歌      東堂へ 参る心は 西方の 浄土に向ふ はじめなりけり
所在地      福島県
田村郡小野町大字小戸神
宗派・観音名   浄土宗 聖観世音菩薩
管理者      住職 田村碩信
納経所      福島県
田村郡小野町大字小戸神   Tel: 02477-3-2713
参拝日と雑記   平成2年11月18日(日) 入水寺をお参りしてから、家内と共に小野町へまわる。東堂山満福寺は産馬が盛んであった田村郡一円農家の信心の拠り所で、寺の堂宇は数多く大きな建物があり、鐘付堂や観音堂とも立派である。明治20年に作られたと聞く石垣の上から見る展望は素晴らしい。住職が入院中で、奥様が朱印帖に記帳してもらう。
平成3年4月19日(金)に再度参拝
秋の景色が美かったので、春の桜の季節に家内と共に三春の滝桜を鑑賞してから、東堂山に参拝する。境内の桜は見ごろで、前回のときは写せなかった鐘堂と観音堂の写真を写せた。羅漢像が多くあるが、上にある不動様もお参りできた。観音堂がある石垣の上から眺める展望は、素晴らしく、この日は大滝根山が見事に眺めることができた。帰途、庫裏でお茶をご馳走になる。前年の暮れ、病気だった住職が亡くなり、奥様も不在で、留守番をしていた人は親戚だそうだ。
私が病気になって、自動車を運転しなくなり遠出が不自由になり、三十三観音参りが中止せざるを得なくなったが、「あさかの学園大学」の仲間と歴史探訪で、以来5回程お参りすることが出来た。





仙道第十番札所  広沢山 甘露寺「観音堂」
ご詠歌      みな人の 憂きを助くる 甘露寺の 仏はながき 薬なりけり
所在地      福島県
須賀川市大字小倉字埋平
宗派・観音名   臨済宗 十一面観世音菩薩
管理者      大慈寺住職 山下淡童
納経所      福島県
須賀川市大字小倉字田畑208   Tel: 0248-79-2567
参拝日と雑記   平成3年10月20日(土)   宇津峰山の須賀川市から登山口近くの急な道を、埋平集落から登り参拝した。見事な石段があり、鐘付堂と観音堂あるが銅版葺きで立派、堂宇の中には十一面観世音菩薩像が収められた厨子が見えた。台風21号のせいで、境内に杉の落ち葉が落ちていて水溜りも出来ていた。石段横の竹林に、きのこがたくさん生えていた。最寄駅はJR水郡線小塩江です。





仙道第十一番札所  小倉山 大慈寺
ご詠歌      観世音 まもり給へと 唱ふなる 島まわりする 舟についても
所在地      福島県
須賀川市大字小倉字田畑208
宗派・観音名   臨済宗 千手観世音菩薩 管理者      住職 山下淡童
納経所      福島県
須賀川市大字小倉字田畑208   Tel: 0248-79-2567

参拝日と雑記   平成3年10月20日(土)埋平、甘露寺に行く前に参拝。市道路から歩いてわずかだが、立て札あり、参道の両側につつじや牡丹が植えてあり、石段と寺の境内は綺麗にお掃除がゆきとどいている。さすが禅宗のお寺と感じた。観音堂は寺の本堂に向かって左側にあり、土蔵作りで、引き戸は自由に開閉できた。広さは二坪程の畳敷きで、上がって観世音菩薩のお姿を拝見参拝できた。
最寄駅はJR水郡線小塩江です。





仙道第十二番札所  古寺山 白山寺「観音堂」
ご詠歌      訪ねつつ ここは古寺と 聞ゆるも さながら法の しるしなるらん
所在地      福島県
須賀川市上小山田字古寺58
宗派・観音名   天台宗 聖観世音菩薩
管理者      随光寺住職 吉野英海
納経所      福島県
須賀川市上小山田字百目木   Tel: 0248-79-2779
参拝日      白山寺の由来は、僧行基が霊亀元年(715)東国巡遊の途中聖観世音菩薩を祭ったのが始まりと伝えられる。文治二年(1186)火災のため堂宇は焼失したが、行基作と言われる聖観世音菩薩の像は焼け残った。文安年間(1444-1448)に、領主二階堂為氏が、寺を再興したとされる。宝暦二年(1752)寺の腐朽が激しくなり、当時の清光和尚が再建を企て村々の信者から浄財を募り、古寺山自奉楽の踊りを行なった。「寺法楽」ともいわれ、8歳から14才の子供が踊る姿は、今に伝えられ、昭和49年福島県の重要無形民族文化財に指定されている。参道の両側の松並木は、昭和34年に福島県の天然記念物指定。



仙道第十三番札所  白華山 厳峯寺「観音堂」
ご詠歌      いかなれば そのかみ寺の 軒の松 降れども 色や つれなかるらん
所在地      福島県
石川郡玉川村岩法寺
宗派・観音名   臨済宗 千手観世音菩薩
管理者      矢吹好夫
納経所      福島県
石川郡玉川村岩法寺新屋敷30   Tel: 024757-2822
参拝日      日時 :平成18年8月27日 15:36福島空港方面にドライブ中偶然に舗装道路が終わりになった手前に13番札所巌峯寺があった。
玉川ポートピアの近くである。道路から石段があり高い山の中腹に観音堂が鎮座している。上り口の横に清水が涌き出ており手洗水になっている。帰途福島空港から郡山駅までのリムジンバス路線が谷田川付近でR49国道に交わる三蹉交叉点付近の農家の庭に、百日紅の赤紫の花が見事な満開で極めて、美しく印象的であった。





仙道第十四番札所  金波山 円通寺「千手観音堂」
ご詠歌      今ここに 詣ふてきぬるみさきの世の 仏にむすぶ 縁通じかな
所在地      福島県
石川郡玉川村字金波 (旧川辺村)
宗派・観音名   曹洞宗 千手観世音菩薩
管理者      住職 川崎幸夫
納経所      福島県石川郡玉川村舘   Tel: 024757-2618
参拝日


仙道第十五番札所  大寺山 正福寺「千手観音堂」 (大子山聖徳寺)
ご詠歌      春秋の 大寺の ひと夏を おくるも法の 日かずなりけり
所在地      福島県
石川郡石川町中野水無35
宗派・観音名   曹洞宗 千手観世音菩薩
管理者      聖徳寺住職 小林良孝
納経所      福島県石川郡石川町中野水無35   Tel: 0247-26-6203
参拝日



仙道第十六番札所  出湯山湯前院 西福寺「観音堂」 (乗蓮寺)

詠歌      み仏の これも願むと きくものを 薬になれと 出る湯いで川
所在地      福島県
石川郡石川町湯郷渡字瀬戸
宗派・観音名   真言宗 聖観世音菩薩
管理者      乗蓮寺住職 西舘範和
納経所      福島県石川郡石川町字下泉305   Tel: 0247-26-2329
参拝日



仙道第十七番札所  白花山 法蔵寺「観音堂」 (乗蓮寺)
ご詠歌      ここにしも 泉で岩を しめすらん 今も新たに 建つるこの寺
所在地      福島県
石川郡石川町字下泉
宗派・観音名   真言宗 聖観世音菩薩
管理者      乗蓮寺住職 西舘範和
納経所      福島県石川郡石川町字下泉305   Tel: 0247-26-2329
参拝日



仙道第十八番札所  紅雲山 龍沢寺「観音堂」 (乗蓮寺)
ご詠歌      迷いには 仏衆生の 龍沢寺 悟りてみれば ひとつなりけり
所在地      福島県
石川郡石川町大字谷沢字堀の内(旧谷沢村)
宗派・観音名   真言宗 聖観世音菩薩
管理者      乗蓮寺住職 西舘範和
納経所      福島県石川郡石川町字下泉305   Tel: 0247-26-2329
参拝日



仙道第十九番札所  白花山 正法寺「観音堂」
ご詠歌      頼みつつ かけし その身の甲斐ありて 法のうてなに 光るさかちよ
所在地      福島県
石川郡石川町谷地字竹の花
宗派・観音名   真言宗 千手観世音菩薩
管理者      乗蓮寺住職 西舘範和
納経所      福島県石川郡石川町字下泉305   Tel: 0247-26-2329
参拝日



仙道第二十番札所  松岩山 彦根寺(げんこんじ)「観音堂」
ご詠歌      頼むとて そのかみよりも 濁る世の 末まで誰を ここにまつ山
所在地      福島県
東白川郡古殿町大字鎌田字長光地176
宗派・観音名   真言宗 聖観世音菩薩
管理者      乗蓮寺住職 西舘範和
納経所      福島県東白川郡古殿町大字鎌田字長光地176   Tel: 0247-53-2390
           鈴木隆好  または乗蓮寺
参拝日と雑記   平成2年6月15日(金)合併前の古殿町農協鈴木組合長さんに、所在地を聞く、R349国道(後斉所街道)から鮫川村へ行く道の合流点付近が旧鎌田村だと言う。現状は北側の山の上にあり、檀家は7軒ほどらしい。堂を管理している人は年寄りの方で、古い話が聞けると伺って見たが、お会いする事が出来なかった。



仙道第二十一番札所  金剛山 萬福寺「堀川観音堂」
ご詠歌      参るより 誰も菩提を 施しつ みつから願ふ 法のしるしに
所在地      福島県
東白川郡棚倉町新町
宗派・観音名   真言宗 聖観世音菩薩
管理者      観音寺住職 中野真栄
納経所      福島県東白川郡棚倉町新町 観音寺住職中野真栄  Tel: 0247-33-4414
参拝日



仙道第二十二番札所  常世山円満院 誓願寺「観音堂」
ご詠歌      さまざまに 人ぞ移りて 習いども 法は常世の寺とこそ聞く
所在地      福島県
東白川郡塙町大字常世山字舟木原
宗派・観音名   真言宗 如意輪観世音菩薩
管理者      如意輪寺住職 高庭一也
納経所      福島県東白川郡塙町大字常世山字舟木原   Tel: 0247-43-2754
参拝日



仙道第二十三番札所  聖務密山持宝院 如意輪寺
ご詠歌      程遠き 道のさかいと聞きしより 参ればここに ちかつ寺かな
所在地      福島県
東白川郡棚倉町大字八槻字大宮
宗派・観音名   真言宗 如意輪観世音菩薩
管理者      如意輪寺住職 高庭一也
納経所      福島県東白川郡棚倉町大字八槻字大宮   Tel: 0247-43-2754
参拝日と雑記   平成元年11月2日 東邦銀行の資料によると、仙道第二十三番札所は、千勝山神宮寺、十一面観世音菩薩とされ、所在地は、棚倉町大字八槻字大宮都々古和気村神社と在ったので、都々古和気村神社に行ってみた。この日は、秋の祭礼の日で、植木市や農機具展で、境内は賑やかでした。社務所では、書道展の反省会をおこなっていたので、神社に参拝して帰ってきた。その後、仙道第二十三番札所は、聖務密山持宝院 如意輪寺と判ったが、未だ参詣していない。



仙道第二十四番札所  八溝山 日輪寺「観音堂」
ご詠歌      つくるとも 七つの罪は よもあらじ 八溝の寺へ 参る身なれば
所在地      
茨城県久慈郡大子町上野宮
宗派・観音名   天台宗 十一面観世音菩薩
管理者      妙法寺住職 黒田純雄
納経所      茨城県茨城郡岩瀬町本郷13   Tel: 02966-75-1802
参拝日と雑記  仙道三十三観音のなかで、第二十四番札所は唯壱ヶ所、茨城県久慈郡にある。この寺は、坂東三十三観音の第二十一番札所にもなっている。



仙道第二十五番札所  岩崎山 普門寺
ご詠歌      かかる世に 願はばねがい 憂き身とも また生まれんは かたき岩さき
所在地      福島県西白河郡表郷村大字中野字岩崎
宗派・観音名   真言宗 十一面観世音菩薩
管理者      菊地綾子
納経所      福島県西白河郡表郷村大字中野字柳橋向2   Tel: 0248-32-2009
参拝日と雑記   平成4年9月15日(火)晴れ 白河市の南湖公園を経由して、白河実業高校の横を通り、旗宿から西に棚倉方面へゆく県道を、表郷村中野部落から、北側に200m先の岩崎という部落西を通り、山の中腹に観音堂が在る。このあたりの山は、古関郵便局菊地家の所有で、本尊仏は郵便局の本宅に保管されていると聞く、観音堂には額入りの十一面観世音菩薩像の写真があった。参拝後、古関郵便局へまわり、ご朱印を捺印してもらった。 郵便局前の県道を西北の方角に関山(セキサン619m)の頂上に、仙道第二十六番札所 成就山光明院 満願寺がある。



仙道第二十六番札所  成就山光明院 満願寺
ご詠歌      詣ふてくる 人をそのままこの寺に しばし留めて 関のたけかな
所在地      福島県
西白河郡表郷村大字関辺字関山
宗派・観音名   真言宗 聖観世音菩薩
管理者      関山万願寺事務局 成田山住職 金沢暎二
納経所      福島県白河市字天神町43   Tel: 0248-23-4332
参拝日と雑記   平成3年4月23日(火)晴れ 白河市の旗宿から北北東3km、白河市と表郷村境に関山(セキサン標高619m)の山頂に天平2年(730年)聖武天皇の勅願によって、僧行基が、創建したと、伝えられている。山頂まで歩いて約40分。総本山は京都の智積院と言う。白河藩主本多忠平が寄進した梵鐘(国重要美術品指定)がある。堂宇の管理は、福島県白河市字天神町43番地、成田山円養寺住職、金沢暎二さんがあたっていると聞いたので、白河市内まで戻って、寺に行ったが、住職は所用で不在なそうで、引返えそうとすると、母親と言う、傘寿を超したと見える、上品な婦人から、親切に、いろいろお話を、聞かせて戴き、家内共々に感激して、家に帰ってきたのを覚えている。



仙道第二十七番札所  高石山 神宮寺「観音堂」 (鹿島神社)
ご詠歌      仏とて 老せぬものか 昔より 経てとも年は わか宮の寺
所在地      福島県
白河市年貢町
宗派・観音名   真言宗 十一面観世音菩薩
管理者      鹿島神社社務所 宮司 和知 一
納経所      福島県白河市鹿島8   Tel: 0248-23-3079
参拝日と雑記   平成3年4月23日(火)晴れ 白河の総鎮守、鹿島神社の境内に、観音堂がある。いわゆる神仏混合そのままに存在して、堂宇の中は寺の様式の形が残っている。管理をしている宮司は、一級建築士事務所を経営しておられた。鹿島神社は、近在の人達の崇敬厚く、広い境内は、綺麗に掃除がされ、池に架かった石の太鼓橋が見事で、池には鯉がたくさん泳いでいた。       「鹿嶋神社参拝のしおり」より抜粋     《御祭神》  武甕槌命(たけみかづちのみこと)
御由緒は、宝亀年間(770-780年)光仁天皇の御代この地に祭られ、弘仁2年(811)坂上田村麻呂が東夷征伐の際、攻めて常陸国鹿島大明神を勧請した神社で、白河地方の総鎮守とし、武の神、白河以北を守る神として、戦勝を祈願したと言われています。延喜式神名帳(成立九二七年)にのこる式内社でもあります。その後も歴代城主の尊崇あつく、城主自ら奉幣、参篭し、祭田や社殿の寄進もありました。文明十三年(1481)時の城主小峯政朝が神社において一万句奉納の連歌会をおこないました。著名の連歌師宗祗が西国からはるばるこの地にやって来たのも、この会に出るためでした。このことは、当時の白河地方の文化が相等高い水準であったことを示しています。文化3年(1783年)松平定信により「鹿島大神宮」の額が、また大正4年(1925)海軍元帥東郷平八郎により「鹿島宮」の額が納されています。この両額は今も神社の正面に掲げられています。明治43年(1910)不幸にして火災にあい、建造物、備品のほとんどを焼失しましたが、大正元年(1912)再建され、現在に至っています。また、古来より歌枕にある転寝の森(うたたねのもり)は、当神社の飛地境内で、東へ百メートル程のところにあります。
 年間行事は、九月十三日、十五日には例大祭がおこなわれます。これは明暦三年(1657)時の城主本多能登守忠義が神輿を奉納し、祭事についてこまごまと制定し、現存する「提灯まつり」の原型を作ったもので、祭日には隔年、神輿の渡御があり、行列は各町ごとに町印の提灯をともし、その数は数千ともなって、まさに火籠のごとき壮観を呈します、そのほか毎月一日の月次祭をはじめ、一月一日の元旦祭、1月3日の元始祭、節分の直前の日曜日の節分追灘祭、2月17日の祈年祭、11月23日の新穀感謝祭12月31日の大はらえ等の祭があります。



仙道第二十八番札所  随雲山 龍禅寺「千手観音堂」
ご詠歌      龍ぜんの 寺の昔を 今ここに 移せば 法の花ぞ 開くる
所在地      福島県
白河市大字本沼
宗派・観音名   真言宗 千手観世音菩薩
管理者      龍禅寺住職 茨木龍信
納経所      福島県白河市年貢町   Tel: 0248-23-3522
参拝日と雑記   平成4年9月15日(火)曇り 有名な、白河の総鎮守鹿島神社の秋の祭礼最終日の提灯祭りと、神輿渡御を見物に行く折、早めに家内と共に、龍禅寺の「千手観音堂」を参拝した。JR東北本線久田野駅超線橋を渡り旧大沼村の田んぼの中を通って、小高い丘の梨畑に囲まれた、丘の中腹あたりの場所に堂宇がある。この日は、梨畑が消毒中で、薬液がすごくかかり、お堂に近づけず、遠くのほうから拝んだ。上り口にある床屋さんの向かいが、観音堂を世話していた人と聞いたので、お伺いしてみたが、不在であった。観音堂の管理は、白河市年貢町の龍禅寺住職、茨木龍信さんだそうだが、未だお参りしていない。



仙道第二十九番札所  中寺山 善能寺
ご詠歌      法をなす 心の駒の 豆生田に 幾世の人の すすみきぬらん
所在地      福島県
西白河郡大信村大字下新城字野寺
宗派・観音名   修験宗 聖観世音菩薩
管理者      区長 瀬戸一男
納経所      福島県西白河郡大信村大字下新城字和久1   Tel: 0248-46-3085
参拝日と雑記   平成3年4月23日(火)晴れ 現状は、大信村下新城の部落の方々が管理している。矢吹町から大信村へ行く道路の右側に、大きな石碑があり、参道は手入れが良く行き届いており感心した。入り口に、たばこ屋さんがあり、部落区長さんから、お札や朱印を頼まれていると言う。たばこ屋のおばさんから、野生の「みつばのおひたし」とお茶をご馳走になり、白河に向かった。境内の観音堂の前には、一対の灯篭がある。三基の供養塔や小さな社が配置され、石段途中に、鐘付堂と馬頭観音が、並んでいた。
      大乗経盡霊供養塔  寛政十戌年一月(1798)
      金剛経五千巻供養塔 慶応元年七月(1865)  施主 円谷兵右衛門
      念仏百万遍供養塔  天明二年寅十月(1783) 願主 当村念仏講中二十四人



仙道第三十番札所  小栗山 高福寺 (宝泉院)
ご詠歌      吹きみちて あまたの花の小栗山 法の光りと 人ら見るらん
所在地      福島県
岩瀬郡鏡石町字久来石
宗派・観音名   天台宗 馬頭観世音菩薩
管理者      宝泉院住職 二階堂仙海
納経所      福島県岩瀬郡鏡石町字笠石6   Tel: 0248-62-4477
参拝日と雑記   平成元年11月3日 文化の日に、芦沢温泉に入ってから、小栗山観音を訪ねてみた。鏡石町のメーン道路を南に町並みを通りすぎ、4号国道を横切り、久来石の部落に入ったが、場所がわからず、田んぼで作業していた人に、聞いて方向が判った。高速道路の上を渡り、しばらくすると、農道の舗装がなくなり、あたりが暗くなってきたので、この日は、ひき返した。
平成2年11月23日(金)曇り、1年ぶりに、再度小栗山観音を訪ねてみた。眺めの良いところで、お堂に養老年間(約1200年前)、高月左大辧の守り本尊として、建立されたと言う。廃寺となり一切の殿堂を残さずとあった。(鏡石町教育委員会)
現在は、福島県岩瀬郡鏡石町笠石字西側、広石山宝泉院住職、二階堂寂円・仙海さんが管理している。宝泉院の本堂の前に大きな「枝垂れ桜」がある。



仙道第三十一番札所  高村山竹林院 長命寺
ご詠歌   諸共に あまして世をや めぐるらん 日も高村の 山の月かげ
所在地      福島県
岩瀬郡岩瀬村梅田字岩瀬9
宗派・観音名   真言宗 十一面観世音菩薩
管理者      長命寺総代 山本光男
納経所      福島県岩瀬郡岩瀬村梅田字岩瀬9   Tel: 0248-65-2898
参拝日と雑記  平成元年10月21日 県道郡山長沼線、通称長沼街道の岩瀬村梅田部落の中ほどに、仙道第三十一番札所、高村山、竹林院、長命寺と部落西のはずれに、熊野神社がある。長命寺の境内は、きちんと方形に区画されているが、本堂と庫裏は、ガランとして住職は不在、本堂に「高村山 長命寺」の額に、昭和54年本堂改修記念、当山住職、沙門昌幸書とあり、本堂の左西側に、観音堂がある。お堂に、大きな雀蜂が巣を作っていた。管理は、寺総代の山本光男さん。私がお参りに行った時の境内は、杉の葉や下枝がいっぱい散らかっており、無住職の寺は、寂しいものだと感じた。境内の大杉に落雷の跡があり、参道脇の杉林は、杉の落葉が参道を埋め尽くしていた。
平成17年10月末写真を写す
  梅田 熊野神社(旧成田村)延宝3年(1675)建立  梅田三匹獅子が有名
       祭日 7月14日 宮参り 牛頭天王宮
           7月16日 宵参り 観音堂境内
           7月17日 本祭り 梅田地内



仙道第三十二番札所  守屋山 真福寺「上寺山観音堂」 (西蔵寺)
ご詠歌      南無大悲 しもじもまでも憐れめと このかみ寺に 参らぬはなし
所在地      福島県
岩瀬郡岩瀬村大字守屋字日向
宗派・観音名   天台宗 十一面観世音菩薩
管理者      西蔵寺住職 横山大哲・真石
納経所      福島県岩瀬郡岩瀬村大字守屋字町24   Tel: 0248-65-2341
参拝日と雑記   平成元年11月16日(土)快晴 岩瀬村里守屋の守屋山 真福寺「上寺山観音堂」を訪ねて行き、上寺山観音堂の事情を町守屋にある、西蔵寺の先代住職、横山真石師に、お話を聞く。上寺山観音堂は、部落の端ずれに在る、火のみ櫓の脇の道を登ると山の木立の中に守屋神社の近くにあった。横山大哲師の話によると、観音堂は最初北の、安積妙見山の山頂付近にあったという。妙見山は、山頂を含む山半分が安積領、半分が岩瀬領になっていたと言う。昔伊達政宗に滅ぼされた、二階堂氏の庶子が、落城の時逃げて、京都の聖護院の修験者となり、修行して故郷に戻り、法印様(行栄僧都)と言われて、当時の領主、上杉氏の許しを得て、徳善院を建てた。(現状は須賀川市のNTT付近)以後、その弟子が代々寺をまもり、二階堂姓を名乗った。鏡石町笠石にある、仙道第三十番札所宝泉院は、その系列で、西蔵寺の先代住職は、二階堂さんの、教えを受けたそうである。現在の、西蔵寺住職は、息子の横山大哲さんである。
  里守屋三匹獅子  岩瀬村無形文化財昭和48年5月29日指定
  由来 里守屋の獅子舞は、慶長5年(1600) 上寺山徳善院の行栄僧都が、京都から帰郷の際に、持ちかえったものと言い伝えられ、五穀豊穣村中安全、福寿増長を祈り、徳川時代の末から地区全戸からなる獅子講中によって、維持保存されている。    (昭和61年4月 岩瀬村教育委員会)
        舞人   15才以上の長男により選ばれる。
        祭日   旧6月16日 守屋日向観音堂「本庭の舞」
              旧6月17日 里守屋地区全戸村まわり



仙道第三十三番札所  羽黒山福寿院 神宮寺「観音堂」
ご詠歌      よろづ世の 願ひをここに江持寺 参る心は 法のちからよ
所在地      福島県
須賀川市大字江持字西屋敷
宗派・観音名   天台宗 十一面観世音菩薩
管理者      千用寺住職 伊鶴覚城
納経所      福島県須賀川市諏訪町15   Tel: 0248-76-3100
参拝日と雑記   平成3年10月20日(日)曇り 午後1時半頃参拝   家内と共に、県道須賀川三春線を田村町のくみあい飼料工場の横を通り、須賀川市の阿武隈川に行きつく手前T字路の、すぐ傍に、寺らしきものあり、寄ってみたら、それが、福寿院であった。昼時でもあり、人影がなく、困って近所の若い人に尋ねたが、具体的な事が判らず、参拝して寺の写真を写してだけで帰る。







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