<ブックデータ>
著者:三好由紀彦
挿絵:業田良家
出版元:PHP研究所
ISBN:4-569-61657-7
価格:1200円
初版:2001年
わたしはかつて、哲学について「コラムもどき」の
わたしなりの思うところを書いてみたことがあります。
詳しくは、「こんな『かしこさ』はいかが?」
を参照して頂きたいのですが、
この本は、わたしが考えていた立場と近いところから、
哲学って何、という疑問を解き明かそうとしています。多くの人は気づいていないのかもしれませんが、
もはや哲学をすることなしに、
日々を過ごして行くことは
難しいのではないか、と思っています。長い将来にわたって
寄りかかっていられる価値観というか、
理念というか、そんなものがないんだなぁ
と分かれば、支えとなる中心は、
各々一人一人の心にそれぞれ
違ったものがあってしかるべきでしょう。
自分のそれをつくり続けて行くこと、
それは、個々人の哲学のなす仕事です。この本を推薦している哲学者の池田晶子さんは、
次のように、言っておられます。哲学の本来とは、「正しく考えたことを自分の言葉で語る」
ことに他ならない。そう、誰かが言っていること、
雑誌で大きく取り上げられていることではなく、
自分で考えてみて、自分が正しいと思うことを話すこと。誰かがいった言葉を継ぎはぎして語るのではなく、
自分の感情や感覚に正直になって、発露してみること。この本を読んで、
なんだぁ哲学ってこれだけのことかよ?
と思えれば、哲学というものが
もっと身近になっていることと思います。しかし、この本を読んでいて、それは違うぞ、
なぁんていうのも、たぶんあるかもしれません。たとえば、わたしは羞恥心などの項目は、
あまり賛同できません。
なぜなら、羞恥心を「説明」しても仕方がないからです。現代社会では、「説明」は科学の仕事です。
だからこそ、羞恥心についてどう考えるか、
それは、自分にとってどういうものであり、
羞恥心と、どうやって付き合っていこうかなぁ、
なんていうところが、「哲学する」
に近いような気がするものでして。また、目的のところでは、
この欠けた部分を埋めようとすることこそが生命の本質であり…
と考えるところは全くわたしと同じなのですが、
ひとつの目的のために他のすべてを犠牲にするような、
そういうものとは、あまり共感をしません。たとえ、日々の仕事が無味乾燥であろうとも、
この人は日の光めざして黙々と耐えることができるはずです。とありましたが、わたしは欲張りなので、
その無味乾燥なものすら、楽しいものにしたい。
人がつまらない、といっていることも楽しくなれば、
すごくいいですよね。だから、わたしは黙々と耐える、
なんていうことはしたくはなく、
どうにか面白くできないか、
もっというなら、今目指している目的から離れて考えて、
それ自体でも楽しくはできないか、
と考えたいと思います。このあたりの考え方では、
「フロー体験 喜びの現象学」や、
「それがぼくには楽しかったから」
に通じる考え方かもしれません。このように、この本のすべてに
賛成する、というわけではないのですが、
違う考え方に接し、受け入れることや
自分になかった新たな視点を吸収し、
その視点から自分で考えてみることも、
「哲学する」の一種なのかなぁ、とも思います。哲学を敬遠している人は、多いかもしれません。
少し前、哲学に興味があるんだけれども、
どうしたらよいか、という相談を
されたことがありました。その人には、自分の「おっ、読みたいな」
という気持ちを大切にし、
決して「世界の名作」みたいなものから手を出さないよう、
と偉そうにもアドバイスをしたのですが、
いまだったら、この本を推薦するかもしれませんね。