戻る

nikko81的旅日記へ戻る

龍安寺へ


情けないながら、荷物を運送屋に引き渡してから、
東京に向かうまで、非常にそわそわしていた。
というより、何もすることがなく、
ぶらぶらしていた、といってもいい。
なにせ、パソコンがないものだから、
サイトのネタの下ごしらえをするわけにもいかない。

まぁ、そんな中で、ひとつ気持ちを落ち着かせようと、
京都にまた出かけることにした。
もうしばらくは、頻繁に来れるようには
ならないだろうから。

行く先は、もう既に決まってある。
龍安寺、だ。

地図の上では、龍安寺と金閣寺(鹿苑寺)は、
非常に近いのだが、実際は結構距離がある。
京阪電鉄・三条駅から59番のバスに乗ると、
「龍安寺前」まで行ってくれるが、
JR京都駅から出ているバスは、
ひとつ手前の「立命館大学前」で降ろされてしまうはずだ。
ここから龍安寺までは、結構な距離を感じるかもしれない。

少し広めの駐車場があるが、入り口付近は、
いたってシンプル、というか
「こじんまり」とした感じがする。

お金を払って、中に入ると、
大きな池が見える。
その池の周りには、ネギみたいなのが見える。
こんなことを言っているあたり、
花や植物関係は、全くバカであることは、
火を見るより明らかだ。
実際、はっきりと分かったのは桜くらいで、
ツツジとツバキを間違え、笑われたし。

大きな寺の中心的な建造物というものは、
もっぱら、その概観が有名なことが多いが、
龍安寺に関しては、それは当てはまらないだろう。
龍安寺が有名なのは、その石庭であって、
その「方丈」という建物ではないのである。

んで、その「方丈」に上がる。
このことからも、寺概観が重要なのではなく、
中に入ってこそいいところを味わえる、
ということはなんとなく分かってくる。

多くの人が、石庭の前の縁側に座っている。
話をしているあり、写真とる人あり、
ボーっと眺めると人あり、さまざまだ。
気のせいか、母娘の組み合わせが多い。
それも、母親40〜45歳、娘15〜20歳といったところ。
いわゆる「一卵性母娘」とは少し違う感じがした。

少し人が多いので、人の数が減るまで
建物をぐるぐると歩き回わっていると、
徳川光圀が寄進したという「つくばい」があった。
つくばいというのはよく分からないが、
何か水をためておくようなものか。

徳川光圀、というより水戸黄門は、
実際には、テレビのような漫遊をやってはいないそうだ。
そのかわり、日本の歴史書を編纂していた。
その折に龍安寺に資料を提供してもらったので、
礼のつもりで寄進したそうな。

知っている人は知っているだろうけども、
寛永通宝みたいな丸の中に四角の穴があって、
四角の穴の上下左右に妙な漢字が書いてある。

しかし、これは真ん中の四角の穴を口(くち)として漢字を作ると、
吾唯知足(われただたるをしるのみ)という漢文ができる。
これだけだと、ふーん、われただたるをしるのみか、
欲望を抑えろってことね、としか思えないのだけど。

近くに解説があり、
この言葉は、釈迦の言葉の一節にちなんだものだとか。
その釈迦の言葉曰く、

知足の者は、賎しと雖も富めり、
不知足の者は、富めりと雖も賎し。

あー、釈迦らしいなぁ、という言葉だ。
釈迦(ゴータマ・シッダルタ)は、
シャカ族という部族の王子であったらしい。
なのにその地位を捨て、国を出てしまった。

たぶん、自分は何でこんなに豊かなのか、
また、なぜ世の中には、貧しい人がいるのか。
裕福な方がいいはずだけれども、
貧しい彼らを生に向かわせているものは何か。

たぶん、そんなことを考えたんだろう。
自分が裕福で、貧しい人がいる、
というその経済地位的な矛盾というよりも、
なぜ、その貧しい人が生きようとしているか
を疑問に思ったのではないかな、と思う。
いや、ひょっとすると、その他大勢の人が、
王子には参加できない何か楽しいことをやっていたのを
見聞きしてしまったからかもしれない。
そう思えば、この言葉は自然に出てくるな、
と思えてくる。

たとえ、王子の地位にあっても、
足るを知る、つまり自分は何をしたくて、
だからこれがいるという考えがないと、
モノが豊かでも、いろんなことに欲望が出、
結果、いつも足りない足りない
と、不平をこぼしながら生きていくことになる。
あるいは、今自分がもっているモノや地位や権力を
盗られたりはしないかと、怯えることになるかもしれない。

たとえ、貧しくとも、足ることを知っていれば、
有り余るほどの財産がなくても
十分に楽しくやっていける、そういう解釈をしてみた。

「足ることを知る」というのは、
単に「消費を抑える」とか、「倹約を実行する」
というものではないように思う。

確かに、大量消費という、かつての消費形態に対して、
反省するところはたくさんあるわけで、
その意味では、大量消費はいいことではないだろう。
しかし、今はもう足りている豊かであるから、
消費を抑えるべしというのは、
最近、わたしがよく使う表現で言うと、
大量消費にマイナスの符号をつけたもの、に過ぎない。

むしろ、「足ることを知る」というのは、
お金の遣い方にあるような気がしてならない。

お金には、カッコいい稼ぎ方と、
そうでない稼ぎ方があるように思う。
同じように、カッコいい遣い方というのも
あっていいと思えてくるのだ。

それは、カッコいいものを買う
ということによって、カッコいいのではなくて、
どこにお金を遣ってやろうか、
というところに個性をキラリと光らせること、かな。
そういう人は、同じだけのお金を持っていても、
満足度が違うような気がする。

…っと、しまった。
「つくばい」から遠く離れた話題になってしまった。
閑話休題。

しばし、「つくばい」にみとれていたら、
縁側の席が空いた。
すかさず、座る。

この石庭には、15個の石が並べられているが、
縁側のどこに座ってみても、
15個すべてが見えるようには置かれていない。
つまり、少なくともひとつは、
他の石の陰になって見えないわけだ。

そこで、なぜだろうと考えるともう、
この石庭の独特の雰囲気に、呑み込まれることになる。
人間は、世界を無秩序状態で、知覚することはできないから、
単に石が並んでいるという現実そのものだけを
受け入れようとはせず、
何か意味を見出したいと、躍起になるものだからだ。

まず、不思議に思ってしまうのは、
長方形の平面に、ランダムに石を並べる、
という作業のことである。
あくまで、推測に過ぎないけれども、
ランダムに置け、といわれても、
意外と何らかの規則に沿って並べてしまうのが、
人間であるような気もする。

龍安寺の石庭を見て、なにやらしんみりと
考え込む人が多いのは、この石の配置の(自分なりの)意味を
簡単には、見つけられないように
なっているからかもしれない。
しかも、分かんないんだったらもういいか、
と放棄させずに、惹きつけておく魅力がそこには、ある。

石庭という現実をどう見るかは、
それまでにどういう経験をし、どんな文化で育ち、
どんなことを考え、何を学んだかということが、
如実に現われるような気がする。

以上のことで分かるかもしれないが、
龍安寺は、いわゆる「観光地」ではないと思う。
ここは、歴史的にそう重要だったわけでもないし。

では何か、と一言で言ってしまえば、
思考するための専門の場所ではないかと思う。
もちろん考えることなんて、どこでもできるわけでけれども、
ここでしか味わえない雰囲気の中で、
思索に耽るというのも、また乙なもので。

頭がぼんやりして、全然アイデアが浮かばないとか、
悩み事があって、しばらく一人になりたいとか、
そんな時、観光ではなく、雰囲気という
形のない実利を求めて、龍安寺を訪れるのもいいかもしれない。

2001-4-15(written 2001-3-31)


戻る

nikko81的旅日記へ戻る