四十四話『終わりは来る』
ほとばしる閃光、やまぬ爆音、削りあう命と命。
まだ戦いは終わらない…
しかし時が止まっているわけではない。
確実にこの戦いの終焉は迫ってきている。
勝利と敗北、どちらが表になるかは誰にもわからないが…
「ふぅ、大分片付いてきたじゃね〜か」
ふっ、と吐息を漏らすティーゼル。
ネオゲゼルシャフト主砲のエネルギーが晴れて青い空が広がる。
見渡すと敵の姿も最初に比べれば大分減ってきたようだ。
しかもこちらには負傷者は小数出たものの死傷者は一人もいない。
だがしかし、いまだに敵の補充は続いている。
寒気がするほどの物量だ。
もしティーゼルたちのようなものがこの世界にいなければカラップス・アイの主砲など
使わなくとも世界はたやすく滅されてしまっただろう。
「…クソッタレ!また増援だと!?
いつだ!いつ奴等の動きは止まるんだ、セラさんよぉ!」
「決まっている、世界が滅んだ時か…私たちが勝った時だ!!」
セラが答えながら振り下ろした緑光の鞭はまるで抵抗するものが何もないかのように
自由に敵機の間を駆け巡る。
戦闘開始から数えて40回目の爆炎の塊が出来上がった。
(…明らかにこちらの消耗を狙った戦い方だな、休ませてくれぬ。
せっかくの策も元手がなくては… 情けないがやはり戦力がたりぬ…)
「おのれ…」
策とは当然カラップス・アイの主砲を止める策のことだ、所詮は今相手にしている
白色の戦闘メカは手駒に過ぎない。
セラはおそらく近いであろう二度目の砲撃を自分の全エネルギーを
使って止めるつもりでいた。
そのために自らの身体をたった一つのものとし、今までも極力無駄なエネルギーを
使わないように戦ってきたのだ。
が、今のまま戦い続ければやがてカラップス・アイの凶悪なエネルギーを止めるだけの
力はなくなってしまう。
セラにやり場のない怒り、焦燥感がつのる。
(…もし今の残った力でカラップス・アイの主砲を叩けば…
いや、無理だ…くそっ、私は何を考えているのだ?)
そう考えている間にも敵は煙のように数を膨れ上がらせていく。
その時!その煙を二本の業火が蹴散らした!
四十五話『地獄の炎よ来たれ』
業火が敵を蹴散らすとともにカラップス・アイの表面をかするようにして舐めていく。
炎が通ったあとの表層はまるで巨人の爪で引っかかれたようにめくりあがり、
黒いカラップス・アイを更に黒く染めてあげている。
再びティーゼルからセラへ無線が入った。
「あ〜、今データの奴から連絡が入った。
『季節外れだけどクリスマスプレゼント、受け取ってね〜』だとよ。
さっぱりわからねぇけど」
確かにクリスマスというのは訳がわからないセラだったが
プレゼントの正体はもう予測がついていた。
この開けた空で人並みはずれた視力を持つセラでさえ視認出来ない距離から
攻撃できる正確さと攻撃力をもつ者は少ない。
「ロックマン・ファブネル…か」
セラが呟くと頭上を彼方の敵を討つべく十数機の白い影が抜けていく。
セラは止めようともしなかった。
「敵が気付いたみたいだよ〜、ファル〜」
ここはカラップス・アイから数キロ前後はなれた海上。
ここまでくるとカラップス・アイの巨大さゆえすぐ近くまで来たように感じる。
そして巨大な犬型のリーバードを乗せたフラッター号がふらつきながら飛行を
続けている。
「どうやら…そのようです。先に行ってもいいですか?」
リーバードが喋る、いや喋っているのはその犬型リーバード『ケルベロス』に
融合したセラやロックと同じオリジナル・ヒト・ユニットである
ロックマン・ファブネルという少年だ。
ちなみにファルーというのは彼の愛称である。
「先に?どうやって行くのさ?」
データが首をかしげながら甲板へとつながる伝声管に訊く。
と、青い空の向こうからなにやら影が近づいてくる。
「あれを使います」
ファブネルはじっとその影を見つめている。
「あれって…まさか! ファルー、ここがどこだか解ってるの?
上空四千メートル、失敗して落ちたらいくら君でもばらばらだ!
ケルベロスは空を飛べるわけじゃないんだよ!」
影はもう形をなしている、白い十数機の飛行メカだ。
そしてどうやら縦に編隊を組んでいるらしい。
ファブネルにはそれがカラップス・アイへと続く橋のように見えた。
「準備運動ですよ♪ さて…」
ケルベロスは獣を狙う獲物のように姿勢を低くする。
四十六話『空中散歩』
わずかに踏みなおした足の下で金属がこすれる音が響いた。
ケルベロスが吼える。
「何かにつかまってくださいよ! …せやっ!」
フラッター号内のバレルとデータに言うと…
ケルベロスは思いっきりフラッター号の甲板を蹴った!
目にもとまらぬスピードでケルベロスは空を駆け、一瞬のうちに例の白い飛行メカに
飛び乗る。
刹那、ケルベロスの鋭い爪がその機体のど真ん中に突き刺され、引き抜かれる。
ここに来てやっとそのメカ達は目の前の敵に気付き散開し始めた、が全てはもう遅い。
ケルベロスは絶命した敵を踏みつけ再度飛翔。
次の機体に取り付くのも一瞬、今度は頭を中央の首の牙で噛み千切る。
そこへ生き残りの光弾が降り注ぐ、がそれも無駄に終わった。
ほんの1秒いや、もっと短いかもしれないその一瞬でケルベロスは移動する。
飛行メカが狙いを定めようという思考に達した時、ケルベロスはいたはずの場所から
消えているのだ。
ケルベロスにとってこの飛行メカ達など庭の飛び石とたいして差はない。
飛翔、撃破、飛翔、撃破、飛翔、撃破……
「あんな重そうな身体で次から次へと…ありゃ曲芸師だ。
おい、もうちっと近づいてやりな」
ネオゲゼルシャフト号がゆったりとした動作で黒い残像のほうへと近づく。
「乗れ…と? 甘えさせてもらいます!」
ケルベロスはたった今踏みつけた敵を今までの中で一番強く蹴り飛ばす、
ケルベロスはネオゲゼルシャフトの甲板へ一直線に飛び、蹴り飛ばされた敵は
その先にいた仲間に叩きつけられ共に炎上した。
「…ふぅ、どうもすみません」
無事甲板にたどり着いたファブネルが声を漏らした。
そして下げていた頭を上げる。
目線の先にはセラがいた。上げた頭を再びたれて会釈する。
「お初お目にかかります、マザー」
「『マザー』、その名にもう意味はない。名前で呼んでくれ。
それに私がおぬしを見るのは初めてではない」
「?」
「お主がヘブンにいた頃一度ジジと模擬戦をやったことがあったな?
その様子を私は見ていたのでな」
「そうでしたか…私はそのジジ様の言伝でここへ来ました。やるべき事は?」
ケルベロスの目が赤みを増す。
四十七話『瞳は見る』
「言うまでもない」
セラがそういった瞬間、彼女といくつかのドラッヘを避けて炎がほとばしった。
炎は爆発を呼び爆発は更なる爆発を作り出す。
群がる白は青かった空を埋め尽くそうとしていたが、広がる赤に飲み込まれ
キャンパスを赤く染める手伝いをした。
しばらくすると空が青さを取り戻し始める。
もう白色の機体の影がまばらになっていた。
しかしその時異変は起こった、そして誰かが言う。
「カラップス・アイが動き始めた…」
静かに、ゆっくりと、不気味にカラップス・アイがその場で回転運動を始める。
天を見つめていたその瞳はやがてセラたちのほうを向き、やがて…
地を見つめる。
「ついに来たか…」
空気が揺れ出す。
揺れはやがて細かな振動となり強さを増して辺りに轟く轟音を撒き散らす。
セラがファブネルに話し掛ける。
彼女は抑揚の無い声で自分の周りに敵と皆を近づけさせないでくれと頼んだ。
「何をする気ですか!?俺も…」
セラはそれを遮り、そして笑って言った。
心配するな、と。
セラは六機の無人シールドドラッヘを率い、一人カラップス・アイへの真下へ向かう。
その間襲ってきた敵はすべてケルベロスの炎によって焼き尽くされた。
目標の地点にセラが到着するとセラは自分を頂点とした六角錐になるようにドラッヘと
陣形を組む。
そしてシールドを展開する。
六角形の大きさは直径200mほどの円と同じぐらい。
カラップス・アイの発射口は色調のせいでかなり大きく見えるが実際は
100mほどである。
セラにはカラップス・アイの暗い光がもう見えていた。
おそらく発射まであと1分。
長い、1分間だった。
セラは唯ひたすらに発射を待ち、コブン達の駆るドラッヘはゲゼルシャフトへと
帰路を取る、そしてファブネルはセラから離れるゲゼルシャフトの上で
白機を滅していった。
そして…
光
四十八話『涙を受け止めるもの』
長い長い道、そこを疾走する二つの影。
ユーナ、ジジ、そして負傷しユーナに背負われているガガは
彼らがカラップス・アイへと侵入したときと同じ経路を逆走、
出口付近までたどり着いていた。
しかし突然ユーナが顔をしかめた。小さく舌打ちをする。
「忘れてたわ」
「何をです?」
ユーナはまっすぐ通路の先を指差し、言った。
「あの壁の裏が出口なの」
そう、ユーナたちの進入直後、分厚いシャッターが外界との接触を完全に
絶っていたのだ。
あの壁を突破しなければ外に出る事はできないのである。
「問題ありませんよ」
ジジが言う。
とたんに彼の口の中で火球が燻り膨れ上がる。
ジジはエネルギーの充実を確信すると即座にそれを打ち出した。
寸分の違いもなく壁のど真ん中に突っ込んだ火球は体をねじ込み膨れさせ
大音響と共に壁に大穴を開けた。もう外の光が見える。
「さすがね〜♪」
「いえ…」
たいしたことではないとジジは言おうと思ったが、事は起こった。
さっきから続いていた強烈な振動は一瞬だけ大きくなり
すぐにさっきのものより小さく、小刻みなものに変わった。
「!!」
ジジが何も言わず翼のエンジンをフルブーストさせて外へ飛び出す。
ユーナもすぐに状況を飲み込み走る。
暗い道を抜け光射す空で二人が見たもの。
それはカラップス・アイの真下から噴き出す輝きのない冷たい輝きをした光。
それとそれがある一点から拡散し、大気中に紛れ、消えていく様だった。
そして、ジジには信じられない光景。
ユーナには解っていた光景がそこにあった。
「セラ様…無茶だ!」
その光景…セラがカラップス・アイの光を
孤独に受け止めている光景。
四十九話『理由じゃない』
エネルギー衝突による凄まじい風の中ジジは駆け出そうとした。
「待ちなさい、ジジ!」
しかしユーナの声が後ろからかぶさる。
「何故止めるんです!」
「あなたが言ったところで出来ることなんか一つもないどころか無駄死にするだけよ、
あなたの死ぬところをセラの目前で見せ付けるわけ!?」
「だからといってセラは一人であの光を受けきれると思うのか!力尽きてしまう!」
興奮して口調が変わってしまっているジジをなだめるようにしてユーナは言う。
「それはセラ次第。セラはこの場を生き残るために本体と仮の身体を融合させて
全ての力を解放させたんだから。
それでも力が及ばなければセラは死ぬわ。それはセラも覚悟の上。
…でもジジ、セラが何でそんな覚悟を決められたかわかる?」
「・・・・・・」
「あなたのためよ。
消息不明のあなたの生を一片も疑わず、あなたの帰る場所があるように」
ジジは空を駆けた、唐突に。
もう、ユーナの声は届かない。
「やっぱり…何をいっても無駄…理屈じゃないものね。
セラもジジも、そしてガガも…残される側の気持ちを全然考えないんだから。」
「…あなたもですよ」
背中から声が聞こえる。
「ガガ?気がついたの?」
「・・・・・・」
返答はない、どうやらまた気を失ってしまったようだ。
「…憎まれ口を叩けるなら大丈夫ね」
ユーナは少しだけ顔を緩め安堵の表情を見せたがすぐまた元に戻す。
「皆…死なないで」
セラの張ったシールドによって拡散する光の間を縫うようにして飛行するガガ。
強烈な風にあおられそうになりながらセラのもとへ向かう。
その中でジジは思う。
(あなたに出来ることなんか一つもない)
「全てわかっているのにあの言葉か…やさしい方だ、そして強い」
できることは一つだけあった。
ただしそれには彼の命を賭ける必要がある。
そしてハイリスク、リターンされるものは…
五十話『再会…そして別れ』
セラは覚悟を決めた。
ここはシールドの傘の中。
カラップス・アイのレーザーは強靭なシールドの前で飛散し、力を失っていく。
しかし力を失っていくのはセラも同じである。
外的な傷はほとんど無いが、力がどんどんなくなっていくのだ。
カラップス・アイの放火を全て受けきる頃にはもう自分は力尽きているだろう。
それでもよい。後はロック達が何とかしてくれる。
そう思えた、信じられた。
心残りはある。
せめて礼は言いたかった。ユーナやロックはもちろんだが誰よりも…
ジジに。
「もう一度会いたかった…」
「…ラ………セラ様!!」
周囲の轟音にかすれるその声は小さくとも確かにセラの耳に届いた。
セラが周囲を見回すと忘れるはずもないあの金色の翼が目に飛び込んできた。
ジジはエネルギーの奔流をかいくぐりながらシールドの下へもぐりこみ
セラのもとへとたどり着く。
そして言った。
「よくぞご無事で」
とたんにジジは光球へと姿を変え、はじける。
はじけた光はセラの身体の各所へ入り込む
「う…やめろ、ジジ…そんな事をすればお主はガガと同じことになる!」
ジジはあの戦いの時のガガとほぼ同じ事をやろうとしていた。
自分のエネルギーを分け与えるか、相手のエネルギーを奪うかそれだけの違いだ、
しかし進入する事には変わりはなくセラのプロテクトに阻まれれば
死ぬことも大いにありえる。
セラは目には見えないもののジジが徐々に自分のプロテクトに蝕まれていく事が
わかった。
急いで自分の身体を守る全プログラムをはずしていく。
今にも意識が飛びそうなほど疲労し、シールドを崩さない事にも気を
使っているにもかかわらず。
が、数秒後。
無常にもセラの意識が闇へと吸い込まれていった…
五十一話『涙が止まる』
「すいません、セラ様。少し休んでいてください」
セラの意識を闇に落としたのはほかならぬジジ自身であった。
プロテクトが緩んだのを利用して事を起こしたのだ。
彼の本当の目的はエネルギーを分け与えるためではない。
自分のエネルギーだけで残りの放火を受けきるのがハナからの目的だった。
ほんの一瞬だけ緩んだシールドはすぐに張りを取り戻し、
再び光を力強くはじいていく。
そしてついに…
カラップス・アイが吼えるのをやめた。
光は瞬きほどの時間でさっとひく。
轟音も収まり空には静寂が戻った。
(ここは…?)
意識を取り戻したセラの目に映ったのは天井だった。
寝心地のいいベッドから体を起こして首を左右に振る。
ふと横に目をやるともう一つのベッドにガガが寝ていた。
「医務室…ネオゲゼルシャフトか…」
と、近くにいたコブンがこちらの様子に気付き、近くの伝声管に手をかけた。
「あ…ティーゼル様〜。セラさんが目を覚ましましたよ〜」
『解った、すぐ行くから待ってろ』
程なくして部屋のドアが静かに開いた。
「よう、気分は?」
「悪い」
即答する。
思わず吹き出すティーゼル。
あれほど無感情に努めていた彼女が今は頬を膨らませ不機嫌な様子を
あらわにしているのだ。なるほどこの子はやはりまだ少女なのだと思い、
ティーゼルは笑みをこぼした。
「何が可笑しい?それより戦いは?ジジは?カラップス・アイは?」
再び厳しい顔に戻るセラ、それにティーゼルは答える。
「一つ目の質問は却下だ。戦いはまだ終わってない。
当然カラップス・アイは健在だ、ちなみにレーザー発射の様子はない。
ジジはファブネルって野郎といっしょにカラップス・アイの中だ。」
「ジジ…何故…」
「かーっ、考えるまでもねぇだろうが。
あいつの行動はお前を守るため以外に何があるってんだ?」
「・・・・・・」
「とりあえず寝ろ、戦いが終わるまでこの部屋を出るんじゃねぇ、いいな?」
五十二話『一匹死神』
「ファブネル…ここだ、この裏にモトがいる」
「ここ…ってただの壁ですが」
カラップス・アイへの2度目の進入を果たしたジジは
少し進んだところの壁を指差し、止まった。
「いや、ここが一番薄い。ここを突き破ってくれ」
「解りました…」
半信半疑ながらケルベロスの口内に炎を集めるファブネル。
そして発射された業火は薄い紙を指で突き破るかのように軽々と
壁に大穴を開けた。
ファブネルは早速中をのぞきこんでみると驚いた。
「まさか…こんなに広大な空間が…」
壁の裏は球状の空洞。
ぎっしり詰まっていると思っていたカラップス・アイは
実は空っぽ同然だった。
あるものは宙に浮かんでいるような通路といくつかの部屋の外観。
そしてその中央の部屋からまっすぐ下に伸びている柱のようなもの
恐らくあれが主砲だろう。
しかしこの広大とはいえ何もなさそうなこの空間にあの凶悪なエネルギーを
生み出すものが在るのだろうか?
二人はとりあえず適当な足場へと飛び降りる。
「それにしてもなんて嫌な感じだ…」
「それはそうでしょう、あなたたちは憎しみや怒りの中に身を
投じているのですから」
突然現れた声と気配に反応しその場を飛び退く二人、そして身構える。
彼らの目の前には一人の男が立っていた。
暗く赤い髪、漆黒のマントに巨大な鎌を携える姿はまさに死神である。
「こいつが…モト…」
「おや?あなた方に会うのは初めてだと思いましたが?
まぁいいでしょう、確かに私の名はモト、死神です。
今度はあなた方の名を聞きましょうか」
「ロックマン・ファブネル、そしてケルベロス」
「ジジだ」
モトはふんふんと頷くと再度口を開いた。
「解りました…では、どうぞ」
鎌をジジたちに向けてぴたりと構える。
戦闘開始。
五十三話『歯が立たない!』
ジジとケルベロスが左右にとび、ケルベロスが業火を左右の首からモトめがけて
吐き出す。
モトはふわりと飛んで交わすがわずかな時間差で放たれたジジの火球が目前まで迫る。
モトはそれを鎌で軽々と弾く、
「!!」
が…ジジとて甘くはない1撃目の影に隠れていた2撃目が姿をあらわす。
顔面直撃…と思われたそれはモトの微笑と共に勝手に直線軌道からはずれた。
それをモトはわずかな動きを足してかわす。
そして再び襲い掛かったケルベロスの炎もモトを避けるようにして割れてしまう。
モトは二人を見下ろしニコリと笑うと人差し指を二人のほうへ向け、
くいくいと動かした。
「そんなものじゃないでしょう?」
「当たり前だ!」
ジジがモトめがけて一直線に飛行する。
続くケルベロス。
ジジはモトに体当たりする直前、身体をひねり翼をヘリコプターのように回転、
モトは鎌の柄によってそれを止め鋭利な凶器ともなる翼は意味をなさなくなった。
続いてモトに上から踊りかかる巨大な黒い影、金色の爪が光る。
それが振り下ろされようとした瞬間、ケルベロスの腹部を金色の物体が強打する。
モトがジジをつかんでケルベロスに向かって投げつけたのだ。
地に足のついてない二人は踏ん張る事もできずに吹っ飛ばされる。
「クッ…」
多少よろめくもすぐに立つ二人。
「これほどとは…」
まだ様子見の戦いとはいえ力の差が歴然としている。
蟻と象ほどの差はないにしても感覚的には同じだろう。
漆黒のマントを揺らし空中に浮かぶモト。
いや浮かんでいるというより空中に立っている感じだ。
体が上下に全然揺れないのである。
「あれは・・・?」
ファブネルはマントに見え隠れして見にくいが彼の足の下に何か白いものを見つけた。
ドライアイスの煙のように彼の足元から現れては消えているようだ。
「ジジ様、なんでしょうか?奴の足元から出ている煙のようなものは」
「わからん、私達の攻撃が素通りしたのと関係があるのかもしれんが…」
ぴくりとも動かないモトをにらみ続ける二人。
「気になりますか?なら教えて差し上げましょう」
五十四話『ナノマシン』
(地獄耳…)
(嫌味な奴だ…)
二人は思った。
と、モトが手を伸ばし、下にかざす。
すかさず構えなおす二人。
モトは気にも留めず手を見つめる…すると…
彼の手の下から少しはなれた場所に氷のような白い塊が膨れ上がる。
人の頭ほどの大きさまで塊を膨れ上がらせるとモトは手をかざすのを止める。
すると塊は落下、しかし砕ける音はしなかった。
いや、地に付くことすらなかった。
塊は落下する途中であっという間に先ほどの白い煙になり
空中へ溶け込んだのだ。
「何…?」
「今のはただの空気です。無理やり状態変化させて一時的に固体にしたんですよ」
「無理やり状態変化?…そんなことが…」
ファブネルが疑問の声を吐き出す。
しかしジジは驚きながらもこういった。
「いや、可能だ。ファブネル、お前もよく知っている物でな」
「…状態変化?…物の状態を換える、操る…か…
あ、ナノマシン…!」
「そのとおり…」
「…でも、ヘブンにもあった技術じゃないですか、それに実用性は…」
「いや、格が違う。ヘブンの物では空気の固体が出来るほどのスピードで
状態変化させるパワーもないし、そもそもちゃんとした設備内でなければ使えないほど
デリケートだ。確かに用途は治療など限られたものしかなかったがな」
モトは空を蹴って飛び上がるとジジ達と同じ足場に降り立った。
そしてゆっくりと彼らのほうへ歩みを進める。
「ふふふ…ご名答、良くご存知ですね。
先ほどの攻防では私のまわりを真空状態にして攻撃をそらしていたんですよ。
しかし私はまだこの力を使いこなせていない…
そして…この力を物にした時、私は本当の死神になれる…!」
言い終えると…モトが猛烈なダッシュを開始した!!
速い、あっという間にケルベロスの懐に飛び込んだモトは
鎌を振りかぶり、振り下ろす、鎌の柄はしなり鎌の先はケルベロスの脳天へ向かう!
スパンッ!
銀色の円が描かれるとケルベロスのいた足場は真二つに割れた。
五十五話『闘』
「ふぅ、危なかった…」
ケルベロスは上方向の足場へと身を移していた。
その身体はやや赤みを帯びていて、やがてすぐに消えた。
ケルベロスの奥の手である高速移動を使った印だ。
「なるほど…それがあなたの力ですか」
モトは指先で鎌をヒュルンと一回転させ、握りを確かめる。
そして鎌の先をケルベロスへ、目線をジジへと移し腰を低く落とした。
飛翔するジジ。身体を赤く変色させるケルベロス。
2ラウンド開始。
口火を切ったのはモト。
先ほどと代わらぬスピードで今度はジジに迫る。
すかさずガトリング砲を集中射撃、モトは全てを鎌で叩き落し、急接近。
振り下ろされる鎌、ジジは柄の一部を翼で叩き刃を食い止める。
モトは身体をひねりジジの横腹に蹴りを入れ、吹き飛ばす。
と同時にケルベロスの突進がモトの背後から迫る!
すかさず振り向き鎌を凪ぐがケルベロスはいない。
「どこ…!!」
言葉を言い終えるが早いかモトの本能が右から来た突進から身体を鎌でガードした!
今度はモトが吹っ飛びそこへ不意に現れたレーザーが左肩を貫き、両頬を掠める。
どんっ、何処かの壁の衝撃がモトへ伝わった。
2ラウンド目開始からわずか5秒。
叩きつけられた壁から落ちる事もなく、肩の傷を気にするでもなく、
まるで幽霊のように体勢を立て直すモト。
「見事です。イルダーナ以外の相手に本気を出すのは初めてですよ」
顔を上げ二人を見据える。その眼光はひたすらに鋭い。
視線を注がれるだけで身体を矢で貫かれるような感覚にあう。
何もしていないのに疲労感が全身に広がり体が重くなる。
久しく感じてなかった狩られる側の心境に立たされている事に
嫌でも気付かせられる。
「身の毛もよだつとはこのことか、忘れていたな…」
「…はは、長い事眠ってたお陰で気抜けしてたかな?」
二人はそれでも威圧感に耐えた。
生きている事を諦めたくなる事への恐怖。
負けないために二人は、闘う。
五十六話『疑心』
今度はジジとケルベロスが動き、また二手に散開する。
途中ケルベロスは足場の一部を爪でもぎ取りモトへ投げつける。
ジジは同時に火球を発射。
火球と足場の一部はモトの寸前で出会い。無数のつぶてとなる。
それをモトは最初と同じように気流を操作して全てをのける。
しかしその流れに沿って拡散するつぶてはファブネルと
ジジにその気流の流れを読ませることとなる。
つまり、上手く方向を調整すれば…
「くらえぇっ!!」
ケルベロスとジジの放った火炎がうねるようにしてモトへ…
直撃した!
モトは業火に包まれ赤く強い光のせいで影さえ見えなくなる。
「やった!」
確かな手応えを感じたファブネル。
ジジも確かな手応えを感じた、しかし気を緩めない。
今のは直撃と自信を持って言えるが、なんだろうか?
それが相手を倒した事になるのかというとそうでは無い気がするのだ。
「ファブネル…どうやら最悪の事態だ…
…それにしても…何故だ…?」
炎が解けるように消える。
地面は黒焦げで荒野のようになっていたが。
そこに何事もなかったように平然と立つモトがいた。
彼のマントも相変わらず健在。
「そんな…」
ファブネルが絶句する。
自分たちの中でも最高クラスの破壊力を持つ攻撃がまったく通じなかったのである。
無理もなかった。
「なるほど、二重の防御壁…そのマントもナノマシンか」
「ナノマシンというには大きすぎますけどね、反論はしません。
ちょっと特殊な『奴ら』でして、エネルギーを『食う』んですよ」
そこでジジはある事を確認するためにモトに質問を浴びせ掛ける。
それがこの戦いの転機になっていくとは誰が予想しただろうか?
「…ならば食ったエネルギーはどうする?
何故力を解き放たない?」
「…必要ないですから」
「違うな」
五十七話『変心』
「違いませんね…無駄な事はしない主義なので」
「なら、何故私たちを生かした?」
「!!」
顔をひきつらせるモト、彼がこの戦いで始めて見せた動揺の表情である。
ファブネルも訳がわからずジジの話に耳を傾ける。
「私は今まで遊ばれているのだと思っていたが…
今のことではっきりした。
貴様は他者を殺める事に抵抗があるんだ」
ファブネルはますます訳がわからない。
今目の前にいるこの男は他者を殺める事に微塵も抵抗持たないような…
そんな人物にしか見えないのに、何故ジジがそんな事をいえるのか
まったく持って謎だった。
しかしそんなファブネルの気持ちとは裏腹にモト平静さをなくし、
明らかに戸惑っていた。
「違うっ…!」
そういって地を蹴り一瞬にしてジジへと詰め寄り鎌をジジの首にあてがう。
「減らず口はここまでだ…」
「そういっている暇があるなら早く首を刈ったらどうだ?
…でなければ」
モトの身体が真横へ吹っ飛ぶ、
動揺していたモトに翼の一撃を入れるのはたやすいことだった。
あっけなく地面に倒れこむモト。
「お前の全ての挙動は他者を恐怖に陥れるものでも圧力をかけるものでもなく
自分を偽り、騙すためか…どうりで様子が変だと思った。
行動と言動に落差がありすぎる。
貴様が全力だったなら、私たちはもう生きてはいまい。
何故そこまでして冷酷になろうとする?」
「黙れっ!!」
声が聞こえた瞬間自分の身体が地に叩きつけられた事を知るジジ。
ジジの身体は足場を破壊し、モトの左手に押さえつけられていた。
「くっ…まだ逃げる気か…!
ここまで言わなければ解らないか?お前は過去に他者を殺め、そして後悔している!」
「・・・・・・」
モトは何も言わず左手をジジから放した。
「後悔なんかしてない…後悔して僕が進むのを止めればあの人の死は
意味を無くしてしまう…」
五十八話『捨てる、拾う、甦る、揺れる…』
「僕を作ったのは人間だ。だから僕は人間に従い、自分の力を存分に奮った。
荒れた土地で人の病を治したり、力仕事をしたりね、ほんとに色々な事をしたよ。
人間達と一緒に暮らすことに不満な事は何一つ無かった。
本当に幸せな日々だったと思う。
そのまま幸せでそのまま朽ちていければもっと幸せだっただっただろうね。
でも…世界というものは無常なのだろうね。
あの人は…博士は死んでしまった。あの日…」
彼らはこの世に存在しなくなった。
彼らの生きていたという痕跡は少数の人々の記憶だけ、
自分の忌まわしい記憶だけ。
人はそのうち死ぬだろう。人々の記憶も一緒に死ぬ。
後は…僕だけだ。
無くそう、全てを消そう。
やり直しだ、出来る、この力があれば。言っていたじゃないか。
『モト、いいかい?その力があればなんだって出来るんだぞ。
けどね、その力を…』
その先は別にいらない…それにしても誰が言ったんだっけ?
??…誰か来た。
「よぉ、モト。博士、いるかぁ?ちょっと上がらせてもらうぜ、
っと、やけにちらかってんな。博士もいねぇみてぇだし、
ひょっとして喧嘩か?もしそうならこりゃちょっとおもしれぇナ。
博士にゃ悪いけど今日の酒のつまみにしちまおう♪」
男がこっちを向いた。
「なんだ?ボーっとして。まぁ喧嘩するなとは言わないけどよ。
自分を生み出してくれた事への感謝は忘れんなよ。
人間も自分の両親には感謝するもんだからな。じゃぁな」
男はここから出て行った。
僕を作ったのは博士っていうのか。
博士…博士…博士…
どこにいるんだろう?
どこにもいないな。
??…何で断言できた?
僕が博士を殺したから?なんで?
3人人間がいた。一人は『逃げろ』二人は『逃がさん』って言って。
そうだ、一人を助けようとしたんだ。それで初めての力を使ったら。
皆消えたんだ。あっという間に。
五十九話『気づけ涙、知れ心』
そうだ…そのとき博士がいたのか。
だから…博士を殺したのは、消したのは…
「僕だ。でも悩む必要なんかない。やり直せばいいんだから。
命を自由にし、世界を変えることが僕には出来るはずだ」
話を聞いていた二人にそう言うとモトは笑った。
そして、泣いていた。
彼はそれに気付かなかった、いや、気付こうとしていなかったのか。
死神は死をつかさどる神そして生をつかさどる神。
彼が目指しているものだった。
あの日以前の幸せにまた会うために。
「なるほどな。だからお前はここにいるのか。
だがな、それでも今お前の望んでいるものには一生出会えんぞ」
「…やってみなければ解らない」
そういった瞬間。彼のマントは定型を持たない黒い霧へと変貌した。
霧がうねる。
「行け、ナノマシン…!」
騒がしいざわめき声を上げながら霧は二人へと襲い掛かる。
地面がなめ取られていく。物体がそこに『在るもの』から『在ったもの』へと
次々に変貌していった。
駆け出す二人、追いつかれれば、終わる。
「逃げるな!モト!全てを受け止め…闘え!」
叫ぶジジ。助かるために、救うために。
その時、突如黒い霧から逃げていたファブネルはモトの下へ走り出す。
そして彼の目の前に立つ。モトは鎌を握り締め、構えたがその手を動かすのも止めた。
ファブネルも牙をむくことも爪を振り上げる事も無かった。
「俺にお前の苦しみは解らない。俺がお前について知ってることなんかわずかだ、
けど、どうしても今のお前が本当のお前だとは思えなくなってきた。」
「ファブネル…何をしている!?…クソッ…!」
黒い霧がファブネルの体をあっという間に取り巻く。
しかしファブネルはその場を動こうとしない。
自分の体が消えていく妙な感覚の中、黒い霧の中でファブネルは話を止めなかった。
「お前の言うやり直しなんていうものは絶対にきかない!解っているはずだ!
そして考えろ!お前の慕っていた博士がお前に何を望んでいたのか!
それは今やろうとしていることと違うんじゃないのかッ!?」
六十話『そして涙は跡となる』
鋭い衝撃音。
それと同時に黒い霧から飛び出す、ファブネルの体。
その体はまだ侵食が浅く、シルエットはあまり損なっていないものの
酸で表面をとかしたというか凄まじく鋭利な刃物で体中をそがれたというか
奇妙な傷が全体に広がっている。決して軽い傷ではない。
体の表面にあった重要器官は全てやられてしまっている。
耳も聞こえないだろうし目も見えないだろう。
「ファブネル、生きているな!」
ファブネルを大きく吹っ飛ばしたのはジジだった。
そして、ファブネルがわずかに動かした尻尾をみて安堵するジジだったが
今度は彼が危機に身をさらすことになった。
ファブネルの体を吹っ飛ばしたわけだが、何せあの巨体である。
今回の事で酷使し続けた翼がついに悲鳴を上げた。
目の前に広がる黒く巨大な悪魔。
(これまでか…)
目を閉じるジジ。
「退け!ナノマシン…」
その言葉に反応し、再びジジが目をあけると。
黒い霧はどこにも見当たらず、周りにはファブネルと同じような傷を負った
カラップス・アイの壁面や自分たちの足場が辺りにあるだけだった。
そして顔を上げると目の前には再びマントを身に付けたモトがたたずんでいた。
「僕の…負けだ。僕が夢見続けていたのは所詮幻か」
涙を拭くモト。涙はまだ乾いていなかった。
「そうかもしれん…だが、全てを否定することだけはするな。
過去が全て過ちだったわけではないだろう?」
「そうだな…
でも、一つ聞いていいか?…これから僕は何をしたらいいと思う?」
「…自分で考えろ」
言ったとたん、ジジは気絶した。
「厳しいな…ねぇ?博士」
モトは鎌を地面に突き刺し、二人に歩み寄った。
「行け…ナノマシン…」
それから1時間…この戦いはついに…終わる。
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