「ロック、風を引く」
著者:青龍さん

1話

 −ヨーションカの町−

「じゃ、ロック、行って来るね」
「うん。気をつけてね、ロールちゃん」

何とかヘブンから地上に戻り、数ヶ月が経とうとしていたとき。
連休が始まったので、(ディグアウターには関係ないが)少し休みをとることにした。
最近店で引いたくじが運良く当たり、高級ホテルの招待券を手に入れたのである。
しかし招待券は2名分。ロックはロールにバレル博士と行って来るよう薦めた。
「老人だからたまの休養、娯楽もいいだろう」
・・と。
バレルは迷ったようだったが、人の善意を否定することは返って失礼に当たると
結論づけたらしい、嬉しそうに頷いた。
データは「ペット」ということで、招待券無しで行けると騒いでいた。

そのホテルはヨーションカの町の、以前は空族連合と戦って以来閉鎖されていた
線路の奥の町「ショット・グラス」にあるという。
かなり遠いのだが、ロックがヘブンにいる間に列車の運行が始まったらしい。
その列車で1.5時間程で行けるのだ。
そして今さっき、バレル、ロール、データ、の三人で、同じく閉鎖されていたが
再び役目を与えられた駅から旅立ったのだ。

「さて、と。どうするかな。」
さしあたりすることのないロックは、たまには本でも読もうと見送りをしたその足で
新しくオープンした本屋へ向かった。

2話

この島周辺では結構有名で、5つの支店を持つ古本屋「BOOK・ON」
客から買った本、CD等を全て100円で売るという良心的な店だ。
店内をブラブラと歩いていたロックは、2つの本に目を付けた。『新約聖書』『旧約聖書』
本の初心者が読むには早すぎるのだが、読み応えがあるという理由で選んだ。
「なぁに。かつては電話帳で読書感想文を書いた人もいるんだ」
問題はどっちにするか。どっちを買ってもあまり変わらないのだが、変に悩む。
結局買うために手に持っていた100円玉でコイン・トスをして決めた。

数分後。『新約聖書』を小脇に抱え、フラッター号へ走るロックの姿があった。


「『悪しき実を結ぶ良い木は無し。良き実を結ぶ悪しき木も無し。木はどれでも
 その実によって分かるものだ』」
ロックは丁度100ページまで読むと、本と目を閉じ布団に突っ伏した。
昼頃から読んでいたから、かれこれもう6時間は読み続けていたことになる・・・。
ロックは起き上がり、窓の外を見た。
夕日は既に柿色になり始めていた。
その時、目に軽い痛みが走った。しかし、ロックはそれを夕日の眩しさのせいにして、
夕食を食べに台所へと歩き出した。

冷蔵庫には一通りの材料がそろっている。ロックは料理が(自分でも不思議なほど)
上手いので、1人の時は大抵自炊だった。
ロックは20分で1人分の夕食を作り終えると、盆に載せて居間に行った。
食べながらテレビを見る。あまり面白い番組が無い。
「洋画でも入っていればいいんだけど・・・」
少しだけ呟いてみる。
ロックは食べ終わると食器を片づけ、自室に戻った。

一日何もせずに過ごした筈だが、妙に体が怠い。そんなことを考えながら、フラッター号の
全ての電気を消す。この船は更に改装して、それぞれの個室でフラッター号内の電気の
ON・OFFが可能となっていた。
自分の部屋だけはスモールライトを点灯しておいた。
20時30分。寝るには早いが、ベットに入ると直ぐに熟睡した・・・。

3話

翌朝・・・。
窓からの日の眩しさでロックは目を覚ました。
時間が気になったので壁に掛けてある時計に目をやる。
「もう7時か・・・結構寝たなぁ。」
言いながら上半身を起こす。
「!!」
とたんに目と頭に激痛が走る。
「いったい何が・・・」
ベットから降り歩こうとする、が、何故かフラフラしてしまいまともに歩けない。
「風邪をひいたか・・・」
初めての経験だった。
生まれて今まで病気になんかかかったことがなかった。
置いてある救急箱に手を伸ばし、体温計を取り出す。
腋に挟むと、程なくデジタル音が鳴る。見てみると・・・
「38.7℃・・・!!」
今になって「熱が出る」の意味が分かった気がする。こんなに辛かったとは。
取りあえず湿布を額に貼る。
慣れない作業を1人でやるのは大変だ。まして病気で。

よく見ると風邪薬がない。町まで近いのだが、買いに行く気力もない。
そう言えば雑誌で「風邪をひいたら水分を取り、とにかく寝るのが最善策」と書いてあった。
確かにその通りだ。ロックは本と一緒にミネラルウォーターやドリンクのボトルを買ってきて
いたのを思い出し、冷蔵庫へ急いだ。
しかし流石に疲れる。垂直な階段(厳密に言えばはしご)がイヤになるのはこんな時だった。
ドリンクのついでに氷枕とロールが出がけに作った弁当を取り出す。
部屋に戻ると、なかなか箸が進まない朝食をとった。
そして、雑誌に書いてあった通りドリンクを1\3程飲み、横になると湿布をはがして
氷枕を額に置いた。
しかし全く眠れない。
当然と言えば当然だ、10時間以上寝たのだから。
無理矢理に目を閉じ、強引に寝ようとする。
馬鹿みたいだが羊を数えてみる。
しかしうまく行かない。
さんざんの試行錯誤の末、その努力自体が疲れた為、何も考えずに横を向いた。
すると急激に眠気が襲ってきた。初めからこうすれば良かったのだ・・・。

4話

ロックは疲れていた。疲れ果てていた。
これで三日間は遺跡の中を彷徨っている。
何とか回復アイテムとエネルギー・ボトルで命は繋いできた。
しかし空腹や疲労が回復するわけでは無い。更に運の悪いことに敵が出てこない。
アイテムを使い果たしたので最後の望みがエネルギー・キューブなのだ。
ライフは時が進むに連れ少しづつ、しかし確実に0に向かっている。
もう1時間も持たないだろう。

最初の失敗は遺跡に入る前だった。何故もっと重武装で来なかったのか。
バスターもアーマーもほぼ最弱で、持っていたのはジャンプパーツぐらいだ。
まさに「必要最低限」だった。
最初は良かった。割とレベルの低い敵しか出てこなかった。調子に乗ったロックはロールの注意も
聞かずに進んでいった。
過ちに気づいたのはカルムナバッシュと鉢合わせになったとき。
初心者にはあまりに強大過ぎた。何とか倒したものの、通信機は壊され連絡がとれなくなっていた。
弱い敵は囮だったのだ。侵入者を奥へ奥へと誘い込み、ボスの居るところまで連れてくる。
たとえ倒しても迷路のような遺跡からは脱出出来ない。
そういう筋書きだったのだ。

その後は放浪だった。気まぐれに歩いた。不安と恐怖に押しつぶされそうになりながら。
そして3日経ち今に至る。もう諦めていた。生きて帰れるとは少しも思わなかった。
例え敵が現れても戦うことは出来ないだろう。
だが悪い物はタイミングよく出てくる。
遠くの方で小さいながらも「ガシャ…ガシャ…ガシャ…」という音がした。リーバードだろう。
その音はこっちに近づいてくる。音が大きくなるに連れ速さも上がってくる。
「ガシャガシャガシャガシャガシャガシャ・・・」
もう直ぐそこだ。15m先の曲がり角から聞こえてくる。
「終わったな・・・」
ロックは意識が遠のいていく中呟いた。
そして足音の主が角から姿を現した・・・・・・。

5話

「・・・!!」
ロックは飛び起きた。
「・・・夢か・・・しかしよりによってあの時の・・・」
初ディグアウトの時のリプレイだった。
シャツが汗でビッショリだ。
ふと横の床を見る。氷枕が落ちていた。慌てて後頭部にに手を当てる。・・・暖かい。
「うなされている時落ちたのか・・・」
今思えばあの時の足音はバレル博士のアーマーの音だったのだ。
偶然にも行き倒れた所が出口の近く。運が良かったと驚くばかりだ。
・・・今となってはどうでも良いが。
今回バレル博士をホテルに行くよう薦めたのは、あの時の借りを返すつもりも
心の何処かにあったのかもしれない。


悪夢のせいか、たっぷり寝た筈なのにまだ眠い。
それでも食事と水分は取り、新しい氷枕をベットに置いた。ついでに服も着替える。
ヒーターを10分タイマーにして布団に入ると幾分スッキリした。
しかし、いつもディグアウトで動き回っている為あまり動かないというのはストレスが溜まる。
昼に寝るのも何となく気分が悪いが、脳はそんなことを考える暇も与えず休みに就いた。


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どれだけ眠ったか。もう15時だ。寝ていると本当に時間の流れが速い。
熱も引いたようだ。改めて体温計を取り出し、計ってみた。
「37.2℃・・・か。」
もう大丈夫だろう。微熱でまだ危ないが。
17時には、ロールちゃんやバレル博士達が帰ってくる。

居間に行き、久しぶりにテレビをつける。
帰ってくるまでの時間を潰すのだ。
暫く見ている内にニュースになった。
『・・・緊急速報です。雪国で有名なここヨーションカでも、類を見ないような吹雪が発生しました。
 吹雪はヨーションカとショット・グラス間を通り、線路は完全に2mもの雪の下に隠れてしまいました。
 雪の完全撤去作業には丸2日かかるそうです。』
「!!」
ロックは体の力が抜けていくのを感じた。
『この連休を利用して旅行、観光に町を行き来した市民達もこの事態に戸惑っています。
 両町の旅館では今日帰宅を予定していた市民を無料でそのまま泊めるサービスを行っており・・・』
ロックの耳にはもう何も聞こえてなかった。

6話

「38℃・・・」
先のショックで熱がぶり返したようだ。
「そう言えばあの雑誌には『風邪は治りかけが肝心!!』とも書いてあったな・・・」
我ながら迂闊だった。
しかもタイミングの悪いことにこの大吹雪。
既に過ぎ去ったのが幸いだったのだが、どうやら運にも見放されたようだ。
「よし・・・手っ取り早くいくか!」
初日よりは1℃近く低い。町へ薬を買いに行くことにした。

部屋に行きアーマーに着替える。外は雪。防寒具の代わりにするのだ。
機械による冷暖房装置は、下手な服より数倍役に立つ。

「ふ〜〜〜〜・・・・」
外に出た。風邪とはいえ、やはり久しぶりなので気持ち良い。
・・・ダッシュ・シューズは使う気にはなれないが。
いつもはジャンプで飛び降りる階段も、今回はゆっくり歩く。
少し走ってみた。
・・・別に何処も痛くはない。
具合もさっきよりは良くなったようだ。
ディグアウターの宿命か。強制的に強くなった体はベットよりも外の方が合っているのかもしれない。
取りあえず薬を買い、飛行船に戻る。
又、暫く出れなくなるであろう外の景色を名残惜しく見つめると、ロックはドアを閉めた。

居間に行くとヘルメットを取り、少量の食事の後薬を飲む。
2粒の錠剤を飲み込んだとき、昔の事を思い出した。
ディグアウター学校時代の事だ。
初めての訓練の前、パニックを起こさないように少量の精神安定剤を全員が飲ませられた。
訓練中に効き目が出始めるよう、錠剤のタイプだ。
あの時、初めての錠剤は中々飲み込めなくて苦労した。
その後、訓練の度に少しずつ薄められた錠剤を何度も飲む内に、すっかり慣れてしまった。
何となくだが、コツが分かったのだ。
「『錠剤が大きすぎる!』と飲まなかった人もいたな。ご飯は良く噛まずに丸飲みにするのに」
そんなくだらない事も思い出し、1人で笑ってみたりもした。

7話

「さて、と・・・そろそろ寝るかな・・・」
ヘルメットを手に取り、部屋に行く。

ヘルメットを傍らの机に置き、ベットの整理をしていると・・・
『・・・・・・・・・』
「ん?今何か聞こえたような・・・」
手の動きを止め、耳に全神経を集中する。
『・・・・・・・・・』
その「音」はヘルメットの方から聞こえてきた。思い当たる節があり、ヘルメットを着ける。
すると・・・
『ロック?ロック、聞こえる?』
「ロールちゃん!?」
『良かった・・・やっとつながった。吹雪で帰れなくなっちゃったから、持ってきてた
 サポートシステムを改良して、10000km以内の通信を可能にしたの』
そうか・・・妙に荷物が多いと思ったらそんな物を・・・
「御免、風邪ひいちゃって。暫くアーマー着てなかったんだよ」
『大丈夫?風邪なんて初めてね』
「・・・うん、大丈夫。もう熱も引いたよ」
決して気休めでは無い。本当に引いたのだ。たった今言われて計ってみたのだ。
『そう。こっちもなるべく早く帰ってくるから。明後日の朝一番の列車に乗ってくるよ』
「有り難う。・・・じゃ・・・」
ロックは無線のスイッチを切った。
「36.8℃・・・」
改めて体温計を見る。
「治ったか・・・?」
しかし油断は禁物。熱が引いただけでは治ったとは呼べない。実際平熱から再び上がった人もいるのだ。
「『治りかけが肝心!!』もう一度寝るか!」
ロックはボトルの残りを飲み干すと、整理していたベットに横になった。

8話

ロックは起き上がった。
これまで何回この動作をくり返したか分からない。
一日に何回寝たか分からない。
後のことを考えて行動するという当たり前の動作が、風邪では中々出来なかった。
いつもなら、明日を見、明日を考え、明日に生き、明日を過ごす。
しかし今は、今日を見、今日を考え、今日を生き、今日を過ごす。
それだけだった。
しかし今回はそれを克服出来たと思う。
熱は更に下がり34.5℃〜35.5℃まで来ていた。もう立派な平熱だ。
この2日間、何度も不安になって体温計をあてたが、それ以上下がらず、それ以上上がらなかった。
頭のふらつきもとれた。
もう眠たくは無かった。皆が帰ってくるまでベットで「起きている」つもりだ。

喉が乾いたのでもう一本ボトルを持ってくる。
ついでにテレビをつけた。
『2日かかると言われていた除雪作業ですが、どうしたことか数十年降り続いていた雪がピタリと止み、
 半日早く終わりました。直ぐに列車の運行が開始。直後に再びいつもの雪が降り始めました。
 直、ご存じの通りこのレールは普通のの雪なら積もらず溶かしてしまうシステムなので、
 運行に支障は出ないそうです。では次のニュース・・・』
「・・・」
偶然にしては出来過ぎていた。
こんな事があるわけはなかった。
・・・運に見放されたと思っていたが。そうではなかったようだ。

突然フラッター号のドアが開いた。
「おお、ロック、留守番すまんかったのう」
「ロック、ただいま〜!ちょっと早く来れちゃった。・・・ん?どうしたの?」
おかえりも言わないロックを不審に思ったようだ。ロールが聞いてきた。
「ん?・・・ああ、おかえり、ロールちゃん!」

今、ロックは20歳。不死身のバレルの異名を受け継ぎ、不死身のロックとして世界に名を響かせていた。
ロックは、あれ以来二度と不安になることは無かった。
二度とあの悪夢を見ることも無かった。
二度と失敗することも無かった。
ただの風邪が・・・ロックに大きな自信を与えた。
この偶然・・・天からの贈り物だったかもしれない。
・・・今となっては・・・分からないが。

                       −了−


transcribed by ヒットラーの尻尾