それは神が作った曲
そこは失われた楽園
昔々のことである。
ヘブンと言う衛星ができて、
マスター以外は人類と言うものは滅びてしまった。
そんでもって数千年間マスターはヘブンで生きていた。
ロックマンシリーズと言う粛清官や、
マザーというシステムなどを作って、
一人ぼっちで生きていた。
天国(heaven)と言われるそこには、
人間はただ一人しかいなかったのだ。
ヘブンにはマスター以外人間はいない。
ヘブンには人間は一人しかいなかった。
しかし、マスター以外にいた。
デコイと呼ばれるものたちが暮らす星の、ある空の上で。
マスターと同じく、ただひとりの人間として。
青い青い空。
見渡すばかりは青い海と青い空と白い雲があった。
その中で変なものが浮いていた。
変なものと言っちゃあなんか失礼だが、
普通なら誰も信じられないだろう。
何しろ、島が浮いていたのである。
ちっこい島がぽつんと空の上を漂っていたのだ。
島の外壁なんかは、真っ白な大理石みたいなもので綺麗に整えられていた。
緑溢れる森が白い大理石の道で所々日陰にもなってくれてる。
森に囲まれた白い建物は、
まるで巨大な城とも、教会ともいえないものだった。
その美しい建物には中庭があり、白い石の道があり、
そんでもって、その中心には数人の『人』が集まっていた。
中庭には大きな池と広い花畑――しかも花の種類は季節ごとに違うものなどさまざま――があり、
整えられた白い大理石の道で、花畑の中心には白いテーブルと白い椅子が二つあった。
その一方の椅子に座るのは、綺麗とも華麗とも言える美しい女性が座っておられたのだ。
このお方。詳しく言うと美人。
もっと詳しく言うと素ッ晴らしい美人。
さらに詳しく言うと二十歳の美しい人――つまり美人――。
銀色の長髪と麗しい顔に雪のように白い肌。
何処をどういえども身体のパーツが完璧と言っても良いお方だった。
服は肌と同じように汚れ一つ無い純白のローブに身を包んでいた。
もう一方の椅子には誰も座っていなくて
――美人のお方のテーブルの周りには数人のアーマーを着込んだロックマンシリーズの方々がいるのだが。
いや、この場合は座っていないんじゃなくて、
座らないといった方が良いかもしれない。
「座らないの?」
美しいお方の声はやっぱりその姿顔形に似合う澄んだ美声だった。
この美しいお方に声をかけられた幸せ者(?)は、
鋭い表情でそのお方を見つめていた――と言うか睨んでいた。
赤い。赤かった。紅かった。そのアーマーは血のような紅。
空のように、海のように蒼い瞳が彼女を映し、そよ風に流れる長い金髪。
肩には小さな黒いロボットが掴まっている。
15センチほどの大きさで、ぱちくりと半目が瞬く。
鋭い2本の角は5センチほど長く、角を入れれば20センチともなるだろう。
細く二股に流れた長い尻尾に、
バランスを取る為か縦に細長い足のひら、長さは4センチほどだ。脚は4センチある。
手は足より長く、6センチはある。
腕の付け根は細いが、だんだんと大きくなり、手のひらは大きい。
そんなお供を連れている人物。
紅いアーマー、紅いヘルメット。
美しい白の美女に対して、凛々しい紅の戦士だ。
彼もなかなかの美形で、
もし彼に声をかけられたら女性は少し顔が火照っているのかもしれない。
しかし、その前にこの島の主人である美女の前では、
同性でも顔が火照ってしまうだろう。
彼女を守る特殊部隊の者たちも、その微笑みで顔を赤らめるものが多いのに、
青年は鋭い目付きは全く緩ませずに無作法な態度で椅子に座った。
その行動でカチンとくる周りの連中は、ぴくんと眉を少し上げたり、目を鋭くさせてたりする。
「気にしなくても良いのよ。貴方は狼。犬と違って、私に忠実でなくても良いのだから」
テーブルの上にある紅茶をすすり、軽々と言った。
周りで立っている連中はその言葉で気付かれないように歯軋りしたり、
ある者は反対側に座っている青年を鋭く睨みつけたり。
「私は狼が好きよ。でも犬は嫌い。
――人に飼い馴らされた狼は狼でなく犬よ。
貴方は私が一番好きな狼でいてほしいわ」
クスクスと笑う彼女をつまらぬように視線を逸らし、
肩の上に乗っているお供に、
目の前の銀の皿の上に色取り飾ってある菓子の一つを摘んで食べさせた。
ぽりぽりと小麦粉を主に作り焼いた菓子を食べ、青年も無言で紅茶をすすった。
その行動にまたも周りの連中は憎たらしくて仕方ない彼の行動で目を鋭くさせて、
相変わらず透明な微笑みを見せる彼女も紅茶をすする。
「ミストレス、戯れもいい加減にして下さい」
中庭のティータイム。
黒のアーマーを着込んだ30代ほどの男が美人の前に歩み寄ってきた。
そのアーマーはまるで軍人のようだ。ヘルメットでなく、軍帽を頭にのせている。
彼の名はロックマン・マルクス。
ロックマンシリーズの中で数少ない一等粛清官の一人である。
「あら、どうしたのマルクス?そんなぶっきらぼうな顔をしちゃって」
笑みを絶やさずミストレスはマルクスを見る。
反対にマルクスは鋭い眼差しと威圧をミストレスでなく、青年に向けていた。
「ミストレスから許しが出ていると言っても、お前の行動は度が過ぎているぞ。ゼロ」
ミストレスの前で、暴言は許されない。
彼女、ミストレスはこの星に残った最後の人間の女性。
今は宇宙に浮かぶ『楽園(heaven)』にいるマスターと、
この空を浮かぶ要塞『失楽園(milton)』。
二つの施設に生きる最後の人間である
マスター(master)とミストレス(mistress)
は、彼らにとって絶対の存在。
ゼロの行動は度に過ぎている。
他の一等粛清官でさえミストレスの前では絶対服従であるのに、
ゼロは全く服従しないどころか反抗している。
「聞いているのか、ゼロ」
マルクスの言葉を知ったこっちゃあないと言ってるかのように、
肩に乗っているお供に、今度は紅茶をすすらせる。
「良いのよマルクス。別に私は困らないわ」
「ミストレス、貴女は良いかもしれないが、我々は貴女に絶対忠誠を誓っている。
このように無礼な行動を犯している者には厳罰を与えなくてはならない」
「あら、そうなの?ならあなたも厳罰を与えられてもおかしくないわね。
いえ、このミルトンに住む一等粛清官全員と言ったほうが良いかしら?」
ミストレスの言葉に、周りの二等粛清官たちがざわりと戸惑った。
ミストレスは犬を嫌う。代わりに狼を好む。
犬と狼の差なんてあんまり変わらないが、
ミストレスが言うには飼いならされたものを嫌う。
誇り高い狼。
しかし、狼は飼い馴らされる事は誇りを捨てる行為なのだ。
誇りの無い狼など、狼ではない。
ただの犬なのだ。
三等、二等粛清官たちはミストレスの言葉に従い実行するが
、一等粛清官はそうではない。
一等粛清官はミストレス直々に選ばれた者たち。
マルクスはミストレスの行動を全て受け入れるわけではない。
ミストレスの行動、行為、思考などが状況によって正しい選択なのかを決め、
不必要な選択や行動は却下する。
彼もまた無礼な行動、行為を犯しているものなのだ。
そして、ミルトンに住む一統粛清官全員が、彼女の行動、行為を受け入れるわけではない。
ミルトンの一等粛清官。
それは絶対であるミストレスに歯向かう誇り高き狼なのだ。
「あなたもお茶しない?この頃忙しそうだから、少し休んだら?」
ミストレスがマルクスにお茶をお誘いするが、
マルクスはそれを冷たい視線で断り、ゼロに向ける。
「――そろそろ俺は散歩してくる」
そんなことを見ていたゼロは飽きたのか、
ぶっきらぼうにそう言うと、肩に乗ったお供を空に投げた。
そして数秒後、ゼロの後ろに巨大なリーバードが降り立った。
漆黒の身体は機械とはいえない。
黒い肌はまるで人の肌のように滑らかに動き、やわらかい。
時に鉄のように硬金属に変わるが、それでも柔軟性は大差変わらない。
2本の鋭い角が後ろに沿って伸び、二股の長い尾。
バランスを取るための縦に長い足。
大人の頭、数人分をかるく砕ける握力を持つ大きな手。
背中には紅い光翼が4対。重力制御を行い、空を飛行する。
「待て、ゼロ」
黒いリーバードの光翼が出現しているちょうど中心に飛び乗るゼロに、
マルクスは冷たい視線を向ける。
「俺があんたに従う理由なんて無い」
そう吐き捨てるとゼロを背に乗せた黒いリーバードが空に飛び立った。
そのまま振り返りもせず、ゼロはミルトンの外。
方角的にガルバニア大陸に向かったのだろう。
「相変わらず、可愛いわね」
その言葉に、マルクスは苦虫を噛んだような顔をして、ミストレスに顔を向けた。
「そろそろ私も部屋に戻るわ。必要なかったけど、ありがとうね貴方たち」
二等粛清官たち労いの言葉をかけて、
ミストレスはミルトンの中心であるオーナールームに向かった。
二等粛清官たちは敬礼をして、その場から立ち去る。
その中には一等粛清官のゼロに毒突くものが数人いる。
マルクスは必要以上にミストレスに反論しない。
それに部隊長の長――軍団長と言っても良いかもしれない――
でもあるために、二等、三等粛清官たちからの信頼が厚いのだ。
しかしゼロは自分勝手にミストレスの私室でもあるオーナールーム
――部屋の主がいるとき、いないとき――にも入ったり、単独行動を起こすことが多い。
そのため、ミルトン内ではゼロの行動を歯痒くおもう者、敵視している者が多いのだ。
そのことで、重いため息を出すマルクスは、ゼロが飛び立った空を見つめた。
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