「追憶の夜」
著者:かえるさん

第1話

終わること無い喧噪と、消えることのないネオンの明かりと。
夜が更けてもクーロンの街の姿が変わることはない。
亜熱帯の蒸し暑さの中、往来をゆく1人の少年に、露店の店主が声をかけた。

「よう、兄ちゃん。ナイフ買わない?ナイフ。良く斬れるぜ〜」
「え?い、いいです。」
「まあ、そう言わずにさあ〜。アンタみたいなヤサ男、
ナイフぐらいもってないとクーロンは歩けないって。」

確かに、この街は治安が良いとは言えない。夜は特に。
タンクトップ姿で、右腕に青い装甲らしきものを付けただけの少年の姿は、
店主からみれば余りにも無防備なものに見えたのだろう。

ヤサ男と言われたことに対して腹をたてる様子もない少年は、右手を
突き出してこう言った。
「僕には、これがありますから。」
その途端、少年の右手がバスターへと姿を変えた。
バスターを向けられても露店の店主は驚くこともなく、
「へえ、今時可変式とは珍しいなあ。」
とつぶやき、少年の右腕をしげしげと眺めている。

「あ、あの・・・。」
「ん?ああ、すまんね。見たのは久しぶりだったもんだから。」

少年の右腕から目を離した店主は、少年がナイフを買う気がないと分かって
興味を失ったのか、新たな客の姿を求めて通りの方を見やった。
少年も、通りの方に足を向けようとしたが、ふいに立ち止まって店主に
声をかける。

「あの、やっぱりナイフもらえます?」
「?どした?やっぱり不安になったか?」
「いえ。包丁が痛んでたの思い出して。代わりになるかもって。」
「・・・450ゼニーだ。大事に使ってやってくれよ?」

店主から手渡されたアーミーナイフをベルトに差して、
少年、ロックは再び通りを歩き始めた。

第2話

ロックがこの街、クーロンに来たのはこれで二度目。

一度目は単に中継地として寄っただけだから
繁華街の方には足を向けなかったが、
今回はこの混沌とした雰囲気の漂う繁華街にお世話になりに来たのだ。

ボスクラスのリーバードが持っていたミサイル弾。
機関だけを集中的に狙っていたのが良かったのか、
リーバードは弾頭と機体をそのままに動きを止め、
ロックはリーバードの装甲と、積んでいたミサイルを回収できた。
かなりの苦労を要して、フラッター号に運び込んだそれは、
目をらんらんと輝かせたロールの手で、装甲はフラッター号に、
そしてミサイルのうちのいくつかは新たな特殊武器の研究材料となった。

余ったミサイルは、ロックとしては空き地で爆発させるなりして早めに処分
したかったのだが、金にがめついロールはそれを許さなかった。
ロールの提案で、軍の払い卸品をも扱っているクーロンの武器屋に売りに
来たというわけだ。

信管を抜いているとはいえ、高威力のミサイルをザックに詰めて
背負ってきたロックに武器屋は多少驚いたようだが、
そこはあらゆるものを飲み込む「クーロン」の武器屋。
それ相応の値段で引き取ってくれた。

背中の重圧に解放された開放感からか、ついイタズラ心でナイフも買ってみたり
してしまった。普段の自分では考えられない行動に、
ロックは自分が知らず知らずのうちに繁華街の空気に飲まれていたことを感じていた。

さっさと空港に戻ろう、そう思っていたロックだったが、
路地に置かれた小黒板に目が行く。
「今日のおすすめメニュー、地鶏の蒸し焼き、か・・・。」
「猛禽のツメ」と書いた看板の場所からは下へと降りる階段があり、
奧に見える扉にはまだ当然のように明かりがついている。
雰囲気からして酒場兼食堂といった感じか。
普段ならロックの入るような雰囲気の店ではないのだが、
その日のロックは食欲の命じるままに階段を下りていた。

第3話


外から見た時にはあまり客が入ってくるようには見えなかったが、
仕事帰りの客はすでに店内で飲んでいたらしい。
入り口近くのテーブルでは既に何人かの男達が酒と食事を楽しんでいる。
空いているのはカウンター席ぐらいと気づいたロックは、
騒いでいる男達の横を通り過ぎ、カウンター席に座った。

「・・・いらっしゃい。」
「今日のおすすめってやつ、下さい。」
「・・・酒はどうします?」

酒場の店主にしてはえらくガタイのいいマスターに注文を頼んだものの、
酒など当然飲めるはずもない。ロックがそれをマスターに伝えるよりも早く、
1人の男がマスターに話しかけた。

「おいおいマスター、こ〜んなかわいいボウヤが酒なんて飲めるわけねぇだろう?」
いつのまに移動していたのか、さっきテーブル席で騒いでいた男の1人が
ロックの後ろから話しかけてきたのだ。
テーブル席に残っている仲間らしき男達も、挑発するような笑みをロックに
向けている。ロックの反応を楽しもうというわけだ。

揶揄されたロックの方は冷静だった。実際自分は酒が飲めないわけだし、
自分の姿が酒場に不釣り合いなのも分かっている。
反論することもない、と思ったロックは一言もしゃべらずマスターに
渡されたコップの水をすすっている。

「おいおい、だんまりとはひでえなぁ。かわいい顔してるんだから、
声ぐらい聞かせてくれよ、なぁ?」
ロックの右側に座った男は、むき出しのロックの二の腕に手を置きながら、
さらにロックを挑発してくる。
男の酒臭い息と、聞こえてくるテーブルからの嘲笑に、
さすがのロックも右腕の装甲で男の顔に裏拳をたたき込んでやりたい衝動に
かられた。
衝動が行動になりそうだったその時、
聞き覚えのある男の声が店内に響いた。

「うるせぇぞ!!テメェら!」


第4話

一瞬で男達を黙らせた声に、ロックは聞き覚えがあった。
店内はそんなに広くはないというのに、どうして視界に入らなかったのか?
声のした方、カウンターの右端に目を向けると、
そこには見間違うことのない赤目の男がいた。

「ティ・・・!」
「ティーゼルさんよぉ・・・。アンタ今なんつった?」
またしても、ロックが声をかけるよりも早くに
ロックを揶揄してきた男がティーゼルに話しかける。

「聞こえなかったのか?脳にまでアルコールが回ったらしいな。」

ガタタン。
男の口調を気にもとめないティーゼルの言葉に、テーブル席の男達が
一斉に立ち上がった。
ロックの右横に座っている男の顔が赤みを増したのは、酒のせいだけでは
ないようだ。

「前々から思ってたんだよ、アンタはいけ好かんねぇってな。
小っちぇ空賊のカシラやってるぐらいで俺達がびびると・・・。」

ガタン。椅子をはじく音。
ロックがそれを聞いた次の瞬間、ティーゼルの体は椅子から
揶揄してきた男の真横まで移動していた。
男は、まったく反応しなかった。いや、できなかった。
男も、その仲間達も、男の首筋に当たられたナイフを眺めることしか
できなかったのだ。

「俺をどう思おうとそれはお前らの勝手だ。けどな、
俺達を、ボーン一家をそれ以上馬鹿にしやがるなら・・・。」
それ以上の言葉はいらなかった。ティーゼルの右手に握られたナイフが
次の言葉を代弁してくれる。

男の顔が酔いと怒りの赤から、恐怖と後悔の青に変わったのを見計らったように、
マスターがロックに声をかけた。

「ほらよ、ご注文の地鶏の蒸し焼きだ。じっくり味わってくれ。」

第5話

マスターがカウンターのロックに皿を差し出す。
いきなりティーゼルが現れて(ずっと店の中にいたが)男達ともめだし、
ナイフまで飛び出してきて、という状況にとまどっていたロックには、
突然料理を差し出されても、どうするべきか分からなかった。
「冷めないうちに食べな。」
ロックのそんな様子を見ていないかのようにマスターが声をかける。

「ははははは!マスター、あんたも人が悪いなぁ。」
首筋にナイフを突きつけていた男を突き飛ばし、
ティーゼルはロックの右側にどっかと腰をおろす。
一連の動きに着いていけず唖然としていた男達は、
ちっ、と舌打ちすると、店の出口の方へと向かいだした。
瞬間的な動きだったが、ティーゼルの腕を思い知ったのだろう。
去っていく男達も、ロックも、ティーゼルも、マスターも。
誰も一言も喋らず、店はあっと言う間に3人だけになった。

「何かかけようか?」
「ああ・・・久々にムーンリバーが聞きてぇ。」
結局、さっきのことを誰も話すことがないまま。
店にはジャズが流れ初め、ロックの口には地鶏が運ばれていく。
何か言わなきゃ、と思ったロックは、とりあえずお礼ぐらいは
言っておくことにした。

「さっきはありがとう。」
「ん?何いってやがる。礼言われることなんかしてねぇぞ。」
「でも、さっき「うるさい!」って言ってくれただろう?」
「ああ。マジでうるさかったからな、アイツら。」

有無を言わさないように、ティーゼルはブランデーを口に付けた。
そういえば、ティーゼルは何も注文していないのに、ブランデーが
カウンターに出ている。

他にも何か言わなければいけないコトがあるような気がしたが、
ロックは何も言わなかった。
ただ、それがこの街なのかもしれない、と思った。

第6話

食べ終わっても、ロックはなぜか店を離れなかった。
とっくにブランデーを飲み終えたティーゼルも、
コップの氷を見ているのか、ジャズに聞き入っているのか。
椅子から立ち上がろうとはしない。

曲が終わり、マスターが針をはずす。
椅子にかけてあった薄手のジャンパーを取り、ティーゼルが
立ち上がる。
「そろそろ行くか。」
その言葉が自分に対してだと気づいたロックも、緩慢な動きで
立ち上がった。

ロックがマスターに、いくら?と声をかけるが、
「いいんだよ。ツケとけ。」
とティーゼルが制止する。なぜ、というロックの問いに
「また来ることもあるだろ。」
とだけ言うと、ティーゼルはスタスタと出口の方へと歩いていってしまった。
皿洗いをしているマスターも、ツケと言ったティーゼルを止めようとしない。
しばらく躊躇していたロックも、ティーゼルを追って走り出した。

カンカンカン。
一段一段、ゆっくりとティーゼルは通りへの階段を上がり、
ロックもそれに続いた。
けばけばしい色のネオンがちらつき、売り買いをする人々の声が聞こえてくる。
ロックはその色に、声に、不思議な懐かしさを感じていた。
繁華街に来たのはこれが初めてなのに・・・。

狭い階段を出て、ようやく視界が広がった。
前を行く男の背中は以外と広かったから、はっきり見えるのは
男の背中と壁だけだったのだ。
ネオンの光は、はっきりと見るもんじゃないな・・・。
通りの向こうの店を眺めながら、そんなことを考えていたロックの視界に、
キラリ、と光を反射するものの存在が見えた。

「危ない!!」

第7話

ティーゼルはまだ気づいていない。
こちらを狙って、投げナイフが刀身を光らせていることを。
ロックが叫び、とっさにティーゼルの右斜め前に飛び出す。
ティーゼルがロックの叫びに反応するその前に、
4本のナイフがロックをめがけて放たれた。
右腕の装甲を盾にして、自分とティーゼルを守ろうとしたが、
守れる範囲が余りにも狭い。
一本は装甲に弾かれ、一本がロックの頬をかすめて後ろのティーゼルに
襲いかかる。
距離がある分、その一本はティーゼルがはじき飛ばせたが、
残り二本のうち一本はロックのももに、
一本は装甲をかすめはしたものの、勢いを弱めずロックの腹部へ突き刺さった。

「うわあああああ!」
「ロックーーー!」
鋭く走る痛みに耐えきれず、ヒザを折ったロックを
ティーゼルが抱き留める。
脇腹と太股に深々とナイフが突き刺さり、血が染みをつくりだしている。
このままじゃまずい!
瞬時に傷の状態を悟り、処置を施そうとしたティーゼルの耳に、
笑い声が聞こえてきた。

下卑た笑い声。さっき店で騒いでいた男達が、ナイフの飛んできた方向にいる。
ティーゼルの行動は速かった。頭に血が上るその前に、
ジャンパーからトロン特製の衝撃弾を取り出す。
自分たちの身勝手な欲望をはらし、笑っている男の顔めがけて、
寸分違わず衝撃弾を投げつけた。
ドン!鈍い衝撃音と共に、男達が四方に吹っ飛ぶ。
直接ぶつけられた男は上半身がすでに原型をとどめておらず、、
1人は自分達が隠れていた露店の柱に後頭部をぶつけ、脳をぶちまけた。
他の男達も体があり得ない方向に折れ曲がっている。

1人、ティーゼル達の方向へ飛んできた男は、まだ息があった。
倒れているその男の頭をブーツで踏みつぶすと、
ティーゼルはロックを抱えて、酒場への階段を降り始めた。
<

第8話

「マスター!」
乱暴に扉を開け放ったティーゼルの腕には、血だらけのロックが
抱かれている。
その様子を見たマスターは、何も言わずに奧の廊下への扉を開けた。
ティーゼルは奥の廊下に駆け込み、入って3番目の部屋に入った。
古い椅子と机、清潔なシーツがしかれたベッドがあるだけの部屋。
ティーゼルは静かにロックの体をベッドへおろした。
ベルトのナイフを抜き取り、右腕の装甲を外すと、
突き刺さったナイフは引き抜かず、
血の染みついたタンクトップとジーンズを裂け目から引き裂く。

「ひでえな・・・。」
腹部からも太股からも、諾々と血が流れている。
マスターに応急処置のための道具を貸してもらおうと
部屋を出ようとしたティーゼルだったが、
ロックのうめき声に反応してベッドへと顔を向けた。

「こ、ここは・・・?」
「心配すんな。酒場の一室だ。」
「く・・・!!」
自分の体に突き刺さっているナイフを見つけるロック。
その顔は、既に出血のせいで青ざめている。
「痛いか?でも、ガマンしろよ。気を失うんじゃねえ。」
意識を飛ばさないように。痛みと戦いながら。
自分の言葉が残酷なことだとは分かってはいるが、
どうしてもこの少年を死なせたくはなかった。

足早にこちらに向かってくる音がして、部屋の入り口に
目を向けると、そこにはマスターと、彼に連れられてきた医者がいた。
「先生!ずいぶん早かったな。」
「ああ、この店の前で4〜5人の男が吹っ飛ばされたって連絡があってね。
急いで来てみたんだが、全員死んでたよ。
無駄足かと思ったが、アンタがこの店にけが人を連れ込んだって聞いてね。。
その子はまだ生きてるんだろう?」
「ああ、当然だ。」
「なら、私の仕事だな。マスター、アンタも手伝ってくれ。」

第9話

「これで終わりか?」
「ああ、内臓は傷つけてなかったからね。後は静かにしてるといい。」

初老の医者の仕事ぶりに安心し、ティーゼルは息をついた。
寡黙なマスターもさすがに緊張していたらしく、
力を抜いて壁にもたれかかる。
医者が何かティーゼルに話しかけようとしたが、
その前に、スースーという寝息が皆の耳に入ってきた。
「へへ、のんきなもんじゃねえか・・・。」
「麻酔が効いてるんだ。ま、何にしても安心ってことさね。」
ティーゼルの顔も、言葉の印象よりもほころび、
医者も笑いながらロックの顔に手をあてた。

「ティーゼル・・・」
「ん?」
医者の顔は、もう笑ってはいない。真剣に、ティーゼルに話しかける。
「どうせ店の前の連中もお前が殺ったんだろう?」
「・・・ああ。」
「この子が関係してるのかい?」
「察しがいいねぇ・・・。」
「そうか・・・。」

医者は、ロックの顔から手を離すと、道具を片づけ始めた。
「こんな若い子をあんまり巻き込むんじゃないよ?」
「分かってるよ・・・。」
マスターも、医者の道具を片づけるのを手伝うと、
医者と共に部屋を出ていった。店の仕事に戻るのだろう。

地下の部屋には、風の音さえ聞こえてこない。
ただ、静かな寝息だけが響いていた。

第10話

何時間ぐらい眠っていたのだろう。
熱のような痛みを覚えている。
太くて暖かい腕に抱かれていたのを覚えている。
やわらかく、冷たいベッドの上に横たわったのを覚えている。

何もかも覚えていたはずなのに。
目を開けて、始めて飛び込んできた天井の色は見慣れなかった。
不安に襲われて、部屋の中を見渡してみる。

男が、いた。
僕をここまで運んできた男。
彼の腕の温度まで覚えていたはずなのに。
彼が、自分の知っている「空賊」だとは思えなかった。
なぜだろう。
彼が、この部屋で、僕のそばでずっといたからだろうか。
椅子に座って、何かを見ている彼の顔が、泣きそうだったからだろうか。

ふいに、彼の顔がこちらを向く。
ああ、やっぱり。彼は僕の知っている「空賊」だ。


「よう、起きたのか。」

「もう大丈夫そうだな。」

「どうした?何か喋れよ。」

「・・・気分、悪いのか?」

「とりあえず、水でも持ってきてやるよ。」


「待って。」

部屋を出ていこうとした彼の動きが止まる。
「何を見ていたの?」

第11話

いつの間に見られていたのだろう。
俺が「見ていた」ところを。
いつから見られていたのか。
俺が、「この部屋」を見ていたところを。

「お前こそ、人のこと見てるんじゃねぇよ。」
言葉でごまかす。

「・・・ごめん。」

謝るなよ。謝るのは、こっちだろ?
「・・・すまねぇな。かばってくれたんだろう?」

「謝られるようなことしてないよ。きっと。」

「そうか・・・。」


ごまかせただろうか?
いや。ごまかせてなんかない。
俺自身が、喋りたがってる。
この部屋のことを思い出すたびに、誰かに聞いて欲しかった。
今この部屋にこいつが、この「ティグアウター」がいるのは、
きっと偶然だ。
俺がこんな感傷なんかに浸ってるのも・・・。

偶然なら、いいじゃねぇか。
俺の独り言を、こいつが聞いてるだけだ。
感傷に浸る俺を、こいつが見ているだけだ。

「この部屋を、見てたんだよ。」

視線が、こちらに向くのが分かる。
狭い部屋。
俺がこれからする話も、きっとこいつの耳に届くだろう。

「俺は、いつもいつも、この部屋で待ってた。
この部屋を見て、ずっと待ってた・・・。」

Transcribed by ヒットラーの尻尾