「私とカレーと思い出と」
著者:かえるさん

1話

「・・・を持って、この場所に、集まって下さい・・・っと」
「あれ〜何書いてるの?ロック〜♪」
「え?うん、ちょっと手紙を、ね」
「・・・そんなに何通も?」

いつも通りのフラッター号の中。
いつものように朝ごはん作ったロックは、
いつもと違って片づけもそこそこに、
いつもは使わない机の上で、手紙を書いていた。

「誰に宛てて書いてるのさ〜?」
「ひ〜み〜つ〜♪」
普段のロックが見せないような、いじわるで、
心底楽しそうな顔がデータの方を向く。
「!気になる気になる!教えてよ〜ロック〜」
「今はまだダメ。準備中だし、それに・・・」

「ロック〜!!何してんのよ〜!早く片づけすましちゃってよ〜!」

「ロールちゃんも、いるしね・・・。」
「ボクも片づけ手伝うよ、ロック・・・」

2話

「いつまでここにいるつもりなんだ?バレル」
「まぁ、堅いこと言うな。金持ちなんじゃから。」
「昔の話だ。今はこの愛しいポンコツを飛ばすので精一杯だよ。」

大いなる遺産。それを探し出すために、ミュラーはサルファーボトム号を作った。
夢を追いかけ、追いかけてきた途中で手に入れてきたものを処分し、
ようやく作り出した巨大船。
けれど、結局の所、ミュラーの求めるものは手に入らなかったわけで。
夢見がちなじいさん2人と雇われ海兵のたまり場になってしまっている。

「そろそろ、何か対策を考えなければならないかもしれないな。」
「ディグアウトか?昔取ったキネヅカ・・・というわけにいくかのお?」
「さあ?だが、燃料切れでこの船ごと落ちるよりはマシだろう?」

悠長なコトを言っている2人の元へ、海兵の慌ただしい足音が聞こえてくる。
エネルギー切れで、ただの鉄の扉になった自動ドアをこじ開けた海兵は、
入ってくるなりこう言った。

「ミュラー様、ロック様からお手紙が届いております。」

3話

「・・・お兄さま、どうしますの?」
「どうするもこうするも・・・どうするよ、ボン。」
「バ〜〜ブ〜〜」

ボーン一家のデパートが不渡りを出したのが3日前。
路頭に迷った一家にロックからの手紙が届いたのが1日前。
借金取りから逃げるついでにロックの指定した場所に向かっていて、
ゲゼルシャフト号がガス欠になったのが5時間前。

「で、不時着・・・つーか墜落してからどれくらいだっけか?」
「4時間と48分ですわ・・・。」
「最後にカレーを食べてから2週間です〜。」

こんな時にふざけんな、と叫ぼうとしたティーゼルも、
あまりの食生活でスリムになってしまったコブンを見て、叫ぶ気力を失った。

「こんな小ぃ〜さい島で、俺達の空賊人生も終わりかよ・・・しかも餓死で。」

トロンも、兄の悲痛なセリフに反論する気力は既にない。
ただただ呆然と海を見つめていたトロンの視界に、見覚えのある
機影が映る。

「お、お兄さま、アレアレ!あの機体は!」
「ん?ありゃあ!て、天の助けだぜ!」
「あ〜、前にトロン様が潜入した〜、」

「「「サルファーボトム号!」!」!」

4話

「何〜も残ってないぜ。めぼしいものはよ。クケ〜!」
「余計なこと言ってないで探すのよ。鳥ガラになりたくなければね。」

カルバニア島のグライド要塞「跡」。
ロックに完膚無きまでに壊されて、残るのは1ゼニーにもならないガレキばかり。
それでもグライド達は少しでも金になりそうなものを集めなければならなかった。
ゲマインシャフト号の建造に、ああまで金がかかるとは、

「予想してなかったわ・・・。生活苦ってものもね・・・。」
「負けたくはねぇもんだな、クケケッ!」
「お黙りなさい!」

この期に及んでまだ不毛な言い争いをしているグライド達を後目に、
この上なくのんきな3人がやってきていた。

「シュー姉ちゃん、ここなのだー!」
「はいはい、ちょっと待ってね。荷物が重くて・・・。」

5話

「?アンタ達、私の要塞の目の前で何やってるわけ?」
「あ、私をさらったトリ達!帰ってきてたの?」
「きっとヒマなトリ達なのだ〜、あはは〜」
「会話がかみ合ってねえな・・・これだから人間ってやつは・・・クケッ!」

さらった、さらわれたという結構重〜い関係のハズの両者は、
特に何の疑問もなく割とわきあいあいとしていた。
アッポ達に緊張感を求める方が間違ってるのかもしれないけれど。

「手紙が来たのよ。」「来たのだ〜。」
「それじゃ何が何だか分からないぜ。もっと詳しく話してみな。」
「そういうのは私の言うセリフなの。
いい?誰から、いつ、どういう内容の手紙が来て、
ここに来ることになったのか・・・」

言い終わらないうちに、アッポとダーがまくし立てた。
「アハー、ろっくにいちゃんから、」
「エヘー、えとえと、きのうのおひるごはんのときに〜」

「うんうん・・・。なるほどね。つまり、ここにアイツラが・・・。」

6話

グライドが話を飲み込めた時、彼らはもう島に到着しかけていたところだった。
サルファーボトム号が、カルバニア島めがけて着陸しようと・・・、

「着陸しようと、思っていたんだがなあ・・・。」
「この船にも燃料はほとんど残っていないんじゃったの」

相も変わらず悠長なことを言ってのける2人の横で、
ボーン一家は大いに慌てていた。
「せっかくこの船に拾ってもらったっていうのに、また墜落かよー!」
「もうイヤですわ〜、誰かなんとかして〜!」
「最後にもう一度カレーが食べたかったです〜、グスン。」


「アナタの話だと、あの巨大船はここに向かってるのよね?」
「うん。」
グライド達の視線の先には、今まさに自分の要塞跡めがけて突っ込んでくる
船の姿が・・・。
「・・・はっ!!に、逃げないと!あの船につぶされちゃう!」
「遅いのよ!もう避けられる距離じゃないじゃない!」
「死ぬときゃ死ぬもんだぜ・・・クケー・・・。」

あきらめムードが漂う中、サルファーボトム号は無情にも
カルバニア島へと突っ込んでいく・・・。

7話

「・・・なあ、俺達、生きてるよな。」

前よりいっそうガレキと化した要塞跡地で、ティーゼルはつぶやいた。
それに答えられるものはさすがにいないようだ。
ただただ自分達の生命力の強さに感嘆していた。

「今度ばかりは死ぬかと思いましたわ・・・。」
「あれでも死ねないんじゃ、ゴキブリ並だな、クケッ!」
「わしらが若い頃は、こんなもん日常茶飯事じゃったぞ。」
「アハー、それっていつのことなのかな〜。」

どこまでもしぶとい彼らの前に、一台の飛行船が悠々と降りてきた。
フラッター号だ。
「うわ〜、大変なコトになっちゃってるよ、ロック。」
「本当だね。でも、みんなこれぐらいで死ぬ人たちじゃないと思う。」

ロック達のセリフはあまりに他人事であったけれど、
実際生きてる彼らには、返す言葉もなかった。

「で!一体何が目的で俺達をここに呼んだんだよ、ロック!」
やっとの思いで吐き出したティーゼルの言葉に、ロックはこともなげに
言い放った。

「カレーを作ろうと思うんだ。」

8話

「カ、カレー?」
「そんなことでわざわざ私達を・・・。」
「それ、いいですね〜、早速作りましょうよ〜。」
「エヘー、作るのだ〜。」

ロックの言葉に呆然とする人たちも少なくはなかったが、
素直に受け止めたコブンと双子は既にやる気になっていた。
その様子を見て、

「なるほど、それで私達にカレー粉を頼んだわけだね?」
「ミュラーの船にはいろんな粉があったからのう。」

「私達は、ブタ肉を持ってきたの。今お肉になったばかりだから、新鮮よ♪」
「アハー、ちょっと悲しいけど、きっとおいしいのだ〜。」

「く・・・こうなりゃヤケだ!俺達のコメを分けてやるよ!」
「もうお米しか食料が残って無かったんですものね・・・。
後はみ〜んなデパートで売り払っちゃいましたし・・・。」
「久しぶりにカレーが食べられるんだ〜、わ〜い♪」

「・・・私達も参加しましょうか?ちょうど野菜が余ってたところだし。」
「野菜しか余ってないんだろ、しかもサート牧場からくすねてきた
やつがよ、クケッ!」


と、なんだか半分ヤケになってカレー作りへの参加を決めたのだった。
「それじゃあ、みんな、おいしいカレーを作ろう!」
エプロンロックの号令で、楽しい楽しい調理時間が始まった。

9話

「あ、てめっ、そりゃオレらの分だろ!」
「いじきたないわねぇ、それでも空賊なの?」
「空賊でも空腹には耐えきれねぇんだよ!」
「つまらねえダジャレだぜ・・・カレーがまずくなっちまう、クケッ」

「このカレー、実においしいな。後で海兵達にも分けてやろう。」
「ホントにおいしいですよね〜。なんだかおいしすぎて、
涙の味がするような気がします〜」

100人近くの分のカレーをことこと煮込んで3時間。
食べ始めた頃にはすっかり辺りは闇に覆われていた。
押し寄せる波の音も、あまりのにぎやかさでかき消されそうだ。

喧噪から少し離れた場所で、データとロックは
カレーをほおばりながら会話をしていた。
「ねぇ、ロック、何でこんなことしようって思ったの?」
「え?・・・楽しいかなって思ったから、かな。」
「ウソだ〜。それだけでこんなコトしないでしょ〜?」
「やっぱりバレるよね。え〜と、食べ終わってから話すよ。」
「え〜!今今、今がいい〜!」
「そんなに慌てなくてもいいだろう?すぐに食べ終わるよ、あの分じゃ。」
と、ロックはカレー鍋の方を指さした。
すさまじい数の人が、主に40人のコブンが、我先にとカレー鍋に
群がっている。すでに大半のコブンは形相が変わっている。

「あ〜!!早くお代わりにいかなきゃ!なくなっちゃうよ!」
言うが早いか、データはカレーに群がる人の波に突っ込んでいった。

10話

データが行ってしまって、1人になったロックは、静かに
カレーを食べているみんなの方を見ていた。
騒がしい声。楽しさが伝わってくるその中に、おいしそうなカレーの
においが混ざっていて。
カレーを煮る火と、明るすぎる満月の光が、海岸を照らしていた。

あの日、マスターからの最後のお願いを聞いた日。
マスターが生きている喜びをかみしめて、消えていった日。
あの時もこんな風に、夕げの明かりが辺りを照らしていた。

その時の記憶を取り戻した時から、ここでカレーを作るという考えが
生まれていたのかもしれない。
だって、あんまり寂しすぎたから。
マスターが愛した街の風景が今はもうないなんて。
だから、せめて、今だけでも、生きる楽しさでこの場所を
満たしておきたい。
マスターが守りたいと願った、デコイと呼ばれる人たちと共に。

「ねえマスター、見てますか?僕、こんなにおいしいカレーがつくれるように
なったんですよ?」


transcribed by ヒットラーの尻尾