「喜劇のシンデレラ」
作者:かえるさん
11〜21話 / 22〜34話

1話


「は〜、退屈ねえ。」
 キモトマの乾いた暑さの中、グライドは1人つぶやいていた。
 そう、彼は欲求不満だったのだ。

 彼はそのしゃべり方から分かる通り、男色家である。
当然、空賊家業が暇な時には美青年の1人や2人は
はべらかしていたいとは思うのだが。
悲しいかな、現実に彼のそばにいるのはシタッパーという
色気も何もないトリたちなのだった。
 
 トリに囲まれた毎日に嫌気が差し、こうして再建された
キモトマの街でかれこれ2時間も男を物色していたのだが、
残念ながら彼のお眼鏡に叶う程の男は一向に現れない。

「いい男ってのは、そうそう見つかるもんじゃないわねえ。
・・・ん?あれは?」

 つぶやきながら何気なく向けた視線の先にいたのは、
何度か仕事の邪魔をしてくれたロックという青い少年だった。
といっても、今日は青くない。アーマーをはずしていたのだ。
どうやらただの買い物に来ているらしく、別の服を身につけていた。
彼の現在の服装は
            エプロンだった。

 その服装に気づいた途端、グライドの目から退屈の色が消えた。
一気に妖しい光を発する肉食獣の目へと変貌する。
口元が欲望と歓喜で、にやけそうになるのを抑えつつ、
彼はロックの元へと近づいていった。

2話

「ふ〜、後、何買うんだったっけ?」
 エプロンに身を包み買い物をしていたロックのつぶやきは、
明るいキモトマの商店街には似合わないほど暗く沈んでいた。
 
 フラッター号の台所を取り仕切っているのは彼である。
エプロン姿が板についていることから分かる通り、
結構料理がうまいのだ。
そんな彼を悩ませているのは、最近転がり込んできた2人の
食客である。

 セラとユーナの2人は、本来は食事という形をとらなくても
エネルギーには困らないらしい。しかし、なぜか食べる。
しかも、ユーナに至っては底なしの大食らいなのだ。
自分の作った料理をおいしいといって食べてくれるのは嬉しい。
最大の問題は食費。そして食費を管理するロールである。

 ロールは2人のただ飯食らいが転がり込んできたのに、
「もったいない!」といって追加の食費を出してくれない。
食費が足りないと、やむなく安い食材を使うコトになるのだが、
料理の味が少しでも落ちると、ロールは「まずい!」といって
テーブルをひっくり返すのである。
 しかも、バレルじじいは最近血糖値が上がり気味で、
そのことを考えた献立にしなければならない。

「あ〜あ、これじゃまた僕の分の食事はないや・・・」

自分の分の食費を浮かすことで、何とか食材は得られたが、
やはり夕食抜きという事実はロックに重くのしかかる。

 失意のロックは、自分に近づいてくる影に気づいていなかった。
グライドという災いの影に・・・。

3話

「ねえ、そこのエプロン姿の君。」
「え?あ、はい。何でしょう?」

何の躊躇もなく話しかけてくるグライドに、
何ら警戒を示さないロック。
それもそのはず、ロックはグライドの姿を知らなかったのだ。

「暗い顔しちゃってどうしたの?」
「あ、その、食費が足りなくって・・・。」
いきなり話しかけられたためか、ついついロックは初対面の
グライドに食費のコトを口走ってしまった。

「へえ、それは大変ねえ。あ、そうだ。私いい仕事知ってるんだけど、やってみない?」
「えっ?どんな仕事ですか?」
「なーに、簡単な仕事よ。一回5000ゼニーの。」
「5、5000ゼニー!?」
わらにもすがりたいロックだったが、「簡単な仕事」で
5000ゼニーというのはいくら何でも怪しすぎた。
グライドも、言ってしまってから気づいたようだ。

「あ、あの・・・やっぱりいいです・・・。」
「ああん、そんなこと言わないで、ね?」
「いや、本当にいいですから・・・」

ロックが立ち去ろうとするのを、グライドが腕を引っ張って止める。
そんな不毛な言い争いが10分ほど続いた時、

(ええい!こうなったら無理矢理でもかまわないわ!)

と、グライドは催眠スプレーを取り出すのだった。

4話

「まったく、どうしたらいいのかしら・・・。」
 ロックやグライドと同じくキモトマの街に来ていたトロンは、
ため息混じりにつぶやいた。

 ゲゼルシャフト号の名料理長、21号が寝込んでから早一週間。
トロンの特製カレー「終末戦争味カレー」を味見した21号は、
未だ回復の兆しを見せない。
 21号のカレーを食べられないコブン達は、
この一週間でめっきり作業効率が落ちていた。
かくいうトロンたち3兄弟も、そろそろコンビニ弁当に
飽きてきたところだった。やはり手料理が食べたい。

「どっかの腕のいいシェフでもさらっちゃおうかしら〜。
あれ?ロックと・・・グライドォ!?」

 意外な2人と出くわしたトロンは咄嗟に物陰に身を隠した。
どうやら2人は何か言い争っているらしい。
ロックが気づいているのかどうかは分からないが、
グライドの目は妖しいまでに光っている・・・。

「一体何やってんのかしら?」

と、不思議そうに2人を眺めていると、突然グライドが
スプレーのようなモノを取り出し、ロックに吹き付けた。
昏倒したロックを、グライドは軽々と肩に担ぎ
悠然とその場を立ち去っていった。

 あまりに突然の出来事に呆然とするトロンと街の人々。
「・・・は!ぼーっとしてる場合じゃないわ!あの変態男を追いかけないと!」

トロンは早足でグライドを追った。

5話

(うう・・・?あれ!?ここはどこだ!)
 目を覚ましたロックは、自分が見慣れない場所にいることに驚いた。
特徴のある白い壁から、そこが一応キモトマであることは分かる。
それより何より驚いたのは、

自分が両手両足を縛られ、猿ぐつわをされているコトだった。
しかも、ベッドの上に寝かされている。

「や〜っと目を覚ましたのね。スプレーが効きすぎたのかしら?」
(!!この男は!)
 まだ意識が朦朧としていたロックだったが、「スプレー」という
言葉から、自分が何をされたのかを思い出した。

「んんん、んーんんん!」(僕をどうする気だ!)
「あら、怖がらなくてもいいのよ?」

 そう言ったグライドの上半身には、既に何も身につけられていない。
その姿から、自分がこれから何をされるのかをロックは悟った。
その瞬間、全身に恐怖が走る。

「大丈夫よ、優しくしてあげるからぁ」
(!!助けて誰か〜!データァー!!)
こんな時に助けを求める相手がサルしかいないというのは
悲しいが、今ロックはそんなコトに気をはらえる状態ではなかった。

相手は、自分の貞操を奪おうとベッドに近づいてくる。

ただの買い物だと思い、バスターをはずしているほど
油断していたのを今更ながらに激しく後悔する。

そんなロックの後悔など気にも止めず、
グライドの手はロックの下半身に伸びようとしていた・・・。

6話

「いやだーー!!誰か助けてーー!!」
両手両足を縛られながらもなお抵抗するロック。
(彼がこれからされることを考えれば当然だが)
「大丈夫よ?私プロだから。痛くなんてしないわよ?」
「もっといやーーー!!」
グライドの一言はロックの恐怖心を和らげるどころかさらに煽っている。
顔がにやけているところを見ると、わざと煽っているようだ。
「もう、わがままなコねえ。でもそういうのもいいわあ。最近物足りなかったところだし」
そのあまりの変態がかった一言にロックが意識を手放しそうになったその時、

「そこまでよ!サドホモ男!」
これ以上ない罵倒の言葉と共にドアを蹴破って入ってきたのは、
先ほどから2人をつけていたトロンだった。
「トロンちゃん!?どうしてここに・・・そ、それどころじゃなかった。助けてーー!!」
相手が空賊だということもこの際どうでもいいことらしい。
「・・・!小娘!アンタほんといい所で邪魔しに来るわねえ?」
これからロックをおいしくいただこうとしていたグライドの目は、
正にハンターそのものといった感じでトロンを睨み付ける。
「あんたみたいな変態、生かしてても世の中のためにはならないわ。今度こそ息の根とめてやるんだから!」
「それはこっちのセリフでしょ。巨人事件での恨みもあるし、そろそろ始末しておきましょうか?」
どっちも既に戦闘態勢に入りそうな雰囲気だ。
会話を聞いていたロックは今がチャンスばかりに、
シャクトリムシ運動で必死に逃げようとしている。
「ちょっと待っててね。続きはあの小娘を葬り去った後でね?」
「・・・・・!!!トロンちゃん、がんばってーー!!」
逃げられないと分かったロックにできることは、もはやトロンを応援することだけだ。

「武器は使わないわ。肉弾戦で決着つけましょう。」
「いい度胸ね、小娘。私は頭脳労働だけじゃないのよ?」
「こっちだってボーン一家の底力ってものを見せて殺るんだから!覚悟しなさいよ、変態!!」

かくして、キモトマの街の一角で、割と地獄のような戦いが始まった。

7話

「ボーンブロウ!グスタフショット!お仕置きビンタァァァァ!!」
「エレガントラッシュ!ビューティフォーキック!アルティメットスマァァァッシュ!」戦闘開始から既に10分。
数々の技の猛襲とその叫び声、そして技を食らいつつも倒れずに戦い続けている
2人のスタミナは恐ろしいの一言だった。
最初はトロンを応援していたロックも、もう言葉が出ない。
一刻も早くこの空間から逃げ出したい・・・。
ロックは先ほどの倍速のシャクトリムシ運動で蹴り破られたドアの方へと向かう。

「あ、待ちなさい!!」
グライドに発見された恐怖で動きが止まるロック。
しかし同時にグライドの方にも大きなスキが生じていた。
「そこよ!スカイ・ボーン・ニー!!」
トロン必殺の膝が、グライドの後頭部に直撃した。
「いやあああああああああ!」

床に崩れ落ちるグライド。その顔は悔しさでゆがんでいる。
逆に、うれしさに顔がほころぶロック。助かった。助かったのだ、あの変態から。
「ありがとう、トロンちゃん!おかげで助かったよ!」
素直にお礼を言うロック。
彼は気づいていなかった。トロンの顔が、ロックをいただこうとしていた時の
グライドの様な笑いを浮かべていたことに・・・。
「な〜に、大したことじゃないわ。あの変態とは決着をつけたかったし。
でも・・・助けてあげたお礼はもらわなくちゃいけないわよねえ?」
「え?お礼って・・・何で払えば・・・!!うわっっ!」
叫び声と共に、ロックも床に崩れ落ちる。
トロンの手には、しっかりとグライドの使っていた催眠スプレーが握られている。
スプレーで意識を失ったロックに、トロンはつぶやいた。

「カラダで支払ってもらうに決まってるじゃない?」

8話

カレー粉のにおいが鼻を付く。たまねぎの臭いもしてきた。
ここはどうやらキッチンらしい。キッチンで眠ってしまったのだろうか?
カレーを作ろうとしていた記憶はないけれど。
とりあえず目を開けなきゃ・・・。

目を開けたロックの視界に飛び込んできたのは、
見慣れたフラッター号のキッチンではなく、まったく知らないキッチンだった。
キッチンというよりは、食堂の調理室、といった感じだ。
自分はどうやら配膳台の上で寝ていたらしい。

「ここ、どこだろ?えーと、僕はキモトマに買い物に出て、八百屋さんで買い物をした後、知らない男の人に声をかけられて・・・!!」
ロックが先ほどまでの記憶を取り戻した時、誰かが食堂に入ってきた。
「やっぱりエプロン姿が似合うわね〜。調理室にピッタリじゃない。」
「ト、トロンちゃん!スプレーなんかで僕を眠らせてどうする気!?
そ、その前にここはどこなんだ?」
自分の置かれた状況を飲み込めていないロック。当然といえば当然だ。
彼はキモトマの倉庫からここまで眠りっぱなしだったのだから。
「落ち着いて落ち着いて。はい、深呼吸。・・・いい?ここはゲゼルシャフト号。
私達ボーン一家の母船よ。あなたを連れてきたのは・・・。」

そこまで喋ったところで、かわいい幼い声がそれをさえぎった。
「あー!青い人だー!トロン様、臨時料理長って青い人のことだったんですかぁ?」
「り、臨時料理長?僕が?トロンちゃん、いったいどういう・・・。」
ロックの疑問に答えることなくトロンは26号に答えた。
「こらこら。青い人じゃないでしょ?このコは42号よ」
「はーい、トロン様」

「ちょ、42号って、料理長って・・・。」
「ああ、今ちょっと料理長の21号が寝込んじゃってね。あなたに代わりをやってほしいの。」
「なんで僕が!?」
「あなたさっきありがとう、って言ってたわよね?お礼もしてくれないワケ?」
「え、だからって・・・。」
「26号はそそっかしいから、色々教えてあげてね。じゃ!」
「ちょっと待って!僕はまだ・・・」

しぶっているロックに26号はさらりと言った。
「よろしくね!42号!」

9話

「料理ちょー!カレーの準備まだ?」
「もうそろそろできたかな?味見して、26号」
「後少しでお腹すかせてみんなが帰ってくるよー!」
「そだね。Cセットも早く準備しなきゃ。」
26号と42号・・・もといロックは急いで食事の準備をしていた。
そろそろ仕事を終えたコブンや3兄弟が戻ってくる。
お腹がペコペコになってるだろうから、きっとみんながっついちゃうだろうな。
みんなが必死になって自分の料理を食べているところを想像して、
なんだかロックはちょっとおかしくなった。
「あーお腹空いたァ!Bセット!」
「わ!もう帰ってきちゃった。早く早く!料理長。」
「はいはい、すぐ配るね」

5分と経たないうちに、食堂は腹ペコのコブンたちで埋め尽くされた。
おいしいという言葉がいらない程に、コブン達は笑顔で料理にむしゃぶりついている。
それは3兄弟も同じのようだ。戦況報告などそっちのけで食べている。
調理室で余ったうどんをすすりながら、ロックは満足した表情でそれを眺めている。

今まで自分の作った料理が正当に評価された事があっただろうか?
いや、こんなにもおいしそうに自分の料理を食べてもらった事があるだろうか?
ジジイとわがまま娘に文句を言われながら一生懸命料理を作る日々。
まずいだとか少ないだとか食費がかかりすぎるだとか、思い出すのは
嫌な言葉ばかりだ。

ここではそんな言葉は聞いたことがない。料理を出すのが遅くなると
腹ペコのコブンたちに怒られるけど、それ以外で文句を言われることはあまりない。
コブンは良く失敗してトロンに怒られてるけど、ロールの元で料理の腕を
(無理矢理)鍛えさせられたロックには、調理でのミスもほとんどないのだ。

これもいいんじゃないか?相手は空賊とはいえ、結構気がいい。
今更あのフラッター号の生活に戻ることを考えても・・・頭痛がするだけだ。
ここで働き続けるというのも、悪い選択肢ではないような気がする。

「おーい!42号、一緒に食べようよ〜!」
「そうだぜ。おめぇもこっちこいよ。」「バブー!」
「みんなで食べましょ!42号。」


transcribed by ヒットラーの尻尾