「ロックマンX5 第2章 第一次作戦開始 後編」
著者:H.Mさん

V.S.タイダル・マッコイーン@

アメリカ合衆国・メキシコ湾──── かつて、多くの生物で賑わったこの海も、過去の幾度にも渡る大戦の影響を受け、 もはや見る影もない死の海と化してしまった───完全にではないが、 そう言っても差し支えはない。 太古の昔から体を進化させずに生きてきた海のギャング、サメ類でさえも今や 希少動物と成り下がり、その頭数が毎年減り続けている。 とはいえ、全く生き物がいない訳ではない。だから、そうした希少動物を狙う密猟者も 後を絶たないはずがなかった。 通常、こういった密猟者はレプリシーフォース(レプリフォース海軍)が取締りを 行っているはずだが────このメキシコ湾だけは例外だった。 何せ、この海には彼らなど必要としない守護神が存在していたからだ。 タイダル・マッコイーン───州立メキシコ湾海底博物館の館長であり、 何よりこの海を人一倍愛する男。さすがに彼だけではこの海を守るには広すぎるので、 大半はメカニロイド潜水艦「デスエベンジ」がその任に就いている。 密猟者の逮捕や海の監視以外にも、海洋生物の生態系のデータ収集なども目的の一つだ。 もっとも、滅びゆくこの海にとって、その行為は無意味に等しかったが。 だが、守護神であるマッコイーン自身は海の復興を諦めようとはしなかった。 その強い思いが逆に他人にとっては迷惑以外の何物でもないと受け取られ、 レプリシーフォースや地元漁民とはイザコザが絶えることはなかったらしい。 まあ、要するに───そういったレプリロイドであった。 だが、数日前の買Eィルスの拡散の被害が、無論この海にのみ及んでいないはずが なかった。既にデスエベンジは乗組員を乗せたまま暴走し、この海への侵入者を 無差別に破壊する──ただのイレギュラーと成り下がっていた。 終わりである────守護神が破壊神に凶変してしまったこの海に、 希望の未来など微塵もあったものではない。 ならば、ひと思いにその命の灯火を消してやることが、 せめてもの供養であろう──ゼロはそう考えていた。 彼に与えられた任務はただ一つ。この海に蔓延る(はびこる)全イレギュラーの排除。

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エニグマの発射時に燃料となる大量の水素を最も手近に入手できるのは、この海である。 近いだけなら五大湖でもいいが、何しろ絶対的な水素の量が足りない。 やはり海が一番適しているのだが、その辺の海からだと急激な水質の変化に耐えられず 大量の生物が死滅してしまう可能性が高いのだ。 という訳で、生物が最も少なく滅びかけているこのメキシコ湾を、 いわゆる『生け贄』にするのがハンター本部の意図なのだが───当然、守護神は この海が滅びるのを黙ってみていることなどできないだろう。 デスエベンジの暴走はむしろ彼にとって好都合だったかもしれない。 勝手にこの海を守っていてくれるのだから。 (じゃあ・・・・奴が直接出て来ないのはどうしてだ?かつてないこの海の  危機だというのに・・・・) ゼロにはただ、それだけが気がかりだった。 レプリシーフォースと言い争うことができる肝の太い精神の持ち主である マッコイーンが、今回の沙汰で自らが直々に海の防衛に当たらないはずがないのだ。 (こちらから会って確かめるしかないか・・・・) 覚悟を決めて────ゼロはゼットセイバーを横薙ぎに一閃した。 薙ぎ払われた装甲が剥がれていずこかの海中へと漂流していく。 瞬間、自分の後方に溜まっていた空気が無数の気泡となって前へと押し出される。 その流れに乗るようにして、ゼロとその後ろに続く救助したデスエベンジの乗組員が、 デスエベンジの外──海中へと脱出した。 彼らの目の前にあるのは、蒼く澄み切った海ではない。過去の大戦及び人類の 度重なる環境汚染によって汚された、心持ち淀んだ海である。 濁って煤けた黒───とでも言えば良いだろうか。 とにかくそんなあまり心地の良くない海の水をかき分けながら、 「急げ!こっちだ!」 海中用ではないため水圧に苦しんでいる乗組員達を力の限り叫んで、ゼロは誘導する。 もがいている彼らが声を耳にすると、必死の思いで指示された方向へと逃れて行った。 ひとしきり見終えてから、ゼロは先程まで自分達が乗り込んでいた 潜水艦──デスエベンジへと向き直った。 「おっと。お前の相手はあいつらじゃない。この俺だ」 チャキ、と剣先をデスエベンジの眉間らしき部分に突きつける。 続けてゼロは不敵な笑みを浮かべて言い放つ。 「さあ、マッコイーンの意図を洗いざらい喋ってもらおうか!!」 威勢の良い掛け声と共に彼は前転しつつサーベルで円を形作って、目の前の メカニロイド潜水艦へと突撃して行った。 「三日月ざぁぁあああああああんっ!」

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海底博物館の外で──自分の庭と言っても過言ではないメキシコ湾で鈍く無駄なまでに 大きな音と振動が響いたのを体で感じて、彼、タイダル・マッコイーンは私室で 耐水ガラスの窓の向こうを見やった。海の底であるせいか、光はあまり届かず、 何もかもがぼんやりとしてしか見えない。 だが、さっきの音と振動の原因ははっきりとまでに分かった。10数メートル先に、 不気味に輝くデスエベンジの瞳が見えたからである。どうやら破壊されているらしく、 墜落した位置から微動だにせず、明滅を繰り返すアイカメラが 命がもはや風前の灯火であることを示していた。 しかし、彼は微塵も動揺してはいなかった。もはや、そんな気力も 残っていなかったからだ。それは彼が買Eィルスに冒されていたからではない。 ただ一つの迷いが彼を支配していたからである。 「守護神・・・・か。ワシに果たして、そんな資格があるのか・・・・・?」 自問する。守護神と言うのは、いわゆるあだ名と言う奴である。 この海を愛し、慈しんで来た彼にとって、密猟者の捕縛や生態系のと言うのは 義務同然だった。それが返って他者からは横暴と受け取られ、いつの間にやら 嫌味の意味を含めた形で『守護神』などと 言われていったのだ。彼にとって、この名前は名誉ではなく、むしろ迷惑でしか なかったのだが──その守護神たる理由とは正反対の行動を取って見れば──意図的に そうした訳ではないが──、自ずと後悔の念は積もるものである。 後悔と言うのは説明するまでもなく、買Eィルスの大拡散によってデスエベンジの 暴走を引き起こしてしまったことである。 全ては自分の管理責任の無さが、このような事態を勃発させる引き金となったのである。 その本来の目的を見失ったデスエベンジは、今や密猟者に対する海の「牙」として ではなく、ただの無差別破壊マシーンと化してしまった。これでは今まで相手に してきたレプリフォース、地元漁民、いやそれ以上に、この海に住む全生命に 申し訳が立たない。 「おお・・・海よ・・・このワシの犯した罪を許してくれ・・・」 今にも泣き崩れそうな表情でマッコイーンは悔やんだ。己の、その罪を。 と──── 「許すも、許さないもない。進むべき道を決めるのは、お前自身だ」 まるで全てを悟ったかのような声が響くと同時、私室のドアがXの字に切り裂かれ、 蹴り倒された。そこから進み出てくるのは紛れもなく、かつての友──ゼロの その姿だった。

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「ゼロ・・・何故ここに?」 きょとんとした表情で、マッコイーンが聞き返す。対してゼロは、 聞くまでもないだろうが、という不満の溜まった目つきを向け、への字に曲げた口を 開ける。 「お前がどういうつもりなのかを知りたかっただけだ。デスエベンジを放り出して、  お前は何をしてるのか・・・・それを、知りたかったんだよ」 そう言うゼロの瞳の色は疑問のそれとは異なっていた。 もっと邪な感情──言うなれば、侮蔑と言ったところだろうか。 不機嫌さを丸出しにしたまま、彼はマッコイーンの元へとつかつか歩み寄る。 ゼロは勢いに任せて左手を振り上げると、そのままマッコイーンの胸倉を掴み上げた。 「分からないんだよ・・・お前の考えてることが!一体何なんだよ、この行為は・・・  デスエベンジを暴走させてこの海を守ろうと思ったのか?それともこの海を守れる  自信が失せたのか?何でこんな所に引きこもって何もしてないんだよ、お前は!!」 今までの鬱憤を晴らすが如く、ゼロは怒鳴りつけた。無論苛立ちの原因は マッコイーンの矛盾した行動にある。普段は冷静なゼロが、この時ばかりは我を失って 怒りに身を任せている──この男にもそんな感情的な一面があるのか、と マッコイーンは軽い驚愕を覚えていた。 「お前はそんな優柔不断な男だったのかよ、ええ!?以前俺に言ったよな・・・  男気(おとこぎ)を示してみろ、とな!!その頃のお前はどこに行ったんだよ・・・・  これじゃ俺が腑抜けに励まされた  情けない奴みたいじゃないか・・・」 ゼロの左手が震える。怒りによってではない──悲しみ、哀れみ、 そういった気持ちからである。 ゼロが相手を気遣うなんて、まるで雨でも降りそうだ──そんな愚にもつかない考えを 巡らせ、マッコイーンはただただ感銘を受けて硬直していることしかできなかった。 ゼロの発言の中にあった『男気』──男性の気迫や決断力の強さを示す言葉である。 時代錯誤の格言臭い言葉ではあったが──海の男であるマッコイーンは、 その根性からか、そんな古めかしい言葉が好きだった。 以前、着々と成功を収めるエックスに対して、昔と何も変わっちゃいない自分に 劣等感を覚えたと、ゼロが相談しに来た時があった。 その時に、マッコイーンはこう喋ったのである。 「お前の男気を皆に示してみろ──それだけで、お前の悩みは消え去る」 後にマッコイーンは、美青年であるお前には似つかない言葉だったかな、とだけ 訂正した。その時は「ムサ苦しそうな言葉だな」と思いつつも、ゼロはその 男気とやらを実行に移してみた。 すると、どうだ──皆の自分を見る目が驚くほどに変化したではないか。 心なしか、自分の実力も多少上がったような気がする。挙句には『鬼神』と 呼ばれるまでに自分の功績は向上していた。 特にエックスに至っては、 「今までの君は生きる希望を無くした抜け殻みたいだったけど・・・・今は違う。  瞳が生き生きしているよ」 とまでに。密かにゼロはこの瞬間に喜びを覚えていた。

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ゼロにとって、マッコイーンは人生の恩師以外の何者でもなかったのだ。 その人物が絶望に打ちひしがれていれば、何とかして前の生命力溢れた人物へ戻して あげたいと、ゼロはそう誓っていた。 不器用な男だが、ゼロにとってはこれが精一杯の激励なのである。 ようやくゼロの励ましに気づくと、マッコイーンの眼に希望の光が 灯り始めたようだった。 「・・・・人間、立ち直りと言うのは、  些細なことがきっかけになるモンじゃなあ・・・・」 「・・・?」 マッコイーンの焦点の合っていなかった瞳が再び交わる先には───ゼロの双眸が あった。真摯な眼差しで見つめられ、今度はゼロがきょとんとしてしまったようだった。 すぐに状況を察したゼロは、 「・・・そうだな。俺の時もそうだった」 「男気・・・か。我ながら、良い言葉じゃな・・・・」 「ああ・・・俺達の男気に乾杯、ってところか・・・」 二人で苦笑する。いつの間にか胸を掴んでいた手を外して、 ゼロは大笑いを起こす───直前で、マッコイーンの声がそれを遮った。 「────だが、お互いに譲れないものがある。だから、ワシらは戦わねば  ならんのじゃろう?」 はっと、ゼロは瞬間的に飛び退いていた。マッコイーンの体が突如殺気を 帯びたものに急変したからである。 だが、全身から確かに殺気を放ちつつも、マッコイーンの口調は子供を諭すような ものから変化してはいなかった。そして、その一種異様な雰囲気に、 ゼロも共感を覚えつつある。 「・・・ああ、そうだ。俺はアイリスとカーネルのようなレプリロイドを生み出さない  世界を造るために戦っている。そのためには───」 今までの好意的な表情を、一気にイレギュラーハンターとしての殺気に変える。 「──例え何を犠牲にしてでもやらねばならない。何かを成すには、何らかの  犠牲が付き物だからな・・・・」 最後の発言は言い訳に近かったが、事実ではあった。 奇麗事だけでは世の中は成り立ってはいかないのだから。 双方、心意気は十分。後は、引き金を引くだけだった。 「だが、本当にいいのか、マッコイーン・・・俺は、お前がこの海を守ることを  潔く諦めようと、文句は言わん。侮蔑も、侮辱もしない。それもまた、  男気の形の1つだと思って受け入れるつもりだ。  それでも、お前は戦うのか・・・・?」 今更何を、と思わせることを、口惜しげにゼロは喋った。 が、マッコイーンの返事はただ1つだけだった。 「何度も言わせるな・・・・ワシは、この海を何としてでも守る。お前さん同様、  どんな犠牲もいとわない・・・・・じゃが、心配するな。お前がワシを殺しても、  ワシはお前を恨んだりはしない・・・誰の中にも、譲れない『正義』が  あるのじゃから・・・・・」 表面上は穏やかなもので、その実深い意味を持たせた話を話す──マッコイーンの、 昔からの特徴だった。それに改めて驚きつつ、ゼロは右手を硬く握って、 拳全体を発光させた。 「・・・その意気や良し。それなら、俺もお前に最大の敬意を払って、  全力で相手をしよう・・・」 そして、その握り拳を床へと叩きつける! 「滅閃光ォォォォォッ!!」 刹那、爆裂四散する部屋の中を、爆発的に増殖した気泡が包み込んでいた。

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泡の霧がようやく晴れると、ゼロの周りには誰も存在していなかった──ぱっと見だが。 (奴は元々戦闘用ではない・・・・水中用ではあるが、俺より総合的な実力は下だ。 となると、奴は場の状態を最大限に利用して攻撃してくるはずだ。だが、  俺は奴の攻撃方法も、その回避方法も、何も知らない。  ここは一つ、相手の術中にハマってみるか・・・・・) 戦法を決め込むと、ゼロはゼットセイバーの刃を再び生やした。 通常、ビームサーベルと言うものは肉眼で見えることはない。だが陸上では空気中に 数え切れないほどの塵・ホコリが充満しているので、それがビーム部分について 燃焼することによって、初めて肉眼視できるようになるのだ。 ビームの色がそれぞれ違うのは、ビームの波長の違いによるものらしい。 しかし、ここは海中。塵・ホコリは皆無に等しい。その代わり、瞬間的にビームの 高温によって蒸発する水が泡となり、それがビームサーベルを包むので、 海中でもかろうじて見えるようになるのだ。 そのぼんやり可視できる光の刃を握り締めて、ゼロは覚悟を決めた目つきで 辺りを見回した。やはり攻撃の気配はない。まさか、あの爆発に紛れて 逃げたんじゃないだろうな、と邪推していると────背中に何かの圧力を感じた。 気付いて振り向くと、そこにはこちらへと真っ直ぐ向かう、無数の立方体の氷塊が 迫っていた。さっき背中に感じた圧力とは、この氷塊によって押し出された 水だったのだ。 「く・・・舐めるな!」 ゼットセイバーでその群れを必死に斬り刻み、自分への衝突を何としてでも防ぐ。 ただの氷の塊とは言え、これだけのスピードで、しかもこれだけの数でまともに 喰らうと、さすがに無事でいられる保障はなかった。 面倒臭くなったゼロは三日月斬を放ち、残りの氷塊をまとめて斬り飛ばした。 着地して再び周辺を見渡す。が、依然として姿は見えない。 「いずこかに逃げたか・・・・」 ぽつりと呟く。と、彼は自分の足に、何かヒンヤリとするものがこびり付く 感触を感じた。目をそちらへ向けると──── 「・・・・凍結されている!?」 いつの間に、といった驚きを顔色に示す。 彼の両足は、凍てついた氷によって固められ、移動することが不可能となっていた。 一つ分かったことは、ついさっき凍結されたばかりだということだ。 冷感を刺激されたのが、数秒前だからだ。 落ちてきたり飛んできたならすぐに察知できるはずだが、そうでないとなると、 地面を滑走してきたとしか考えられない。 「こんなもの・・・・」 左手をゼットバスターにチェンジし、氷を破壊しようと──する直前、彼の背中に 何かがぶち当たった。 「ぐおっ!!」 背の皮を削り取られるような激痛に、彼は悲鳴をあげた。 同時に衝撃で足元を固めていた氷が砕け、彼は今立っていた場所から放り出される。 うつ伏せに倒れた状態から首だけを起こして、状況を確認する。 向こうに、濁った水の中に消えていく影が見えた。 「あの野郎・・・横回転体当たり攻撃か。味な真似を・・・・」 削り取られる感触と言うのは、そういったことだったのだ。 「だが、これでもう・・・読めた」 確信して、軋みをあげる体を無理矢理立たせると、彼は再々度、周りの様子を観察する。 やはり、海底であるせいと汚水で何も見つけることはできなかったが。

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(海の闇に紛れて・・・か。しかし・・・・そんなもので、俺の目は眩ません!) すぐそこまで迫っていた気配を、彼は瞬時に察した。 バスターを背後に向け、あらぬ方向へとショットを発射する。 バン、と着弾した場所には、先程自分が凍結された 攻撃手段───「ジェルシェイバー」があった。一瞬でショットに溶解されると、 ジェルシェイバーは海の藻屑と消えていった。 (そして、フェイントに気を取られた俺に、背後から攻撃を加えようとする者がいる) 何となく──本当に感覚的なものだった──後ろに自分を狙う冷たい視線を感知し、 彼は跳ね返るように振り返った。 案の定向こうから猛スピードで、何十個もの氷塊が急迫してきた。 (それに逆襲するのが、俺の狙いだ!!) 体を縦に回転させ、サーベルで弧を形作る。 そして、そのまま前進を始め──── 「三日月・・・ざぁあああああんっ!!」 まるでモーターのように、急速に回転速度を増して突撃していく。 こちらを狙う氷が肉迫する瞬間、それは千切りにされ、海中に消滅していった。 やがて全ての氷を切断した時、十数メートル先に見覚えのある姿が目に入った。 大口を開けて氷を発射していた、タイダル・マッコイーンである。 こちらの姿を目にすると、血相を変えて逃げ出そうとしたようだった。 が、時既に遅し。ゼロはもうマッコイーンが全力をかけて泳いでも逃げ切れない速度に まで達していたのだった。 「おおぉおぉおぉおお・・・・」 マッコイーンの眼前まで来ると、突然回転を止め、ゼロは一旦セイバーを収納する。 そして────背中の鞘の中で充電し切った光波剣を引き抜き、 一思いにマッコイーンの口蓋を貫通した。 「ごぼっ!!がぼっ・・・・」 マッコイーンの喉の奥から、生々しいオイルがこぼれ出る。 濁水を更に濁らせ、ゼロの装甲を黒々と染めた。 さらに、ゼロの攻撃はこれでは終わらない。もっともっと、とどめを刺すまで─── 「雷神撃ィィィィッ!!」 「ぐああああああああ・・・・・」 飛び跳ねるように痙攣するマッコイーン。強烈な痺れが、数秒間続いた。 だがそれでも、マッコイーンの男気とやらは潰える様相を見せない。 その瞳には、未だくすぶる魂の炎が─── 「・・・・くっ!!許せ、マッコイーン・・・・」 その形相に畏怖と申し訳なさを痛感して、ゼロは顔を歪ませる。 そして今度こそ、終わらせてみせると決心した。 「────電刃ッ!!」 雷神撃の体勢から、一気に薙ぎ上げる。マッコイーンの頭部は寸断され、 爆発を生じた。決着がついた、その瞬間だった。 もはやマッコイーンは喋らない、怒らない、笑わない、男気を見せたりはしない─── 名残惜しさを噛み締めて、ゼロはサーベルを背中に差し込んだ。 「さらばだ、マッコイーン・・・・ありがとう、そして・・・  さようなら。永遠に・・・・・」 悔しそうなゼロの言葉とは裏腹に、マッコイーンの死に顔は、 さっきの闘志に満ちた瞳とは打って変わって、穏やかなものだった。 ゼロは深海へと沈んでいくマッコイーンの亡骸を、もうその体があげる黒煙が 見えなくなるまで、ずっとずっと、見守り続けていた。 第一次作戦開始から5日を経て、ついにゼロも、イレギュラーハンター本部へと 帰還する。エニグマ作戦実行まで、時間はあまり残されていなかった。 そして、狽フ命を受けたあの傭兵がやって来る日も、もう間もなくのことだった。

エニグマ発射数分前

第一次作戦開始からまる一週間───ついに、エニグマ発射実行の日がやってきた。 その日、イレギュラーハンター本部基地はいついかなる時よりも緊迫した雰囲気に 包まれていた。基地外はあらん限りの生き残りの部隊が動員され、各々が持てる限りの 武器を装備し、可能な限りオペレーターと通信士がそれらを全面サポートする。 気分はもう第1種戦闘態勢──いや、気分などではなく、事実そうなのだが。 とりあえずはまあ──そういった厳戒態勢が敷かれていた。 無論エックスやゼロもその例外ではなく、彼等は最も重要なエニグマの 格納庫ブロックの警備を任されていた。 何をそんなに警戒しているのかと言えば、あの忘れもしない、人を食ったような口調の 男──ダイナモの襲撃を予想してのことである。予告などという用意周到な芸当を してくるからには、それなりの覚悟と実力があってのことだろう。 だが、キレ者であるシグナスにもどうしても分からなかったのは、何故あのダイナモと 名乗る男がエニグマの破壊を企んでいるかということだった。 この地球上に住む、生きとし生けるもの全てにとって、いやスペースコロニーの 住民であったとしても、エニグマを壊してユーラシアを地上に落下させることが、 決してメリットになることはない。 冗談でも──あの男の言うことは本気なのか冗談なのかは分からないが──、許して やれるような問題ではないのだ。 一体彼は何を目的として行動しているのか、その断片すらも理解できるものでは なかった。 (考えても頭がおかしくなるだけだ。所詮イレギュラーの言う事だ・・・・・  気にする必要は無い。我々が成すべきことは二つ。この地球圏の危機を救うことと、  その邪魔を企てる者を全力を持って排除することだ。  今は、何も考える必要はない・・・) 絡まる思考を強制的に停止させ、シグナスは司令官たる態度に戻ろうとかぶりを振った。 と、そこにエイリアの報告が入る。 「1番ゲートを突破した侵入者を確認!現在Gブロックに戦力を集結させつつ  ありますが・・・・」 そこでエイリアはうつむいて押し黙った。首を傾げたシグナスが、いわゆる司令官の 口調で尋ねる。 「どうしたエイリア。状況を報告しろ」 「はい、どうもそれが・・・・こちらの方が劣勢のようで・・・・」 「何・・・・・・」 シグナスの目が驚愕に見開かれる。まさかとは思っていたが、買Eィルスの 繁殖によって戦闘員が激減したとはいえ、あの傭兵が何百人もの本部隊員を 撃破してくるなど、シグナスには到底考えられうるはずもなかった。

ダイナモ襲撃

SAランクの緊急事態発生。本部始まって以来の危機。遅れてやって来た死神。 彼らに迫る危険の表現の仕方は色々あるが、とりあえず、その全てが自分に当てはまる ことだと、ダイナモはいつも浮かべている皮肉っぽい笑みの下で、ひどく冷めた心で そう自覚していた。 さっきの1番ゲートブロックの外装はひどく貧弱だった。 相手どころかウォーミングアップにもなりやしない──ありったけの中傷を 胸中で呟き、舌なめずりする。 「・・・っへへ。来たよ来たよ、雑兵の皆さん方がね。そんなに僕に  殺されたいかなあ・・・・」 くつくつと、ダイナモは下卑た笑いを響かせた。 本当に、彼らは潰されるためにかかって来ているとしか考えられない。それとも、 本気で自分を潰せるとでも思っているのだろうか?だとしたら、大きな過信である。 あるいは───命を賭してでも守るべきものがあると言うのだろうか? (くだらないね。この世に自分の命より大切なものがあるモンか。一番効率のいい  生き方があるなら、例え僕は全てを犠牲にしてでも優先させるね。  現に僕は────こうしてここに立っている) こちらを侵入者と認識し、雑兵達がこちらに射撃の嵐を降らせる。 その雨を何ともなしに、軽く腰を捻らせたり、ステップしたりする程度で、 彼は全ての攻撃をかわし、接近した。まるで流れるようなその動きに、 無駄な部分などない。むしろ、なびくその青髪が美しくさえ見えた。 何が起こったのかまだ理解さえしていない──まあ詰まるところやはり雑兵で しかない連中もたくさんいたようだった。 「もう遅いよ」 耳元で囁くような優しげな声と共に、右手のビームサーベルが閃いた。 最初の敵は、上体を回転させてその勢いで胴体と脚部を斬り放し、続いて次の相手は 反対の手の拡散バスターで蜂の巣となった。その次は一刀両断にして、 分かれた体の間を通り抜け、勢いに任せて4,5,6番目を自慢の刃で屍にする。 今度は───乱射ではない。ちゃんと通常弾で、周りのターゲット全てを確実に 狙撃していた──1弾も外してはいない──。 そしてひるんだ隙に体を滑り込ませ、弾痕を印代わりとして、その印のついた 標的の首を次々と刈り取っていく。 ・・・ほんの30秒もするかしないかで、その場にいた隊員たちは一人残らず 死骸と化していた。 「ま、こんなものかな」 キマッたな・・・と自画自賛する。 だがその言葉に続く無数の爆発音が──まるで死者の悲鳴のようだ──、この一瞬を 歓迎してるように見えなくはなかった。

シグナスの憂鬱

「侵入者──ダイナモはOブロックを突破。もはや格納庫ブロックに到達するのは  時間の問題だと思われます・・・・・」 力なく、エイリアが告げる。 「分かった。もう続けなくていい。やはり、頼りになるのはあの二人しか  いなかったということか・・・・・」 半ば予想していたことが現実となり、明らかに落胆の意を示すシグナス。 エイリア達オペレーターも一同揃って暗い表情を浮かべていた。 (判断を誤ったか・・・最初から彼ら2人を相手にさせれば良かった。  無駄に部下を・・・・犠牲にしてしまったな・・・・・) 司令官としてあるまじき後悔を胸に、彼はこの事件が終結した後に 辞任すべきかどうかを、本気で決めあぐねていた。 独り言:話・・・・・短かっ!!

エックス&ゼロV.S.ダイナモ@

そんな不安をよそに、ダイナモの進撃は留まることを知らない。ついに彼は格納庫の 周辺ブロックへと歩み寄っていた。 「そろそろ、かな。ちゃっちゃと破壊して、ちゃっちゃと極楽へと招待させて  もらおうかね。狽フ旦那もせっかちだからな、あんまり帰りが遅いと・・・・」 はっと何かに気付き、ダイナモは独り言を止めた。 向こうの曲がり角から、蒼い装甲を身にまとったレプリロイドが現れる。 見間違えようのない、第17精鋭部隊の─── 「・・・やあ、君がエックスかい。この仕事のついでぐらいには戦っておきたいと  思っていたん───」 「ふざけるな!何の目的があってこんなことを・・・・・」 エックスはダイナモの挨拶を怒号で遮ると、右手をバスターに変化させ、 ダイナモの頭部へと方向を指定した。 「ことと返答次第じゃ、お前の頭が吹き飛ぶぞ・・・・・・」 なるたけ鬼のような形相で睨みつける。同時に、彼はエネルギーチャージも始めていた。 普段の温和な彼は、イレギュラ−を相手にするだけでどこかへ吹き飛んでしまっていた。 「目的?そうだねえ・・・・まあ分かりやすく言えば、僕は自己中心的なんだよ。  一番楽して得する方法があれば、自分さえ助かれば────そういう男なのさ。  その場を、あの旦那が提供してくれるってんなら、僕は素直についてくさ・・・・」 「旦那・・・だと?誰だそいつは・・・・」 そのキーワード以外にも色々ツッコミたいムカつく発言はあったが、エックスは 何とか感情を押し殺して、冷静であろうと心がけた。 ダイナモは呑気に続ける。 「君達が一番よく知っている、不死身のレプリロイドだよ・・・・・・  分かるだろ、両目にアザがあって・・・・・」 「・・・・・・・っ!!」 ダイナモが話し終わらない内に、エックスはチャージショットを放出した。 青白い大きな光の奔流が、真っ直ぐダイナモに押し迫る。 ジェスチャーまで使って会話していたダイナモは、わざとらしく気付かなかった フリをすると、フン、と鼻をならしてダッシュした。 無論、光波の流れの横を通り過ぎて。 「・・・人が話をしている最中に、攻撃とはね・・・・ひどいじゃない、かっ!!」 リズムをつけて、ダイナモは大きくサーベルを振りかぶった。 眼前のエックスを切り刻むために。 だが───こちらが完璧に王手を取ったというのに、エックスは驚いてすらいない。 しかしそれでも、彼自身に奥の手があるようには見えない。 (終わりなのに・・・・何故何もしようとしない!?驚嘆もしない!?となると一体何だ!?) ダイナモが逆に一驚を喫していたその時────エックスが通ってきた曲がり角から、 エックスとは対照的に赤い装甲に身を包んだレプリロイドが飛び出した。

エックス&ゼロV.S.ダイナモA

それはこちらの赤い刃と違い、エメラルドグリーンのビームサーベルを握り締めている。 (新手の攻撃でとどめを刺すって訳かい!!) ダイナモもそんじょそこらのイレギュラーハンターよりは遥かに優れた戦闘能力を もっている。それこそ、隊長クラスを敵に回してもひけを取らないほどに。 反応速度を限界にまで上げ、動力炉が跳ねるように脈を打つ中、ダイナモは自分でも 驚くべきほどの反射速度で、こちらへ振り下ろされるビームサーベルを、同じ武器で 受け止めた。 「・・・・くっ!!」 目の前で、二つの刃が交差している。ビーム同士の交わりが、強烈なイオン臭を 発生させ、辺り一体を鼻をつんざく匂いで満たしていた。 かろうじて見えたのは、その赤い装甲の男が第0特殊部隊の隊長、ゼロだったという ことだけだった。 「今度は君かい、ゼロ。隊長二人がかりで相手なんて・・・僕はモテる奴だねえ!!」 叫んで、ダイナモは鍔競り合いの体勢を、斬り払って飛び退き、終わりにする。 追撃としてやって来るゼロのチャージショットを縦薙ぎで掻き消すと、彼は大地を 踏みしめて、態勢を整えた。 「・・・・・お前の黒幕が誰かはよく分かった。だから俺達は、意地でも  ここを通さない。一歩も・・・格納庫へは入れさせん!!」 まさに鬼気迫る目つきで、ゼロは声を張り上げた。 「お手柔らかに頼むよ・・・・隊長さん達!!」 エックスやゼロの怒りにも余裕をかましていたが、結局ダイナモは彼ら二人を同時に 相手にするという、人生最大の苦行を目の前にして、ハッタリを張っていただけだった。 (くそ・・・・・せめて、ファルコンアーマーが使えれば!!) ホタルニクス博士との戦闘で、意外と自分がアーマーの無理な使用をしていることに、 エックスは帰還するまで気付くことがなかった。エイリアとダグラスが修理する際、 「相当痛んでいる。エネルギーチャージだけなら二日だけで済むが・・・・ 転送装置が壊れたなると、5日ほどかかる。これでは二日後のダイナモ戦では 使用できん」と口を揃えて答えたのだ。 あれさえあれば、どんなに敵が強かろうと一瞬で勝負を決めることが出来る。 だがそれが使えないとなれば、何のための切り札なのだろうか。 一人虚しさを噛み締める、と──── ゼロがこちらへ目を合わせてきた。全てその目が物語っていた。 (心配することはない。あんな鎧がなくとも、俺達は、必ずエニグマを  守ることが出来る) ゼロの真摯な瞳というのは、それだけで説得力を持ったものと言っても過言では なかった。その視線の意味を理解し、エックスは微笑みで ゼロに(ありがとう)とだけ返した。

エックス&ゼロV.S.ダイナモB

ふと気付くと、ダイナモがダッシュでこちらへと間合いを詰めて来ている。 だが、直前にバスターのチャージを終えた彼ら二人は、そのままバスターを 隣り合わせにして、同時に熱波の渦を迸らせた。 クロスチャージショットという奴である。 (!!これは・・・・避けようがない!!) 通路全体を埋め尽くすエネルギー波がダイナモへと切迫する。 確かに、回避など不可能だった。だが・・・・ (防御なら、可能だ) スラスターの火を止めてダッシュを中止すると、ダイナモはビームサーベルをの柄を 片手で持って回転させ始めた。 (これなら、こちらにやって来る熱の90%はカットできる) さすがに移動しながらだと体勢を崩して後方に吹き飛ばされる危険性があったため、 止った状態でやるしかなかった。 瞬間、膨大なエネルギーがダイナモの視界を埋め尽くした───あくまで、 その光だけだったが。 おかげで装甲が少し焼け爛れる程度で済んだダイナモは、視界が晴れない内に疾駆した。 やがて───青白い光の向こうにぼんやりと、エックスの輪郭が浮かび上がってくる。 (こちらの様子に・・・・まだ気付いていないな・・・しめた!!) 彼は早くも勝利を確信した。彼ら二人だけにではない。 この基地内にいる全ての者に、だ。さすがに二人を相手にして、倒した挙句無事で 済むなどという高望みは、ダイナモにもなかった。 だから彼は、二人を出し抜くしかない。出し抜いて、目的さえ果たせば 良かったのだから。 彼ら二人の処理は『可能ならば』とのオーダーだったので、最初からどうでも良かった。 「へへ・・・・もう僕は君達に勝ったぞ!!」 ビームサーベルを振りかぶり、袈裟懸けに相手を切り刻もうとする。 そのサーベルが届く寸前──── 「!いかん!エックス、避けろ!!」 (くそ、相手を侮り過ぎた!!) 胸中と同時に口からも叫びを発し、ゼロはひどく焦った。 エックスは言われただけで、状況を把握してなどいない。ゼロの体が 飛び跳ねるように動いていた。 その一瞬───ゼロがエックスの代わりに袈裟斬りにされ、ダイナモは口惜しげに 舌打ちしながらも、エックスの横を通り抜けて行った。 それを忘れて、エックスはゼロを助けることしか頭になかったようだ。 すぐに恐怖に駆られたエックスが、横たわるゼロに駆け寄っていた。 「ゼロ、大丈夫か!ゼロ!」 「阿呆が!俺の心配はどうでもいいだろうが!さっさとエニグマを守れ!」 自分の甘さを指摘され、我に返ったエックスは、ゼロを一瞬悲しげな瞳で見つめたが、 何も言わずに、即座にダッシュでダイナモの後を追って行った。

終わりの道へと@

「よし、エニグマ発射準備開始!」 「了解!エニグマ発射準備開始!第一次安全ロック解除!エネルギー充填開始!  メインジェネレータ点火!・・・・・・・」 モニター越しのシグナスの威勢の良い号令と共に、技師長であるダグラスが復唱し、 格納庫の作業員全員に指令を下す。 その光景はレプリフォースの訓練を彷彿とさせた。現在、エニグマの材料の 装着・装填が終わり、もはやエニグマは発射を待つばかりとなっていた。 オリハルコンがエンジン全体を包んで過熱を防ぎ、エネルギーカートリッジが ジェネレータとエンジンをつなぎ、メキシコ湾の海水を電気分解して水素のみを 取り出し───着々と、準備は進みつつあった。 「このままいけば、ユーラシアは・・・・落とせる!」 最大出力2000メガワット。一国ぐらいはこれだけで焦土と化すほどの威力である。 巨大コロニーとはいえ、さすがにその質量は一国のそれには及ばない。 飛び散った残りの破片は大気圏内で燃え尽き、消滅する。計算通りに行けば、だが。 しかし、今のところ途中で邪魔が入る気配は一切なかった。 安泰、と言ったところだろうか。 「第二次安全ロック解除!対ショック閃光防御解除!  エネルギー装填プラグ接続!・・・・・」 不安と期待の入り混じった気持ちをよそに、ダグラスは次々と指令を下していく。 その様は、まるで自分などよりよほど有能に見えた。 (彼は・・・あまり目立つことはないが、あれで色々頑張って来たのだろうな・・・・) ふと、シグナスは彼の横顔をモニター越しに見てそう感じた。 「・・・・・そういえば、あの二人はどうした、エイリア。ダイナモの足止めをしている・・・・」 シグナスは血相を変えた。そこには目を丸くしたエイリアが、 ずっとオペレーター専用のモニターを覗き込んでいたからである。 「どうした、エイリア。冷静に状況を報告しろ・・・」 とは言うものの、シグナス自身も冷静さなどカケラも顔に出してはいなかった。 鏡を見れば、エイリアと同じ目つきになっているだろう─── そんな予測がついていた。 「彼らは無事です。しかし・・・・・・・」 また、沈黙。どうやら彼女は危機を伝える時、いちいち間を置かないと 喋れないタチらしい。 「格納庫周辺の・・・Yブロックが・・・・突破されています・・・・・」 その瞬間、戦慄が、シグナスの体を電流のように駆け巡った。

終わりの道へとA

「エネルギー充填完了。方向修正率99.62%。これで発射準備は終わった。  お前ら、さっさと持ち場を離れろ・・・・・余熱に焼かれたくないならな。  俺は最後にここを出る」 「了解!」 ダグラスに敬礼し、作業員が全て格納庫の外へと出て行く。 それを見守りながら、ダグラスは独りごちた。 「へっ・・・・ざまあ見やがれってんだ、狽フ野郎・・・・・・  もうじきこいつは火を噴く・・・・てめえの企みも、今回ばかりは  成功しないんだよ。全く・・・・意外と、あっけなかったな・・・・・・」 はぁ、と疲れ交じりに溜め息をついて、ダグラスは壁を背にペタンと尻餅をつく。 真上にそびえ立つ、エニグマの砲塔を眺めながら、彼はシグナスに連絡を取った。 「こちらダグラス技師長・・・・エニグマの発射準備、終了致しました・・・・・」 「了解した。ご苦労・・・だった」 「どうしたんです、総監。そんなこの世の終わりみたいな声出して・・・・」 「・・・気のせいだ。それでは・・・カウントダウンを始める!」 ダグラスの心配を軽く受け流すと、シグナスはリーダーとしての職務を果たそうと、 懸命にそれらしい声を搾り出した。が──── ガタンッ! 何かを叩きつけて破壊したような音が、格納庫にこだました。 先程作業員達が通った扉の逆方向にある扉から、長髪のレプリロイドが姿を見せた。 「ダ、ダイナモ!?ど、どうして・・・」 「物事ってのは、最後まで分からないモンだよ・・・・」 ビームサーベルから弾ける火花をベロリと舌で掬い取ると、そのまま彼は腕ごと 体を捻って─── 「うりゃっ!!」 情けないかけ声ではあったが、その声と共に投げ飛ばされた光波剣は回転しつつ、 標的のエニグマへと一直線に飛んで行った。 同時に、後ろの方で声がした。ダイナモを追いかけてきたエックスだったが、 もう既にサーベルは投げられた後だった。 「や・・・やめろおおおおおおお!!」 もはやどうにもならないことに、エックスは頭を抱えて絶叫していた。 同じことを、ダグラスも言っていたらしく、ダブってダイナモの耳に入っていた。 彼には甘美なハーモニーのように聞こえていたようだったが。 そして───回転する赤色の刃のビームサーベルがエニグマへと達し、 甲板に食い込み、吸収されるようにして貫通したのを見た瞬間、時は止まった。 少なくとも、エックス、ダグラスの二人はそう感じただろう。 数秒が数分に、いや数時間に───彼らには深く、重く感じられた。 ワンテンポ遅れて爆風が彼らの視界を包んだ時は、彼らの思考能力は もはや凍結されていたも同然だった。

第一次作戦失敗

爆発の衝撃は、格納庫ブロックや周辺ブロックを通り抜けて、司令室まで伝わった。 天地を揺るがすような激震に、司令室のメンバーは戸惑いを隠しきれなかった。 「く・・・ダグラス、状況報告を・・・・」 振動が止んで数秒後、シグナスは何とか正常さを保ち、冷静に司令を下すことが できたようだった。だが如何せん、あちらの調子が悪いらしく、応答が返って来ない。 「お願いダグラス!応答して頂戴!」 エイリアも力を振り絞って叫び、ダグラスの返信を求める。 その時、微かながらノイズと一緒に、かすれた音声が返って来た。 「・・・ガ・・・・・・こちらダグ・・ス・・・事故発・・生・・・・  ダイナモが・・・・メインエンジン・・を・・・破壊した模様・・・・」 「何・・・では、発射は無理なのか!?」 シグナスはすぐに冷静さを失った。まあ、こんな状況で、例え司令官とはいえ 取り乱さない方がおかしいかもしれないが。 「いえ・・・・何とか・・・発射は・・・可能です・・・・しかし・・・・  これでは・・・・予定出力の・・・・6割も・・・出せません・・・・・」 「・・・・分かった。可能ならそれでいい。お前はそこから待避しろ。  それが済み次第、発射する。いいな?」 「了・・・解・・・」 ダグラスの通信は途絶えた。シグナスは肩を落とすと、うつむいて黙り込んだ。 「・・・・・」 もはやシグナスにも、語る力は残されていなかった。通信の内容とシグナスの 面持ちからだいたいのことを察したエイリアは、すぐに発射ボタンのトリガーを 起動させた。 「総監・・・・・・」 「分かっている。私は司令官として・・・・・決断しなければならない!」 絶望に塗れても、誤った決断を下そうとも───ひとかけらでも希望がある限りは、 その希望に賭けてみるしかない。シグナスは思いつめた挙句、そんな最後の選択に YESの決定をすることしかできなかった。 しかし、そんな情けない自分でも、やるべきことはやらねばならない。 「・・・総監・・・待避・・・しました。後は・・・・頼みます・・・・」 「了解した」 ダグラスとの最後の通信を終えた後、シグナスはおもむろにトリガーの前に移動し、 迷わずに、エニグマの発射ボタンへと手を伸ばした。 「発射!!」 シグナスの右の人差し指が、発射ボタンを深く押し込んだ。 少し傾いた感じのする砲塔──ギガ粒子砲『エニグマ』から、 極太のビームが放出された。だがこれは、最大出力ではない。 そのほんの、5割ほどである。 夜空を青白く照らし上げ、星の光を眩ますその光が狙う先──それは、もう 地球からでも肉眼で観察できるようになった、超巨大コロニー『ユーラシア』だった。 だが、先程の破壊活動によって方向を変えられた砲塔から 走るビームなど、目標地点に大したズレもなく着弾するはずもなかった。 極太ビームは見事にユーラシアの横をかすめて行った。かすめた────程度だった。 終いにエニグマは衝撃に耐えられなくなって爆煙をあげ、大破した。 「第一次作戦・・・・失・・・敗・・・・・」 ショックで硬直していたエイリアから、そんな弱々しい声がこぼれ出たのを、何故か シグナスは、この後はっきりと記憶記していたのだった。 〜第一次作戦終了〜


transcribed by ヒットラーの尻尾