V.S.クレッセント・グリズリーH
ゼットセイバー越しに伝わって来る、確かな感触に手応えを感じて、ゼロはセイバーを
引き抜いた。
と───
「こんの・・・・野郎ぉおおおっ!」
先程まで雷神撃で貫いていた辺りの壁が砕け飛んで、その中から進み出てきた
グリズリーが、ゼロに覆い被さるように両腕を大きく振りかぶった。
が、その勢いも空しく、グリズリーの爪は空を斬っていた。
グリズリーが気付いた頃には、ゼロは素早く後方に振り返ってダッシュしている。
直後、ゼロのバスターが光った。
「んぐわあああっ!」
直撃したゼロのチャージショットに一際大きい悲鳴をあげるグリズリー。
その後、辺りはチャージショットによって巻き上げられた砂塵やら破片やらで包まれ、
かなり見通しが悪くなっていた。グリズリーの姿はさっきの壁には見当たらなかった。
それはこの部屋内も同様である。
だがゼロはほぼ完璧に、相手の位置を予測していた。
(いくら何でも、同じ手は使ってこないはずだ。だとすれば、奴の次の攻撃は
上からか下からかのどちらかだ。そのどちらかは、俺にも分からない。
分からない・・・はずなんだが・・・)
ゼロは先程復活してからというもの、何か予感めいた不思議な感覚に目覚めていた。
グリズリーにやられるまでの戦闘データが、頭の中で細やかに、且つ迅速に
解析されていく。それら一連の行為は、まるで他人が勝手にやったものを電子頭脳に
勝手に送り込んできているようで、ひどく自分の考えだという実感が沸かなかった。
だからゼロは、それとは別の考えを同時に考えることが出来たのだ。
(何故だ?どうして俺は既に理解しているんだ!?)
顔には出ていないが、ゼロは確かに驚愕を覚えていた。
黙考している中、突然天井が崩壊する。
(何故俺は奴の次の出現位置が上だと分かったんだ?)
右手に握っていたゼットセイバーの刀身がが燃え滾り始め、両手で握り直す。
反射的に、彼の体は動いていた。
「──龍炎刃ッ!」
紅蓮の炎と化した剣を大きく振りかぶって──とは言うものの異常な速さで
上方に振り上げ──、崩れた天井から落ちてくるグリズリーの胸に袈裟懸けに、
爆ぜる刃が刻みつけた。
V.S.クレッセント・グリズリーI
「ごォああアあアアッ!」
もはや断末魔の悲鳴に近い金切り声をあげて、グリズリーは地に崩れ落ちた。
無様だな、と言わんばかりの凄絶な眼差しでゼロは倒れたままのグリズリーを見下ろし、告げる。
「復讐ってのは、過去の苦い思い出を引きずって、現在に目が向いていない者の生きる理由だ。
だがそれは一瞬の光と同じ、はかない目的。そんな一時的にしか機能しない目的を理由にして生き、
自分の存在意義を現在に見出せない愚者が、この俺を倒せるはずがない・・・」
いつも冷徹なゼロではある。このような挑発的なセリフは珍しいことではない。
が──今のゼロは、その雰囲気からしていつものゼロとは違う、何とも言えない残酷さをかもし出していた。
目は虚ろで、瞳孔は開いておらず、その体はどことなくフラフラしているが、攻撃を始める際には
俊敏で、的確で、且つ一撃必殺とも言える技を繰り出す。それはまるで魂の抜けた戦闘マシーンのようだ。
不気味に嘲笑し、ゼロはゼットセイバーを転がっているグリズリーに突きつける。
「どうした?あまりに完璧な俺の持論の前に、反論できないのか?」
言われてか、それともかろうじて力を振り絞ったのか、グリズリーが微動した。声を絞り出す。
「お・・・れ・・・は・・・・」
「俺は、何だって?」
顔を近づけて、ゼロはグリズリーの顔を吟味するように眺める。
と───
「俺は・・・てめえにとっちゃ・・・過去の存在にしかすぎなかったかも・・・しれねえが・・・」
突如グリズリーは、ゼロの右腕──ゼットセイバーの握られている右手を、右手で掴む。
そのまま腕を横にずらす。ゼロはボディがガラ空きの状態になった。
「俺はてめえの過去で終わる気なんざ、毛頭ねえっ!今度はてめえが俺の過去になる番だっ!!」
叫んで、ゼロの胸に自慢のドリルアームを突っ込ませた。既にドリル部分は回転し、ゼロを貫くには
十分な回転数だった。
「ひゃーはははは!死ねえーっ!」
残虐な罵声を浴びせて、グリズリー。が───ドリルの先端は、一ミリたりともゼロの装甲には
触れていなかった。寸前で、何かに阻まれている。それはゼロの空いた左手だった。
それも、先端に達するか達さないかのギリギリの位置でドリルを掴んでいるのだ。
こんな芸当、例えGAランクのハンターでも早々できるものではない───
グリズリーを嘲笑するような目つきで、ゼロは睨んだ。その異様な雰囲気に、グリズリーが
戦慄したのか、顔を怯えるようにしかめている。
「・・・お前の言うことは支離滅裂だな。お前が俺を過去の存在にしたいのであれば、何故復讐に
執着する?それは自分を永遠に過去の存在であるのと認めるのと同義だ。自らを過去と認めている
者が、現在をしっかりと見据えている者に勝てるとでも思っているのか?」
語気を強くする度ゼロは顔を近づけ、更にグリズリーを恐怖させた。言い返せなくなったのか、
それとも本気でゼロを畏怖しているのか───グリズリーはやけくそになって、声をあらげる。
「う・・うるせえぇぇっ!」
右手を振りかぶって、こちらに振り落として来るが、ゼロはそれを軽く飛び退く程度でかわし、
次の瞬間には、グリズリーの左手のドリルアームを斬り落としていた。
V.S.クレッセント・グリズリーJ
「ぎゃあああああっ!」
「過去にしがみついて、それ以外は何も考えられない愚物ごときが、今度は俺が
過去になる番だと?冗談もたいがいにしろよ・・・」
冷たく言い放ち、更に先程ドリルアームを斬り落とした光波剣の先端で、もがき苦しむ
グリズリーの失った左目をえぐり込む───
「うギャろおおオオおオぅアアアアア!」
グリズリーは発狂したように悲鳴をあげ、ゼットセイバーのビーム部分を掴んで
引き抜こうとするが、所詮は無駄なあがきであった。ゼロは固くセイバーを握り締め、
今の位置から決して刃をずらそうとはしない。
「確かここだったな・・・お前が復讐にこだわる原因は・・・なら人思いに
取り除いてやろう。ついでに脳髄まで貫いてやろうか?」
また、嘲笑。その都度、グリズリーの恐怖は膨れ上がっている。
復讐心などどこかへ消え失せていた。
今はただ、この悪魔から一刻も早く逃れたい。それだけが、グリズリーの心理を
支配していた。
意を決したグリズリーは、ゼットセイバーの刃を握り直すと、力任せに引き千切った。
無論、引き千切られたのはグリズリーの顔面片半分であったが。
「ぐ・・・うおおおおおぐぎゃはっ!」
気合を入れるためのかけ声は、途中で苦悶の混じったうめきに摩り替わった。
(電子頭脳が壊れることより顔面の故障の方を望んだか・・・)
そこまでして生に執着するグリズリーの気持ちなど、ゼロには全く理解できなかった。
ここまで致命傷を負わせれば、奴が自分に勝てる可能性は万に一つもない。
なら何故自ら死を選ばないのだ、とゼロは自問するが、出てきた答えは
単純なものだった。
(過去にしか目が向いていない者が、正常な判断などできるはずもないか・・・)
気がつくと、グリズリーはクローを振りかぶって、爪の先からクレッセントショットを
放っている。
が────ゼロは猛スピードで迫るエネルギーの粒を、縦薙ぎ、横薙ぎ、袈裟斬り、と色々な方法で斬り払っていた。こともなげに。
(・・・・何か俺、どんどん強くなってないか?)
おかしい。確実に、おかしい。
さっきまで自分は戦闘不能に追い込まれていたはずである。
それまでに負っていた傷による痛みが、再び起き上がった時には全く
気にならなくなっていた。傷は直っていないはずだが。
それ以上に、得体の知れない高揚感と戦闘に対する貪欲なまでの欲望が湧き出て、
自分の怪我を忘れてきってしまうほど増大しているのだ。
V.S.クレッセント・グリズリーK
(今、俺はこいつをいたぶることを・・・楽しんでいる?)
信じたくはなかった。少なくとも、これまでの一連の戦闘──数々の強敵達との戦闘では、
一度足りとも快楽を感じたことはなかった。
それがどうだ───今や自分は不気味な笑みと共にグリズリーを完膚なきまでにいたぶり続けていると
言うのに、それでもまだ飽き足らないと、自分の戦闘の本能が、相手の血と肉を欲しているのだ。
(では、飽きたら?)
考えるまでもなく、簡単に答えが出た。
遊び飽きたら、壊すだけのこと。まるで子供のおもちゃのように。
ゼロは斜め上前方に、大きく跳躍する。そのまま勢いを殺さずに、ゼットセイバーを構えたまま、
空中で連続で前転を始めた。
「うわああぁあアアぁああアアアア───」
この世のものとは思えない金切り声をあげ、グリズリーはメガ・クレッセントショットを放つ。
通常のものよりもふたまわり以上も巨大な衝撃波が次々とゼロを襲う。
が、ゼロと共に高速で円を描き続けるゼットセイバーの前に、その衝撃波は全て掻き消されていった。
「空えぇえええええええん───」
グリズリーの頭上近くまで接近し、彼は回転を止め──回転でつけた遠心力を無駄に
してはいない──、更に回転の勢いをサーベルの振りかぶりに上乗せして、叫びと共に
サーベルをグリズリーの顔面に食い込ませた。グリズリーの顔には恐れしか浮き出ておらず、
悲鳴すらもあげることはなかった。
「───斬・・・・・」
短く告げて、彼はゼットセイバーの電源を解除した。
彼が綺麗にグリズリーの前に着地するまでに、グリズリーの体は一刀両断に切断されていた。
二つに分かれた体を繋ぐものは、何もない。
安堵して、ゼロは刃のなくなった剣を背中に刺し込んだ。
何ともあっけない、クレッセント・グリズリーの最後・・・と思われたが。
「が・・・ひへ・・へへへへへへへ・・・・」
何もすることができないはずのグリズリーの口──真っ二つになったというのに──から、
聞く者が身震いするような、気色悪い笑い声が漏れ出した。
その光景にさすがのゼロも一驚を喫したのか、目をカッと見開いてグリズリーをただただ見つめていた。
「っへへ・・・・薄々こうなるんじゃねえかと思ってたが・・・まさか本当になるとは
思わなかったな・・・・」
グリズリーの表情には、さっきまでのような恐怖の色は微塵もなかった。
コロコロと機嫌が変わる奴だな、とゼロは胸の内で罵ったが、そんなことを口に出す必要は
なかったため、やはりじっとグリズリーを睨んでいるしかなかった。
グリズリーは嘲るような目つきで、こちらをじーっと見ている。
V.S.クレッセント・グリズリーL
「死ってのは、直面すると全く恐怖を感じなくなるんだな・・・・
いやいや、全く。だってよ、ホラ、俺斬り裂かれたってんのに、痛みも感じねえし、
てめえに対する復讐心もどっかに消え失せちまったし。
そんで俺は、再びてめえの過去になるって訳だ・・・・・けどな」
そこで、グリズリーの目線が殺気を帯びたものに変わった。だからと言って、
自分と一緒にゼロも死なせてやろうとかいう下劣なものではなかったが。
「忘れんなよ・・・・てめえは俺を含めた、過去になった者達の死に顔を背負って
生きていくんだ・・・・その過去からは一生逃れられねえ。
苦しいぞ、生きるってのはなあ・・・」
グリズリーはさも満足げに再び含み笑いした。その発言に思い当たる節が当然あって、
ゼロは自嘲した。
(過去を断ち切ることなどできない・・・そうだな。俺は過去に犯した罪を背負って
生きていく、永遠の罪人だ。)
そう、罪人である。
親友──カーネルを殺し、更には恋人──アイリスまで殺めたとなれば、罪人以外の
何者でもないだろう。その罪を償うことなどできないが、少なくとも、この世界で彼らの業を背負って生きていかなければならないのが義務だと思っている。
それだけでは生きていく理由にはならないかもしれない。
しかし──しかし、彼にはこれしか道が残されていないのだ。
そんなことを黙考していたゼロにお構いなく、グリズリーは悦に入り出す。
「カカカ・・・俺は一足先にあの世へ行って、てめえが苦しむ姿を思う存分
堪能させてもらうぜぇ・・・・
キヒヒ・・・・ヒハーッハッハッハッハッハッハ────」
哄笑している最中にグリズリーの体は爆煙に包まれ、炎の中に消えていった。
その光景に対し無感情に背を向けたゼロは、爆光のみに照らし出される部屋を
歩きながら、
「堪能でも何でもしているがいいさ・・・俺は生きてやる。
この世と言う名の地獄を、精一杯生きてやる。死んだら、カーネルやアイリスを
殺した意味が無になってしまうからな・・・」
生きてきた意味がなくなってしまう────
グリズリーとて同じことだっただろうが────何にしろ、彼は当初の目的通り、
オリハルコンの回収へ向けて、目の前の重厚な扉をゆっくりとこじ開け始めた。
ファルコン・アーマー入手
グリズリーの武器倉庫は、思いのほかがらりとしていた。
照明もどこかで電線が切れたせいか、その効果を発揮していない。
ゼロは大きく嘆息して、独りごちた。
「どこもかしこも、大戦の影響で不景気だってことか・・・・」
大戦というのは無論、レプリフォース大戦も含めたこれまでの4度に渡る戦争のことである。
資源の不足で大手軍需産業が次々と倒産していく中、開発された製品は全て闇ルートに流れ込むため、
儲かっているのはグリズリーのようなパーツハンターばかりだと思っていたが、どうやらそうでも
ないようである。生活が苦しいのはどこだって同じなのだ。
「・・・?」
ふと、ゼロの碧玉の双眸に、見慣れない──と言っても一度も見たことがない訳ではないが──機械が
映った。
不自然に宙に浮いているUFO状の装置と、それとほぼ同じ形をした装置が地面に張り付いている。
その2つを線で結べば恐らく垂直に重なるだろう。
ぱっと見たところ、『カプセル』と呼ぶのが適切な装置だった。
「これは確か・・・・イレイズ事件の一件で・・・・」
あの事件の際、何故か自分に強化プログラムをセットしてくれた老人は、必ずこのマシンから
唐突に出現した。そもそも、このマシンが現れるタイミングこそが唐突なのだが。
謎が謎を呼ぶ、訳のわからないカプセル。エックスとは何度か面識があると言う、正体不明の老人が出現する装置。
考えれば考えるほど意味不明なのだが、熟慮を重ねたところでこのカプセルの正体が分かるはずもない。
ゼロが頭を引っかいて我に返ると、予想通り突如エメラルドグリーンの光のカーテンが
カプセルの周囲に引かれると同時、例の真っ白な老人がその幽霊のような容姿をあらわにした。
「・・・・久しぶりじゃな、ゼロ君」
今にも消えそうな外見とは裏腹に、老人は妙に魂のこもった声で告げる。
「また、貴方か・・・・」
自然に、ゼロは口調を丁寧語へと直していた。
普段は上官相手でも絶対に敬語など使わないゼロが、この老人相手だとこうなってしまう。
別に畏敬の念を抱いている訳ではないが、この老人と話す際にはこれが一番好ましい、とゼロは
考慮してしまうのだ。
「そんな、突き放すような言い方はしないでくれ・・・とは言っても、今回君に強化プログラムを
用意してはいないが、な・・・・」
「それでは、何のためにここに?」
「もっともらしい質問じゃな・・・・用件は、これじゃ」
そう言って、老人はカプセルの端に寄ると、カプセルの中心にぼんやりとした映像を出した。
それは、ゼロも何度か見覚えのある───
「エックス専用の・・・強化アーマー?」
ファルコン・アーマー入手
形質はフォースアーマーより多少変化していたが、間違いなくそうであった。
「この設計図を君の電子頭脳へと送信する。後は・・・彼女、エイリアとか言ったな。
彼女にこの設計図を解読してもらってから、開発を急いでくれ。頼んだぞ」
「・・・分かりました。それと・・・・・」
「?」
ゼロが何かを言いたそうに口をつぐむと、老人は怪訝そうに表情を歪める。
うつむいていたゼロは顔を上げ、
「俺から質問させてもらってもよろしいでしょうか?」
「?別に構わないが・・・・どうかしたのかね?」
なるたけセラピストのように、老人は接しようとした。
それに応じるように、ゼロは静かに疑問を打ち明ける。
「ええ・・・・思い返せば、レプリフォース大戦直前の頃からでしたね。
あの夢を見るようになったのは・・・・」
「夢?こう言うのは失礼かもしれないが、レプリロイドがそんなものを見れるのかね?」
「分からない・・・・けど、あの日以来、休眠モードに入ると、毎回見るんです。
あの・・・不気味な老人の夢を・・・・」
「不気味な・・・老人?」
更に老人は眉間のしわを増やす。思い当たる節があったのだろうか。
「彼は俺に、何かその・・・過剰なまでの希望をもって接してくるんです。
あと、断片的にしか覚えてないんですが・・・・『最高傑作』『生きがい』
『お前のやるべきことを忘れたのか』『アイツを殺せ』などと言ったような・・・・」
と、ゼロがしかめっ面で『夢』の内容を思い出しながら説明した。
まだまだ続くようだったが、その後の話を、老人はまともに聞いてはいなかった。
何故なら───老人は、彼自身が恐れていたものが今、現実になろうとしている
瀬戸際でないかと推測しているからだった。
(まさか・・・・ワイリーか!?)
確信した訳ではなかった。
が、恐らく間違い間違いはないだろう。旧世紀のマッドサイエンティストが、
今もなお過去を引きずって、つかないはずの決着に終止符を打とうとしているのだ。
彼はそのためなら、例え世界が滅んでも構わない。ただ自ら創造した『兵器』と
対決させ、勝てればいいのだ。
もっとも、そのことを目の前で悩んでいるゼロに話す気はなかった。
真実は、やはり彼のの手で見つけさせるべきだろう。
ファルコン・アーマー入手
「・・・・どうかしましたか?」
ようやく老人の動揺に気付いたゼロが、素っ頓狂な声をあげる。
なるべく平常を装いながら、老人は応対した。
「いや、何でもない。とにかく残念ながら、私はその謎の老人やらについては
一切情報を持ち合わせていない。すまないな・・・・」
そう言って、老人は残念そうな顔になった。
一方ゼロは、しばらく座った目つきで老人を疑わしく睨みつけておたが、やがて表情をぱっと変えると、
「そうですか・・・・なら、俺の用はこれで終わりです」
「誠に、申し訳ない」
「貴方のせいではありませんよ。名も知らぬドクター」
とは言うものの、ゼロは彼の不審な言動を見逃してはいなかった。
先程浮かべた、あの驚きに満ちた顔つき。
あれは───
(あれは、何かを知っている者の表情だ)
胸中で断言すると、ゼロは次なる行動に移った。
「それでは、データを受け取りましょう」
「ありがとう。感謝する」
素直に老人は礼を言うと、ゼロをカプセルの中へ抱き寄せるようにして入らせた。
データを受け取った後、ゼロはオリハルコンを回収して、その場を引き上げた。
更に彼はハンター本部に、エックスの強化アーマーの設計図を転送し、次の任務へと向かった。
行き先は、タイダル・マッコイーンが愛するメキシコ湾である。
ダイナモ襲撃予告
エックスとゼロがエニグマの欠損部分の修復アイテムを回収する任務に出ている間、
イレギュラーハンター本部は謎の人物による襲撃予告の通信を傍受していた。
事態の発生はエックス達が出てから3日後のことだった。
午後4:41において、イレギュラーハンター本部の指令室にいたエイリアが、
突然立ち上がった。
「総監!所属不明の自称『傭兵』とかいうレプリロイドが、こちらに通信を
望んでいます!」
いかにもオペレーターらしい口調で、エイリアは叫んだ。
コンピュータ・デスクに両手を目の前で組んで座っていた総監──シグナスが、
怪訝そうに眉間にしわを寄せる。
「映像を出せ。対話に臨もう」
「ラジャー。映像出します」
司令官のシグナスが言うと、エイリアはセリフの一部を復唱した。
言葉通り、のっぺりとしたクリスタルのモニターに映像が浮かぶ。
(それにしても・・・・傭兵だと?時代錯誤な・・・・)
傭兵。雇われ兵士。その日その日を運などの当てのないものに頼って、
戦場に生きる戦士。『昨日の敵は今日の友』とは逆で、報酬金額が高ければ
前の雇い主に対して寝返ることだって平気でやってのける白状者。
罵倒のしようは色々あるが、ともかく誰もがあまりいい印象を受けない職業である。
そんな旧石器時代じみた極めて非効率的な仕事は、とうの昔に滅びたものだとばかり
シグナスは思っていたが────
(どうやら、物好きはいつの世にも存在しているようだな・・・)
嘆息して、彼はやっとモニターを見ようとした。
が、その寸前、意味不明な音声が彼の耳に飛び込んで来た。
「ハロー。おっと、英語じゃ駄目か?ウェイウェイ?違うな。ブロント?ヨボセヨ?
アッロウ?いやいや、モシモシ?意味、通じてるかなあ・・・・」
様々な言語で、日本で言うところの『もしもし』の意味を伝えようとしている。
モニターに映った男性レプリロイドは、とぼけたような男だった。
テンガロンハット状の頭部に、全体的に青を基調としたボディ。ただの阿呆のようで
いて、その実剣呑な雰囲気を漂わせている。唯一察することができるのは、
ただ者ではないといった所だった。
さっきより大きな溜め息をついて、ダグラスが英語で喋る。
「英語で結構だ。それより、何だね君は?所属と名前を聞かせてもらおうか」
険悪に、シグナスは男に言いつけた。
ダイナモ襲撃予告
男はダグラスの応答に安心したように顔をほころばせると、両目を覆っていた
スコープを収納し、
「そんな邪険にしなさんなって。人間、他人を信頼できなくなったら終わりだよ?」
ちっちっ、と右手の人差し指を目の前で振って、馬鹿にするような口調で男は答えた。
苛立ったシグナスは、なるべく平静を装いながら言った。
「ごたくはいい。何の用かと聞いているんだ」
こんな怪しむ態度でシグナスが応対するのは、男が不真面目なだけだからではない。
買Eィルスで大混乱に陥っている地球圏において、機械という機械が正気を失わずに
いられるのは、最新鋭のウィルス防護設備を施した、このイレギュラーハンター
本部基地のみである。
したがって、通信を傍受できることどころか、このレプリロイドが外の空間で無事に
存在できること自体がもはや異常事態なのだ。
敵か、それともただの馬鹿か──昔から、馬鹿は風邪をひかないと言うし──、
シグナスはそう睨んでいた。
「おお、怖い怖い。まあ、自己紹介が遅れたのは事実だな。こりゃすいません、と」
と、男はいい加減に首を下げて反省の姿勢を見せる。だが常に浮かべている
その微笑だけは消えずに残っていた。
「僕はダイナモっちゅうもんです、ハイ。所属なんてナ〜イ。見ての通り、
流れの傭兵って奴さ。んで、目的が何かってーと・・・・」
そこで映像が、ダイナモが指差した方向に切り替わる。
モニターに映っていたものは紛れもない、ギガ粒子砲エニグマの、その姿だった。
「ずばり、アレの破壊!」
その瞬間、司令室にいた全員が戦慄した。
このダイナモと名乗る男は間違いなく────敵である。
が、思いの他ダイナモはコロっと表情を変えて、
「──と言いたいところだけど、僕としては襲撃する態勢が整ってないんだな〜これが。
ちゅー訳で、今回はその予告ってところだ。でもでも安心しちゃ駄目だよ〜
迷える子羊さん達。さっきも言ったけど、襲撃する態勢が整ったら容赦なく
襲撃させてもらうからね。それも近日中に、だ。
それまで首を洗って待ってるがいいさ」
悪戯っぽく笑うと、ダイナモは左手の手の平を顔前方に出して、バイバイの合図を
送った。更にダイナモは続ける。
「っとと、伝え忘れてた。あの有名なエックスとゼロはいますかね?
まあいないならいないでいいんだけど、彼らの始末を頼まれたんで、
彼らにそう伝えて下さいよ?それじゃ、See You!また会う日まで〜!」
プツン、と映像が途切れた。画面が暗転し、その後元のクリスタルの色に戻る。
そのモニターをしばらく誰もが呆然と眺める中、シグナスは冷静に指令を下した。
「・・・非常に由々しき事態だ。だがこのたわけたテロリストに我々は屈服する訳には
いかない。襲撃に備えて、警備中の各員は格納庫ブロックの警備に専念しろ。
各オペレーターは外の索敵を怠るな。目標──ダイナモを発見した場合は即座に通報。
見つかり次第、第1種戦闘態勢に入れ。以上だ。諸君らの健闘を祈る」
「りょ・・・・了解!」
シグナスの発言に最初は戸惑った通信士・オペレーターが、しばしして、
元気良く返事した。
しかし、それでシグナスが安心した訳ではなかった。
(頼りになるのは、恐らく彼ら二人だけだろうな・・・・)
彼らと言うのは言うまでもなくエックスとゼロの二人のことだが、とにかくこれで
3回目にもなる彼の嘆息は、今までにも増して、かなり重かった。
V.S.シャイニング・ホタルニクス@
一度本部へ戻り、新たに開発された強化アーマーの転送装置を組み込まれたエックスは、
シャイニング・ホタルニクス レーザー工学博士の造った特注のレーザー装置を
受け取りに、ドイツ連邦共和国・バイエルンにある彼の研究所へと赴いた。
「さて・・・・」
ライドチェイサー『アディオン』から体を下ろすと、エックスは前方を眺めた。
目の前に広がっている光景は、中世のヨーロッパの城としか表現のしようがなかった。
だが間違いなく、ここはホタルニクス博士の国立レーザー工学研究所である。
それもそのはず───ホタルニクス博士は欧州文化をこよなく愛する、
根っからのヨーロッパ人である。
実を言うと、この研究所は元々重要文化財であったノイシュバンシュタイン城を国家の
許可を受けて改造したものだった。ノイシュバンシュタイン城。かつて、シンデレラと
いうおとぎ話の発祥の地となった城である。
だがその面影は今微塵もなかった。外観はシンデレラのそれを彷彿とはさせるが、
中から強烈な邪気のようなものが発生させられている。恐らく、中は買Eィルスが
繁殖する温床となっているのだろう。ちょうど、1日前までいたクラーケンの研究所と
ほぼ同じ状態である。
だとすれば────
(あの研究所の中にいるホタルニクス博士も危ない!)
クラーケンは最初は無事であるようだったが、話の途中から凶変が始まったのだ。
それは多分クラーケンが必死に内部でうごめくウィルスを抑えていたからなのだろうが、
今度までそうなっている保障はない。既に狂乱状態となっていても、
何の不思議もないのだ。
エックスは瞬間的に足裏のスラスターと背部のバーニアから出力してダッシュしていた。
こちらの足場とあちらの足場をつなぐはずの橋を吊り上げている鎖をバスターで
断ち切ると、そのままダッシュジャンプいて、綺麗に橋へと着地する。続いて彼は
チャージショットで頑強な城門を粉砕すると、猛烈な勢いで城の中へと突入していった。
V.S.シャイニング・ホタルニクスA
胸が、いや、心が痛む───
薄れゆく意識の中で、ホタルニクスは何とか自制を保っていた。
2頭身のちんまいボディ。短手短足。あまり品のあるデザインとは言えないが、
それは科学者としては関係のないことだ。実際彼は『光の魔術師』とまで謳われた
レーザー工学者なのである。
だが、それがどうだ────
つい数日前から得体の知れないウィルスに感染してからというもの、自分は当然のこと、
研究所全体が混沌の渦に飲み込まれている。今頃セキュリティシステムは全て暴走し、
動く物体を見境なく攻撃する猛獣と化しているだろう。
だが、そんなことは彼にとってどうでもよいことではあった。彼はただぼんやりと、
失われていく思考能力を最大限に振り絞って、ある1つのことを考えていた。
それは、自らがしている仕事の価値についてだった。
思い返せば、ホタルニクスは『平和な世界の産業に役立つレーザー工学』を
開発していた、平和主義者の1人だった。
それが、いつしか学会の中で名を馳せていく内に───いつの間にやら、自分は
軍需産業に貢献するレーザー兵器の主要な開発者の1人となっていた。
一体自分は何のために努力してきたのだろう。こんなはずではなかったのに。
そして彼は、あらゆる方面においてレプリロイドの敵でしかない
存在──イレギュラーハンターに新兵器を提供していた。自分が最も忌み嫌っていた、
あの組織に、だ。
『Σの反乱』において、レプリフォースの協力を、名誉回復のチャンスを
損ねるといったつまらない目的で拒否してその活動を妨害し、更にはその事実を隠蔽し、
挙句にレプリフォース大戦ではレプリフォースの怒りを無視して徹底的に
独立共和国の設立を妨げた。
もはや一部の人間至上主義の人類達の犬となってしまった彼等に、果たして自分が
レーザー工学技術を提供することは正しいと言えるだろうか?
・・・答えはノーだ。彼らは制御を失った力。危惧すべき者達。
レプリロイドの主張を影で脅かす、極めて悪質な組織。彼等こそ世界で一番危険な
存在である。そんな彼等に、そんな・・・彼等に・・・・
(レーザー兵器を渡したら、鬼に金棒だ。私はもう、彼等を信用することは
できない・・・)
いずれ増長したイレギュラーハンターはその強大な力を持って、レプリロイド全体を
『管理』し始めるだろう。自分がそんな事態の引き金となってはいけない。
むしろレプリロイドの未来のために、あの組織は存在してはならないのだ。
・・・そういったことを口に出してはいない。そんな余力は、もう残ってはいないのだ。
息遣いが通常より速くなる。駄目だ。もう私は───駄目だ。
絶望がホタルニクスの精神をだんだん貶めて行く中、横手にある自動ドアが開き、
同時に叫び声が頭に響いてきた。
「ホタルニクス博士!」
彼の焦点の合わない2つの瞳に映ったのは紛れもなく、全世界の英雄にして、
一番の偽善者である、イレギュラーハンター第17精鋭部隊隊長の、その青い鎧だった。
V.S.シャイニング・ホタルニクスB
襲ってくる買Eィルスを何とか切り抜ける中、エックスは実験室でホタルニクスが
胸を抑えてうずくまっている姿を発見した。
焦燥をあらわにして、エックスはホタルニクスへと駆け寄る。
「博士!大丈夫ですか!」
その場で今にも崩れ落ちそうなホタルニクスを肩で支え、エックスは青ざめている
ホタルニクスに容態を聞こうとした。
ふとした声に声に我に返ったホタルニクスの、ぼやけていた視界が一時的に
鮮明になった。
「う・・・うぐぐ・・・・」
とりあえず、ホタルニクスはうめいた。
どうやら、生きてはいるらしい。だが相当危ない状態であるのは確かだろう。
なるべく買Eィルスの影響を受けないよう接しながら、エックスは救護室にでも
ホタルニクスを運ぼうと歩き始めたが───突然、ホタルニクスの肘鉄が
彼の顔面を襲った。
「ぐっ!」
思わず顔を抑えて仰向けに倒れこむエックス。顔を覆った指の隙間からホタルニクスの
姿を伺う。そこには先程とは全く違った男が存在していた。
白目を向いて、恐るべき形相でこちらを凝視している男。体全体から言い表しようの
ない邪気が立ち昇り、まるで狽フような殺気を帯びていた。
(クラーケンと同じだ・・・・既に・・・・・)
エックスは歯軋りすると、ホタルニクスにバスターを向けた。
それと同時に視線をホタルニクスへと戻すが、相手の様子がどうも変だった。
さっきの殺気が心なしか緩み、こちらに何かを伝えようと口をパクつかせている。
(・・・何だ?)
目を丸くして、エックスはホタルニクスを注意深く見つめた。
心なしか、どころではない。確実に、彼は狽フ呪縛からその身を解放されつつ
あるのだ。少なくとも、一時的ぐらいには。
「君に・・・レーザー装置を、渡すわけには・・・いかない・・・・」
気を抜けば今にも狂い始めそうなホタルニクスが、かすれ声を漏らす。
本当に漏らすと言った程度で、真剣に聞こうとしなければ、例え人間と比べて
聴力のいいレプリロイドでも不可能だったろう。
ただエックスは息を飲んで、彼の話を聞いていることしかできなかった。
「私は、常に君達の活動に疑念を抱いてきた・・・・
人類がお望みとあらば、どんなに正当な主張をしている同胞をも平気で
殺せる・・・・・狂っているのは、君達だ。そもそも、あの忌まわしい狽
生み出したのも、君達だ。
いつだって、戦いの発端は・・・君達ではないのかね?」
かすれ声が既に明確な悪意を持った言葉に変わっていた。
違う───これは、買Eィルスに侵蝕されていない者が語ることではない。
むしろ、そうなってしまった者が吐くセリフだった。
だが、少なくとも的は射ていたようだった。エックスが言い返せずに、
歯を軋ませている。
完全に目が据わり始めたホタルニクス続ける。
「そんな、危険でしかない君達に・・・・私がレーザー装置を渡すと思うか?
これ以上、私が作ったものが兵器として利用されていく姿を見たくはないのだ・・・」
ホタルニクスはさも口惜しげに喋った。
言うことは、エックス自身痛いほどに理解していた。エックスもホタルニクスと同じ
平和論者であり、戦争を否定する同志だからだ。
V.S.シャイニング・ホタルニクスC
しかしだからと言って、理屈で戦争を鎮めることはできない。
これもまた、エックスが戦いの中で学んだ真実である。
「あなたの気持ちは分かります。けど・・・・今はそんなことを言っている時では
ないんです。知っていますか?あなたが苦しんでいる間に、地球に向かって
ユーラシアが落下し始めたんですよ?
これを止めるには、博士の協力が必要です。だから・・・だから・・・・」
「分かっている・・・・」
突然のホタルニクスの返事に驚いて、エックスはぎょっとした。
もっとも、ユーラシアが落ちている事実のことを知っているのか、それとも自分の
発言が我がままでしかないことを了解したのかは分からなかったが。
「今は君の言うことがが正しいさ。だがな、心に根付いた概念を拭い去るなど
できない・・・最後ぐらいは、自分の信念を貫かせてほしいのだ・・・・」
悲痛に、ホタルニクスは告げた。
(最後・・・・最後だと!?)
発言の中にある単語に、エックスは動揺した。
彼はこれから死に臨もうというのか?
だとすれば───彼は発狂寸前なのか?もう自分には止められないのか?
(また・・・・守れないってのか!くそぉっ!!)
再び無力さを実感し、エックスは行き当たりのない怒りを噛み締めた。
次第に口が痙攣し始めたホタルニクスが、最後の願いをその口の外に出した。
「さあ・・・・私を殺してくれ・・・・」
コロシテクレ。
エックスは、何度もその言葉を反芻していた。
そうしている間にも、ホタルニクスは凶変していく。
まず白目を向き、次に悪意から殺意へと雰囲気を変え、そして全身の戦闘システムを
呼び起こし、徐々に狽フ邪念へと身を委ねていった。
「あ・・・ああ・・・・」
もはやうめくしかなかった。ホタルニクスはもうホタルニクスではなくなって
いたのだ。
背部のウイングを展開して飛翔したホタルニクスは、こちらの姿をまるで初めて
見たかのように
認識すると、両手を胸の前でかざして、小さな光を生み出した。
「・・・くっ!!」
それをこちらへの攻撃姿勢だと、やっと理解したエックスは腰を落として臨戦態勢を
整えた。直後───光球が残像を残しつつ、こちらへと急接近してきた。
ウィルレーザーである。
光は直進しかしない────そんな当たり前のことを思い出して、エックスは
ダッシュした。レーザーの側面から回りこんで、発射の状態のまま硬直している
ホタルニクスに致命的な一撃を加えるのが、彼の狙いだった。
ところが、それは余りにも意外な出来事によって失敗してしまった。
何故なら────エックスの側面を通り過ぎるはずのレーザーが、
いきなりこちらに向かって屈折したからだ。
気付いた時には既に遅く、彼の左肩アーマーが木っ端微塵に吹き飛んでいた
V.S.シャイニング・ホタルニクスD
「うぐっ!ぐがあああ・・・・・」
モロにレーザーの直撃を受けたエックスはもんどり打って床を転がった。
ホタルニクスはやられたエックスを見て楽しんでいる訳ではないのだろうが、
エックスを凝視しているだけだった。
高熱に焼けただれて黒く変色した肩を押さえつつ、エックスは立ち上がる。
(どういう・・・ことだ?)
訳が分からなかった。何の前触れもなしに、いきなり光が折れ曲がったのだ。
敵を追尾するレーザーという都合のいいレーザー兵器など、ついぞ彼は聞いたことは
ない。だが、現にエックスの目前でそれが起こったのは明白だった。
原理はわからないが、強力な攻撃であることだけは間違いなかった。
そんなことを黙考しながら立ち直ったエックスは、バスターの照準をホタルニクスへと
合わせた。この距離なら絶対外さない。完璧な自信を持って、エックスは叫んだ。
「くらえッ!!」
連続で、バスターが火を噴いた。だが───ホタルニクスの姿が消え、
いきなりあらぬ場所に出現していた。当然エックスのショットはかすりもしなかった。
ただ、向こうの壁の一部が破砕されただけだった。
また、訳が分からない。瞬間移動などという芸当も、彼は見たことはなかった。
(そうか・・・今のは虚像か!)
虚像。光の焦点を利用して実際の像とは違う別の像が出現すること。多分消えていると
見せかけて高速移動しているのだろうが、分かったところで対抗手段などなかった。
困惑するエックスに更に追い討ちをかけるように、ホタルニクスはテレポートを
繰り返す。最初はエックスの右前方へ、次に左後方へ、更に真上へ、そして真正面へ。
完全に翻弄されているエックスはバスターを四方八方に乱射する。
が、結局カス当たり一発さえできなかった。
と───今度はエックスの遥か後ろに現れる。気配を察知して振り返ったエックスに、
ホタルニクスは間髪入れずに尻に装備されているレーザー砲を発光させた。
腰を滅茶苦茶に振って、極太のレーザーで地表を片っ端から焼け野原に変えていく。
「うおおおおわあっ!!」
エックスは悲鳴をあげつつ、何とか追ってくる熱線を回避し続けた。
先程の屈折レーザーやテレポーテーションのような姑息な手段ばかりだと
思っていたら、これである。
本当にこれが科学者の戦闘能力かと一瞬思ったが、クラーケンの場合を考慮すると、
科学者だからと言って必ずしも『力』に秀でていない訳ではないらしい。
再びエックスは反撃するが、やはり彼がホタルニクスにダメージを与えることは
できなかった。
そうこうしている間に、ホタルニクスは光球を幾つも作り上げ、その辺にばら撒いた。
刹那────
「うぐああああ・・・・」
エックスの体が突如ズタズタに引き裂かれた。床やら壁やら天井やらに乱反射する
レーザーによってボロボロにされたのだ。
もはや動く気力も尽きて、エックスは床に倒れこんだ。金属が焦げた臭いが、
鼻についた。頬にべっとりとした感触を感じる。自分のオイルのようである。
(さすがは光の魔術師・・・・油断しすぎたか・・・・)
彼の通り名を胸中で呟いてみる。
自嘲するように笑みを浮かべると、エックスは抵抗する気も失せ、目を閉じた。
このまま死んでもいいかな・・・・そう思い始めた、ちょうどその時だった。
「・・・クス!エックス!応答して!聞いてる?」
唐突に、女の声が電子頭脳内臓の通信機から聞こえてきた。
聞き違えることのない、エイリアの声だった。
V.S.シャイニング・ホタルニクスE
「たった今、新型の強化アーマーが完成したの!」
(新型の強化アーマー?・・・・ああ、出撃直前に確か俺の体にはその転送装置が
組み込まれていたな・・・・)
その時はどんなアーマーかも説明を受けずに飛び出したが、もしかしたら、今の戦況を
盛り返せるかもしれない。かすかな希望をもって、彼はあらん限りの力で立ち上がる。
「詳しい説明はこの『ファルコンアーマー』と一緒に転送されるヘルプを参照して!
いいわね!」
かなりうろたえた様子で、エイリアが喋る。一旦通信が切れた。
(ファルコン・・・アーマ−?何だそりゃ?)
聞き慣れない名前だった。ゼロがその設計図を運んできたらしいが、
それを書いたのは────
(多分、あの老人だ)
今回も突如として表れ、突如として助けてくれる、その神出鬼没さについては、
いい加減飽き飽きしていたところだった。
と、エックスが死んでいないことを確認したホタルニクスが、こちらに
ウィルレーザーのターゲッティングを定めているところだった。
(あのレーザーが届く前に・・・頼むぞ、エイリア!!)
胸中で叫ぶと、エックスは回避行動の準備態勢を取った。
そしてホタルニクスの光弾が、彼の両手の手の平から離れた。
軌道を修正するために何度か屈折して、真っ直ぐこちらへ迫ってくる。
「ちっ!!」
仕方なく、エックスは壁を蹴って天井へと登り始めた。
無論それは一時凌ぎにすぎないことは分かっていたが、ファルコンアーマーが
転送される前にあれを喰らうとさすがに生きている保障はなかったので、
時間稼ぎはする必要があった。
(頼む・・・・間に合ってくれ!!)
力の限り壁を登りながら、エックスは願った。下からレーザーが追ってくる。
逃れるためにダッシュ壁蹴りで大きく壁から跳躍するが、レーザーがあと数センチの
ところまで近づいていた。
(駄目か!?)
死への恐怖が彼の顔を歪曲させる。あきらめが彼を支配し始めた時───それは
起こった。
「転送!!」
エイリアの叫び声が、再びこだました。
瞬間、エックスの体が白く発光し───光がなくなった頃には、エックスのボディは
新たな装甲へと変化していた。
カラーリングはフォースアーマーとほぼ同じだが、全体的にややスマート。
最大の相違点はバックパックの形にあった。フォースアーマーは背中にバーニアが
ついている程度だったが、このファルコンアーマーは展開式のウイングに
大型のバーニアが装着された豪華なものだった。
ざっと見ても、このアーマーは飛行能力に優れていることが考察できるだろう。
コンマ1秒ほどの差で、こちらに着弾するはずのレーザーはその直前で消滅した。
ホバリング状態にあるエックスの周りに、肉眼では見えない大気のバリアが
生じていたからである。
「どう、エックス?アーマーの調子はいかが?」
いつの間にか再び通信をはじめたエイリアが自慢げに、こちらの状態を伺ってくる。
彼女自身がこのアーマーの設計・開発に携わったわけではないのに、だ。
彼女にこんなお調子者の面があるとは知らず、ついエックスは苦笑する。
「ああ、良好だ。これなら・・・・いける!!」
絶対の自信───勝利への確信を持って、彼はバスターのエネルギーチャージを始めた。
V.S.シャイニング・ホタルニクスF
一方ホタルニクスは何が起こったのか分からず目を白黒させていたが、すぐさま
次の攻撃へと移ったようだった。
拡散レーザーを床・天井で乱反射させてあらゆる方向からレーザー攻撃を
行う技───だが、それをエックスは並ならぬ反射速度と、体中に装備された
姿勢制御装置をフルに駆使して、オールレンジ攻撃を難なくかわしていく。
エイリアの説明など必要としなかった。
華麗に空中で舞いながらも、エックスはチャージをやめてはいなかった。
それどころか、既にチャージは終了していたのだ。
先程の乱反射レーザーが収まった直後に、彼は溜まりに溜まったエネルギーを
バスターから放出した。狙いは、ホタルニクスの右肩。レーザー装置の在り処を
聞き出すためとか、そういう以前に、エックスの個人的な感情が関係して、
殺してはならないと思ったからだ。
事態は一瞬──ほんの一瞬──だった。エックスの銃口から槍のように突き出た
チャージショットは、刺すようにホタルニクスの
右肩と胴体への接合部を貫いた。通常ならあっさりかわされていたはずだが、
ホタルニクスがテレポーテーションを
行う前に──つまり彼の反応速度よりも速く──チャージショットが貫通したのだ。
弾速は相当早いと考えていいだろう。貫通力もなかなか高そうではある。
(今までのアーマーとは比べ物にならない機動性能と、貫通力と弾速に優れた
チャージショット・・・それに加えての、長時間の飛行能力。大気のバリアー。
これは・・・使える!)
彼はバーニアを最大出力で稼動させ、これまでのエアダッシュとは比較にならない
スピードで空中を疾駆した。
尻のレーザーキャノンで必死に抵抗するホタルニクスだったが、大気の壁の前に、
それは通用していなかった。極太レーザーをかき分けて進むエックスが、
腰に拳を構えて突進する。その握り拳に、バリアーのエネルギーが
集中しているようだった。
「うぉおおおおおお・・・どぉおりゃあああっ!!」
零距離まで一気に接近すると、エックスは渾身の力をこめたパンチを、ホタルニクスの
腹部へと叩き込んだ。メキメキと内部組織が粉々にされる音と振動が、
拳を通じて伝わってくる。一瞬それに嘔吐感を覚えたりもしたが──構わず、
そのままの態勢で、エックスは床へとホタルニクスを叩き付けた。
体中からパチパチと火花が弾け、ホタルニクスは完全に行動不能となったようだった。
V.S.シャイニング・ホタルニクスG
心が締め付けられる苦痛はなくなったが、今度は全身が悲鳴をあげていた。
四肢の感覚がないことを考えると、どうやら腕と足が破壊されているらしかった。
突如としてホタルニクスはぱっちりと目を見開くと、そこには自分を抱き抱えて
泣きじゃくっている男の姿があった。記憶の中にうっすらと残っている、
第17精鋭部隊隊長のエックスである。
(ああ・・・なるほど。私は買Eィルスによって狂乱し・・・それでか。
体が痛むのは)
まるで他人事のように、ホタルニクスは察した。その痛みさえも他人のものの
ようだった。
「・・・博士?」
こちらが意識を取り戻すと、エックスは涙を拭って問い掛けたようだった。
「・・・・・・」
ホタルニクスは口を開かなかった。今はその時でないと思ったからだ。
じっとエックスを覗き込む。何度泣いたのかは知らないが、頬にくっきりと涙の跡が
残っている。その涙の意味は────
(そうか・・・私の苦しみなど、彼の苦しみに比べれば・・・・)
今までこの男は正論である博愛ばかりを口にする偽善者だとばかり思っていた。
彼に悩みなどないものだと思っていた。その辺にいるイレギュラーハンターなどより
よっぽどタチの悪いレプリロイドだと考えていた。
自分はいつの間にやら、彼を何の悩みもない英雄だと思い込んでいたようである。
しかし、今やっと分かった。彼とて完全ではないことに。
でなければ、自分を理解しているような──これはホタルニクスの勝手な憶測だが──
透き通った涙を流してくれるはずなどない。
そんな純粋な彼を、ホタルニクスは羨ましく思った。
「・・・なあ、エックス君」
「・・・?」
「イレギュラーハンターの存在意義とは、何かね?いや・・・それ以前に、
イレギュラー化するという危険性を残したレプリロイドが、何故ここまで世界に
広がったと思うかね?」
突然問われてエックスは押し黙った───元々黙ってはいたが。
もはや動くのもやっとなホタルニクスの口が、言葉を紡いだ。
「私はこれまで、大半の人類はレプリロイドを影で利用するためにレプリロイドを
これまで生存させてきたのだと思っていた。イレギュラーハンターはその管理の
ために同胞を排除する組織だと───そう思ってきた。
しかし、どうやらそうではないらしい・・・少なくとも、レプリロイドの開発に
関わった科学者達だけは、な」
「・・?」
理解できず、エックスはまたも顔をしかめる。
「君の表情を見て、思い出したよ。彼の・・・Dr.ケインの顔をね」
「!」
意外な人物を思い出されたことに、彼は驚愕を覚えた。何の共通点があって、
そう考えたのかが思いつかなかったからだ。
V.S.シャイニング・ホタルニクスH
「彼は多分・・・自分が丹精こめて造り上げた『息子』を『失敗作』のまま
終わらせたくはなかったのだろう。
それはそうだ・・・・後世で『息子』達が歴史上の汚点呼ばわりされては
適わなかったのだ。『息子』の痛みは彼の痛みだったから。
仕方なく、彼はイレギュラーハンターを組織せざるを得なかった。
それはレプリロイドにとってはたまったものではなかったかもしれない。
だがそうするより他に、我々が生き残る手段などなかったのだ。
それを彼のエゴと言えばそれまでかもしれないが・・・・
それは親が子に向ける、ごく普通の、純粋な愛情だった。
それを否定する権利は・・・例え我々にもないのではないのかな?
少なくとも・・・・少なくとも、私はそう思うよ。
そう・・・信じたいのだ・・・・・」
エックスは黙って、彼の話を聞きながら涙していた。
彼の言いたいことは痛いほど分かったから。
「そう・・・ですよね・・・そう、信じたい・・・ですよ、ね・・・」
こみ上げるしゃっくりのせいで断続的にエックスは喋るしかなかった。
しばらく後、泣き終えたエックスはゆっくりと立ち上がった。
「・・・・レーザー装置はどこです?」
話題を突如切り替え、エックスが質問する。
命の火が尽き掛けているホタルニクスには酷なことだったが、これはどうしても
聞かなければならないことだった。
ありったけの声で、ホタルニクスは答える。
「・・・その奥の・・・私の私室にある。必要ならば持っていくがいい」
「では博士、ご一緒に・・・・」
「駄目だ」
力ない声で、ホタルニクス。何が駄目なのだろうか。
「私は機能中枢を買Eィルスによって制圧されつつある・・・もはや修復不可能だ。
いっそのこと、君が私を破壊してくれ・・・・」
「!?」
エックスは再度驚愕した。
自殺依頼は初めてではなかったが───こうして率直に頼まれたのは久しぶりである。
(結局・・・・結局俺は同胞を撃つのが仕事なのか・・・・)
自問する。愚にもつかない疑問ではあった────ゼロに聞けば「そうだ」と
即答されるだろう。
あの日から────『狽フ反乱』で、同胞を撃ってでも平和を取り戻してみせると
誓ったあの日から、こうなることは日常茶飯事だった。必然的なことだった。
分かっていたはずなのに───分かっていたはずなのに。
息を殺して、彼はホタルニクスに銃口を向ける。
「・・・・うう・・・」
これで何回目になるかもわからない涙をこぼしながら、彼は硬直していた。
ホタルニクスはそうなることを望んでか、安らかな顔で目をつむっている。
「・・・ううううう・・・・・」
歯の根が噛み合わなくなって、ガチガチと音が響く。
せめて、せめて苦しまないようにと、彼はバスターのチャージを始めた。
それから数十分して、やっとエックスはホタルニクスにとどめを刺した。
目が潤んで視界がぼやけていたが、それでも彼はホタルニクスの私室でレーザー装置を
探り当て、それを回収した。
第一次作戦開始から5日後・・・・ついに彼は、イレギュラーハンター本部へと
帰還する。
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