『ロックマンX5』 第2章「第一次作戦開始」
著者:H.Mさん

 〜V.S.ボルト・クラーケン@〜

第一次作戦開始より半日ほど経って、彼──エックスは、アメリカ国立・カリフォルニア
電磁研究所内にいた。無論、理由はエニグマに必要なパーツ「エネルギーカートリッジ」を
回収するためだ。
ここの研究所の所長である、元第17精鋭部隊所属の特A級ハンター──ボルト・クラーケンが
それを所持しているはずなのだが、研究所の所長室を調べても彼の姿はなかった。
(さっきからずっと探しているが・・・・どこなんだ、一体?)
エックスは顔をしかめつつも、目の前で暴走し、生き残りの研究員を殺そうとしていた
ガードシステムをバスター数発で葬った。助けられた研究員は何度かエックスに感謝すると、
周りの様子を確認しながら逃げて行く。
数時間前にライドチェイサー『アディオン』で強行突入してから、このような地獄絵図が
絶え間なく続いていた。もはやガードシステムは侵入者から内部の者を守るシステムではなく、
目に付いた、まだ『狂っていない者』を破壊するだけのシステムと化していた。これでは
半日前に起こったニューヨークの街の混乱とさほど変わりはない。
(くそ、どうなっちまったってんだクラーケン・・・・お前は一体どこに───)
と、ある扉の前で足を止める。まだ調べていない部屋だろうか?訝りながらもそこの部屋の
名前を調べる。扉の上には『中央制御室』と書き記されてあった。
(無事でいてくれよ、クラーケン・・・・)
扉はロックされていた。やはり、ウィルスの影響だろう。
クラーケンが買Eィルスに犯されていないことを祈りながら───エックスは、問答無用で
扉をチャージショットで破壊した。

〜V.S.ボルト・クラーケンA〜

爆風に紛れて側転で転がり込み、バスターを構える。が、そこに敵の姿はなかった。
代わりにレプリロイドが立っている。男はこちらが突入してきたことに驚きの様子を
隠せないようだった。
「・・・・何故あなたがここにいるのよ?」
女のような言葉遣いで話す男──ボルト・クラーケンは怪訝そうな顔をしてこちらに問い掛ける。
心配は無駄な取り越し苦労だったと察すると、思わずエックスは嘆息してしまった。
「あのなあ・・・お前、俺がどれだけ心配したか分かって、そんな発言してるのか?
 さっきから所長室やら研究室やら探し回って・・・・・」
「知らないわよ、そんなもん。大体、私だってこんな所に閉じ込められてたんだから、今一体何が
 どうなってるか全く分からないんだからね・・・・とにかく、状況説明して頂戴」
再び溜め息をつきながら、エックスは、今世界に起こっていることをできるだけ簡潔に話した。

「なるほど・・・で、あんたは私にエネルギーカートリッジをよこせと言いたい訳ね」
「そういうことだ・・・・って、ンな険悪な言い方はしてないが・・・・」
この男はどうしてそういう見解しかできないのだろうか?先程からずっとこの調子である。
「本音はそうでしょ・・・・しかし、あんたも変わったわね・・・・」
「・・・・何がだ?」
言っている意味が良く分からず、エックスは眉間にしわを浮かべる。クラーケンは続けた。
「『狽フ反乱』前に比べて、って意味よ。あの時は虫も殺せないような偽善者だったのに、今じゃ
 他のハンターや人類と同じ独善者になってしまったから・・・堕ちたもんよ・・・」
「何だと?」
険悪に言い返してみるが、クラーケンの言っていることも、あながち的を外しているとは言いがたい。
自分がまだ第17精鋭部隊の一介の隊員だった時代、彼は「イレギュラーを殺す」という
ハンターとしての仕事ができないほどの甘ちゃんだった。今はその程度のケジメはついている。
だが最近はイレギュラーの区別が曖昧になってきているせいで、思想犯──特に狽ニ似たような思想を
持つものは即刻排除されるまでに徹底されている。エックスとて、そういった者を撃たなければ
ならない時は度々あった。例え、その思想が彼らの悲痛な訴えだったとしても。

〜V.S.ボルト・クラーケンB〜

クラーケンはこういったハンターの一連の行動を、人類の腐敗によるものだからと言いたいのだろうか?
それとも・・・・彼は、親友のランチャー・オクトパルドを殺したことを根に持っているのだろうか?
(どちらにせよ、俺は世界を救わないといけない・・・・)
エックスの目つきはどんどん敵意を持つ目へと変貌していく。が、それにはクラーケンは全く動じない。
エックスは少々落ち着くと、彼に疑問を投げかけた。
「・・・・・オクトパルドのことで、俺を恨んでいるのか?」
その発言に、渋々クラーケンは考え込んだようだったが、
「そんなこと、根に持っちゃいないわよ・・・とにかく、持って行きたいカートリッジなら、
そこの倉庫にいくらでも転がってるわ。勝手に持って行きなさいよ」
最初から最後まで、彼の態度は変わる様子はなかった。笑顔でエックスは感謝する。
「分かったよ・・・・すまなかったな。そういえば君がハンターをやめた理由って・・・・」
問い掛けると、クラーケンはさっきにも勝る声量で言い放った。
「決まってるでしょ!あんなガサツで強情で、そのくせ自分達の名誉を守るためには他者をも犠牲に
しかねない本部の連中に手を貸す気なんか失せたからよ!だから、私・・・は、こんな・・・世界、なら、
いっそ、滅びてしまえ、って・・・・ホロビテシマエッテオモッタノヨ!」
突然のクラーケンの凶変に、エックスはぎょっとした。いつの間にか、クラーケンの目は光を失っている──
(買Eィルスに支配されたのか!!)
どうやら既にクラーケンの体内にウィルスが入り込んでいたらしい。彼の心配は、無駄な取り越し苦労では
終わらなかった。
口調すらも変わっていくクラーケンは、ゆっくりと宙に浮いていく。背中のブースターは、あくまで
姿勢制御のためにしか存在しない。電気ウナギの50倍以上に相当する発電力を生かして、
イオノ・クラフト効果を発生させているのだ。
「ハハハ!コロシテヤルヨ!オクトパルドノヨウニナ!」
「くそ、許してくれよ・・・・クラーケン!」
口調すらも変化していくクラーケンに哀れみの念をこめながら──エックスは、絶望的なまでに己の
無力さを儚んでいた。

〜V.S.ボルト・クラーケンC〜

何かの滅びを望むこと。それはエックスにとって最も恥ずべき行為であった。
だが──クラーケンが考えるそのことを、恥ずべきこととは言えない。彼はオクトパルドを殺されてからの数年間、
悲痛なほどに苦しい思いで生きてきたのだ。どこかで道を踏み外してしまったこの世界を呪い、憎んで、
絶望し続けて。彼自身「オクトパルドのことは根に持っていない」と断言していたが、やはりそのことは少なからず
エックスへの嫌悪感を募らせていたようだ。彼に取り付いた、深層意識をさらけ出す買Eィルスが、それを
証明している。
(こんな悲惨でしかない奴を、俺は救うことができないってのか!?)
自己に対する怒号と共に、エックスはチャージショットを放った。が───光の帯は目標に接触する前に消し飛んだ。
クラーケンは全く動いてはいない。何故か、体中から電撃をパチパチと弾けさせていたが。
(電磁シールド!)
そう、かつて撃破した敵──エレキテル・ナマズロスも使用していた防御手段だった。ただし、ナマズロスの場合は
電力供給装置で電気を補給し、繰り出していた。クラーケンは、それなしに今の防御をこなしたのだ。
(実験用の体ではあるとは言え、十分戦闘に対応している訳か・・・・)
確かに、ナマズロスなどより遥かに実戦向きではある。これでは遠距離からの攻撃など無意味だ。
ならば手段はただ一つ。電磁シールドの効果範囲内にバスターを突っ込んで、そこから一気に爆裂させるしかない。
要するに、接近戦である。エックスは元々接近戦には向いていないが、それが現在一番効果的な手段だ。
と──思考している内、電気の糸がこちらへ殴りこんできた。身をよじってそれを避ける。
よくよく考えれば、空気中でこれだけの電撃を放てる発電力などどんなに強力なものだろうか?至近距離で放電でも
喰らわされようものなら、エックスとて確実に死ぬ。つまり──接近戦は文字通り一撃必殺で決めるしかない。
覚悟を決めろってことか、とエックスは胸中で確信した。
そして、クラーケンはエックスのショットをかわしながらゆっくり地上に降りると、地面に向かって電光を
叩きつけた。グランド・スパークである。

〜V.S.ボルト・クラーケンD〜

突然脚部から強烈な痺れが走って、エックスはその場で崩れ落ちた。更に、全身にも同じ衝撃が走る。
不覚だった。床は電気を通しやすい金属になっていたことに、気付くことができなかった。電流が流れを止めると同時、
またクラーケンは上昇した。空中でなにやら青白く光りだす。光の中心は背部の四つの触手の先だった。
恐らく限界まで充電し、一気にこちらを仕留める気なのだろう。だがこの無防備な瞬間こそ攻撃のチャンスだった。
エックスはギシギシ悲鳴をあげる体の関節を無理やり動かして立ち上がり、体の機能を確認する。
足裏のスラスターはどうやら稼動するようだ。多分、ダッシュは可能だろう。
(ダッシュ・ジャンプで奴のいる空中へ飛び上がるんだ。懐に飛び込むまでにチャージを終え、ぶっ放す)
先程即興で考えた最善策を試みる。即座に彼はチャージを開始した。
こちらに感づいたクラーケンは、一旦充電を終えたようだった。それでも、エックスを殺すほどの電撃は十分溜まっている。
しばしして、エックスは走った──いや、駆けた。足裏のスラスター、背中のバーニアを噴射させ、猛烈にダッシュする。
「グオオオオオオッ!」
もはや言葉にすらなっていないクラーケンの叫びは、四本の触手に伝わって伸び出すように見えた。
直後、俊敏な動きで迫った触手は、確実にエックスを狙っていた。
やむなくエックスはチャージ途中のバスターを撃ち放つ。かろうじて一本の触手にショットは着弾した。
(残り三本・・・・)
次は両側面から触手が迫る。が、これは既に予想していたのか、エックスが両手に真空の渦を作り出す。
ダブル・サイクロンである。サイクロンにズタズタにされた二つの触手は、大きく軌道をそれる。
(残り一本!)
エックスは確実に勝利に近づいている。
再び彼はエネルギーチャージを始めた。最後の一本は斜め上から迫ってきたが、これを撃墜するとチャージが
終わらない。最後の四本目は──手で軽く裁いてかわす。もちろん彼の腕を高圧電流が貫いたが、それには何とか耐えた。
更に──ダッシュ・ジャンプ。無理に電磁シールドをこじ開けるようにして、バスターを押し込む。
そして──チャージはたった今、終了した。
「これで終わりだぁーっ!!」
彼の右手のバスターから、青白い輝きが迸った。

〜V.S.ボルト・クラーケンE〜

閃光は一瞬にしてクラーケンの腹部を貫いた。至近距離でその程度の威力しかなかったのは、やはりクラーケンの
電磁シールドのせいだろう。相当強力ではあったが、まあ零距離のチャージショットでどうにかならない程ではなかったようだ。
しかしエックスのダメージも並大抵のものではなかった。電磁シールドに無理矢理バスターを突っ込んだ挙句、そのまま
エネルギーを放出したおかげでバスターの銃身部分は完璧に破損して発射不能となっている。しかも度重なる電撃によって
彼の関節は所々痛んでいた。その証拠に関節のつなぎからギスギスと不快な音が動く度に漏れ出していた。
ともあれ、彼は壁伝いに滑り降りて──爆風で壁まで吹っ飛ばされたためだ──、落下による衝撃だけは回避した。
しばし遅れて、クラーケンの残骸も着地──と言うか地上に叩きつけられる。
良く見ると、下半身がなかった。恐らく爆発の衝撃で粉々になったのだろう。それらしき破損したパーツが降ってきたり、
その辺に転がっていたりした。
「・・・・・・・・・」
眺めて、黙考する。クラーケンの狂乱の凄まじさを頭に浮かべながら。
(買Eィルスってのは、そのレプリロイドの深層意識に眠る欲望や憎しみ、妬み、悲しみ、絶望・・・・
 それら全てを表面化するのだろうか・・・・)
だとしたら、狽アそそういったネガティブマインドの塊ではないのだろうか?そんな考えが、ふと彼の脳裏をかすめる。
有り得ぬ話ではない。実際、そうして幾多のレプリロイドがイレギュラー化したのだ。
マグネ・ヒャクレッガー、ドップラー博士、ナイトメア・ポリス、マグマード・ドラグーン・・・・・考えるだけでも手に余る。
全てはあの諸悪の根源、狽フ手によって、エックスは今日までそれらを破壊し続けてこなければならなかったのだ。
「・・・・なら奴を破壊するまでだ。奴さえ倒せば・・・・こんな悲しい戦いを続ける必要はないんだ・・・・」
だが狽ヘいくらでも復活する。湧いて出るかのように。いつになったら、この果てしない戦いは終わるのか。
答えは出ない。分からない。
あきらめて、彼は目的のエネルギーカートリッジを回収するため、倉庫に向かおうとした。背を向ける。が・・・・
「・・・待ちなさい・・・よ・・・・」
押し殺したような冷徹な声に、エックスの背筋は凍りついた。

〜V.S.ボルト・クラーケンF〜

恐る恐る振り向くと、そこには仰向けのまま、こちらに突き刺すような視線だけを送り続けているクラーケンがいた。
その憎悪に染まった双眸に畏怖しながらも、エックスは何とか自制を保った。
クラーケンは冷たい眼差しを向けるのをやめようとはしない。あくまでそのままの状態から、こちらに言い詰めてきた。
「よくも・・・罪もない、一般のレプリロイドを殺せるわね・・・・あんたって、そんな冷血漢だったかしら・・・・
 まあ、そうね。あの頃とは違うからなんでしょうね・・・ただの臆病なB級隊員だった頃とは違って、今は立派な本部の犬に
 成り下がっているんだからね・・・・」
「ち、違う!俺は・・・・」
認めたくなかった。が、否定する材料が思い浮かばない。
クラーケンはすぐさま続けてきた。
「何が違うのよ・・・・本部の名誉回復に利用されるだけ利用されて、それを知っていながらもハンターをやめようとしない
 あんたら二人の行動には理解が示せないわ・・・・」
怒っている。この男は、激怒しているのだ。叫ぶほどの気力がないクラーケンだったが、エックスには彼の態度はどう見ても
憤慨しているようにしか見えなかった。それでも自分はゼロと共に、人類・レプリロイド共通の敵、狽何度も闇に葬ってきたのだ。
無論、本部のためにでなく、この星の全ての者達の明日のために。
それを批判されては反論したいところではあったが、エックスは黙って彼の言うことに耳を傾けることにした。
「人類なんて、勝手よ・・・私達を生み出した時には『ロボットの革新』だとか『機械が人類へ近づく第一歩』とか、好きなこと
 抜かしておいて・・・・一度異端者──イレギュラーが発生した途端に、『人類を模倣しただけの欠陥品』?ざけんじゃないわよ・・・
 それで私達の運命はどうなるの・・・・ただイレギュラーハンターという存在に怯え、異常をきたすのを恐怖する毎日・・・・・
 そんな希望のない生活に、私は絶望したのよ。かつてのオクトパルドと同じようにね・・・・」
一度ランチャー・オクトパルドという男と戦闘したことがある。今のクラーケンと似たようなことを言っていた。
最近では危険な──その基準も曖昧だが──思想をもつレプリロイドもイレギュラー視されてきている。
クラーケンの言うことは、分からないでもない。

〜V.S.ボルト・クラーケンG〜

「人類が、自分達と同じほどの知能を持ちながらも、自分達より大きな力を持ったレプリロイドが牙を向くのを恐れ、
 結果、生まれたのが・・・イレギュラーハンター・・・結局、レプリロイドを『人類のかけがえのないパートナー』と言っておきながら、
 その実、人類はレプリロイドと言う存在をハナから信用していないのよ・・・・それなら私達を生み出さなければ良かった・・・・」
ひどくクラーケンはこの世に失望している。自殺しようとする者が最後に言う言葉のようだ。まだまだ彼は愚痴り続ける。
「それに、最近じゃ、そのイレギュラーハンターという存在すらも人類を裏切りつつある・・・・最近まで、人類はハンター本部の貪欲なまでの
 名誉欲を知ることはなかった・・・馬鹿だわ・・・自分達こそ利用されているのに気付いていないのね・・・・・」
と、ここで彼は一旦言葉を切った。結論を言いたいのだろうか。
「もう、嫌。己の名誉回復のためなら、何でも犠牲にするような奴らに組するのは嫌よ・・・レプリフォース・・の、二の舞、には
 なりたく・・・ない・・・だから、私は、やめた、の。あんな・・・クソみたいな組織・・・」
次第に彼の声は低くなり、所々で言葉が断裂していく。死ぬ間際なのだろう。
「・・・あなた、なんかに・・・私が・・・こんな世の中なら・・・滅びてしまえ、って思った、理由なん、て・・・
 一生・・・分からない・・・でしょう・・・ね・・・」
それで彼は事切れた。この世界の全てを悔やみながら。
そんな暗い空気の立ち込める部屋で──独り立ち尽くし、エックスは拳を握り締めていた。
「・・・君の言い分も分かる。しかし、この世界だけは滅ぼしちゃいけない。
 全てを滅ぼして終わらせるなんて・・・そんなやり方だけは、絶対に認めない」
狽ノ取り憑かれた時と、同じ言葉を発していた。
大切なのは滅ぼすことではない。改善することだ。改善する努力を放棄し、滅ぼす行動に出る者は、彼は決して許さない。
例えば──あの狽フように。
(いや・・・こいつは既に、狽サのものになってたのかもしれないな・・・・・)
そう呟きながら──エックスは歩き出した。
その後、この研究所は、エックスがエネルギーカートリッジを持ち出した後、爆破された。

〜V.S.クレッセント・グリズリー@〜

インド・ニューデリー郊外を暴走している超大型トラックが、クレッセント・グリズリーの物だと知った時でも、彼は表情すらも変えなかった。
誰とて驚きはしないだろうが、眉間にしわ一つ浮かべないのは、彼──ゼロぐらいだろう。彼はそんな鉄面皮を保つまでの冷静な──もとい、冷徹な──
ハンターだった。
指折りの武器ブローカー、クレッセント・グリズリーは、ブローカー以外の仕事──と言うより人生の一環として、パーツハンターという稼業を営んでいた。
パーツハンターというのは、優れたレプリロイドのパーツを奪い、それを売って金を稼ぎ、自分が生きるためのエネルギーに変える、といったことを
続ける者達のことである。無論、奪った部品をそのまま己の体に組み込んで強化する場合もある。奪われた相手は、当然のことながら殺される。いや、
正確には殺した後、奪い取るのだが。グリズリーは専ら後者の方だった。食いつなぐための金ならブローカーとして稼げるし、何より最近は貴重な
パーツが大戦の影響でほとんどなくなっていってしまったからだ。取引などで入手するより、こちらの方がよほど効率的だった。
が──買Eィルスの影響でトラックが暴走した今では、取引やパーツ回収どころではなかった。まずは自分の保身が優先である。
ゼロは本来ならば、このような輩には用などなかった──だが、最近発見された特殊金属『オリハルコン』を持っているのであれば、話は別である。
オリハルコンは希少な金属で、国家と国際企業の間で高値で取引されている代物だ。どういった経路で入手したのかは不明だが、それがこちらに渡れば、
エニグマの開発に大きく関わる。オリハルコンは現在一番硬度が高いハードセラミカルチタン合金より遥かに硬い(それも単体で)。それだけでなく、
熱伝導率が極めてゼロに近いという、これまで科学者が追い求めた理想の性質を持っていた。大量に入手すれば夢の常温永久機関の設立が可能だが、
あいにくそこまでの量は発見されていない。
ともかく、これをエニグマのエンジンに応用すれば理論上連射が可能だというのが、ダグラス達技術班の狙いなのだ。
(俺はその、使い走りって訳だ)
溜め息をつきながら、ゼロはビームサーベルを引き抜いた。

〜V.S.クレッセント・グリズリーA〜

不意に、部屋の扉が滅多斬りにされ、更に閃光が扉を吹き飛ばしたのを見て、グリズリーは我に返った。
それというのも、買Eィルスの充満している地上に出たくないがために、ここに隠れているしかなかったせいだが。
扉の奥からコツコツと陰鬱な足音が響いてきた。それを聞いて、グリズリーはもし出てくるのがあの男──ゼロであれば、やる気が沸くような気がした。
妄想は即座に実体化した。現れたのは紛れもない、第0特殊部隊隊長のゼロである。彼の右手には光の刃が閃いていた。高出力のビームサーベルである。右手には
バスターが装着されていた。生暖かい硝煙をなびかせている。
「・・・武器ブローカー兼パーツハンターの、クレッセント・グリズリーだな?久しぶりだな・・・とは言っても、俺は殺した奴と、殺し損ねた相手の名前など
 いちいち覚えてはいないが、な」
馬鹿にするような口調でゼロは話したが、相手は特に怒っていないようだった。
全長はゼロよりふたまわり以上も大きい。そのせいか、ボディを支えるための骨格は頑丈にできていそうだった。外から見ても、それは十分に分かる。
左手には右手より遥かに巨大な爪があった。恐らくこれがグリズリーの最大の武器なのだろう。更にはただでさえ豪傑みたいな顔に、額の中心から右の頬にかけて、
ざっくりと斬撃の跡が見られる。右目はそのせいで機能していない。ゼロが過去にグリズリーにつけた傷である。
「ふっ・・・・くくく・・・・くはははははは・・・・」
いきなり、引きつったように笑いを漏らすグリズリー。それを見て一瞬、ゼロは「ついに頭がおかしくなったか?」と胸中で罵った。そうなれば、
イレギュラーとして破壊するだけだが。グリズリーがまともな言葉を発したのは、十数秒後のことだった。
「最高だか、最悪だか・・・・こんな場所でてめえに出会えるなんざ、夢にも思ってなかったが・・・何にしろ、俺は喜んでいるぜ、ゼロ」
と、ここで右手の人差し指で目の傷を指差し、
「この傷が、てめえを殺したいって悲痛に叫んでるんだよ・・・・毎晩、毎晩なあ・・・」
「とっとと直せばいいだろうが。阿呆か貴様は」
「てめえと戦った記念の、刻印だ。これがなくなっちまったら、同時に俺の復讐の意義がなくなってしまうような気がしてね」

〜V.S.クレッセント・グリズリーB〜

「復讐?何のことだ?訳の分からんことで恨まれるほど付き合いきれんことはないぞ・・・」
本気でゼロはグリズリーの復讐の理由が分からなかった訳ではない。多分逆恨みではないかと感づいてはいたが、わざわざ相手を怒らせて
注意力を鈍らせる──ゼロが使う戦法の一つだった。その通りになったのか、相手の口調がより険悪になる。
「・・・本気で分からん訳じゃないだろう?忘れたとは言わせねえぞ・・・・・てめえが俺の人生を狂わせたことをな・・・・」
次第に憎々しげになっていくグリズリーを無表情で見ながら、ゼロは黙ってグリズリーの言うことを聞いてみようと思った。
(その後馬鹿にして怒らせる、って手もありだしな・・・・)
魂胆がグリズリーに分かるはずもなかった。グリズリーは愚痴るようにして、過去を話し出す。
「確か、『ドップラーの反乱』の直前まで、俺は中国で武器ブローカーをやっていた。それも、中国一帯武器ブローカーを取り仕切る程の大ボスだった。
 当然中国中で指名、写真手配されてた大悪党だったさ。しかし・・・部下のミスで、ある日武器の取引場所をハンターに突き止められてしまい・・・・
 結果、俺のグループは第0特殊部隊の奇襲で壊滅。成り行きで、俺はてめえと一騎打ちになった。そして──俺は命からがら敗走した。
 その後俺がどうなったか知ってるか?地獄の日々だった・・・ハンターに追い詰められたという事実から、俺はブローカー仲間から、取引相手どころか
 話し相手にすらされなくなった。てめえのせいで、全てを失ったんだよ、俺は!!」
怒鳴りつけるが、ゼロは全く動揺しなかった。当然といえば当然だが。
「それで、現在の生活になったって訳か」
「ああ。パーツハンターになった後、俺が再び、この地位まで上り詰めるには、かなりの時間を要した。が、地上がこの有様じゃ、どの道俺に未来はない。
 最後にてめえに復讐して死んでやる」
「そうかい。だが俺が用があるのはあくまでオリハルコンであって、お前じゃない。さっさと渡せ。それと、お前がそんなに苦労する生活をしなけりゃ
 ならなかったんなら、最初から武器ブローカーなんかにならなきゃ良かったとか思わないのか?」
「ンなっ・・・」
一瞬、激情で我を忘れそうになるグリズリー。やはり激怒させるのは簡単なようだ。

〜V.S.クレッセント・グリズリーC〜

「やはり所詮はイレギュラーだな。まともな判断能力すら残っていないようではな・・・・」
更に追い討ちをかけるように、ニヒルな笑みを浮かべながらグリズリーを罵倒する。
が、憤怒に打ち震えていたグリズリーが、急に手のひらを返すように微笑を返した。
「ハッ・・・てめえだって人のこと言えた分際かよ。なあ、『赤いイレギュラー』?」
「!!・・・どうして貴様がそれを・・・・」
知らないはずだった。ゼロとて、つい半年前──『レプリフォース大戦』終結間際、出会った狽ェ問わず語りに話した時に知ったことだった。
その時は大して動じなかったが、後でよくよく考えてみると、それがどれだけ凄いことか分かった。
それを今、関係のない男が知っているのだ。全くもって理由が分からない。
「俺の情報網と、ハッキング能力を甘く見るなよ・・・・イレギュラーハンターの中枢管理システムになんぞ、何十度もハッキング済みだ。
 てめえに関する文献を調べてたのさ。その結果、一つの興味深い報告書が見つかった。記録者は煤B元第17精鋭部隊隊長──もとい、てめえの元上司だ。
 報告書には『赤いイレギュラー』と狽フ戦闘の結果が記録されていた・・・『赤い』のは素手で狽破壊寸前まで追い詰めたらしいじゃねえか。
 どういう訳か、そいつは負けたみたいだが。んで、そのイレギュラーはどうなったか・・・狽フ強い要望によって、Dr.ケインに修復され、現在は立派に
 ハンターを務めている。それこそがてめえだ!もしかしたら、てめえが全ての発端じゃねえのか?てめえが狽ノンなことしなけりゃ、奴がイレギュラー化すること
 なんて、なかったんじゃねえのか?だったら、自業自得だよ、ブァーカ!その巻き添えになってるてめえの親友は、何とも可哀想なもんだな、ええ?」
馬鹿にするつもりが、逆にこちらの神経を逆撫でする結果となってしまった。もはやゼロの怒りは止められない。
「・・・オリハルコンを出せ。さっさとな」
「ヘッ、自分に都合の悪い過去の話になるとそれか?嫌だね、そういう男は──」
「オリハルコンを出せ!さもなくば・・・斬る!!」
ゼロは叫ぶと、ビームサーベルを目の前で構えた。

〜V.S.クレッセント・グリズリーD〜

急に横暴な態度で出るゼロを見ていたグリズリーの目が、先程と同じ憎悪の目へと変じていた。
「・・・そうかよ。だがオリハルコンを渡す訳にゃいかねえ・・・・てめえがそれだけして帰ってもらっちゃ困るからな!まずはこの俺の
 ここ数年間の恨みつらみを味わってもらおうか!!」
そう言って、彼ら二人は戦闘体勢に入った。
グリズリーは一歩も動かない。ゼロは足裏のスラスターと背中のバーニアを噴射させて、ダッシュした。そのまま低めにジャンプして、大きく光波剣を振りかざす。
「見え見えなんだよ、ボケ!」
斬りこんできたゼロに向かって、グリズリーは左手のクローを大きく一回転させた──ように、ゼロには見えた。クロー自体は全く届いていない。が、
三本の爪の先から、細かな光波が放たれていた。
「!!」
ゼロが気付いた時には既に遅かった。サーベルを振り下ろす前に、彼の体に無数のエネルギー弾のようなものが直撃していた。
「──ぐあっ!!」
悲鳴を漏らして、サーベルを取り落とし地面を滑走する。怪我の痛みに耐えつつ立ち上がると、大きな足が頭上に現れた。
直後、のしかかってくる重圧に、彼の顔は地にめり込んだ。
「いつまでも、俺をウスノロで計画性のない思ってんなよ。てめえにやられた日から、自己流で改造してきたんだからな」
グリズリーは吐き捨てると、右手をドリルに変貌させた。削岩用のドリルが、けたたましい機械音をたてる。
「今の攻撃が、クレッセント・ショット。クローにエネルギーを収束して投げつける技だ。そして、これはてめえの頭を貫くためのドリルアーム・・・」
(危ない!!)
危険を察し、ゼロは転がっていたビームサーベルに手を伸ばした。ドリルアームがヘルメットに達する前に。
「死ね!!」
グリズリーが本気でこちらを仕留めようとする直前、ゼロは剣をとり、グリズリーの足へと突き刺した。

〜V.S.クレッセント・グリズリーE〜

「ぎゃ・・・このっ!!」
短く悲鳴をあげたグリズリーは、踏み潰したままの足の下のものに向かってドリルアームを叩き付けた。
が──既に標的の姿はない。足に穴があいたせいで力が緩んだグリズリーの隙を突いて一瞬でバックダッシュし、向こう側に移動していた。
(やっぱりウスノロじゃねえか、こいつ)
ぼやいて、彼はチャージしていたエネルギーをバスターから放出した。しかし相手に察知され、ほぼ一回ほど爪が空を薙いだけで、チャージショットはかき消される。
「自己流で改造してきた、って言ったろ!てめえのショット消すなんざ、朝飯前だ!」
「うるさい野郎だ・・・そんなに自分の武器の自慢がしたいなら、他でやってこい」
ゼロは罵って、間合いを取った。が、相手は特にこちらの動きに気をつけていないようだった。
(何かするのか・・・・?)
とりあえず、急に間合いを詰めて斬り払ってみる。あっさりと避けられ──グリズリーは地中へと逃げ込んだ。
(地中!?)
土中の潜行能力があるのは、一部の陸戦型レプリロイドだけである。そんな特殊な技能まで、彼はパーツ集めから入手したのだ。
よほどの執念からでなくては、こんな芸当はできない。
(機動力を補うための秘策がこれか・・・・)
どう考えても、ゼロとグリズリーが互角に戦うのは無理があった。いずれ、ゼロの動きにグリズリーが対応できなくなるからだ。
と──いきなり横の壁が爆裂四散した。そこから、巨体が這い出してくる。大きく左腕を振りかぶって。
(しまった!)
また彼は気付くことができなかった。グリズリーのクローがゼロを横に薙ぎ払う。直撃したゼロは、もんどりうって地面でのた打ち回った。
「あああああああっ!」
左腕に傷を負った。これでバスターは使えない。サーベルを右手のみに持たせなければならない。
「くそ・・・・今度はどこだ!」
そう言った刹那──頭上から轟音が鳴り響くと共に、瓦礫が崩れ落ちた。手で防ぎながらいると、更に背中に激痛が走った。
グリズリーが上から現れ、すれ違いざまにこちらの背中を引き裂いたのだ。

〜V.S.クレッセント・グリズリーF〜

「ぐわあああああっ!!」
再び飛び交う鮮血。ゼロは痛みのあまり意識を失いそうになりながらも、何とか押し留まった。
血まみれで、精神力を振り絞って立っていたが──また地中に潜り込んだグリズリーが、今度は正面から顔を出した。
ゼロの腹部に、最大出力で回転する削岩用ドリルがぶち込まれる。ゼロは立つのが精一杯で、抵抗ができなかった。
「が・・・ふっ・・・」
衝撃で吹っ飛ばされたゼロは、成す術もなくきれいな弧を描いて地面に叩きつけられた。もはや満身創痍である。
「ぐ・・・ぐぐ・・・」
剣を杖にして、後は根性で立ち上がるしかなかった。ところが、ここでとどめと言わんばかりにグリズリーが一段と大きいモーションでクローを振り下ろした。
クローの先から、先程のとは比べ物にならない程の威力と範囲を持つ、巨大な衝撃波が迸る。メガ・クレッセントショットである。
また直撃したゼロは、もう悲鳴すらあげる気力など残っていなかった。
満足げに、朽ち果てたそれを見下ろし、グリズリーは哄笑をあげる。
「ハハハハハハハハッ!!どうした?今までの威勢はどうした?口先だけだったのか?それとも俺が強くなりすぎたか?
 いずれにせよ、俺はお前に勝ったのだ!世界最強と謳われたイレギュラーハンターになぁーーっ!!」
グリズリーの高らかな笑いは、しばらく止みそうになかった。

自分は死んだのだろうか。漠然とした事実を受け止めるのは、難しいことではないが、簡単なことではなかった。
(多分、死んだのだろうな、俺は・・・・)
あの男、クレッセント・グリズリーにやられて。
不意をついた一撃を喰らってから、自分は反撃すらもできなかった。完膚なきまでに敗北したのだ。
だが──彼の中では何かが蘇りつつあった。狽ニ初めて戦ったときのことは全く記憶していないが──あれと、似ているような気がする。
体の底から戦闘という概念を堪能するような、そんな感覚。具体的に言えば、体に受けた刺激を取り入れ──それを元に、相手をどうするか。
それが、戦闘の中で自然に身につくのだ。従来の戦闘適応能力より、格段に早く。
そして、それが今、開花した。

〜V.S.クレッセント・グリズリーG〜

突然ゼロがむっくりと起き出したのを見て、グリズリーは凄まじく驚愕した。
「馬鹿な!あれだけ攻撃を受けて無事だと!?普通のレプリロイドならとっくにバラバラになっていてもおかしくないはず・・・」
グリズリーの発言を無視して、ゼロは手にした光の刃を袈裟懸けに薙いだ。
「ちっ!」
間髪で回避し、グリズリーは再び地の底へと突入した。

「最初に言っておくが・・・グリズリー、お前は俺に絶対に勝てない」
虚ろな瞳で呟くゼロは、何かを悟ったように言った。
地中にいるグリズリーには聞こえているのかどうかは知らないが、相手からの反応は何もない。
何の気なしに、ゼロは続ける。
「俺は現在しかいらない・・・・断片的にしか思い出せん過去も、予想もつかない未来も必要ない。闘って感じることができるからこそ、現在。
 俺は確かなものしかいらないんだ・・・・」
自分でも何を言っているのか分からない。ただ口から、自然に漏れ出すのだ。
「ところがお前はどうだ?今更あがいたところでどうにもならない、昔の結果でしかない過去にこだわり、俺に復讐する?しかも未来がないだと?
 そういう台詞は現在を精一杯生きて、死んでから言え。貴様のような、過去にすがってしか生きていけない者に、俺に勝てるはずがない」
ゼロはそう断言する。
過去に生きる者は、いずれその答えを見出した時、生きる目的を失うのだ。逆に未来しか希望をもてない者は堕落し、現在を充実して生きられない。
そう、全ては現在なのだ。今ある現実こそが全て。現在に生きられない者は、所詮充実した生涯を送ることなどできないのだ。
彼は、本能的にこちらに近づいてくる物体を確認した。場所は・・・自分の右横の壁。
「そこだ」
無表情でサーベルを収納し、電気を十分に吸収した後、彼は無造作にサーベルを引き抜いて、
「雷神撃!」
刃から伸びる閃光が、壁を貫き通した。


transcribed by ヒットラーの尻尾