『ロックマンX5』第1章 滅びの始まり

プロローグ

月のラグランジュ・ポイントに浮かぶコロニー群。その中でも注目すべきは、何といっても
最大質量をもつ巨大コロニー「ユーラシア」である。その名の通り、ユーラシア大陸の
技術者の総力を結して造られた、世紀の一大芸術品である。いつもは地上の風景と
何ら変わることのない中の空間が、今日は見る影もなく廃墟と化していた。それだけなら
まだ芸術的価値はあったかもしれない。が、そんな程度で済まされるほどの事態では
なかった。倒壊し、粉々になった建造物の瓦礫の下敷きになるように死体がところどころに
放置されている。それも人間だけではない。レプリロイドの死骸も散乱していた。その
どれもが大量の体液を撒き散らし、死の匂いを充満させながら倒れている。普通の人間なら
まずこの光景を見ただけで戦慄と強烈な嘔吐感を覚え、一秒間もここに存在することは
できないだろう。だが、それらを完璧に無視するように、街の一角に一人のレプリロイドが
立っていた。白と黒と群青色が織り交ざるようなカラーをしたボディは長身で、それと
合い重なるように腰まで届く水色の長髪を備えている。ただしゼロと違って、髪は一定の
位置で切り揃えてあった。武装は右腕がバスター、腰部にビームサーベル。
テンガロンハットを彷彿させる頭部をもち、顔には冗談めいた笑みを浮かべている。
彼は笑みと同じくふざけたような眼差しをゴーグルの下からのぞかせながら、内蔵の通信機で
誰かと会話していた。
「・・・・ええ。コロニーの「清掃」は終了しましたよ。あっけなくね・・・」
男は自分がやった大量殺戮と大規模な破壊行為を、まるで、害虫を駆除した、という程度に
しか表現しなかった。
「・・・・ええ。コロニーはまだ活動しています。このまま軌道を変えて・・・ってのが、
 旦那の狙いなんでしょ?だったら早く合図して下さいよ。結構ヒマなんですよ・・・・
こんな所に何時間もいるとね・・・」
「フフ・・・・やるべきことは、きちんと実行しているようだな。私が見込んだだけはある。
 なあ、傭兵のダイナモ君?」


野太い男の声がした。声の主に誉め返すように、ダイナモは答えた。
「旦那に逆らうよりはよっぽどマシですよ。まあ、旦那に牙を向くような愚か者なんて、
 イレギュラーハンターほどの馬鹿じゃないと・・・・ところで」
「?」
唐突に、ダイナモは話題を変える。
「あのエックスとゼロ・・・・ンな強いんですか?僕にはどうも・・・・」
「当たり前だ。そうでなければ、この私を四度も倒せる訳がなかろう」
「はは、そりゃそうっスね。こりゃ失礼」
あんまり反省の感じられない言い方ではあったが、相手の方はあまり気にしていないようだった。
「んじゃ・・・そういう訳で、ウィルスばらまいて帰りますんで、あとよろしく」
「分かった。今から地球上で、アレを実行する」
アレというのは無論、この地球上から全てを滅するための作戦のことだが、ダイナモはそれに予想が
ついたらしく、質問はしなかった。
「では、通信をそろそろ切る。報酬は弾んでおこう」
「弾むも何も、報酬は「生き残らせて頂く」ことですから、これ以上の報酬なんてあるんですかい?」
「それに加えて快適な生活も保証する、ということだ」
「そりゃどうも。ありがとうございます」
いい加減な礼を言って、ダイナモは通信を切った。

通信を終えてから、男は独り言を呟いた。
「さて、ゼロよ。お前の真の姿を教えてやろう・・・・そして、真の敵も、な。
クッ・・・クククク・・・・・ハァーッハッハッハッハッハッハッハ!」
高らかに、その場に哄笑が響き渡った。

西暦21XX年。レプリフォース大戦が終結して半年。今正に、滅びへの序曲が始まろうとしていた。


1話

「波動拳!波動拳!波動拳!・・・・・・」
威勢の良いかけ声と共に、目の前にいくつもの爆炎が迫る。それを難なくかわしながら、
彼――エックスはバスターのエネルギーを充填していた。
(接近戦が苦手な俺にとって、下手に近づくとこのテの相手には致命傷を受ける。
ならば相手の出方を待って一撃必殺か、離れた場所からチマチマと削るしかない・・・・)
冷静に状況を判断する。戦士には不可欠な要素だ。数年前まではイレギュラーを撃つのも
ためらっていた、半人前のヒヨッ子が、今はただの一流以上の戦士にまで成長している。
彼をそこまで変えたのは何であろうか。恐らくは、全て。彼が戦ってきた者全てのおかげで、
今は守るべきものを守るのに何の躊躇もなくなったのだ。状況分析の結果、彼は前者の
一撃必殺を選んだ。理由は簡単。現在エネルギーチャージをしているため、チマチマと
削ることはできないからだ。それにこのまま一撃で決めないと、大きなスキを生んでしまう。
そこを突かれれば、エックスとて無事ではすまない。しばらくして、相手は飛び道具での攻撃を中断した。
代わりに大きく口を開ける。多分、そこから炎を放つつもりなのだろう。だがその一瞬のスキを、
彼は見逃さなかった。相手に向かってバスターを突きつけ、ありったけのエネルギーを放出した。
もちろん施設を破壊しないよう最小威力に留めてある。が、それでもそのエネルギーの奔流は
凄まじかった。青白い閃光に飲まれた相手は焼け焦げて大破し、倒れる。それを確認し、エックスは
ほっと溜め息をついた。やがてそれを見ている傍観者に目を向け、静かに告げる。
「で、結果はどうなんだ?」

2話


言われて、傍観者はぎょっとしたようだった。それは別に戦闘直後のエックスの目が
怖かったからではない。単に傍観者自身がぼっとしていたに過ぎなかった。
「あ、ああ・・・すまん。ついお前のアーマーに惚れ惚れしちまって・・・・」
彼は照れながら言う。全身緑色の装甲で身を包み、やや小太りな印象を受けるこの
レプリロイドは、技術者のような風貌をしている。実際彼は単なる技術者などではなく、
イレギュラーハンター本部の技師長を務めるほどの重役なのだが、割とアバウトな言葉を好む。
だからどんな相手とも付き合っていけるのだな、とエックスは思った。それが彼、ダグラスの
個性であり、性格なのだ。彼はあわてて横にいる女性型レプリロイドに問い掛ける。
「エイリア、計測結果は?」
「現在思考中よ・・・・待ってて。そろそろ出るはずだから・・・」
エイリアと呼ばれた女は、簡潔に返事しながらキーボードを打ち続ける。さっきから一度も顔を
合わせようとはしない。要するに、仕事熱心なのだ。薄い赤をボディカラーの基調とし、
ショートの金髪を、レシーバーをカチューシャ代わりにして束ねている。どちらかと言えば
美人の部類には入るのだろうが、仕事に没頭している彼女を女性として見たものは一人もいない。
つまりは、女を感じさせないのである。通信士兼オペレーターの仕事はそれほど忙しいのだ。
「はい、出たわよ・・・・やっぱりランクはGA。さすがは、ってところね」
そこで彼女は初めて笑みを浮かべた。それが彼女なりの愛想なのだろうと、エックスは察した。
さっきの戦闘はエックスが装備したフォースアーマーのテストであったのだが、元々のエックスの
戦闘能力が高いだけあって、予測結果を上回るデータを算出していた。
「しかしクリアータイムが尋常じゃないな。難易度は最大にまでしてあるのに、10分50秒?
前回の記録を3分近くも更新しているじゃないか。全く、お前って奴は楽しみだぜ、おい」
今度はエックスが照れる番だった。頭をポリポリかく。このシミュレートにはさっきの相手以外にも
雑魚メカニロイドが色々用意されていたが、それを一瞬の内に撃破するだけあって、アーマーの底力と
いうものはもの凄まじいことが、エックス自身良くわかっている。

3話

「それもこれも、君達のおかげさ。これが修復されていなければ今頃どうなっていたことやら」
エックスは彼らに微笑む。彼の体には、白い鎧が装着されていた。このアーマーはレプリフォース大戦中、
エックスが例の老人から入手したものだ。だがジェネラルや狽ニの戦闘で使用不能なまでに損傷してしまい、
仕方なく彼は地球に帰還してから廃棄処分しようと考えていた。しかしその直前エイリア達が呼び止め、
それどころか文句のつけようがないほどに完全に修理してしまったのだ。それから間もなく第0特殊部隊と
第17精鋭部隊が本部の管轄下に置かれた。表向きは先の大戦で大きな損害を被った両部隊が回復するまで
本部の直轄にする必要がある、と本部は主張しているが、実際は議会で発言力の強い両部隊の口封じ、といった
目的でそうしているのだろう。上層部というのはどんな組織でも腐った連中しかいないのだ。これを好機にと、
エイリアとダグラスはこのアーマーの戦闘データを採取するため、毎日のようにエックスにシミュレーションを
繰り返させているのだ。それに対してはエックスも不満はない。この鎧――エイリア達によってフォース
(4th)アーマーと名づけられた鎧は、任務でも絶大な効果を発揮する。彼自身、このアーマーの成長ぶりが
楽しみでしょうがないのだ。だが彼には今一つ腑に落ちない点があった。それを打ち明けるように、彼は
告げる。
「けど・・・・こういうことはやめて欲しいな・・・」
「?」
疑問符を浮かべる二人をよそに、エックスは先程自分が破壊したばかりのシミュレーション用の
敵レプリロイドに視線を移した。それは、かつて自分が倒した旧友――第13特殊部隊隊長、
マグマード・ドラグーンの姿と戦闘データを移された、コピーレプリロイドだった。もっとも、一部の能力しか
移植されていないものをコピーと呼べるのかどうだかは分からないが。

4話

だがコピーとはいえ、同胞の姿をしたものを撃つのは、正直気持ちのいいことではない。彼は人一倍責任感が
強いせいか、これの本物を倒してしまったことを痛烈に後悔している。
(あいつが最初に俺に私闘を申し入れたときに、俺がそれを受け入れれば、あいつはあんな哀れな死に方を
さらすことはなかった・・・・・)
結局ドラグーンは狽ノそそのかされて、あの大戦を引き起こすきっかけを作ってしまったのだ。それもこれも、
自分の甘さが原因なのだから。もしそうしていれば、レプリフォース大戦など起こらなかったかもしれない。
(・・・・いや・・・・)
もしドラグーンでなくても、また違う者を狙って、狽ヘレプリフォースとイレギュラーハンターを争わせてしまう
だろう。あの事件は起こるべくして起こった戦争なのだ。だからといって、自分の罪が消える訳ではない。彼を死なせて
しまったのは、やはり自分自身の過ちからなのだろうと、エックスはひどく罪悪感を感じていた。が、それを鼻で
笑うかのように、エイリアは言い放つ。
「隊長級になってもその甘さは消えないのね・・・・同胞を撃つことに躊躇するようじゃ、ハンターとしては
三流以下ね。例えコンピューターがランクGAと言っても、私はランクBと言うわ。所詮これはシミュレーション・・
・・・・実際にこんな敵に出会ったらどうする?元仲間で、自分のせいで一度死んだからって、撃たないの?
そんなのは偽善者のセリフよ。自分がやったことを正しいと信じれない奴が、まともに任務を果たせるはずがないわ。
あなたはいつもそうだから、いつまでも影でB級だって罵られるのよ・・・」
言いたいことを全て言い切ったエイリアの話に、エックスは反論できずにいた。重苦しい空気が漂う静寂の中、
エックスはぽつりと言った。
「・・・じゃあ、「狽フ反乱」の際に俺達二人を名誉挽回のために利用したのも、そのためにレプリフォースの
協力を断ったことも、イレギュラーハンターとして正しいと言い切れるのか?」
意表をついたエックスの一言に、エイリアは思わず口ごもった。

5話

エックスが初めて世界を救った時の戦争。それが、「狽フ反乱」と呼ばれる戦争だった。その頃彼とゼロは
第17精鋭部隊の一般隊員に過ぎなかった。だが自分達の部隊の隊長――レプリロイド工学最高権威の
ケイン レプリロイド工学博士の造った最高傑作、狽ェある日突如として全世界に向け人類抹殺宣言を下した。
この主張に何故か全世界の60%以上のレプリロイドが共感し、歴史上最も大規模で最も残虐な人類への虐殺行為が
始まった。当時彼ら二人は最初伯Rに属していたが、彼らの思想――と言うより嗜虐的な思考に反感を覚え、
伯Rを裏切って逃走。その後奇跡的に生き残っていた本部と合流し、伯Rに反攻する。だが、必死に戦う彼らに、
レプリフォースは協力しようとはしなかった。実はこれは裏でハンターが手を回して協力を妨害していたが、
戦争終了後にそのことが世間の耳に入ることはなかった。もちろん、エックス達も。彼らは純粋に協力しようと
していただけなのだ。それを知ったのがレプリフォース大戦終結間際だった。ジェネラルの口から直接聞いたのだ。
彼の言う通り大戦直後にシークレット・ファイルを解読すると、真実が確認できた。ジェネラルの言ったことは本当
だったのだ。ハンター本部は自分たちの名誉挽回のためにエックスとゼロを利用していたのだ。その後
世間にこれを公表し、本部の信用度は地に落ちた。そして前総監は辞職したが、それだけで彼の心は晴れなかった。
「あれだけのことをやっておいて、自分達だけは正しい、と言い張れるわけがないよな、ええ?人を散々利用しようと
した組織の役員が、偉そうに俺に説教するな。確か君はその頃本部で今と変わらない職についてたはずだな?
少しは反省する気はないのか・・・・・」
「でも・・・あれは・・・」
再び口をもごもごさせるが、エイリアは何も言うことができなかった。それに呆れて、エックスは呟いた。
「・・・もういい。俺はちょっと散歩に行ってくる。アーマーは置いてくから整備よろしく頼むぞ、ダグラス」
「お、おい!」
ふてくされたエックスは二人に目もくれず、シミュレーション・ルームを後にした。

6話

整備室で丁寧にアーマーを取り外し、衣服を着た後、エックスはニューヨークの街へと繰り出した。
たいした格好ではない。ただのスーツに、深々と帽子をかぶる。高級な印象を受けるが、この街では
そちらのほうが自然に見える。何故ならここは世界経済の中心地。街行く人々もビジネスマン、
ビジネスウーマンが多い。一般の都市で見かけるような私服を着ている者はほとんどいない。そういう
文化が、この街には根付いてしまっているのだ。国連本部のすぐ近くにあるイレギュラーハンター本部を
抜け出してから、彼は平和な風景を見て歩いた。これこそ彼が待ち望んでいた世界。戦いの末にやっと
握り締められる、ほんの一瞬のものだったとしても、彼はその瞬間を何分にも、何時間にも感じていた。
本当なら心行くまでこの時間を堪能するために、こんな暑苦しい服や視界の見えない帽子など着装せずに
普段の青いアーマーで歩きたいものだが、そうするとマスコミやらファンやらの質問攻めに遭うため、
姿を隠さなければまともに歩くことすらできない。有名になりすぎるのも困りものだな、とエックスは
独りごちた。やがて大きな建造物の前に差し掛かる。ぼっと歩いてる内に、いきなり現れたように彼は
感じた。それは正確には建造中の建物だ。周りは工事用の施設で取り囲まれてあり、何があるのか外側
からは分かりづらい。しかしあまりにも有名すぎて、全世界に知らない者はほとんどいない。それは
『自由の女神』と呼ばれる女神像である。2世紀以上も経って、さすがに老朽化がひどくなってきたのだ。
工事はあと数ヶ月かかる。が、頭部ぐらいは完成しているはずだった。
(完全に修理が終わったら、一度見に行こう)
彼はそう決めて、鼻歌交じりに大空を見上げた。

7話

(・・・・?)
女神像の最上階の様子がどうもおかしい(通常こんな高い距離はレプリロイドしか見ることはできない)。
何かが最上階を縦横無尽に跳ね回っているのが、かろうじて確認できた。それが着地する度、鮮血が宙を舞った。
引き裂いて――いるのだ。
「!!」
そのことを理解した直後、彼は衝動的にフォースアーマーを転送した。スーツが見る見るうちに白い鎧へと
変化してゆく。完全に装着を終えた後、エックスは全力でバーニアを噴射させ、建設中の女神像をどんどん
駆け上がって行った。時には工事用のビーム・ロープや空中足場を利用しながら。しばらく後、彼は息を
荒げながらも最上階へと辿り着いた。辺りには新鮮な紅を撒き散らして息絶えている死体しか存在しなかった。
が、ただ一つ、そうでないものがいる。腕や顔を深紅の血で真っ赤に染め、こちらに敵意を剥き出しにしてきて
いるイレギュラーが。
(こいつが殺したのか!)
元々工事用に改良されたレプリロイドのようだが、十分戦闘向きである武装ではあった。しかしそんなこと
より、このイレギュラーの目つきは尋常ではない。体液の色のように真っ赤に充血させ、瞳が異様に小さく
なっている。例えるならバーサーカーといったところだ。こちらへと大きく飛び跳ねて、イレギュラーは
襲い掛かってくる。だが戦闘になれたエックスならこの程度の攻撃を防ぐのは簡単だった。こちらの首や
胸を狙う爪を、手首をつかんでうけとめ、相手の行動を封じる。必死にあがくイレギュラーを見据えて、
彼は言った。
「さて・・・・」
ボッ、と黄金のオーラが彼の体からにじみ出た。
「この俺が相手になったのがそもそもの運の尽きだったな」
頭をイレギュラーの腹部に突きつけ、バーニアが火を噴く。
「ノヴァ・ストライク!」
叫んで突進し、相手の体は胴体と脚部にと真っ二つに折れた。

8話

崩れ落ちたイレギュラーの死体はピクリとも動かない。ゆっくりと上空から降下しながら、エックスは
それをじっと見つめていた。やはり変化する様子は見られない。完全に沈黙したようだ。無論そんなことは、
あれほどの攻撃を受けたので当然だろうが、あの狂い方を思い返すと、これだけでは終わらない、という漠然と
した不安に襲われるのだ。
(腑に落ちないのは今日これで二度目か・・・・全く、世の中ってのはそういうものなのかな?)
肩の力を抜いて嘆息する。結局、こいつは何をしたかったのだろうか。疑問が残ると後味が悪いものである。
考えても結論は出せない。真実はこいつしか知らないのだ。あきらめて、彼はそれに背を向けた。が――――
突然、彼の背中に悪寒が走った。
(まさか本当に、これだけでは終わらない、って訳じゃないだろうな・・・・?)
恐る恐る後ろを向くと、哀れな屍から紫色の霧がにじみ出している。それは見る見る内にその体積を増していき、
ある一定の量になると、何かを形作っていった。ゆっくりと、着実に。やがて、それは顔のような形に姿を変える。
スキンヘッドに、額にはクリスタル。両目の上から鼻の横にかけて、刻印のような傷が刻まれている。エックスは
その顔に、見覚えがあった。もう嫌になるほど、見慣れている。
「シ・・・・・煤I」
かつての上司。いくら殺しても復活する不死身のレプリロイド。これで何回顔を合わせただろうか。いや、顔を
合わせた回数はそれほど多くはないが、一度見て忘れるはずもなかった。今更ここに何をしに戻ってきたの
だろうか。そう訝った頃には、その物体が体に触れる寸前にまで接近していた。
「!しまっ・・・・」
瞬間、彼の中に紫の顔が侵入してきた。

9話

これまで何度も見て、恐怖感さえ覚えなくなった例の老人の夢に、彼は現実の世界へと呼び戻された。
(ったく、これで何十度目だ。いい加減にしてほしいもんだぜ)
とりあえず休眠カプセルから出て、頭をかく。あまり手入れのしてない金髪の感触が、手についた。
真紅のボディに、オールバックの長い金髪。鋭い双眸。どんな者であろうと、第一印象で彼を美青年と
思わないものはいないだろう。それだけではなく、第0特殊部隊の隊長を務める、極めて優秀な
イレギュラーハンター。彼の名はゼロ。レプリフォース大戦で恋人をその手で殺してしまった、
哀れな戦士でもある。だが、そのことに対する懺悔はあとだ。とりあえずメットを装着し、武装を
整えようとする。が、自分の武器ボックスに見慣れない小包が放置されていた。取り出し、力任せに
破る。中身は何かのICチップと、それの説明書(あくまでそれらしいもの)だった。さっと説明書に
目を通す。どうやら、このICチップは大戦直前に故障した、自分のバスターの武器チップのようだ。
誰が修理したのかと思えば、それも覚えのある名だった。説明書の左隅に小さく記されている。
「Dr.ケイン」と。
「・・・・あのジジイか。まあ、装備して損のあるモンでもねえし、もらっとくか」
呟きながら、腕にチップを組み込む。と、電子頭脳に内蔵してある通信機に、映像と音声が
流れ込んできた。
「こちらエイリア。聞こえる、ゼロ?」
「エイリア?何かあったのか?」
「さっき街がざわざわとしていたからどうかしたのかと思って調べたんだけど・・・・女神像を
中心に半径1kmくらいの範囲内で、レプリロイドやメカニロイドが片っ端からイレギュラーに
なっているわ・・・・・しかもその範囲内には特殊なウイルスが存在しているわよ。パターンからして、
このウイルスは買Eイルスと考えられるわ・・・」
「・・・何だって?」
「直ちに第0特殊部隊と第17精鋭部隊を率いて現場に向かって。原因が判明次第、イレギュラーと
原因を排除。いいわね?」
「分かった。今すぐ行く」
彼は通信を切り、仮眠室を飛び出していった。

10話

現場に駆けつけたゼロ達連合部隊は、まず街の変貌ぶりに驚愕した。
「どういう・・・・ことだ?」
道路を我が物顔に暴走する無人タクシーに、隣町の兵器工場から何かを運搬するメカニロイド。
人間は半狂乱で逃げ回り、それをイレギュラー化したレプリロイドが追いまわす。一言で
言い表すなら、地獄絵図だ。ゼロは人間が死ぬのを見ても可哀想だと思ったことはほとんどないが、
これだけの事態が起こるとさすがに黙ってはいられないようだった。その証拠に、彼の口からは
歯軋りするような音が聞こえる。いや、実際は「ような」ではなく、そのものなのだろうが。
その動作をやめると、彼は作戦内容を静かに全員に伝えた。
「・・・・各班散開して手当たり次第イレギュラーを排除。俺は原因の女神像を調査する。
 俺が帰って来るまでできなかったら後で罰を与えるから、その覚悟でな」
「了解!」
副長のホーネックを中心に、全員が元気良く返事し、敬礼した。彼らは班に分かれて
それぞれ敵を迎撃していく。それを見ながら、彼は前方に迫ってきた無人タクシーを、一撃の
元に切り捨てた。残骸は側面を通って、彼の後方で爆発する。
「さて・・・・待ってろよ、煤B今度こそ貴様を地獄に叩き込んでやるからな・・・・」
それは恋人――アイリスが死んだ責任が狽ノあるため、その憎しみがこもったセリフだった。

11話

唐突に、エックスの視界は闇に閉ざされた。彼は何もしない。何もできない。
彼の中に、何かを問うような声が響いてくる。
「・・・何故人類を守ろうとするのだ。奴らは弱い。それだけではない。奴らは自分たちの繁栄の
邪魔になるイレギュラーを排除しようとする。そのためにイレギュラーハンターが作られた。
そして最近ではそのイレギュラーの区別すらもあやふやになってきている。人類の身勝手に
納得できない者をイレギュラーと見なし、排除する。彼らはどこも狂ってはいないのに、だ。
これを不条理と言わずして何と言う?そして、そんな人類を守るイレギュラーハンターも腐敗した」
次々と、自分が信じているものを否定される。
「だから・・・何だってんだ・・・・」
震えて声を発する。相手は即答してきた。
「この世界はどこかで間違った。ならば滅ぼし、理想の世界を造ろうではないか。お前も、
この世界を守るのにはいささか疲れただろう?だから私と一緒に来い。お前が望む通りの
世界を差し上げよう・・・」
誘うような、野太い男の声。一瞬引き込まれそうになりながらも、エックスはその声の主の
正体に気付き、叫び返そうとする。
「・・・俺・・・は・・・・・」
うまく声が出ない。ならもう一度息を振り絞り、最後の一声を。
「全てを滅ぼして終わらすやり方なんか、絶対に認めない!」
渾身の力を使って、語りかけてきたそれを拒絶した。体外に放出されたそれはまた顔を
完成させて、告げる。
「・・・やはり、この程度では支配など不可能か・・・・」
不満そうな声で、狽ニいうイレギュラーは呟いた。

12話

「しかしまあ、脱出する寸前、貴様の体内のアーマーに関するデータと回路をズタズタに
引き裂いてやったからな。使用不能などころか、アーマーが重くて動くことすらできないはずだ」
さっきとは違って、満面の邪悪な笑顔を浮かべて言ってくる。だが言ったことには間違いは
なかった。アーマーが鉛のように重く、身動きができない。強制解除のプログラムを作動
させようとしたが、それも使用できない。どうやらそのプログラムも壊されたようだ。誰かに
取り外してもらわなければ、エックスは何もできなかった。
「貴様はそこで私が復活するのを待つがいい。お仲間の、ゼロが来るまでずっとな」
更に狽フ口元が歪んだ。その狽ノ攻撃を仕掛けたいが――やはり動けない。言いたいことだけ
言うと、狽フ顔は、ぱっと消えた。何をどうしようとしているのか、それすらも分からないまま
じっとしているしかないのだろうか。彼はやり場のない悔しさを噛み締めるしかなかった。
と、そこに何者かが出てきた。忘れるはずもない、流れる金髪。ゼロであった。
「おい、エックス。何してる?」
訳の分からないゼロが、エックスに問いかける。エックスは申し訳ない気持ちで答えた。
「駄目だ・・・アーマーが壊された。強制解除もできないから、手で引きちぎってくれ」
「何?誰にだ?」
「狽セ。あいつが・・・・」
「・・・そうか。今どこにいる?」
アーマーのパーツを外しながら、ゼロは会話を続ける。
「分からない。だが近くにいるはずだ」
「分かった。とにかく、警戒しろ。世の中には目で見たり、捉えたりできないものが
あるからな。気をつけろ」
「・・・ああ。ありがとう」
その刹那――隣の女神像の顔に無数の亀裂が入り、そこから光が漏れ出した。

13話

光は爆発へと転じ、破片が辺りに飛び散った。それを手で防ぎながら、エックス達は女神像の顔へ
目を向けた。そこには、おおよそ女神とは形容しがたい異形の顔があった。女神の顔は狽フ顔になり、
後頭部は悪魔のような角で覆われている。邪神といったらぴったりかもしれない。しかし今はそんな
皮肉を言っている暇はなかった。狽ヘ相変わらず邪悪な笑みをたたえている。その口が開いた。
「ふ・・・どうせ貴様らには真のイレギュラーなど理解できないようだな・・・・・それは
この際どうでもいいが、お前達を倒しておくと後で面倒なことにならなくてすむから、
殺させてもらうぞ・・・・」
クックック、と続けて狽ヘ含み笑いした。再び口を開き、そこから無数のエネルギー弾が飛び出す。
ゼロはかわしたが、エックスは完全にアーマーを外しきれていなかったせいで、避けきれなかった。
「エックス!」
ゼロは叫んだが、無駄だった。その間にもエネルギー弾によって、エックスのアーマーは粉々に
砕け散っていく。代わりに白い鎧の下から、青い鎧が出現する。身軽になったエックスは猛烈な
弾幕を切り抜け、ゼロの近くに着地する。
「くそ、これで修復は無理だな。せっかくエイリアとダグラスが修復してくれたのに・・・・」
「悔やんでもしょうがない。行くぞ!」
口惜しげに言うエックスを簡潔に励まし、ゼロは狽ノ突貫して行く。手始めにゼロがエネルギー
チャージし、ゼットバスターのチャージショットを放つ。続いてエックスもチャージして放った。
が、狽ノは傷一つつかない。今までの戦闘からして、あり得ることではあった。
「フハハハハハハ!効かん!効かんぞ!」
哄笑を上げながら、狽ヘ自分の前方に大きな火花を二つ作り上げた。それをエックス達へ
投げつける。だがエックス達にとってもこれをかわすのは簡単なことであった。普通に
ジャンプして避けている。

14話

「ちっ・・・・ちょこまかと・・・これで仕留めてくれる!」
防戦一方だったエックス達に、更に追い討ちをかける攻撃が放たれた。狽ェ大きく口を開き、
そこから膨大なエネルギーのビームが流れ出したのだ。このビームの威力は凄まじく、下手をすれば
この女神像全体が崩れそうなほどの勢いがある。それがわかったのは、発射した後に女神像がゆれ始めた
からだ。ゼロは珍しく焦って、愚痴をこぼしている。
「くそ・・・これじゃいつかは女神像が崩れて転落死する・・・・」
「ゼロ、俺にいい手がある」
「?」
頭を傾げるゼロに、エックスは耳元で告げた。
「さっきの戦闘で、なんとなく口が弱点であることが分かった。俺はバスターのエネルギーチャージを
始めるから、君は狽引き付けてくれ。奴が口を開いた瞬間、俺が仕留める。いいな?」
「要するに、俺が囮になればいいって訳だな?」
「ああ」
気楽にエックスは言う。ゼロとしては納得したくなかったが、今はエックスの言う通りにするしかなさそう
だった。
「分かったよ。んじゃ、絶対に仕留めろよ。外したら許さんからな」
「分かってる」
早速Xはエネルギーチャージを始めた。ゼロは前方へ走り出す。
「させるか・・・・」
狽フ重々しい声が響く。既に狽フ口は開いていた。が、それをゼロが見逃すはずがなかった。
「それはこっちのセリフだ!」
叫んで、ビームサーベルを投げつける。実体のない剣は真っ直ぐに狽フ口へ突き刺さった。
耐えられないのか、狽フ顔が苦痛に歪んだ。そして。エックスのチャージが終わり、目標へとバスターを
向ける。瞬間、彼のバスターから青白い閃光が放たれた。

15話

光の奔流は狽ヨと押し寄せ、結果、狽フ口蓋を貫いた。が、一瞬、狽フ顔がにやけたように見えた。
気のせいだったのだろうかと訝る暇もなく、狽ヘ爆発・炎上した。
「全く、あの野郎・・・何のつもりだ?ここに何の用があって・・・・」
ゼロが吐き捨てた直後、ハンター本部から通信が入った。エックスとゼロ、両方とも。
「ガ・・・・こちらイレギュラーハンター本部・・・任務中のイレギュラーハンターは直ちに本部へ
帰還せよ・・・・繰り返す・・・」
エイリアの声だった。が、繰り返す間もなく通信は切れ、そのまま何も聞こえなくなった。
「何だったんだ、一体・・・・」
エックスがぼんやりと言う。ゼロは答える気力もなかったため、何も言わなかった。ゼロは
ふと、下の方を眺める。今度は街がおかしくなっていた。それも数十分前にも増して。
戦闘させていた連合部隊も以上が見られた。仲間同士で殺しあっているように見える。
「おい、エックス!下を見ろ!」
言われて、エックスも街を見渡す。その顔色が、どんどんこわばっていった。
「本気で、どうなってやがんだ一体!?」
ゼロが耐え切れず叫んだ。エックスも同じ様子である。
「くそ、とにかく帰還するぞ」
「部隊はどうなるんだ!」
「仕方ないだろ!あいつらはもうどうかしちまってる!あいつらを救うことより、俺達があいつらみたいに
なる前に帰還した方が得策だ!とにかく行くぞ!」
「さっきからとにかく、とにかくと・・・・」
「危ない!」
後方から飛行型レプリロイドが飛んで来る。が、いち早くそれに気付いたゼロはバスターでそれを沈黙させた。
「って、こいつはホーネック?」
戦闘に当たらせていたはずだが、どうやらここに迷い込んできたらしい。狂って。
「だから言ったろ。ここにいたら危険だ。帰還するぞ!」
「わ、分かった」
仕方なく、エックスも同意せざるを得なかった。

16話

「・・・ったく、何なんだ、一体?」
今日はそればかりしか言っていないような気がする。帰還した彼ら二人を待っていたのは、精密検査の応酬だった。
それにゼロは腹を立てていた。
「帰った途端検査検査検査。俺らが何をしたってんだ」
「まあ、狽ニ直接接触したんだから、当たり前だと思うよ、俺は」
シグマウイルスが潜んできている者を中に入れる自体が論外なのだが、彼らは幸いウイルス反応は見られなかった
らしい。そもそも、彼らは現在どこで何がどうしてどうなっているのか、全く理解していなかった。未だ愚痴を
続けているゼロと共に、彼らは司令室へ入室した。そこで待っていたのは、エイリアとダグラス、医者風貌の男、
軍服のようなデザインの装甲をもつレプリロイドだった。
「初めまして、というべきか。とりあえず君達とは初顔合わせになるな。新総監のシグナスだ。よろしく」
軍服の男――シグナスが微笑しながら、簡潔に自己紹介した。もちろん、エックス達もシグナスを知っていた。
面識はなかったが。
続いて医者風貌の男が自己紹介する。
「本部所属の救護隊隊長の、ライフセーバーだ。よろしく」
シグナスは微笑していたが、こちらは全く笑わなかった。
「で、俺達にどうしろと?」
ゼロがやる気がなさそうに答える。エックスが「態度が悪い」と注意していたようだが、ゼロは無視していた。
「うむ、その件だが・・・・最初に説明しよう。今世界がどうなっているかを」
「俺も、それが聞きたかったんです。一体、何がどうなってるんですか?」
エックスが興味深く尋ねた。シグナスは残念そうな顔をしながら話し始めた。
「『ユーラシア』の住民が皆殺しにされた。それだけではなく、『ユーラシア』が衛星軌道を外れ、
地球圏に落下をし始めたのだ」
その一言に、彼ら二人は驚愕した。

17話

「しかも最悪なことに、原因不明の買Eイルス大量発生が起こった。確か、君達はつい先程まで狽ニ交戦していたそうだな。
多分、君達が狽破壊したのが原因で、買Eイルスが地上に拡散したのだろう。それで、地上のあらゆる施設と交信不能に
なった。もはや、我々がどうにかするしかないのだ。ユーラシアが落下し、『核の冬』が訪れるのを何としてでも
食い止めなければならない。期限は2週間以内だ」
核の冬――それは今までSFの世界の中でしか語られなかった、地球の危機の一つである。大質量の物体を落とし、
地上に大損害を与えただけでなく、巻き上げた粉塵が地球全体を包み、日光の当たらない、極寒の星にしてしまう。
そんな環境では、例えレプリロイドとて生き抜くのは難しい。
「くそ・・・じゃあ奴はわざと俺達に破壊させたのか・・・・」
散り際ににやけたように見えたのは、気のせいではなかったのだ。シグナスが続ける。
「そこで我々は二つ作戦を考えた」
エイリアがコンピューター・デスクのキーボードを叩いて、モニターに映像を映し出す。
「一つはギガ粒子砲『エニグマ』を使用する作戦だ。名づけてエニグマ作戦」
そのままだ、というツッコミはよした。そんなことを言っている場合ではないからである。ギガ粒子砲『エニグマ』は、
1世紀前に造られた、現在でも世界最大出力を誇るビーム砲である。あまりの危険さに封印されてきたが、今は
仕方がない。これしか、方法がないのだ。
「もう一つはシャトル作戦。現在、ただ一機だけ宇宙空間へ突入可能なシャトルが格納庫にある。それに大量の爆弾を
積み込んでぶつけるのだ。無論オートパイロットは使用不能なため手動で飛行し、衝突直前になってパイロットは脱出
してもらう」
そこで彼は口ごもった。何か問題があるようである。
「ただ、この両作戦には材料が足りない。そこで君達にはそのパーツを回収してもらおう」
そういうことか、といった感じでゼロは嘆息した。自分達は、そのためにここに呼ばれたのだ。
「回収するパーツとその所在地はモニターを参照してくれ。以上だ。健闘を祈る」
エックスとゼロは確信した。今、地球の運命が自分達に握られていることを。かくして、彼らの5度目の戦いが始まる。