1話
今夜は客が来ていた―――珍しい客が。
「驚いたよ。何せ急に訪ねてきたものだから・・・・」
テーブルを赤いソファーで挟んだ、ごく普通の応接間。そのソファーに腰掛けてから、
ミュラーは笑いながら言った。向かいのソファーに腰掛けている少年に向かって。
年の頃十六歳くらいの少年。緑色の瞳を持っていた―――その瞳には、二年前と変わら
ない輝きがあった。現役のディグアウターのもっている、独特の輝き。どう説明すればい
いかは分からないが、彼の瞳からはそんなものを感じる。
そして、二年前と変わらず、青いアーマーを着ているようだった。そしてそれを隠すよ
うに、マントを羽織っている。
そして、ふと気づき、嘆息する。
「・・・・バレルとロール君のことは、残念だったな・・・・」
テーブルにおいてあったコーヒーカップに口を付けてから、つぶやく。少年は特に動じ
た様子はなかった。
キャスケット一家の死。彼の育て親のバレルと、姉のような存在でもあり、良きナビゲ
ーターでもあったバレルの孫、ロールの死は、彼に精神的な苦痛を与えていないはずがな
かった。彼にとって、二人は肉親のようなものだったから。
(・・・・・・・・)
ミュラーは首を横に振った。これ以上は考えない方がいい。自分にとっても、親友だっ
たバレルの死は十分痛いものだった。彼の心の痛みは、十分分かる。
仕切り直そうとして、ミュラーは慌てて言った。
「おっと、話がそれてしまったな・・・・で、何のようで来た? 用もないのに遠路はるばる
わざわざこんな老いぼれを訪ねてきてくれたのかな?」
別に、それはそれでよかった。二年前の「大いなる災い」の件があってから、彼とはあ
まり連絡を取り合わなかった。特に話すこともない。だが、別に話すことが億劫なわけで
はなかった。バレルやロールの昔話に花を咲かせるのも、別に悪くはない―――彼にとっ
ては思い出したくないことかも知れないが。
と―――
少年がおもむろに立ち上がった。ソファーがきしんだ音を立てる。
「ミュラーさん・・・・」
少年は、優しい笑顔で告げた。
「あなたを殺しに来ました―――」
ミュラーが疑問符を浮かべると同時―――
少年の背中から、光が膨れあがったように見えた。そして、その瞬間。
ミュラーは、顔面から床に突っ伏した。鼻の頭から、全身に伝わる鈍痛に、顔をゆがめ
る。そしてそれと同時に、その痛み以上の痛みを右胸に感じていた。ゆっくりと上体を起
こし、胸を見る。胸は血に染まり、完全にえぐられていた。肋骨を砕き、右の肺を跡形も
なく消し去っている。
ミュラーは悲鳴を上げた。ただし、声にはならない。恐怖と疑問に頭が支配されて、声
帯を震わせて声を出すというが出来なくなっていた。そして、いつの間にか思考も全く付
いてこなくなる。脳に酸素を送り込む働きをしていた臓器を半分失ったためか、何も考え
られない。先程まで持っていた恐怖と疑問も無くなっていた。眼はつぶれていないようだ
が、今どんな状況なのかが全く把握できない。
「な、何故だ・・・・?」
2話
そんな状況でも、うめくことは出来た。ゆっくりと少年を見上げる。
少年は、逃げるような素振りも見せずに、先程と変わらぬ笑顔で同じ場所に立ってい
た。マントの下からはバスターをのぞかせている。
―――不意に。
大きな音を立てて、勢いよくドアが開いた。丁度、少年の真後ろにあったドアが。
「どうかしましたか!?」
声が聞こえた。少年の声ではなく、低い声音―――衛兵の声だった。おそらく少年の放
ったバスターの銃声か、もしくはミュラーが倒れたときの音が聞こえたのだろう。ミュラ
ーには両方とも全く聞こえなかったが。
「な―――!?」
前髪と髭に覆われた顔からは表情を伺うことは出来ないが、動揺しているようだった。
衛兵が、低い震えた声音で少年に聞く。
「まさか・・・・あなたが・・・・?」
少年は、答えずにゆっくりと振り向いた。笑顔は崩さずに。
少年がバスターを構える。ふっと笑顔が消え、瞳からはディグアウターの輝きばかり
か、人間の輝きすら無くなっていた。
そして、彼の身体から、また光が膨れあがるように見えた。
衛兵が、はっと気づいて銃を構える。だが、もう既に遅かった。
(ヤメロ―――)
叫ぶ。うめき声程度の小さな声だったが。
少年の放った光の帯が、衛兵の頭を包み込んでいた。衛兵がゆっくりと倒れる。もちろ
ん頭は付いていない。高熱で首の筋肉と皮膚を焦がしたせいで、血は一滴もたれていなか
った。
(何故だ・・・・? 何故こんなことを・・・・)
ミュラーは、少年を見据えた。輝きの無くなった彼の瞳が、こちらを映している。まる
で人形の瞳のように。
少年が、唐突に口を開いた。
「一つ、教えてあげます」
「?」
思わず疑問符を浮かべる。だが、その頃には、胸の痛みで意識が遠のいていた。気を失
ってはならない。しかし、意志とは逆に、身体が休息を求めている。
「僕は・・・・僕自身を捨てる旅をしている・・・・」
少年のつぶやきが、かすれていく意識の中でかすかに聞こえた。
少年は、つぶやくように続ける。
「・・・・僕は、この世には存在してはならない人間なんだ・・・・だから・・・・」
少年が、きっとこちらを見た。
「僕は、僕を知っている人間を殺して、この世から『ロック・ヴォルナット』を消す」
そう言ってから。
少年はマントを翻して、ドアの前まで歩いていった。そこで止まってから、振り向かず
に告げてくる。
「いずれ、『ロック・ヴォルナット』を知る人間は一人も存在しなくなりますよ」
少年が部屋から出ていくのが、ドアを閉める音で分かった。そして―――
しばらくしてから、またドアが開く。
3話
「?」
彼は、もう消えかかっている意識の中で疑問符を浮かべた。だが、疑問を持ったところ
でどうしようもなかった。身体が動くわけでもないし、今は眠りにつこうとしているのだ
から。
が―――
彼は悲鳴を上げた。後頭部から、全身に激痛が走る。
「・・・・まだ、生きてるみたいだね・・・・」
「・・・・なん・・・・だと・・・・?」
声のした方を見やる―――黒髪を腰の辺りまで伸ばした、まだ幼い瞳をした少年が、そ
こには立っていた。身体全身をマントで覆っていて、その隙間からは黒いアーマーのよう
なものが見えた。
少年が、聞いてくる。まだ幼い、かわいげな声音で。
「誰に殺られた?」
「・・・・そんなことより・・・・救急車を、早・・・・く・・・・」
少年の足をつかみ、見上げる。
「誰に殺られたのか聞いてるんだよ」
少年が同じ質問をしてくる。
「・・・・そんなことよりも・・・・」
「誰に殺られたのか聞いてるんだよ!」
「・・・・・・」
少年の気迫に負けて、ミュラーは渋々答えた。
「ロック君・・・・ロック・ヴォルナットに・・・・」
「・・・・そうか、分かった」
答えると同時に、彼はマントの下から腕を伸ばしてきた。こちらを助けるために指しだ
した手なのだろう。ミュラーは手を伸ばした。少年の手がもうそこまで来ている。助かっ
た。安堵のため息を漏らす。
その刹那。
少年の手が、一瞬にしてバスターに変わった。驚愕して目を見開く。
「もう、君に用はない」
少年が素っ気なく告げて。
ミュラーの視界は光で埋め尽くされた。
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