kotono‐ha …ことのは
| 2007年09月
22日 土曜日 ココロ持ちとか、帰る場所、とか ヒトのココロは、光に照らした多面体のようで、様々に反射する、それがココロ持ちなんだと思う。 ヒトのタイプとして、前向きに、前向きに考えるヒトと、なんでも後ろ向きに考えるヒトといるそうだ。でも…好き好んで後ろ向き思考する趣味があるヒトなんて、ホントにいる? 誰もが出来れば、それはもちろんアカルイホウヘ進めたらと思っているのでは…。 「ひとつ ひとつ ものごとをそんなに 深く 考えなくっていいんだよ」って。 それで 「性分なのかな」と答えたらきっと、呆れた顔されるか、「損な性分だね…」、とか言われると思う。 確かに…寂しさや色んな想いなんて、考えればホント、大したことではないんだ。身の回りから小さなエコを、ノーレジ袋運動とか…考えるべき事は他に山のようにある。 どうどうめぐりの割り切れないココロ持ちなんて、ホント大したことなんてない。 秋の初めの黄色いチョウチョがたどたどしく、でも懸命に左右に揺れて蜜を探してる。カワイイと思ったり、哀しいと思ったり…黄色のチョウチョを見ては自分で自分を慰めている。でも、それでいいのかなとも、思う。今だけは…。 だって…少しだけ弱くなった日差しも、時とともに照らす場所を変える。目を上げれば葉がキラキラとまぶしいけど、もうじきここも陽が翳る。 Gパンの裾をはらって独り言。「自分の心が少しだけ安らかでいられたら、それから小さな居場所があれば、いいのかな。」 多面体のココロは、外からの光を受けて様々に反射するけど。外からの光で、ココロ持ちは揺れるけれど。ひとまず、それはそれとして。 そこに自分の居場所(棲家みたいなトコロ)がある気がするから。今日一日を思い返したりする…静かなしずかな場所。時には毛布かぶってフテ寝したりも出来る場所…。 |
| 2007年05月
24日 木曜日 病院にて …わかっています。ハイ。わかっています…繰り返すしかなかった。改装したての病院は、もともと何十年も前からここにある病院だ。以前は古いカビの混ざった空気が、薄暗い廊下を漂うような年代物の病院だったのが、豪華吹き抜けがまぶしい5階建て、別にある検査棟と入院棟は8階建て、という真っ白な大病院になった。廊下はすべて歩きやすく、カーペットのようなものが敷いてある。 「あなたはね、こんなに長時間待つ必要なかったの。」…そうですね…(もう3時間以上になります。予約を入れないからこうなりますね…) 待合に並ぶシャレたカタチと色をしたソファの列を思い出す。……目を閉じて、静かすぎる息をしている車椅子のおばあさん。介護のおばさんも、慣れているのか眠ったままで順番を待っていた。窓口と座席を往復し、看護婦さんに何度も「まだなのかしら?」と繰り返すご夫人。点滴をさげ新聞を読む寝巻きのおじいさん。ソファに溶け込むように隣に座る老夫婦。斜め後ろの席で、お互い気を使いあう年取った母娘…。 待合には、独特の空気が流れている。ここに座ったら、もう、身を任せるしかないのだ。お医者さんの片袖をつかみ、または懐に入り込んだことになる。そこには、すべて委ねて観念したというような、妙にしんとした空気がゆっくりゆっくり流れているように感じた。 …「近所の病院でいいの、ね。今回のぶんは薬出しておくからね、それがなくなる前に近所の先生に行ってね!」 先生は朝からお昼も食べていないだろうし、きっと休憩もしていないのだろう。なのに精いっぱいの穏やかさを保ちながら語りかけてくれる。…はい。すみません…。頭を下げ扉を出る…ふう。なぜか顔が上げられない。お隣の科の前にも、黙って座るたくさんのお年寄りたち…同じ方向を見て、番号の呼び出しをじっと待っている。 …そのまままっすぐカーペットの上を歩き、大きな柱の角を曲がり、会計窓口へのエスカレーターに乗る。心は、長い待ち時間から開放された安心感と、ここに来た後悔とでぐるぐるまわる。…でも診てくださったこと、感謝してます。ソファの車椅子のおばあちゃん、ごめんね。 |
| 2007年03月
22日 木曜日 どこから…音の迷い子 めうめう…猫の鳴く声と、うす水色の空の彼方から、ピーチュルチュチュ…とこれは軽やかに春を伝える多分…ヒバリの空中飛行の声。猫はわたしと目が会うと歩みを加速し、そそくさと音のしない駆け足で去っていった。ところで、扉をあけたり閉めたり…これはどこから聞こえるのだろうか、眉毛の上にそっと止まる風のような、余程注意していないと聞き逃してしまうような、カラカラカラ…と消えそうな音。 右斜め上から聞こえるような気もする、ベッドに横たわると左下の建物にあるはずの無い古いサッシ…(昭和の後半に作られたような)…を静かに引きずり閉めるような、ホコリっぽく軽い音のようでもあるし。その音がするたびに窓辺に歩み寄ってみたり、水遣りの青ホースの手元を緩めたりして、空を仰いだりもするけれど、わからない。そして夜は街頭の明かりに揺れる街路樹の影を追ったり。 そうだあの古いマンションに居るのは誰なんだろう、人のベランダをのぞくのはとても気が引ける思いがしたが、カエデの芽吹きを眺めるようにして何気なく左向こうのビルを見上げる。洗濯物の出ている部屋はごくわずかで、働いているからか、衣類は部屋干しにしているのだろう、子供の声などひとつも聞こえたことのない、すすけた壁の地味なビル。ただ一番の利点と思われるのは、やや高台に立っているため視界をさえぎるものが少なく、すこぶる眺めが良いだろうと思われること。 あの西向きの窓たちから見る夕焼けはどんなに素晴らしいだろう…! 実際に登ったことが無いので想像だけれど…。それにしても、こんなに近くにあるビルなのに、今まで、そして多分これからも、一度もあの階段を昇る事はないだろうと思う。 カラカラカラ…朝に夕に響く音。いつも同じ音なのかそれさえわからない。朝はカラスが隣のトタン屋根を跳ねる音かもしれないし、昼はあのマンションの一人暮らしの老人が西側の古ぼけたサッシを開けたり閉めたりして、時代遅れの花模様の魔法瓶から固まったインスタントコーヒーの粉をかき出しお湯をそそぎ、いつもの空を眺めているのかもしれない。ひょっとして私の犬がほえるのに腹を立てているのかしら。 夜は…闇を渡る黒い風が洗濯干し場のカゴの網目を競って通り抜ける音なのか。それとも、と考えてしまう。私のそばにいるらしい、それは音の迷い子。 ずっと幼かった頃、チョコレートの箱に描かれたピノキオやダンボの笑顔が夜空いっぱいに映しだされ、特に巨大なジミニー・クリケットが星にかたどられて輝いていた思い出や、青い空の白い雲の上によその国があるんだと思っていたように、すべてが私の想像で、どこからかのこの音は、夜ならば漆黒の空に浮かぶお月様が小さく笑っている声かも知れない、と無理やりに思ったりしてみる。 人の耳に届く音や気配は、本当はほんの少しだけで、気持ちや眼差しにとらえられず、その辺にまだまだ聴こえない音や見えないだけの存在が転がっているのかもしれない。あの迷い子…カラカラという音は私の古いサッシの記憶に引っかかると思ったのかな。 |
| 2006年09月
25日 月曜日 里犬里猫探し会場にて 仔犬達を見に行った。今日は11匹、連れて来られたそうだが、私が到着した時はもう4匹だけだった。そう、駐車場から歩いてくる途中、ちびわんこを嬉しそうに抱っこしたり連れたりして帰っていく人達を何人か見ていたから…。 会場に入ると、ネットで見たお目当ての茶色い仔犬はまだ残って居た。みんなに触られて疲れ果てたのか、隅っこでウトウトしたりして大人しい。まだ残っていた4匹の内訳は、白い仔犬が2匹、お目当ての茶色が1匹、それらの犬たちは3ヶ月程度の仔犬だ。それと大き目の黒茶の子。黒茶のはもう2才だそう。人なつこい目をしている。何度も里犬探し会場に連れてこられては、「私のご主人は誰になるんだろう?」と思ってきたのだろうか。 私が見ている間に白い2匹はそれぞれ2家族に抱かれ、あっという間に決まっていった。大勢の人の中、ボランティアのお世話の人たちは大忙し。次々と決まってくれてほっとしているみたい。そうだよね、幸せになって。 残ったのはお目当ての茶の子と2才の黒茶の子。何度も茶の子を抱っこしてみる。こんなに愛らしいのに…どうして残っちゃったのかな。うちの初老の犬とやっていけるだろうか。特にうちの犬のほうが…。神経質に育ててしまったから、この仔犬とどんな風に接するのだろう。老犬の精神状態を想像してみる。無邪気なこの茶色い子とのこれからの毎日を…。 反省した。 低学年ぐらいの男の子とお母さんが、しきりにこの茶色い子を見ている。 |
| 2006年 08月
04日 金曜日 ひとつの夢…あの頃の自分に会いに 今朝のテレビ。ぼんやりつけていたら代々木公園の暑い日差しの中に立っていたのは南こうせつ氏。…朝から30℃近い太陽の中で歌っているその曲、「夏の少女」…!私は洗濯を干すのも忘れ、こうせつ氏の姿に釘付けになった。 かぐや姫時代の懐かしい曲がオープニングに流れ始める。曲名を思い出そうとするが…その前に歌詞だけが、放送で流れる歌声を飛び越え、頭の中から一度にあふれ出て来る♪鳥がないて…そうだ「ひとりきり」だ。 ナント、この秋にかぐや姫を再結成させ、拓郎氏と再度、つま恋にてコンサートをするそうだ。「観客の人達も自分達と同じオトシだろうから〜」と笑わせる。(1975年の吉田拓郎とのつま恋コンサートの映像もながれた。) 番組の中でこうせつ氏はこう語っていました。 今年10月のつま恋チケットはもう売切れだそう。「中年パワーだよ〜!」7月の北海道岩見沢市のコンサートでの中年女性。「こうせつ氏の語りを聞くと優しくなれる…」と中年男性。 番組が終わるまでに心が何度もつぶやく。「来年、行ってみたい。」初めての北海道、そして岩見沢市でのフォークジャンボリー。頭の中の来年のカレンダーにさっそくメモ…。もちろんそれは夢で終わってもいい(もちろん実現できれば最高です)。 今日、テレビでこうせつ氏の言葉と歌を聴いて「あの頃の自分」に少しだけ会えた。そして来年の夏の岩見沢を思う時、こうせつ氏の言う「あの頃の自分」と、「来年の自分」の姿が、仲良く手をつないで立っているのです。きっと…北海道の緑の芝生と青い空の下で。 |
| 2006年 06月
09日 金曜日 小さな心の中の小さな宇宙 スーパーのレジ横のカードゲームの前で、小さな女の子がじいっと画面を見つめています…。キラキラとまぁるいお目めが、私には輝いてみえました。お母さんはどこなんだろう…?カードゲームの画面に吸い込まれてしまいそうなほど、じいっと見つめています…。おなじみのキャラクターが「おれと一緒にたたかおう!今度は負けないぞ!」と繰り返しています。彼女にとってはこの画像が今のすべて、なのかな…。 坂道を小さな女の子が登っています。私でさえ息がきれるほど長い坂道。彼女はひと足ずつ、坂の長さを気にやむ事もなさそうに、何ごとかつぶやきながら登ってゆきます。 紺色の柔らかそうな帽子、紺色のリュック。お道具用の手提げかばんでしょうか、それに紺色の重そうな上着とスカートに黒い靴。オマケに紺色の靴下…。まだ小さいのに、なんと多くのものを抱えているのでしょう…。いったい通学時間と距離はどれだけになるのでしょう…。でも、彼女はそれらをありのままに飲み込んでいるように見えます。つややかな黒髪に覆われた後姿は、小さな宇宙が動いているようにも思えます。 カードゲームの女の子も、紺色ずくめの女の子も…きっとその心の中に小さな玉手箱を持っています。彼女達は、その玉手箱のフタを開けては入り込み、とりどりの色に塗られた出会いや思いや、言葉や記憶たちを取り出し、手のひらで暖める…。時の流れの止まった彼女達の小宇宙。玉手箱の中に限りなく広がる想像の空間で、自由にのびやかに泳いでいるのではないかと思います。 小さな心の中の小さな宇宙…幼き心のはてしなく限りない広がり。 |
| 2006年 02月
15日 水曜日 風を待つ 日々の暮らしの中では、風の吹く日とそうでない日(つまり凪の日…)があるように思います。 凪の時…自分を鏡に映したら、私は何か透明の、薄い殻のようなもので包まれているのでしょう。 舵を取れなくなった船が、凪の海にポツンと取り残され、浮かんでいる。 そして再び太陽の光を浴び、雨の日なら雨粒をながめ、一歩ずつ、歩いていけるようなのです。 風は、暮らしを楽しむ気持ちを運んできてくれます。風の吹いてくる方向は未来からのようでもあり、 |
| 2005年 10月
04日 火曜日 いつかの空につながっている 朝、カーテンを開けると曇り空です。しっとりした雨と、しめった土のにおいがします。 空を見ると、もちろんそれは今現在の空ですが、これはいつの空だろう…と、スグに記憶を掘り返したくなるのです。 この灰色の空は、いつかの空につながっている。 この世に生まれてから、ここまで流れてきた「記憶という糸」に触れることで、 |
| 2005年 9月
13日 火曜日 輪廻転生 …輪廻転生って信じる? いきなり予想外の質問に、もごもご口ごもってしまった。え〜そう簡単に尋ねられても…と言って時間を稼ぎ、ぼんやりしていた頭にエンジンかけて急発進させようとするけれど、すんなり答えが出る訳も無い。 結局その時は、「そうだねえ…輪廻転生が事実ではない、という証拠が無い限りは、完全否定も出来ないよね…それに『この風景どこかで見たことある…』なんてデジャヴを感じたという話も聞くし。」とかナントカ答えるのでやっと。 輪廻転生を考える時って、魂と肉体の存在を、個別に意識する必要があるかもしれない。そして魂を輪廻転生に導く…別の大きな存在も感じるよね。…こんな感じで話せたらチョッとは母の株も上がったかも? …輪廻転生があるかないかはわからない。でも、自分で自分を「自分」と認識できる「現在」が確かに今、あるのだとしたら、その「現在」という時間と、意識できる「自分」を、大切に大切にする事がやっぱりイチバンなんだよ。 |
| 2005年 7月
24日 日曜日 一歩の幅は …家庭科が苦手だった。運針やミシンがけがあまりに下手なので、洋裁好きな母が心配し、家庭科の先生に相談しに行った。中学の家庭科ではパジャマとスカート、ブラウスを作ったが、私は母の心配などどこ吹く風で、洋裁が得意な友人にほとんど作ってもらっていた。彼女は本当に器用で私の作品もささっと作ってくれた(アリガトウ…)。 娘が小5の時、お友達が薄焼き卵を焼き、キュウリやハムを器用に切って冷やし中華をご馳走してくれたそうだ。とても美味しかったって♪ いま娘は中3。やっと冷やし中華の薄焼き卵を焼いている。手順を覚えたら時間もだいぶ短縮されてきた。夏休みに入り何度目の冷やし中華だろう…?最近、少しずつ進んで台所に立つようになった。 …一歩の幅も、方向も、みんな違う。人の道はひとつじゃない…。歩いていれば出会いもある。自分の気持ちが知らぬ間に動き出す時もある…。ヒナ鳥達には行きたい方向へ、自由に羽ばたいて欲しいけれど、飛び立ちたい羽を押さえているのも、私なのだ。…あの時の母と同じように、心配で仕方ないのも確かだから。 |
| 2005年 3月
13日 月曜日 白サギ 細い川が道沿いに流れています。白サギが見えました。この辺りの川でよく見かけます。白く細い容姿。一羽ひっそりと川の中に立つ姿は、どこか寂しげ。どんよりした春先の曇り空の日でしたから、よけいに白い姿が浮き上がるように見えました。 「白サギだ。やっぱり一羽だね。」可愛そうになりそうつぶやくと、思いがけない返事が返ってきました。「いや、二羽いるよ。」「え…?」 よくよく見るともう一羽、灰色のサギがいます。少し離れて白サギのほうを見ていました。気がつかなかった。つがいなの?親子?…サギの事を何も知らない私には解りません。それが春だから、という理由でもいいのです。「ひとりじゃない時があるのなら良かったね。」白サギは、いつでもひとりぽっちで立たずんでいるものだと思っていた私は、暖かな気持ちになりました。 |
| 2005年 2月 07日
月曜日 内側に流れる強さ (barairo-tusinより) …褐色の固い枝に、小さな芽がついています。年末年始から雪もみぞれも降り、今年の冬は例年通りの寒さとなりました。植物達は静かに眠っているようでも、根や枝の中で、確実に春の花を咲かせる準備をしているという事です。娘の生物の教科書でも、植物がどのようにして生きているのかを知ることが出来ます。しかし理屈ではなく芽吹き、葉を茂らせ、花を咲かせ、葉を散らし、北風に吹かれ裸の枝をさらし…また黙って芽吹きはじめる…その生命の繰り返す様は、私に静かな深い感動を与えてくれます。木は黙っているから…余計なのかもしれません。 何も言わず陽にあたり風に吹かれる木々の姿は、私にも「そうあるべき」だ、と教えてくれているような気がするのです…。特に冬、黙って冷たい風に裸の枝を広げる姿には「全てを受け入れ、ただするべきことをするのだ」という…この世に生きるもの達の内側に、本来流れているであろう「強さ」を感じ取る事が出来ます。灰色に包まれた冬の木々の姿は、若葉や紅葉のにおとらない姿だ、と思います。…とは言え、早く春が来ると良いですね!木々達も、きっとそう思っている事でしょう! |
| 2004年 12月
03日 水曜日 木造校舎 中学校には二つの校舎があり、一つは鉄筋でしたが、もう一つは化石のような…古い木造校舎が残っていました。廊下も、階段も、歩くとぎしりぎしり。窓も木の枠でした。階段の手すりもモチロン木…今思うとぜいたくな話ですね。 二年生の時、二つの校舎の間に、立派な三つ目の校舎が完成しました。全校あげてのお引越しのあと…木造校舎は壊されました。その日の放課後、残っていた中学生達は、みな、壊れていく木造校舎を、新校舎の窓から眺めました。ちょうど私は職員室にいました。「あ!」と言う声で、先生も生徒も外を見ました。高い重機に押されて、大きな木の壁がゆっくりと崩れていきました。その場面を、今もよく覚えています。きっとあの時、あの場所で時間を共有した人々は、誰もが今でもその場面を忘れてはいないだろう、と思います。きっと。 |
| 2004年 10月
27日 水曜日 しろいばら 白いバラが好きです。青空の下に咲く、春のみずみずしい白バラも好きですが、秋の、ひなびた白バラが好きです。秋の白バラは、灰色の寒々しい空にも映えるようです。…灰色の背景には、白は浮かび上がるのですね。2本の白バラを並べて置いてありますが、一つは調子が悪く、もう、来年の春に咲いてくれるかどうか…ひとえに私の手入れの悪さで…可哀想なことをしました。もう1本は、いくつもの花をつけました。 |
| 2004年 10月
03日 日曜日 雨の朝のキンモクセイ おフトンの中で目が覚めると、外は雨の音がします。雨の朝。戸を閉めていても、外からほんのりとキンモクセイの香りがしました。昨日おとといの良い気候で、花のつぼみが膨らんだようです。 日曜日の雨の日のキンモクセイ。オレンジ色をした、チイサナ秋の妖精たちも、今朝はまだねむりこけているかも…あくびをしながら。それでも雨戸を開けると…甘い香りが部屋中に広がります。毎年くりかえし、風の中にこの香りを感じた時に、私の秋が始まるのかな。 |
| 2004年 9月
03日 金曜日 おしろい花 おしろい花は種からしか咲かないものだと思っていましたが、ここ数年、窓の下の同じ場所から咲いています。特に今年は暑さのせいか、茎が太く、背も高く、おおきく広がって咲いていました。窓辺から部屋の中に、ボタン色の花が「コンニチワ」するぐらいになりました。花色は昨年より多く、白、白とボタン色の絞り、黄色とボタン色の絞りとにぎやか。 次に検針に回ってくるのはいつだろう…そうでなくてもうっそうとした庭の隅にあるメーターは、きっといつも検針の人に迷惑だとおもう…。そして今朝、思い切って切ることにしました。太いおしろい花の茎は、見かけによらず柔らかくて、簡単に手折れました。私に身をゆだねたかのように。「ごめんね、また、来年ね」と、申し訳なくて声をかけました。 |
| 2004年 7月
23日 金曜日 ははむすめ 自分の子供の頃を思い出してみる。母も悲しそうな顔をしていたのだろうか。私はふりむく事などせず、ドアをバタンと開け出て行ったっけ。あの頃は自分の事で精いっぱいだった。今朝、娘とささいな事で言葉の投げ合いになり、彼女は飛び出すように出かけて行った。 |
| 2004年 7月
15日 木曜日 カミナリきらい 遠雷が聞こえる。…ザァッと降って欲しい。わんが遠雷に気がついて、慌てて避難場所に向かう。避難場所には順位や使用目的があるみたい。普段は、PCの下。たいがいここに居ます。PCに座る者に、時につつかれたり(!)足の裏で撫でられたり…。誰かいつも座ってるから安心?次に食卓の下。ここは涼しいらしい。 ピカッ!ドン! わんは右往左往。カミナリの音は、わんにはどんな風に聞こえるのでしょう…早く過ぎるといいね。 |
| 2004年
6月 17日 木曜日 Gilbert O' Sullivan テレビで懐かしい人を見た。ギルバートオサリバン。アロンアゲインがまたヒットしているのかナ。初めてあの曲を聞いたとき中学生だった。夜、文庫本を読んでいてラジオでかかった。あの頃は聞くものといったらラジオ。カセットテープ。CDもMDもビデオもまだない。DVDなど遠い遠い先の話だった。 次の日中学校で友人に聞く。(大学生のお兄ちゃんのいる彼女には洋楽について色々教わった…)「あ、それはぎるばーとおさりばんっていう人が歌ってるんだよ」 |
| 2004年
5月 25日 火曜日 庭のあるじ 実家は相変わらずひっそりしている。ガンコな住人が去ったあと、母が静かに暮らす。庭も同じ。 私も今日、実家の窓から庭を見ていた。『庭の掃除の人をお願いしたの、草がたくさんはえてしまったから…』と母の声。 そう、よかった。そのほうがいいね。 と私。午後2時の乾いた風が、草の生えた庭を吹きぬける。 |
| 2004年
5月 12日 水曜日 かなわなくてもたくさんある夢 乾燥した風がかさかさと葉を揺らしている木陰。気温は27℃ぐらい。時間は午前11時ぐらいか…木洩れ日が地面の上に、レースのような模様をうつしだす。サラサラ…かさかさ…優しい風が木の葉と歌う。どこかでこんな時間を過ごした事があったような…なかったような…こんな気持ちにしてくれるのは「小野リサ」さんのボサノバのおかげ…いつでも瞳の遠く遠く向こうに広がる海。白い壁の前のベンチで、木洩れ日の風を受けて過ごす。 いつか、ね…これは「かなわなくてもたくさんある夢」のうちのひとつ。どんな夢でも、夢はたくさんあったほうがいいものね。 |
| 2004年
5月 3日 月曜日 ハコベの花 ハコベの花。 庭の草取りをしなさいと言われ、庭のすみっこにしゃがみこむ私。
さっきから、ずっと手に握っているハコベはなんだかあったかい。かごの中に入れてあげよう、トリさん食べてネ! いつも、ハコベをたくさん摘んだら、トリさんのエサにする。水差しに無理やり突っ込む。 トリはビックリしてバタバタ騒ぐ。 でもホラ、食べてるよ、ね、食べてる食べてる!…おいしい? トリカゴをのぞき込む私。そんなハコベの花の思い出。 |
| 2004年
4月 30日 金曜日 桐の花 桐の木に花が咲くのを知ったのはハタチぐらいの頃。
いつも駅まで歩く道…古家の庭にずっと前からあった木。
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| 2004年 4月
29日 木曜日 山の花 生まれ育った庭のはじっこに、ウツギが咲いていました。
昔…山歩きの最中、父は、山の花の名前を私に教えて歩きました。
家族の中で私が、一番そおいう事に興味があり、一番おとなしく話を聞いていたからだと思います。
うちにあったウツギはスイカズラ科のハコネウツギでした。落ち着いた静かな花でした。
ウツギは空木と書くそう、木の枝の中が空洞なんだそうです。
ウツギには数々あり、スイカズラ科、ユキノシタ科、バラ科などに分かれていて、皆ウツギと呼ぶそうです。
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| 04.04.26(月) あんずの花 あんずの花は、昔の庭の真中にありました。毎年毎年、私はその花が咲くのを待ちました。その花が咲くと、やっと冬の終わりが見えてくるからです。たいていは2月の後半に咲きました。二階の窓から、赤いツボミが良く見えました。 やがて、花開いた日には、その事をかならず日記に書き込みました。その頃には、まだ雪も降り、あんずの花びらにも雪が積もりました。寒そうに、心もとなげに、冷たい雪を背負い咲いているあんずを可哀想にと思いつつ |
| 04.04.25(日) 五色ツツジ 私が小さい時、父が連れて行ってくれたお寺の植木市。美味しいくず餅を食べたあと、 |