香り



香り1

 

乾いたタオルケットに顔をうずめれば

午後3時の庭。 オレンジ色の陽光の香り

かすかな香りの記憶。

扇子の箱を開け 白檀の香りが流れると

鼻の奥から いつかの世界がよみがえる

母の隣で 白いエリの服を着た 幼い私が座っている

退屈しのぎに たたんだりひろげたり。 

母の扇子は 安らぎの香り

 

香り2

 

それは

お留守番の雨の日の 湿った畳の匂い

一人遊びを やめたらきっと怖くなる。 

部屋の四方にしのび寄る 薄暮に気づかぬフリをして。

すりガラスの外に 跳ねた影は

ヤツデに落ちた ひとしずく

それともいたづらな瞳をくるくるさせた

雨降り小僧だろうか 

 

香り3

 

カーテン越しに キンモクセイの香りがする

学生食堂で物思うフリの私

この坂道を下っても 誰も私を待ってはいない

時が目の前に積もってゆくのを ただ見ている 午後のテーブル。

あれから 様々に時間は織り成し

事がらは次々 脳に記憶されたはず

なのに キンモクセイはあの日と変わらぬ香り。

私がそれを望まなくても

香りは 脳の扉を開き

勝手に記憶の引き出しをあける厄介者

秋の長い影が 夕暮れを伝え

今年も キンモクセイの季節が来た。