たんぽぽ
 
 
 
 
 
 

存在した時間を正確に記憶する

地下監視カメラ

モノクロームの映像

 

 

帽子など 縁がない

なぜ あの店に入ったのだろう

彼女は笑顔で

熱心に たんぽぽ色の帽子をすすめた

 

 

決心がつかず

何度もかぶりなおした末

私が首を振り 帽子を手渡した時も

春のように にこやかで優しかった

 

 

本当は彼女は失望したのではないか

あの時 帽子を買っていれば

 

 

彼女を喜ばせたい

帽子を買いに来た理由はそれだけだ

もう一度 笑って欲しかった

 

 

私のために 

 

 

4月を迎えた地上では 太陽がまぶしく射し

心おどらせる初夏の風は

地下街にも流れ込む

 

 

帽子を選ぶ人で賑う店に

彼女はいなかった

並んだ商品の間をしばらく探したが

仕方なく

帽子を手に取り 鏡の前に立つ

 

 

たんぽぽ色の帽子を握りしめた私

時代遅れのスプリングコートに

化粧っけのないひっつめ髪

 

 

そうだ彼女は

もうとっくに忘れている

数日前の 行きずりの客の事など

 

 

よくよく考えれば当たり前

きっと今日は休日で

彼氏とテーブルを挟んで 微笑んで

 

 

帰ろう 

午後の地下鉄コンコース

 

 

思い直して立ち止まり

たんぽぽ色の帽子をかぶってみたが

人波は黙って流れ続けるだけ

 

 

モノクロームの帽子が

警備室のモニターに映る

警備員はあくび顔で携帯メール