凪の日に
 
 
 
 
 
 

凪の日に

私は

自ら風を求めない

小さなさざ波たちが 互いにぶつかり合い

黙ったまま満足そうに揺れているのを ただ

ながめている

 

凪の日に

私の真っ白い帆は あなたを想い まちぼうけ

「世界中の誰もが私を忘れたろう」と 

太陽が沈むあたりをながめては

ため息ばかり

 

凪の日

私は かげろうの薄い羽のような

触れると 壊れてしまいそうな

繭の中で 

ひっそり息をして

風を待っている

 

凪の日に

私は深くは沈まない

深く暗い海の底の 海草のかげでは

魚の卵たちが

さざめく波のつぶやきを子守唄にして

眠っているから

 

旅してきた鳥たちの声が遠くに聞こえる

「風を見てきた」と 教えてくれる

私の鼻先へも 彼らの羽ばたきから 

湿ったニオイがかすめる

 

やがて静かに風が

海面から湧き上がり 帆を揺らし

この船をここに留めていたものを

音もなく解きほぐす

 

それはまるで 

霧につつまれた木立の間を 

風が吹き抜けてゆく深い森の朝のよう

 

そして再び太陽の光を浴び

雨の日なら 雨粒をながめて歩きだす

何事もなかったかのように

 

風の吹いてくる方向は

私の知らない未来から

あるいは

過ぎ去った時間たちの住む

記憶の森のかなたから

 

凪の日に

私は抗う事をしない

たとえそのまますべての風が死に絶え

二度と水面を揺らすことなく

海が にごった緑の沼に変わろうとも