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針 |
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騒々しい商店街を通り抜ける それは この駅に降りる事の後ろめたさを 私に再認識させるために 与えられた儀式 私はこの雑踏から疎外されている 年寄りや主婦の自転車が 忙しく行き交う人ごみの息遣い 店先に並ぶバナナやオレンジ
誰も自分を知らないはずなのに 身体中に刺さる 針 針 針 街頭放送のにぎやかな音を背中に 逃げるように 通いなれた一本道を速足でゆくと 急にあたりは淋しくなり 昭和色の古い家々が並びはじめ 私は 足音をひそめてアパートの階段を上る ドアの前で 片方の袖を編みのこした枯れ葉色のセーターを かかえ ポケットの合鍵を 探す 街頭チラシが風に舞う 通いなれた道なのに はじめての街に降り立ったような 心細さとわびしさ 年月だけが過ぎてゆき カンカンという錆びた階段の音が 心の空洞にひびく 帰る場所を求めても 求めても 刺さった針は 自分で抜く 強がりの白い頬
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