往く春





今朝は少し長く眠った気がする

薄い窓ガラスから伝わる外の空気は冷たく

春はまだ浅い

赤いランドセルが机の上から

今日はお休みなんだよと めんどくさそうにつぶやいた

 

お勝手で 小豆を茹でる母の背中が揺れる

そうか、おはぎを作ってるんだ

弟も目をこすりながら起き出してくる

もち米は 湯気をたて てかてか光る

待ちきれずつまんで口に運ぶと

ミルクに似た香りがした

 

アルミなべに出来立てのもち米を入れ杵でつく

さぁ扇いで

私達は手に手に 去年の夏の盆踊りでもらった

電気屋のウチワをはらはら振る おどけて踊りだす弟

 

母は今日も いつもの薄墨色の憂いをまとっている

私は気づかない振りをして

普段はありつけない 甘いあんこを何度もなめる

油のしみこんだ台所の隅は嫌いだった

母の暗い表情に似ていると思っていた

こんなものなんだろう 生活って こんなものなんだろう

重く沈殿した形の見えない不安の上で

甘いあんこをなめている

 

母の憂いと 子の憂いは

炊事場の換気扇から

湿った風に流され外へと運ばれる

もうじき木戸の隣ではレンギョウがほころぶ

餡を丸めた小さな手のひらの中で

私の春は往く