みどりの人

みどりの人はそこにいた。樹と空を見上げる人の瞳の中に、木陰で汗をふく人の視線の先に。風の通り道に立つと、そこだけは不思議と時がゆっくり流れている。トラ猫が目を細め、ポストの下にしゃがみこんだ仲間の姿をじっとみつめていた。それが彼女だった。

午後2時、太陽が右に傾き、キンモクセイとライラックの木々の上に移動する。ポストの辺りは、葉が風に揺れ、木洩れ日がキラキラと輝いた。そよ、と吹く風に、下草のそれぞれや、小さな花も木洩れ日に揺れる。そしてあたり一面、ここは光と葉のダンス会場となった。

春、もうすでに一度、花を落としたのよ、それから…またこんなに小さな芽が出てくれたの。誰も頼みもしないのに…この草は働き者だね、それとも、何度も芽を出す事は、草花たちにとっても、喜びなのかしら。

こおしている時、とても満たされた気持ち。土と、草と、風と、自分は同化できる気がする。季節の若芽を見つけるといとおしい。人間の暮しで感じる事のない、この世との一体感。

あなたも、そこのビンの中から、無限に「満足」が溢れ出るとは思わないでしょう。手にした「満足」だって思ったとおりの形ではない。わかっていても人は望むのよ…。欲がなくちゃ生きていけない。あっという間にしぼんでしまうスフレのように、後悔する事もわかっていても。しあわせの形は人それぞれだけど、欲のニオイのするしあわせは、どれも後悔がつきまとう。

人は水に解き放たれた魚のように、何にもとらわれずキレイに無心になりたいと思う。天の国の扉が、自分にとってきっと軽いものである事を望むでしょう。けれど身体の中の欲は決して消えないから悩みもだえる。私もそう。植物や作物に農薬をまかなくても、地球の行く末を憂いても、車の鍵は持っているしね。帰り道、アクセルを踏めば地球の空気を汚しているの。簡単にいうと、つまり人はそんな風だから…

自らの種を絶やさないために、モノを造りモノを壊す。潔さを失った時から、地球に友好的な生き物ではなくなった、まして地球と同化するなんて。

逆光の中、立ち上がった彼女の背中は光に溶けた。褐色の肩にかかる緩やかにカールした髪をそっとはらう。誰もが納得する道筋など無い。純粋に種を守るために戦う生き物であれば、神様も許してくれるだろうに。

道ばたの雑草でもいい。ただ芽生え、花を咲かせて、種をつけ枯れる。その姿は美しい。「ある人が、生まれて生きてそして死にました。」そんな物語でいい。

仙人のように生きろというのかい? 出来やしない。人間はもう、走り出してる。それが破滅への道だろうと。神さまは何もしてくれやしない。人間が自分で、自分達の始末をつけるのを、ただ見守っているだけだ。未来永劫、生きとし生けるもの、地球ファミリーなどありはしない。

突然、ザザ。と辺りをかき混ぜるように、ケヤキの大木が、広げた太い首を大きく揺らした。ブルネットの瞳は、喋りすぎた午後を少し悔やんでいるようだった。いつの間にか、辺りは湿った夕方の風にかわっている。何もかもが興ざめしたように、昼間の色を失い、早くも宵の紫のベールが、草むらのすみっこから広がり始めていた。

ぬるくなった水のボトルを飲み干し、足元を確かめ、歩き出す。さよなら。会いたくてここらを歩いていた。さあそろそろ出しっぱなしのウサギ達を家へ入れてやらなくちゃ。小松菜とトマトを買って帰るよ。ウン。そう、多分、無農薬のお店で。