昼前の事

皿を洗う手が自分の手ではなくなり

厭わしい言葉をつかもうと　指先は宙をさ迷う　

チェロの響きが低く部屋に流れ

心は水のしぶきと共に　洗いおけの中で右往左往

グラスにこすりつけた洗剤の泡が

ガラスの表面をのらり流れ落ちるのを

うっとり眺めている間に

私のヒタイのあたりでは　誰かが勝手に言葉を並べ始ている。

思考会議が進行中

いつもの私の嫌いな言葉が　頭の中に溢れ出る

指先にまとわりついた泡たちは

そ知らぬ顔で　チェロの調べにタクトを取っている

ヒタイのあたりで繰り広げられる勝手な思考会議　

どうせいつもと同じ結末

私は戒めの言葉を　まじないのように繰り返してつぶやく

ヒタイのあたりで思考はしても　

決して心には　落ちてこぬように。

決して喉元から　声となって外へ出ぬように。

まして他人に聞かれぬように。

芳醇なチェロの調べが　過熱気味の会議を諭すかのように

魂ゆるゆるかき混ぜ流れる

それぞれの主張は　湖岸に寄せる大波となり

予想したとおり　今日も同じ結論に駆け上る

やがてクライマックス　最後の小節　

チェリストは　力を込めて弦を強く振り切った。

――――――――――沈黙

………………………はらりとテーブルに花びらが散るような…………

冷水に入れた指先が

ちりちり針でつつかれるように痛くて　我に返る

自分の手を取り戻す

さて

水道をひねり、皿の汚れを落とすことに没頭する

現実のこの手で皿を割らぬように

チェロの響きに酔いしれて

魂が　言葉が　再びあらぬ世界へ行かぬよう

うつむいて皿を洗う私の指先

さ迷う私の指先