ローズマリーの記憶

 

雨に洗われた雑草が

小道を隠すように伸びている 

すねに露が付くのを気にもせず 少女は身軽に駆け抜ける

 

駐車場も無く 植物園とは名ばかり 

ガードレール沿いに続く塀の向こう側について

忙しく通り過ぎる人々は関心も示さない

夕暮れの霧が流れはじめて

南向きのビルがオレンジ色に染まる

街の陰影がはっきりと分かれ ここはもう陽も当たらない

 

騒々しい車の音が途切れたら かすかに聞こえる 

崩れかけた百葉箱の中に ちいさな声で鳴く猫

扉をそっとあけると 夢を見ていた私が目を覚ます

 

少女が抱き上げて 顔をのぞきこみ

柔らかい毛に顔をうずめると 乾いた風が吹きぬける

そう あれは

青いセージの群生とローズマリーの薬くさいニオイ

採れたてのトマトを手に取り 疑う事もなくかじりついた 幼な子

あれは確かに私です 乱立した都会の古いビルの下で

小さく震えて訴える

深いブルネットの瞳はうるんで今にもこぼれそう

風に けしの花が揺れていました

日は 天に高く上り はだしで寝転ぶと 土のぬくもりが背中に伝わる

見上げた空はきっと何も言わず どこまでも続いているのだろう

日ながいちにち ゴロゴロした石の間で過ごしたものです

 

遠くで 知らない国の言葉がしていたこともある

戦いから逃げて来た 老婆だったのかもしれません

指を組んで 下を向き つぶやくその祈りのような声は

哀しみの歌にも聞こえました

 

もう、行かなくちゃ。 少女の頭に 母さんの顔が浮かぶ。

百葉箱の扉をぎゅうぎゅうと閉め

必ずまた、あなたに会いに来るからと 出口に向かって走り出す

私の声が届いたのか かどまで来て振り返った

少女の目に映ったのは

眠りに着いた塀の向こう 紫の霧に深く 深く沈んでいた