風の唄

 

 

埠頭の端まで ふたつの影が歩く

風をまとい前をゆく人

大きな影の後ろに立ち だまって私の影を重ねてみた

淋しくて コートの裾に触れたいけれど 

それは私の弱みを見せる事 

だから手のひら握りしめる

 

「雪になるかな」 

いいえ、「さよなら」と言ったのかもしれない

港の北風が 私の耳たぶに突き刺さり

あなたの声も あっという間に背後の風景へと消えた。

 

灰色の空にうかぶカモメ達よ 

どうか私も連れて行って

この息苦しさから逃れたいの 風に身体をさらわれていい

 

夏にあなたがくれたキャンディの包み紙

ずっとポケットの中 それは私の小さなお守りだった。

待ちぼうけの駅舎。 書き捨てた長い手紙。

そして

ずっと解けない疑問がひとつ。 宙ぶらりんの凧の糸を

切りたいの? 切りたくないの?

私があなたにこだわる理由 わかっている 

ふりだしには もう 戻れないから 

別れ意識しながらも 積み重ねてきた この月日を

精算など いまさら 出来ない あなたもそう?

 

オレンジ色の夕暮れが終わり 遠くの空は 藍色にしずむ

投げ込まれたブイ ゆられ 揺られて

逆立つ波が冷たく寄せては もうお帰りと言っている

 

「私が男なら」 笑っていたね

「サヨナラは女に言わせない」

タバコの火を投げ捨て 不機嫌そうな頬

急に小さく見えた あなたの大きい背中が。

 

その時 私は世の中の色を 突然失った

 

カラクリがほろりと ほどけ

長い間に積もったあなたへの気持が 港の風にいっせいに散った

 

もう あなたの存在など とっくの昔にどうでも良くなっていたのだ

 

私の中で決着がついた瞬間 強い北風に背中を押された

街はすでに夜の顔 

きびすを返し 冬枯れた並木を早足で駅へと向かう

振り返らない 

ああ 早く家に帰ろう