耳をそばだて 遠いサイレンを聞いているのか

くふんと 鼻を震わせて

風に溶け出した 春の香りをかいでいるのか

 

早朝の草はらで立ち止まり

胸の綿毛を揺らしている

オマエともう何年こうしているだろう

 

犬と人間 オマエの脳みそは小さいし

一人と一匹の会話は通じないが

縁あって この世でこうして一緒にいる。

 

耳を伏せたり 寝かしたり 私に信号を送ってくる。

困った時? 器用にも 右耳を立て左耳を寝かせる

わからないけど なんだかわかる気がするよ

 

ある日 突然腰が立たなくなったオマエ

じたばた暴れながら 必死で私を見上げる目

言葉、言葉。通じない…

「ごめん 何も出来ない。」 

押さえつけ毛布にくるむ。 ハンドルを持つ手も震える。

診察台で初めて見た オマエの涙。

神がくれる運命を

黙って受け入れ 死ぬまで生きるだけなのか。

 

もう少ししたら またきっと外へ出よう

風とステップ 軽やかに踏んでおくれ。

陽だまりで抱きしめよう。 

オマエの耳の三角の後ろは いつも乾いた土のニオイがする

 

言葉が通じないことで 私達は距離を保っている

同じ世界に住まないでいられる

それは オマエにとっては いい事か?悪い事か?

オマエの耳は そっぽを向いたまま

答えない。