ある朝に       


   
   ある朝が来て、玄関の扉が開く。
      
   履く前に そう 靴を履く前に         
   
   一度きちんとそろえてから。  

     
     
   ドアノブがもどった時に カチリと音もさせないように。         
   
   犬の耳がきっとぴくりと動くから。     

 
      
   絡んだ糸は 引きちぎるのが良いの?         
   
   祖母はメガネをずらし 上目使いに         
   
   私の手にした編み物を見やり 首を振った。      
      
   絡んだ糸は、かならずほぐれるの。      
      
   必ず元に戻るのと。      

 

   あきらめることはない     
    
   根気よく 一つずつ紐解きなさいと    
     
   午後の日差しの当たる部屋で 私は教わった。     
    

 

   人の群れが通り過ぎる 私の背中に直角に    
     
   向いのガラスにそれが映った。         

 

   夜 布団に入って心臓の音を数えてみる。     
    
   ねんねん ねんねこと         

   鼓動を子守唄にして眠る。      

 

   閉じたまぶたの裏側で 心は勝手に窓を開けたがる    
     
   だめだよ。 ちゃんと玄関から 扉を開けて        
 
   靴を履いていくんだ。      

 

   しゅんしゅんとお湯が沸くし、       
  
   コーヒーをいっぱい飲んでからにしよう。     
    
   もしかして そう もしかして        
 
   その時お湯が誰かにかかり軽いやけどを負ったとしたら?    

     


   私しか手当ての方法を知らないし。    
     
   私しか救急箱のありかを知らないし。