ポンペイ遺跡
ローマからポンペイまでは、約239km。バスでひたすら南へ、途中で休憩をはさんで、4時間以上かかる距離だ。

ポンペイに着いたのは、午後1時頃、日陰のない廃墟は真夏の太陽がカッと照りつけていた。ポンペイはローマと同じく

らい古い起源をもっています。町は紀元前八世紀頃、イタリア先住民の一種族オスクが建築したもので、ポンペイと名付

けられました。最初の惨事は紀元62年突如ポンペイを、襲い、街を一瞬にして瓦礫の山にした。その後、半壊した町を

再建し再び繁栄して何事も無く地震を忘れ去っていた。ベスビオ山が紀元79年8月24日正午を少し過ぎた頃、突如

大爆発を起こした。ベスヴィオ山の上に巨大なキノコ雲が広がり太陽は暗く覆いかぶさり、ポンペイの町に容赦ない火の

塊が降り注いだ。街は3日間、火山灰、火山性のガス、地震、津波に襲われ壊滅した。その後1600年の月日が流れ、

19世紀の初めに発掘が行われるも、卓越した保存状態で発掘されたのは、1860年になって、ジュッゼッペ・フィオレッ

リの手で発掘、その後の発掘状況は組織的で慎重になり、堅い火山れきの中に出来た生物体腐食後の空間に石膏を

流し込んで型を取るといった方法がとられた。1900年前に消失した樹木・動物・人間の姿が白い石膏で取り出されたのです。