残照
― 1 ―

作:YUMICOさん


「大丈夫?痛むか?」
よろめく少年にガウリイは気遣うように声を掛けた。
「大丈夫。すこしまだ傷が攣るだけさ」
「辛かったら休むから言えよ」
「ああ、ガウリイこそ。神経が持たないよ、そんなに先を急いじゃ」
物言いはまるで大人のようなその少年は、年のころなら14、5歳だろうか。
一人前とも言えるが、まだ半人前とも言える。
口の聞き方が立派なのは確かだとガウリイは内心笑った。
横でその表情を見たのだろうか、少年もくすりと笑った。
「何がおかしい?」
ガウリイはわざと怒ったような声を繕って少年を羽交い締めにする。
けれど、それはまるでふざけてじゃれ合うような行為だ。
「助けて!」
ガウリイの腕を掻い潜ると、少年はこちらもわざと軽い悲鳴を上げて逃げ惑う。
けれど、少ししたところでガウリイが追ってこないのを見ると、また傍に戻った。
「少し休んでから、行こうか」
「うん」
少年は素直に言うと、ガウリイの手をとって、横に腰を下ろした。

用心深く少年に導かれた先に腰を下ろすと、ガウリイは軽い溜息をついた。
「神経使うんだ」
「ああ。慣れないからな」
「それにしては、知らなきゃ全然わからないよ。あんたが見えてないって」
面白そうな表情でガウリイは頷く。
そうだろうとも。でなければ、あのリナが俺をひとりで行かせるはずがない。
これは自惚れかもしれないが、半分くらいは当っていると思う。

俺はリナを捨てた。
軽蔑のあらん限りの言葉をつくして、傷つけ、そして置き去りにした。
けれど後悔はしていない。
もしあのまま傍にいて、事実が知れたらリナは俺を生涯背負い続けるだろう。
あいつの背負うもの、そして未来を思うと、これでよかったのだと
もはや影すら宿さぬ眼を、ガウリイは空に向けた。
その瞳は空のようだと、彼の愛した少女は言った。
けれど、その瞳は最早青空も、そして目の前の少年の輪郭すら写してはいない。




「いい加減にしろ。もう幾つになると思うんだ。
女扱いして欲しければ、女らしくするんだな」
今までこんなこと言われたことなかった少女は驚きの目をガウリイに向けた。
「あら、あんたに女扱いして欲しいなんてあたし言ったかしら?」
気の強さは天下一品。売られた喧嘩は買わないわけがない。リナは憎々しげにガウリイを見た。
「確かに言ってないし、俺もお前が女なんてはなから思っちゃない。
でも、一応女なんだから何とかしろよ。連れて歩くのも恥ずかしいんじゃやってられないぜ」
その晩、二人は久し振りにパーティーに招かれていた。
羽振りのいい金持ちの依頼で警護をしたあと、人の良い依頼主にその屋敷のパーティーに
出ないかと誘われたのだった。
そこの娘たちのドレスを着せてもらって有頂天のリナは何時にも増して美しかった。
機嫌よくパーティ―会場をくるくる踊るようにはしゃぐリナに、ガウリイは冷水を浴びせるような言葉を投げたのだ。

リナにはさっぱりわからなかった。
エスコートすると言ってくれて、部屋まで迎えに来てくれたガウリイは、目を細めてリナの薄紅色のシフォンのドレス姿を愛でてくれた。
それが、わずか1時間余りの間に、この変り様だ。
イライラするのを通り越してなんだか悲しくなっていた。
確かに自分は飛びぬけて美人でもないし、スタイルだって良くない。
言いたかないが、お子様体型で一緒に踊ったって子供相手にダンスしてるようなもんだろう。
けれど、その体を人目も憚らず抱き締めて踊ったのは数分前だったのに。
悲しみが怒りに変るのに時間は要らなかった。

ひとつの言葉が次の言葉を引出した。
いつもは寡黙なほど自分のことを喋らないガウリイがリナを言葉で刺し貫く。
「子供が色気をみせるなんて気持ち悪いんだよ。虫唾が走る。
いい加減身のほどを弁えて女らしくするんだな。あの趣味がそもそもいけないんじゃないか」
「盗賊いぢめのこと?」
「ああ。あんなことしてる限りはまともにはなれん」
「でも、あれはひとつの正義だわ。あんただって恩恵をこうむらなかったとは言わせないわ」
「それはお前さんが好きで俺に押しつけてたんだろう?幾ら言ったって止めなかったじゃないか」

ガウリイはぐるりとパーティ会場を眺めてまた、視線をリナに戻した。
「ああいうのがレディってもんだ」
ガウリイの視線を捉えたのは、ダンスフロアで優雅に踊るこの屋敷の娘たちだった。
確かに気立てのいい娘たちだった。
金持ちを鼻にかけることもなく、リナにも親切で可愛い娘たち。
だけど、生死を共にして来た仲間に今更そんなことで非難を受けるなんてあんまりだ。
リナは何を言って良いのか分からなかった。
「とにかくあんたはあたしが気に入らないのね」
「そういうことだ」
「じゃあ今晩、これで別れましょう。調度良いわよ。もうあたしもあんたに保護者して貰うような年でもないしね」

一瞬の沈黙が流れる。
「3年か。長かったな」
「あたしにはあっという間だったわ」
「世話になった」
リナは応えない。
「そんなに強い敵にもそうそうもう会わないだろう。普通の人間相手にならお前さんひとりでも十分過ぎるくらいだからな」
そう、二人は数ヶ月前に以前旅を共にしたことのある高位魔族を葬っていた。
力関係から考えて、あとの魔族が即座に動くとは思えない。
自分たちの一生を暫く楽しめるくらいの平穏が訪れるかもしれないねと、その時は笑ったものだ。
あのとき、「この先も一緒に楽しく生きていきたいな」といったのはもしかしたらプロポーズなのかもと、顔を熱くしたのをつい昨日のことのように
リナは思い出していた。

縋るように見上げてくるリナの目は、ガウリイの冷たい視線でぼやけた。
「俺もいい加減に気楽に行きたいんでな。お前といちゃ女に声もかけらえないからな」
そういうとガウリイはくるりとリナに背を向けた。
「じゃあな」
そういうと手を振って、ガウリイは広間を後にした。
リナが震えるのが気配でわかる。
けれどそれを心の隅へ追いやるようにして、ガウリイは足早にその場を離れたのだった。
そして、そのままガウリイはリナを置いてその屋敷をひとり去ったのだった。






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