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次の日から、あたしは魔道士教会に篭ることにした。 ガウリイにああ言ってしまった手前、しょうがない。 今日で、3日目である。 「うーん…やっぱりたいしたものはないなぁ…」 半ば退屈しながら、ぱらぱらと資料をめくるあたし。 ガウリイは――おそらく、毎日ファラスの家に行っている。 ――ガウリイは、そういうやつだ。 これで、少しでもファラスの気が紛れるなら――それでいいと、あたしは思う。 「――そろそろ、帰ろうかな…」 外を見れば、だいぶ暗くなっている。 ガウリイも宿に戻ってくる頃だろう。 あたしは本を閉じると、元あった場所に戻し、図書館を出た。 日はすっかり落ち、通りには淡い魔法の光による街灯がともっていた。 「あれ、リナ」 「ガウリイ」 魔道士教会を出たところで、突然後ろからかかった聞き覚えのある声に振り返るあたし。 「お前さんも今帰りか。どうだ、なんかめぼしいものは見つかったか?」 「んーまあ、ぼちぼちね」 嘘――なのだが。 あたしは適当に濁して、ガウリイの顔を見上げた。 前を向いて歩くガウリイの横顔は、何気ない風を装っていても、やはり辛そうで。 「――ファラスさんは、元気?」 あたしの問いに、ガウリイは一瞬びっくりしたような顔をする。 「…はは、やっぱりリナには隠し事できないよなぁ…。実は――奥さんの容態…あんまりよくなくてな」 「…そっか」 そこで会話が途切れてしまう。 もくもくと、宿屋へと向かうあたしたち。 宿屋に着いたあとも、食堂に入ったあとも、口数は少ないままだった。 少しでも、あたしに話してくれたら、気がまぎれるかもしれないのに――。 そう思う反面、話したくないことを話したところで、辛さを助長するだけになることも、あたしはよくわかっていた。 ――友人が苦しむのを放っておくことができない、優しすぎるあいつだからこそ。 あたしはただ、こうやってガウリイの気が済むまで待つことしかできなかった。 その日の夜、隣のガウリイの部屋で、人の動く気配がした。 おそらく、ガウリイだろう。 「――予想通りの行動とってくれるわよね…」 あたしはむくりとベッドから体を起すと、すばやくマントを羽織る。 ガウリイの向かう先は、おそらくファラスの家。 さきほどのガウリイの様子からして、おそらくファラスの奥さんは危険な状態なのだろう。 ガウリイは、朝には何食わぬ顔で宿に戻ってくるつもりなのだろうが――。 「ったく、心配かけないでよね…!」 ガウリイが立ち去ったのを気配で確認してから、あたしも続いてこっそりと部屋を出た。 ガウリイは、あたしが後をつけることなんて望んでいないだろう。 それでも。 あんなに辛そうな顔をするガウリイを放っておくことは、あたしにはできなかった。 「え…と、たしか東のはずれって言ってたわよね…」 ガウリイに気付かれないよう、距離を置いてファラスの家を目指すあたし。 十数分歩いたところで。 「――あった」 少々小高い丘の上に、白壁の、こじんまりとした家を見つける。 「ここまで来たのはいいけど…」 ――どうしよう? 何も考えてなかった…。 ただガウリイが心配で、ここまで来てしまったが。 「……。しょうがない…待つか…」 そう言ってドアの横にしゃがみこもうとしたそのとき。 ばたんっ。 家のドアが勢いよく開いた。 続いて人が飛び出す。 あれは――。 「ガウリイッ!?」 「――リナ?」 あたしの声に足を止め、力なく振り向くガウリイ。 「どうしたっていうのよ?着いたと思ったら突然家から飛び出したりし――」 ガウリイはあたしにゆっくり近づくと、あたしの頭を弱々しく引き寄せ。 あたしのショルダーガードに、屈んで頭を乗せる。 こつん、とガウリイのおでことショルダーガードが当たった音がした。 「ガウリイ…?」 「――死んだよ」 「……そう」 「奥さんも。――ファラスも」 「――え――?」 ガウリイのセリフに、言葉を失うあたし。 「――手紙が置いてあった。さっきまで一緒に話してたってのに…あいつ――!」 無言で、あたしはガウリイの頭に手を添える。 「ついさっき、奥さんが亡くなったんだ――あいつ、そのあと。後を追って――手紙だけ残して。もう生きる意味なんかないって――!」 ぐっ、と腕に力をいれるガウリイ。 あたしの頭を抱えているその手から、直にガウリイの悲しみが流れ込んできた気がして。 あたしは、ただ、ガウリイの頭をなでることしかできなかった。 夜が明けるのを待って、あたしたちはファラスと奥さんを、家の裏の木の下に手厚く葬った。 木の根元には、ガウリイが用意したたくさんの花が溢れている。 その木の前から、ガウリイは屈んだままずっと動かない。 あたしは少し後ろから、ずっと彼を見守っていた。 「――あいつ、強かったんだ。剣の腕もだけど…心も。俺なんかよりも、ずっと――」 ガウリイが、ぽつり、と呟いた。 「俺と話してる間は、それでも楽しそうに見えた。俺は…少しでもあいつの気を紛らわすことができてるって、思ってたんだ――だけど。結局――」 ガウリイは小さく、苦しげに息を吐いた。 「――守ってやること、できなかったよ、俺は――」 「…ガウリイ…」 「俺は、あいつなら乗り切れると、勝手に思い込んでいたんだ――。あいつの気持ち、分かってると思ってて、全然分かってなかったんだよ…」 力なく頭を垂れるガウリイの背中は、本当に苦しげで、自分を責めているのが伝わってくる。 あたしはガウリイにゆっくりと近づいた。 「あんたは、よくやったわよ、ガウリイ。ファラスもきっと、勇気付けられたと思うわ――」 そう言うとあたしは、ガウリイを後ろからそっと抱きしめた。 ガウリイの肩が、小さく震えているのがわかる。 「だから、自分を責めるのはやめなさい。それに、あたしは――」 腕に少しだけ力をこめて。 「あたしは、ここにいるから――」 「……!」 ガウリイが小さく息を呑んだ。 腕の中のガウリイから伝わってきたのは、悲しみと、自責の念と、――恐怖。 すなわち、ファラスと同じように、あたしを失うこと――。 おそらくガウリイは、ファラスと自分を重ねて見たのだろう。 伝わって。あたしが、こうやって今、あんたの隣にいるということ――。 ガウリイはあたしの手をきゅっ、と強く握った。 「…リナ」 「いつまでもうじうじしてると、相棒失格よ」 あたしのセリフに、ガウリイは小さく笑ったようだった。 「――でも。今だけは許してあげる。――泣きたいなら、泣きなさい。あたしは何も見てないから」 あたしがそう言うと、ガウリイは一瞬動きを止めて、ゆっくりと頬をあたしの腕にすりよせた。 「…さんきゅ、リナ。でも俺はもう大丈夫だ」 「無理しないでいいのに」 今になって、ガウリイを抱きしめているという事実に恥ずかしさがこみ上げるあたし。 腕をほどこうにも、ガウリイがあたしの手を握っているため離れることができない。 顔が赤くなるのが分かり、自然と早口になる。 ガウリイは、そんなあたしに気付いたのか、気付いていないのか。 「――大丈夫だって。それにな、男は強がりだから。惚れた女の前で泣きたくないのさ」 「ほっ…!?」 「ん?どうかしたのか?リナ」 「ほ、ほ、ほれ…って、あんた…!?」 「何の話だよ?」 しれっとしらばくれるガウリイ。 こ、こいつ…! 顔を真っ赤にしているあたしに、ガウリイは笑みを浮かべると、あたしの手を離して立ち上がる。 「さ、リナ。そろそろ行こうぜ」 ガウリイはそういうと、再びあたしの手を取って歩き始めた。 「ガ、ガウリイ…!?」 ちょ、ちょっと…!その、手、手! 動揺して目を白黒させているあたしにかまうことなく、ずんずん進んでいくガウリイ。 そのとき、ふとガウリイは、あたしの方に向き直り。 「リナ。――ありがとな」 「……!」 ――伝わった、のかな。 あたしはしばらく呆けてしまったのだが。 「リナ?」 「あたし、お礼言われるようなことしてないけど」 つい数日前にも言ったセリフを言ってやる。 ガウリイはお日様みたいなやわらかい笑みを浮かべると、再び前に向き直り歩き始めた。 街の中心についたころ、ふと我に返ったあたしは。 ガウリイと手をつないだままだったことに気付いて、恥ずかしさのあまり思わず魔法で吹き飛ばしてしまったのは、ご愛嬌である。
おわり |