転換点
〜後編〜

作:牛乳パックさん



・・・・・・・・・・・・・・・・・・まいった。



昼下がりの街道。
もう一度ため息をつくと、ガウリイはリナからもう二歩ほど離れた。




考えるには、歩いている間が一番適しているとは誰が言ったのか。





自ずと彼の考えは、昨日の夜のことへと戻っていく。




そう、彼女に今まで女性を意識したことはなかった。


始めて出会った時、彼女に感じたのは、人間としての興味と好奇心。

アトラスまでの道のりを共にする事に決めたのは、関わり合いと気まぐれと、ほんの退屈しのぎからだった。


それをやがて、充実感と、彼女自身への感嘆の気持ちが強化した。

ふとした気まぐれと偶然は、
光の剣を巡る葛藤に苛まれていた彼を、もっとも光の剣を使うべき場所へと導いたのだ。

それが、アトラスについてからも共に旅を続けることにした大きな理由の一つ。



リナと共にいるときの充足感、その意味が変わっていったのはいったいいつからだったのか。



では、彼女自身のことはどう思っている?


彼女に好意は持っているか?
その答えは勿論イエスだ。


でもその感情は、彼女を守る理由は?

そう、雛鳥を抱え込む親鳥の気持ち、そんなとこが一番近い。

でも、つい無茶をする、力や頭脳と、その心のアンバランスさに、
ほほえましくも、手の掛かる妹のように、愛おしく。
遠い昔どこかに置き忘れてきた暖かい家族の絆のようなものを、いつの間にかその中にみていた。


あとは相棒としての信頼。

その力と実力は100%信頼出来る申し分のない物だった。





関係を聞かれても、のほほんと流していられたのは本当に純粋に、
自分の中の気持ちが異性へのそれに変わることはないと無意識のうちに切り捨てていたから。


でもその方が都合が良かったのだ。


だからあえて目をつぶっていたのかもしれない。


こういった感情が介在する関係には、
異性として意識するには、
オレたちの距離はあまりにも近すぎる。

該当するものがあるのなら、

気の置けない同性のパートナー
もしくは兄弟、家族
そんなところか。



異性として意識するには、あまりにも誘惑の多すぎる位置。

無邪気になつき、同性のパートナーと同じレベルで信頼して。




死線を共にこえ、一時の非日常を分かち合った女の相棒や依頼人と一夜の恋をしたことは何度もある。
日替わりで変わる幕間劇。

それ以上の深い関わり合いを持つことはしなかったし、
その寸劇が終われば、別れていくと解った上での関係だった。

恋を交わす気のない相手とは、
そういったつきあいには向いていない人間の好意は緩くかわし、距離を保つ。


恋は出来る、誰とでも。
時に一瞬の緊密な非日常を分かち合う相手とは特に。

踏み込みすぎることが、
その関係が続かないことが解っているからこそ安易に。


だからこそ、いやそれを承知で重ねられるその恋は、長く続けられるようなものでは勿論なかった。


そして、そんな恋を繰り返していたそのころには、同じ人間とこんなにも長く居続けられるとも、思ってもいなかった。




あまりにも一時的だと思ったつながりから始まったから、
すぐに別れると高をくくっていたから、

・・・・・・距離の取り方など考えてもいなかった・・・



今になって彼女が一人の女であることに気付いても、どう距離を取ればいいのかなんて解らない。



なのに、いつの間にか彼女と離れることを、心臓が凍り付くほど恐れる自分がいる。
それは自分のレーゾンデートル−存在価値−を見失うからなのか?


すぐ壊れてしまう恋に走るより、
今の柔らかい関係を崩したくはない。
リナと別れたくはない。


そして、この距離感を変えたいわけではない。

今の距離感とは?

友人?
違う。
家族?
違う。

それよりももっと近く、もっと遠いもの。



今にして彼らの仲を詮索する好奇心の強い人々の疑問がよく分かる。






「・・・・・・・・・・まいったよなぁ。」



もう何度目かも解らないため息をガウリイはついた。




一度気付いてしまった欲望と事実は都合良く忘れてしまうことなど出来なくて。



無意識にいつも通り近づいてしまうと、
触れてしまうと、

その肌をたどってみたくなる自分が嫌でまたもう一歩距離を取る。


いつの間にか、街道を歩くリナとガウリイの間にはいつもの数倍、間が開いてしまっていた。

ちらちらとしきりにリナが後ろを気にしているのに気付いていないわけではない。


時折安心させるためにいつもの位置まで近づいてはいたのだが、
近づけばまた無意識に手を伸ばしかける。

すると、昨日も襲われた、あの恐怖感がまた募ってくる。






・・・・・・考えてしまうのに、意識は答えを探ること拒否しようとする・・・・・



彼女に近づき過ぎるたびに、彼女を女性として意識するたびに襲ってくる、この恐怖感はいったい何なのか


考えるな、と、それは言うのだ。
そんなことは無理だと、いくら押し込めても。



オレは・・・・




「?!」



不意に感じたその気配に、ガウリイは目を剥いた。

森の中から微かに、人の気配がする。
それも、気配を消すことに完璧に長けたプロ。

ガウリイだから気付いた気配。
リナもまだ気付いていないだろう。

気配は一人
そして・・・微かな・・・・・殺気?!




「リナ!」

いつの間にかリナとの距離は、走って何歩と言うところまで開いている。
己の迂闊さに舌打ちすると地面を蹴る。

驚いたようにリナが、振り向くのが見える。


間に合わない



何かが空気を裂く音を聞きながら、
何のためらいもなく、
ガウリイは飛びついてリナをその身にかばっていた。


「ガウリイ?!」


悲鳴のような彼女の声が聞こえる。
顔を上げれば、引きつったリナの顔。


その髪を一度撫でてやると、
左の上腕に食い込んだそれを、確認すらせずに体勢を立て直す。
腰の剣を引き抜くと、ガウリイは森へと走り出そうとして・・・


「ダメッ!!!」


猛然と腰に組み付いてきたリナに二、三歩たたらを踏み、驚いたように振り返る。

森の中の気配は遠ざかっていく。


「リナ?」
「バカ!腕を見せなさい!」


首を曲げた瞬間に、左肩から腕全体にかけてズキリと、痛みが走る。
腕に食い込んでいるのはボウガンの太く短い矢。
そして、

「ちょっとこの薬飲んで、急いで!あとタオル噛んどいて。痛覚はマヒさせるけど効くかどうか」
「リナ・・・」
「話は後!毒でも塗ってあったらえらい事よ。このままじゃ解毒呪文も使えないから、そこに座って!」


焦り、怒鳴り散らすリナに、事態を悟りガウリイはおとなしくされるままになった。
そういった可能性をまったく考えもしなかった迂闊な自分に苦笑が漏れる。

「すまん」

その言葉には何も返さず、無言でリナはタオルを差し出した。
ガウリイがそれを噛むのと同時に鈍いしびれが左手を伝わる。
痛みは感じなかった。
抜けた矢を投げ出すのと同時に、リナはその傷口に吸い付く。
二三度血を吐き出した後、水筒の水で口をすすぐとすぐに解毒呪文を唱える。

リナはその舌に、遅効性だが強い毒の味を感じていた。


呪文を唱え終わってからも彼女は鞄を探る。
取り出した薬草と薬を彼女は強引に相棒の口に押し込んだ。






「・・・・・・無茶をして・・・」


数分後、木陰へと移動し横たわったガウリイの腕に包帯を巻いてやりながら、リナが始めて、ぽつりと呟いた。


「お前さんに当たらなくて良かったよ。オレだと解毒呪文も使えない。」

少し笑いながら平然と言い放つガウリイに、リナは猛然とくってかかる。

「そんなっ! それよりも、なんで追いかけていこうとしたのよ! 腕に矢を突き立てたまんまで」
「また襲ってくるだろう?お前さんをねらってた・・・」
「毒が回ったらどうする気だったの?」
「気がついてなかったよ。」
「くらげ!あんたの腕なら、矢を剣でたたき落とすことだって出来たでしょうに。ちったぁ考えなさい!しまいに脳味噌が退化するんだから。」


リナは怒鳴りすぎてあがった息を、少し吐き出す。
次の言葉が浮かんでこない。
言いたいことは山ほどあるのに言葉がつながらない。

制御の効かない感情があふれだしてしまいそうで、
大きく息を吸う。


平然と笑うガウリイに無性に腹が立つ。
礼を言わなければいけないのに、その前に怒鳴ってしまう。



なぜいつもいつも、こうまでしてこの男は自分を守るのか?
ある日ふと気付いた疑問は、
時々ちくりと、胸を差す。

なぜ気になるのか。その意味にも気付かないままに。




「大丈夫だって。」

ゆっくりと半身を起こした相棒が、その頭をそっと撫でる。

「オレが守るから。」


反論しようとして声が詰まる。

唇を噛んでどんどんうつむいて行くリナ。
興奮と怒りで赤く染まった顔がくしゃりとくずれている。


見ないふりをして、ガウリイはリナをそっと胸へと抱き寄せてやった。

待たれかかるように座り込んだリナは、柔らかく頭を撫でていく彼の右腕にされるままになった。




「・・・・どうして?・・・・・・」


リナが呟く
声にはならず、唇だけで紡ぎ出された疑問詞すらないその問いかけを、しかしガウリイは正確に理解した。




どうして?



どこかの扉が開いたようだった。

ぽかりと、

考える必要すらなく、

その答えは彼の心の中に自然に浮かびあがった。





どうして?


ああ、オレもずっと考えていた。

そう、こんな事は前にもあった。
気が焦って、冷静には考えられなくて。

しなくてもいい怪我をする。
いつもでは考えられないどじを踏む。

なぜ?


でも、リナが傷つくよりはずっといい。




ああ、なんだ。

・・・・答えなど、とっくの昔に出ていたのだ。
自分でも気付かないうちに。



あの夜、

混乱したのは、いきなりあふれ出したあまりにも大きすぎる感情と
自分でも止められない情熱の深さに翻弄されたから。


いつのまにか始まっていた恋に気付いてしまったから。


今まで戯れに重ねてきた恋や情事とは及びもつかないほど、
この恋は真剣で


誰よりも、何よりも、
自分の存在よりも、

彼女は大事な存在になるだろうとふいに気付いて、



だから怖かった
だから恐れた



あの時はまだ、そんな感情を受け入れられるほど心の準備が出来ていなかった。




本当に人に心を捧げるとき、人は恐怖する
気付いてしまったのなら逃れられない。
もう、戻れない


だからこそ




覚悟は決まっているのか?


もう一人のオレが、どこかで問いかける。


ああ、覚悟なんてもう決まってる。きっとずいぶん前から。




逃れたいとは思わない。


リナを、
命を懸けて、守りたいと
愛おしいと思う。


保護者ではなく、兄としてでは勿論なく


ただ、男として、
惚れた女に心を捧げた男として、そう思うだけ。


ただ、いつか手に入れたいと、そう願うだけ。



「大丈夫だ」


もう怖くない
もう手は震えない


この思いを自覚して、心を決めたなら、次からはもう少しうまくお前を守れるだろう。


男としての渇望が消えたわけではないけれど、
気付いた以上焦ろうとは思わない。


そのすべてが欲しいから
その心も、体も丸ごとすべて


彼女もこの距離の近さに気付くまで、
まだ時間は、たっぷりある。

心の余裕もまだ少しある。

もう少し待とうか、時期が来るまで。







・・・・・・・・・愛している



そっとリナの頭を抱き寄せると、
ガウリイはその柔らかな髪に顔を埋めた。














「おはよう」
「おはよう、腕は?体調はどう?」


一夜明けた宿の食堂。
あの後街まで移動し、一応魔法医に見てもらったものの、大事をとりガウリイの左腕にはまだ包帯が巻かれていた。
何気ないリナ口調の中に、わずかに混じる心配と不安。

それを感じ取り、ガウリイの胸の中に、小さな満足感が満ちる。


「ああ、もう何ともないよ。」
「そう、じゃあ今日の朝食は何にする?」

ほっとしたように、にっこりと浮かべたその笑顔に目を合わせながら、 彼の胸にわき上がるのは愛おしさと、渇望。
それらを何事もないように、笑顔の下にしまいながら、 ガウリイはメニューを広げた。



「それじゃあなぁ・・・・・・」


そして始まるいつもと同じ、朝のやりとりと何気ない会話





いつもの笑顔で彼は今日も朝食の席に着く。






Fin.


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