涙と明日を抱きしめて

後編

作:miyukiさん

 パアアアアアッッ

「−−−っ!」
 一瞬、宝珠がまばゆい光を放ち、オレ達は反射的に目を閉じる。
 そして、次に目を開けると、そこには・・・・・・。
「−−−父さん−−−」
 ・・・ベッドの上に上半身を起こし、こちらを見やる父の姿が、あった。
「・・・あれが、ガウリイのお父さん・・・」
「ああ、オレの父さんだよ。・・・・・・でも・・・」
 −−−やつれている−−−。
 あまりにも、やつれている父さんの姿。
 あの、精悍だった面影は・・・ほとんどない。
 やっぱり、タチの悪い冗談じゃなくて、父さんは−−−−−−!
 ・・・ぎゅっ、と瞳を閉じたオレは、リナの肩口に額を押し付け、己の中に渦巻き始めた感情を宥めようと必死になる。
 すると、頭を優しくなでられる感触が・・・。
「ガウリイ、お父さんの伝言、始まるよ」
「−−−ああ」
 リナの存在が、ありがたかった。
 リナは傍にいてくれるだけで、オレに勇気を・・・全てを受け止める勇気をくれるんだ−−−−−−。
 ・・・オレは、もう一度リナの身体を強く抱くと、話し始めた映像の父さんに視線を合わせた。
『ガウリイ、久し振りだな。元気にしているか?
 お前は最近、一つ所に留まっていないから、こちらから連絡が取れなくて残念だよ。
 ・・・ああ、こんな恰好ですまないな。だが、この映像をお前が見ているということは、全ての事情を誰かからか聞いていることと思う。
 ・・・私は身体を病魔に侵された。『復活』の呪文を使っても、病気の進行を遅める程度しか期待できないそうだ。
 このままでは、三月ともたないだろう。
 命あるうちにお前に会えるかどうかわからないので、この宝珠を・・・最後の言葉をお前に残す』
 −−−−−−父さん−−−−−−
 ・・・会えればよかった・・・最後に、一目でも・・・!!
『・・・まぁ、これを見る前にお前の方が先に死んでいたら、意味がないんだがな』
『父さんっ!何言ってるんだよっ!』
『ははは・・・すまんすまん。つい本当のことを・・・』
 微かに聞こえた兄さんの突っ込み。
 ・・・父さん・・・ぜんっぜん、性格変わってないな・・・・・・。
 と、声無き乾いた笑いを浮かべるオレを、物言いたげに見上げてくるリナ。
「・・・すまん・・・オレの父さん、対外的にはともかく、プライベートじゃ・・・『ああ』なんだよ・・・」
「・・・あ・あ、そう・・・なんだ・・・」
 二人して、一筋の汗を流しつつ、再び映像に視線を戻す。
 父さんは・・・確かにやつれてはいるが・・・飄々とした表情のまま、話を続けた。
『・・・とはいえ、お前から時たま届く手紙を読むかぎり、きっと元気でいることだろう。
 護りたい、大切な女性が出来たというし・・・おちおち死んでもいられないだろう?』
 ・・・まぁ、な。
『だが、だからといって不死身でいられるわけでもない。私達は、人間だからな。
 私もアグスタを・・・お前の母さんを心から愛しているし、ずっと護りたいと思っている。
 なのに、こうして死への道を歩むことになってしまった。
 ・・・人であるかぎり、死は逃れられない。護りたいと思っていても、護れなくなってしまうこともあるんだ』
 ・・・・・・・・・・・・。
『しかしな、ガウリイ。それで、死ばかりを思って生きるなんて事は馬鹿げている。
 お前も、私も、『今』を生きているのだ。
 ならば、『今』を後悔しないように生きていくんだ。前を見て、進んでいくんだ。
 悔いの無い、『今』の積み重ねは、死の持つ深い絶望を、癒してくれるのだから・・・。
 私はそうやって、最後の時までを過ごしていこうと思っているよ』
 ・・・ああ、わかる。・・・わかるよ・・・父さん・・・。
『ガウリイ、『今』を生きろ。
 大切な女性とともに、己の持てる力を全て使って、生き抜くんだ。
 独善がりではなく、共に生きていけ。
 ・・・私も、お前の母さんと共に、長い時間を歩んできた。
 そして、これから、共に歩むことが出来なくなる事には・・・想いが残る。
 でも、今まで歩んできた道に後悔はない。
 ・・・私は、お前にもそんな人生を生きてもらいたいと思うよ・・・』
 −−−−−−父さん−−−−−−。
『ああ!でも、心残りはまだあるな』
 ・・・へ?父さん・・・口調が・・・?
『お前の嫁と子どもの顔が見れないのは・・・やっぱり心残りだなぁ・・・』
「と・とーさんっ!!何言って・・・!」
「い・いや、ガウリイ。あれ、映像だから・・・」
「は!?・・・そ・そーか。あれ、『隔幻話』の魔法じゃないんだっけか・・・」
 焦りの余り、つい・・・。
 ってーか、父さん!そのニヤニヤ笑い、やめっ!!
『噂には聞く、リナ=インバース嬢・・・ぜひとも、本物にお会いしたかったものだ。
 噂はともかく、実際は小柄で愛らしく、純粋で、意志の強い瞳を持ち−−−−−−』
「や・やだ、そんな・・・」
 と、リナが照れようとした、瞬間。
『加えて、ガウリイに匹敵する胃袋を持った、天下無敵の爆裂魔道士だというからなぁ・・・』
「好き勝手言うなーーーっっ!!」
「リ・リナ・・・これ、えいぞーだから・・・」
「映像だからって黙ってらんないわよっ!大体−−−−−−」
『だが、ガウリイが選んだ女性だ。間違いは、決してないだろう・・・』
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
『本当に、お前達が並び立つ姿を見たかったよ。できれば・・・子どもの顔も、な。
 ・・・だがまぁ、贅沢を言うのはやめておこう。もう一人の嫁と孫の顔は、きちんと見れているのだからな』
「え?」
「兄夫婦のことだ」
「あ・なるほど・・・」
 そういや、子ども生まれたんだよな、兄さんトコ。
 −−−えーと・・・いくつになるんだっけか・・・?
『そうそう、ガウリイ。もうすぐ3つになるリドリイは、可愛い盛りだぞ。
 この時期の子どもを見逃す手はないから、近いうちにこっちに−−−−−−』
『おじいちゃん、よんだぁ?』
『リドリイッ!今そっちに行っちゃ・・・』
『戻ってらっしゃい、リドリイ!』
 ひょこ、っと映像に顔が映った小さな小さな少年。
 その背後から聞こえる男女の声は・・・兄さんとディリアだな・・・。
 ったく、子どもに振り回されてんなぁ・・・。
『ははは、いい、いい。
 よし、リドリイ。お前もおじちゃんに挨拶するか?』
『おじちゃん?ガウリイおじちゃんのこと?』
『ああ、そうだ』
 ・・・・・・・・・おじちゃん・・・・・・・・・?
 い・いや、確かにそういうことになるんだが・・・・・・。
「・・・ガウリイおじちゃん、だって」
「じゃあ、お前は『リナおばちゃん』だな」
「・・・っ!!」
 意味するところがわかったらしく、サッと頬を紅潮させたリナに軽く笑みを返して、オレはまた映像を眺める。
 そこでは、父さんの膝に座り、興味津々な顔つきでこちらを見やる少年の姿があった。
 金髪碧眼。
 ・・・そっか、兄さん譲りなんだな・・・・・・。
 初めて見た甥の姿に、なんだか嬉しいような気恥ずかしいような、不思議な感覚を覚える。
 ・・・まぁなんにしろ、家族が増えるのは、嬉しいことだよな。
『ガウリイおじちゃん、こんにちわ。ぼく、リドリイです。
 はやく、おじちゃんにあってみたいです!
 そしたら、けんのおけいこ、してくださいっ!』
 うっすらと頬を染め、リドリイは大きな声でそう言うと、一度にっこり笑って父さんの膝の上から降り、映像の外へと走っていってしまった。
 ・・・ま・そーだよな。あいつにとっちゃあ『まだ会ったことの無い家族』だもんな。
 そりゃあ・・・照れるよなぁ・・・・・・。
「かっわいい子ねぇ・・・」
「ん〜・・・どっちにも、似てる・・・かな」
「じゃ、美男美女夫婦かぁ〜・・・」
「オレは、リナのがいいけど?」
「・・・・・・っ!!!」
 言って、髪に頬擦りをしてみると、リナは一瞬硬直する。
 そんな反応が、可愛くて仕方がなかったのだが、今はそれよりも、父さんの言葉に集中していたくって−−−−−−。
『・・・とまぁ、リドリイのお誘いもあったことだ。私の墓参りのついでにでも、こっちに顔を出すようにな。
 ・・・・・・さて、そろそろ宝珠の容量の限界だな・・・』
 −−−−−−−−−−−−。
『・・・ガウリイ、直にお前と話せないのはとても残念だ。だが、伝えたいことはほとんど言えたから・・・良しとするさ』
「−−−−−−父さん−−−−−−」
『生きろよ、ガウリイ。私は、愛するお前が、幸せな人生を送ることができるよう・・・心から、祈っている・・・・・・』
「父さんっ!」
『これで、お別れだ。
 ・・・ガウリイ、リナ=インバース嬢と、幸せに−−−−−−』
「父さ・・・!」

 パアアアアアッッ

「−−−−−−っっ!」
 ・・・・・・始まりと同じく、まばゆい光を放ち、宝珠は沈黙した。
 −−−−−−父さん−−−−−−
「・・・さよなら−−−−−−」
 最後の刹那、父さんが浮かべた愛しそうな、淋しそうな、誇らしそうな笑みを思いだして・・・一筋、涙が零れ落ちたのが、自分でもわかった。
「・・・・・・ガウリイ・・・・・・」
「ん・・・大丈夫。
 こんな形でも、最後に会えたんだ・・・・・・良かった、よ・・・」
「そっか・・・」
 小さくリナは呟くと、こてん、とオレの身体に寄りかかってくる。
 そんなリナをぎゅっ、と抱きしめて・・・オレは、静かに目を閉じた。

 −−−−−−生きるよ、父さん・・・オレは、リナと共に・・・精一杯の生を・・・生き抜いていくよ−−−−−−。



「やーっと戻ったか」
「ログシア・・・・・・」
 そっとリナと手をつないで戻った宿屋。
 その入り口に寄りかかって、オレの帰りを待っていたのは、昼間別れたきりのログシアだった。
「−−−−−−で、ちっとは整理できたか?」
「・・・ああ・・・」
「ま・その顔見りゃ、わかるけどな。
 ・・・・・・すまなかったね、リナさん、不出来な従兄弟が迷惑かけて」
「あ・や・そんな・・・」
 ふっと微笑みを浮かべたログシアに、リナは小さく首を振る。
「・・・あたしも、いつもガウリイに支えてもらっていますから−−−−−−ガウリイを、支えられるのは・・・嬉しいです」
「・・・そうか・・・そう言って貰えると、こっちも嬉しいよ。
 ガウリイ、いいひと・・・見つけたな」
「オレの、生涯の相棒だから・・・な」
「ハッ!惚気なら、リウリス伯父さんの前でやってくれよ。
 伯父さん、きっと喜ぶぜ?」
「・・・ああ・・・そう遅くならないうちに、一度そっちに顔を出すようにするよ。兄さん達にも、そう伝えてくれ。
 父さんにも・・・早くリナを紹介したいしな・・・・・・」
 ・・・現実に、紹介できなかったのは・・・残念、だけど。
「わかった、リグシイ達にはそう伝えておく。
 ・・・だけど、そんなに遅くなるなよ?いくらリグシイやディリアがいたって、おばさん、まだショックを引きずってるんだからさ」
「−−−−−−わかってるさ」
 その言葉に強く頷くと、ログシアは小さく微笑みを浮かべた。
「んじゃーな、ガウリイ。今度は、エルメキアの実家で会おうぜ!」
「ああ・・・って、ログシア、お前今から帰るのか?ここに、泊まっていくんじゃないのか?」
 手を振って、いきなり呪文を唱え始めたログシアを、慌てて呼び止めるとログシアは少しだけ眉を顰める。
「あのなぁ、オレも可愛い妻子持ち、だぜ。
 少しでも早く家に帰りたい、ってーのは、家族を愛する男の本能なんだよ。
 ・・・今のうちに呪文でかっとばして、少しでも距離を稼いでおきたいんだ・・・ほっとけ」
「あいっかーらず、ベタベタ夫婦だな、お前ん所も」
「う・る・せ・え・よっ!お前には言われたくないね。
 ・・・んじゃな、ガウリイ、リナさん。オレはもう行く」
「またな、ログシア」
「気をつけて」
 オレ達の言葉にログシアは軽く手を振って・・・そして、リナ達が良く使っている移動の魔法で飛んで去り・・・・・・すぐに、姿が見えなくなってしまったのだった。
 ・・・しばらくログシアの消えた方向を見ていると、リナがくいっとオレの腕を引っ張る。
「どした?」
 すぐに視線をリナに向けると、そこには複雑そうな表情のリナがいた。
「・・・リナ?」
「ね・・・すぐにこの街を発ってもいいのよ?」
「へ?・・・だって、お前さん達、なんかの古い本解読中だろう?」
「そんなのより、お母さん、心配でしょう?」
 と、真剣な瞳でオレを見上げてくるリナに、オレはそっと微笑みを返した。
「・・・大丈夫。母さんには、兄さんや義姉さん、リドリイやログシアもついてるからな。
 それに、母さんの性格は良くわかってるつもりだし」
「え?」
「やりかけの仕事をほっぽりだして駆け付けたりなんかしたら・・・逆に、怒られちまうって」
「・・・・・・そういうもの・・・?」
「ああ、そういうもん。
 ・・・だから、今のやつが落ち着いたら−−−−−−オレと一緒に、エルメキアに行ってくれるか?リナ・・・」
 オレの言葉に、一瞬驚いた表情になったリナだったが、次の瞬間、花のように艶やかに微笑み−−−−−−そっと、オレの首に腕を回してきた。
「・・・いくら帰巣本能に優れていても、あんた一人じゃ、迷子になっちゃいそうだもんね・・・。
 いいわよ、一緒に・・・行ってあげるわ。
 そんで、お父さんの前で、こう自己紹介をしなくっちゃね!
 『あたしが、噂に名高い美少女天才魔道士にして、ガウリイ=ガブリエフの生涯の相棒の、リナ=インバースです』・・・ってねっ!」
「リナ・・・!」
 不意に、リナがいたずらっぽい光を湛えていた瞳を閉じる。
 そんなリナに、一度軽い口付けを落として−−−−−−オレ達は、顔を見合わせて小さく笑いあったのだった−−−−−−。



 父さん。
 オレは父さんの言葉を忘れない。
 忘れそうになったときは、何度だって父さんの言葉を聞き直す。
 そして、ガブリエフの名に・・・父さんの名に恥じないよう、オレはリナを護り、眼前の敵を蹴散らして、リナと共に生きていくよ。
 ・・・だから、父さん。
 母さんを見守る何十分の一かでいいから、オレ達のことも、見守っていてください−−−−−−。



 ・・・・・・敬愛する父への最後の祈りは、夜空の月と愛しい少女だけが、静かに聞いてくれていた−−−−−−。





Fin.


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