涙と明日を抱きしめて

中編

作:miyukiさん

「・・・・・・ガウリイ・・・・・・?」
「リナ・・・・・・」
「どうしたのよ、こんな夜遅くまで戻ってこないなんて−−−−−−」
 そう言って、遠慮がちな足取りで、『明かり』を灯しながらオレに近寄ってくるリナ。
 オレはリナがそっと隣に座り込んだのを確認すると、また湖へと視線を向ける・・・。
 ・・・昼間、ログシアとの話を終えたオレは、宿に戻らずその足でここへ向かい−−−−−−今の今まで、湖とその上にふわふわと浮かぶフェアリー・ソウルを眺めていた。
 あまりにも、色々なことが頭の中を埋め尽くしていて・・・はっきりいって、何を考えればいいのかすらわからない。
 オレは−−−−−−−−−

 こてん・・・

「・・・・・・リナ?」
「ん?」
「どーか、したか?」
「どーかしてんのは、あんたでしょ?」
「・・・・・・・・・・・」
 軽い沈黙。
 でも、オレに身体を預けたままのリナが無理に言葉を求めていないのがわかるから、この沈黙は痛くない。
 痛くは、ない、が・・・
「・・・っ、リナッッ!」
 飽和状態だった感情が堰を切る。
 オレは、衝動に突き動かされるままに、リナの身体を抱きしめてしまった。
 ・・・・・・小さくて、華奢なリナの身体。
 だけどその身体は生命の熱を発していて・・・・その、熱は・・・今のオレにとって何よりも愛しいもので−−−−−−。
 ・・・ふと、気付けば・・・随分力を込めてしまっていたと、思う。
 だがリナは、文句を言うでもなく、じっとオレの腕の中に収まってくれていた・・・。
 今のオレに、何かを感じてくれているのだろうか・・・・?
 そう思った瞬間、腕からすっと力が抜け、小さな声が口から滑り出た。
「・・・悪い・・・・・・痛かった、か?」
「んー?そりゃ痛いわよ」
「・・・・・・悪かった・・・・・・」
 リナの言葉に、身体から腕を外すと・・・逆に、リナがオレの胸に抱きついてきた。
「リ・リナ?」
「・・・・・・単細胞のクラゲなんだから・・・っとにもう。
 あのね、痛いのは身体じゃないわ。
 あんたが、辛い思いをして、苦しんでいるのがわかるから・・・・・・胸が、痛いんじゃない・・・」
「リ・・・ナ・・・」
「あんたがちょっとでも落ち着くんなら、いくらだってあたしの身体を抱いてなさいよ。
 あんたが楽になれるんなら・・・いくらだってあんたの精神安定剤になってあげるわ。
 ・・・あたしはね、あんたに慈しまれ護られてきたことで、少しは大人になったのよ・・・。
 何も出来ない、何も察せられない子どもじゃ、なくなったのよ・・・。
 ・・・・・・ねぇ、あたしの大事な保護者さん?
 たまには、あたしにもあんたを保護させなさいよ。
 あんたがいつもあたしにしてくれるように、あんたの痛みも苦しみも、あたしが一緒に背負ってあげるから−−−−−−」
「・・・・・・っ!」
 ・・・包み、込まれるような・・・深くて暖かいリナの言葉。
 そして、胸にかかるリナの重み。
 その2つに・・・オレの心は強く動かされて−−−−−−。
「わる・・・い・・・」
「なに謝ってるのよ。別に恥ずかしいことじゃないわ。
 ・・・あんたは、普通の人間なんだから、当たり前のことでしょう・・・」
 そう言って、リナは膝立ちになり、オレの頭をぎゅっと胸に抱え込んだ。
 そうされることで、リナの生命の鼓動が直に感じられて・・・・・・。
 オレは、零れ落ちる涙を、止めることが出来なくなってしまうのだった・・・・・・。
 ・・・頬に、眦に、頤に・・・涙を拭い去るようにリナの唇が降りてくる。
 柔らかな、暖かい感触。
 何度も繰り返されていくうちに自制しきれなかった心が落ち着いていく・・・。
「・・・少しは・・・落ち着いた?」
「・・・・・・ああ・・・・・・」
 オレはそっとリナの頬に手を当てて、リナの顔を仰ぎ見、応えた。
「ふふ・・・ウサギみたいよ、ガウリイ」
 両の瞳に、軽い口付け。
 ・・・久しぶりに泣いたせいで、どうにも目が腫れぼったい。
 リナが言うように、きっと赤くもなっているんだろう・・・。
 オレは、気恥ずかしさと感謝の気持ちが綯い交ぜになってしまい、上手く表情が作れない。
 情けない顔、してんだろうなぁ・・・。
「・・・別に、見てるのがあたしだけなんだから、気にすること無いでしょ」
 と、オレの気持ちを悟ったように、小さく微笑みながらオレの鼻をピンと弾いてリナが言う。
「・・・そうだな・・・リナだから、いいんだよな・・・」
「そうよ、その通り。あたしだから・・・あたしだけだから、いいのよ・・・・・・」
 −−−いつもと、立場逆転だけど。
 男としては、ちょっと情けないかもしれないけど。
 でも。
「・・・・・・ありがとうな、リナ−−−−−−」
 リナだから、こんな姿を見せても、大丈夫なんだよな。
 他の誰でもない・・・共に未来を進んで行こうと誓ったお前だから−−−−−−。
 ・・・・・・ゆっくりと、外されたリナの腕。
 その腕を逆に掴み、オレはリナに感謝の口付けを贈った・・・。



「・・・ね、ガウリイ」
「ん・・・?」
 ひとしきり抱きあい、口付けを交わした後、オレ達は抱きあいながら静かに湖を眺めていた。
 そこに聞こえてきたリナの呼び掛け。
 なんとなく、リナの言いたいことがわかって、オレはリナの柔らかな髪に頬擦りをする。
「・・・あの、さ・・・言いたくなかったら、無理には聞かないんだけど・・・・・・その、さっき、外に出ていって・・・・・・何が、あったの?」
「・・・・・・聞いて、くれるのか?」
「ガウリイが、話してもいいって思うんならね。
 そりゃあ、めちゃくちゃ気になるけど、ガウリイが話すことで辛くなるんなら、聞かないわ。
 いつか、ガウリイが話してもいい、って思えるようになったときに、改めて聞くから」
 そっと、オレの腕に軽く口付けをしながら、リナは小さく、だがはっきりとそう言う。
「・・・リナが、聞いてくれるなら・・・話したい。
 お前になら・・・リナになら、話せるから−−−−−−」
「ガウリイ・・・」
 腕の中のリナが、ジッと見上げてくる。
 そんなリナに、もう一度口付けを落として、オレは彼女の前に一つの宝珠を掲げてみせた。
「これ・・・・・・記憶球・・・?」
「・・・に、ちょっとばかし手を加えたモン・・・だそーだ。
 解呪のキーワードを唱えることで、中に封じられた映像と音声が解放される仕組みになってる」
「へぇ・・ガウリイが良く知ってるわね」
「ん?こいつはな、ウチに代々伝わってるモンの一つでな。
 ・・・その昔、ご先祖の『大賢者』とやらが作った代物だそうだ」
「ふぅ〜ん・・・じゃあ、昼間のあの人は、コレを渡しに来たっていうこと?」
 リナが興味深げに宝珠を触りながら、そう問うてくる。
「・・・ああ、あと、ちょっとした伝言も兼ねてな」
「伝言?」
「・・・・・・光の剣・・・元の世界に戻しちまったからな。
 その報告と・・・それに対する、当主の判断って奴を仰いでたんだよ」
「あ・・・!」
 オレの言葉に、リナの顔が一瞬ゆがむ。
 そんなリナの頬をそっとなでて、オレは小さく首を振った。
「大丈夫。別に怒られたりはしなかったから。
 ・・・ただ、あんまり急な話だから、折りを見て親戚連中に事情を話すまでは、今まで通り、オレが剣を持っていることにしておいて欲しい・・・ってさ」
「そっか、そうよね・・・あの剣、ガウリイの家の家宝だったんだもんね・・・そりゃ、家の人達も、驚くわよね・・・・・・。
 でも、怒られなかったんだ・・・良かった・・・」
「ま、親戚連中への説明に関しては、頼りになるのが実家に残ってるし・・・問題無く済むはずだ」
「頼りになる人・・・?」
 首をかしげるリナ。
 ・・・そうだよな、実家のことなんか、リナにはほとんど話したこと・・・ないもんなぁ・・・。
「さっきのやつ・・・ログシアっていうオレの従兄弟なんだけど、あいつ、世渡りにかけては天下一品の才能を持っててな。話術に関してはもぉ、オレの地元じゃ右に出るやつなんか、いないくらいなんだ。
 それに加えて、頼りになる兄さんもいるからな。
 この二人がそろってれば、どうにかなるさ」
「ふぅん・・・さっきの人、ガウリイの従兄弟だったんだ・・・。
 お兄さんのことは、ちょっとだけ聞いたことあるけど・・・そっか、なら、安心だね」
「ああ」
「・・・・・・じゃあ、さ、この・・・宝珠の中の映像が・・・ガウリイが落ち込んでた・・・原因・・・?」
「−−−−−−−−−」
「・・・ガウリイ?」
 少しだけ眉を寄せて、無言のオレを見上げてくるリナ。
 オレは、リナに心配をかけたくなくて、笑みを浮かべようとして−−−−−−多分、失敗したんだろう。
 なぜならリナが、そっとオレの背に腕を回し・・・子どもを宥めるかのように、ぽんぽん、と優しく叩いてきたのだから・・・。
「・・・ね、話すのが辛いなら、無理しなくていいわよ?」
「いや、そうじゃない・・・そうじゃなくて・・・・・・実は、オレもまだ、コイツに何が入っているか、みていないんだ・・・」
「え?」
 オレは、そっとリナの手から宝珠を取り、目の前に掲げてみせる。
「・・・コイツには・・・父さんからの伝言が、入っているんだそうだ」
「お父さんの?」
「・・・・・・そう・・・父さんの・・・死んだ父さんの、最後のメッセージだそうだ」
「!!?」
 その言葉に衝撃を受けたように、オレを見つめてくるリナ。
 オレは、そっとリナの肩に額を乗せ、昼間ログシアに告げられた内容をリナに話す。
「・・・オレ達が、新大陸の方に行ってすぐ・・・父さんが、内蔵に悪性の腫瘍を患って倒れたらしいんだ。
 父さんは、治療の甲斐なく・・・二月近く前、命を・・・落として−−−−−−。
 そして、コレには父さんが死ぬ前にオレ宛に残したメッセージが・・・入っている。
 ログシアは、この宝珠を父さんの死後、兄さんから託されて・・・オレを探してくれていたんだが、新大陸に行っていたオレを探しだすことは出来なくて。
 仕方なく、一度実家の方に戻ったら、丁度オレからの手紙が届いていて・・・・・・その手紙の件を含めて、宝珠をオレに渡すためにこの街に、来てくれたんだ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・でもオレ、いきなりのことだったから、まだこのことが上手く自分の中で整理できなくて・・・・・・父さんが、死んだなんて信じられなくて・・・受け入れられなくて。
 ・・・父さんからのメッセージを、聞くことが出来ないでいたんだよ・・・・・・」
 どうしても、声の震えを止められないでいるオレ。
 リナは、そんなオレの頭をそっと、そっと撫でてくれる。
 オレはそのリナの手を心地よく思いつつ・・・一度、ぎゅっと瞳を閉じ、リナの肩から額を離した。
「・・・ガウリイ・・・?」
「なぁ、リナ・・・・・・一つだけ、オレの頼みごと・・・聞いてくれるか?」
「え・・・?」
「・・・・・・聞いて、くれる・・・か?」
「−−−うん。うん、いいよ」
 ある意味、無茶なオレの言葉に・・・それでも、リナは小さく微笑み、頷いてくれた。
「ありがとう・・・」
 オレは、まっすぐにオレを見つめてくれているリナを、まっすぐに見つめ返して呟いた。
「・・・父さんからのメッセージ・・・オレと一緒に、聞いてくれないか・・・?」
「−−−−−−!!」
「・・・ダメ、か?」
「ううん・・・ううん、あたしでよかったら・・・あたしで、いいんなら・・・!」
「リナがいい・・・リナ以外・・・嫌だ・・・」
 きゅっと首にしがみついて来たリナの身体を一度抱きしめた後、そっと回転させて、背中から抱きしめ直す。
 そして、宝珠を足元に転がして−−−−−−。
 一言、解呪のキーワードを・・・口にした。
「・・・・・・『光よ』・・・」





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