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「………伝説の者、紅き衣を纏いてこの地に来(きた)る ………また、伝説の者、蒼き衣を纏いて来るーーーーーー紅き者と共に」 老人が、朗々と語る。生きてきた時間を証明するかのように深く刻み込まれた皺が、彼の昔語りに信憑性を持たせている………のかもしれない。 少なくとも、あたしにはこんな風に重々しく語ることなんて出来ない。想像してみて欲しい。あたしみたいな美少女が『今は昔………』なんて話すことといったらせいぜい、近所の子供達を寝かしつけるため位のもんである。しかもあたしの声は高い。キャピキャピ声でサーガなんぞを語り出したら威厳もへったくれも無くなってしまう。 ともかく、あたしは立ち寄った街の食堂で連れと一緒にこうして年寄りの冷や水……いやいや、老人の昔語りを聞いているのであるーーーーーーって、 がすっ! あたしの投げたトレイが向かい合って座っていた人間にクリティカルヒット! ヒットした人間から抗議の声があがる。 「いでっ! 〜〜〜〜〜〜っておいっ何するんだっ、痛いじゃねーかっ!」 「やかましいっ! あれだけ他人(ひと)が話してる時は寝るなっつったでしょーがっ! 変なところだけ聞いてるクセに肝心なところで抜けてるのよね………一体誰に似たんだか、まったく」 「寝てるヤツぁ他にもいるだろーがっ、何でオレだけ叩くんだよ、しかもトレイのカドで!」 「自業自得ってやつよ。だいたい、見ず知らずの人間や罪のない女性をトレイのカドで殴ったらしょっぴかれちゃうでしょーが」 そう言い返してやると、さすがに彼も黙った。まだ後頭部を痛そうにさすっているとことを見ると………………ちょっとやりすぎたのかもしれない。 「………紅き者と蒼き者現れるとき、多くの財産をもたらしまた、 ………去りしとき、破壊の限りを尽くすであろう………………………」 結構騒がしくしていたが、老人は耳が遠いのか気を悪くした様子もなくしゃべり続けている。まあ、彼の話を聞いてるのはあたしたちだけなので別に多少騒がしくても他人から文句を言われることはないのだけれど。 流石のあたしも老人の話に飽きてきてしまい、悪いと思いつつも頬杖を付きながら聞いていたりする。 「世界を見てくるといいわ」という言葉に背中を押されて旅に出たあたし達は、様々な場所を無目的に見てまわるうち、あるコトに気が付いた。 『それ』は必ず、あたし達が立ち寄る宿屋や食堂ーーー下手をすればマジック・ショップや武器・防具の店にまであった。最初、『それ』に気付いたのは連れの方で。 それからあたし達は、店に入ると商品(アイテム)より先にまず、『それ』を探すようになっていた。 『それ』とは、つまり………貼り紙。それも、かなり長い年月貼ってある、十数年は経過しているのが一目で分かるような代物ばかり。これを眺めていると、たまに当時のことをよく覚えているという老人をはじめ、中高年の人間があたし達に話をしてくれる。今、目の前にいる老人のように、まるで数百年前から語り継がれてきたように語る者もいれば、当時のことを恐らく誇張表現というものを一切使わず、簡潔に話す人間もいた……………どちらにしても、話の内容そのものに間違いは何一つ無いのだが。 老人に礼を言うと、彼は「久しぶりに語ることができて嬉しかった」と逆にあたし達に感謝の言葉を返してから去った。テーブルに一瞬の静寂、そしてそれを破ったのは、 「うう〜〜ん………お話、終わったの? ミナ」 大きく伸びをして上半身を起こしたのは、あたしの姉:マナ。父親譲りの金髪と碧眼、母親譲りの顔立ちで、いわゆる”掛け値なしの美人”だ。容姿・性格共に母親そっくり……らしいあたしには羨ましい限りなのだが。それでもあまりコンプレックスを感じずにいられるのはきっと、彼女の性格が父親譲りでのんびりしているからだとあたしは思っている。 「うん、ねーちゃん。さっきじーちゃんには帰ってもらった」 「で、結局どっちが勝ったんだ?」 口をはさんだのは、先程の男ーーー一応、三人の中では年長者になる兄:アンディである。母親譲りの亜麻色の髪と父親譲りの顔立ちで、なかなかのハンサムだったりする。もうちょっと長子らしく、しっかりしてくれると末っ子であるあたしの苦労も減るのだが。………………ねーちゃんがしっかりしてくれても全然構わないんだけど、まず無理だし。 「………………結局あれからまた寝たのね、にーちゃん」 「なぁんだ、お兄ちゃんも寝てたのね。わたしとお揃い♪」 「うっ………マナと一緒ってのはちょっと………でも、分かるだろ? あのじーさんの話口調、『寝てください』と言わんばかりだっただろうが。あれでオレが寝ないはずがないだろっ!?」 「自慢げにさらりと言うなあぁっ!」 スッパーーーーーン! 景気良くスリッパの音が室内に響く。にーちゃんは再び頭を押さえ、ねーちゃんが一人、パチパチと拍手をしてくれた。あたし達の中ではもはや日常茶飯事である。 「〜〜〜〜〜お前そうポンポンと兄の頭を叩くなよ、馬鹿になったらどうしてくれるんだ!?」 「あら、それ以上悪くなれるっての? お・に・い・さ・ま?」 「な・ん・だ・とぉ?」 少しからかい過ぎたらしい。にーちゃんの目が据わってきたーーーこれはちょっと、マズイ。と思った時、タイミング良く助け船が。 「それで? どうだったの、ミナ。どっちが勝ったの?」 「あ、そうそう。それを聞きたいんだよ、寝てたオレ達としては」 おっしゃ、話題がうまく逸れたっ! ねーちゃん感謝! 彼女はごそごそとリュックから冊子を取り出すとテーブルにひろげ、簡易ペンを左手に持った。ひろげられた冊子にはいくつもの「スジ」が入っている。 「うん、えっとねーーこの店の名前、何だっけ?」 「確か、”白銀(しろがね)の鼠庵”ーーーだったと思うぞ」 「あ、そうなんだ……”白銀の鼠庵”での食事バトルはAセット5食、Bセット3食、Cセット8食。合計16食のとーちゃんの勝ち」 隣ではねーちゃんがせっせと”白銀の鼠庵”……とメモしている。にーちゃんは椅子に寄りかかって両手を頭の後ろで組み、呆れたように言う。 「……………相変わらずよく食うよなー、オヤジも。で、オフクロは?」 「かーちゃんはAセットからFセットまでを各2食ずつとデザートが3皿……だったかな。あ、あと二人とも食後の香茶を5杯ずつおかわりしたんだって」 「じゃあ、量的にはオヤジの勝ちかー」 「うん、でもね。その後の乱闘騒ぎでかーちゃんが割った食器の数が30数枚だったらしいから、そっちはかーちゃんの勝ちね。とーちゃん、途中でかーちゃんに皿で殴られて気絶したんだって」 そこまで言って、あたしは深く溜め息をついた。にーちゃんも多分同じことをしているだろう。何も分かってないのは多分、ねーちゃん唯一人。書き終えて一人満足そうに一息つき、こちらに向かっていつも言うのだ。 「すごいねぇ、お父さんもお母さんも! 今もすごいけど、昔もやっぱりすごかったんだねぇ!」 と。 すごい。確かにすごい。尋常じゃない、あたし達の両親は。 貼り紙にはいつも、こう書いてあるのだ。 『当店で一番食事量が多かったお客様:ガウリイ=ガブリエフ殿,リナ=インバース殿』 まあ、ここまでは良い……………いや、よくないけど。 だがしかし。 もう一つ、必ずその下に付け加えてあるのだ。 『当店への寄付:金貨**枚、銀貨△△枚 尚、これは上記二人が破壊した店内の弁償費用である』 と。 あたし達を旅に出したのはかーちゃんである、リナ=インバース。心配しながらも見送ってくれたのはとーちゃんのガウリイ=ガブリエフ。 最初こそ、冗談で 「とーちゃんとかーちゃんの旅の跡を追う」 と気取っていられたのだが、その不幸な好奇心のおかげで。 『デモン・スレイヤー』という偉大なる名を持つあたし達の二親には、『大食い魔王』『宿屋破壊大帝』という、非常に恥ずかしい”2つ名”を持っていることが分かった。分かりたくなかった、絶対に。特ににーちゃんとあたしは。 あたしはもう一度大きく溜め息をつき、壁の貼り紙に目をやって思う。 親の恥は子供の恥。 とーちゃん、かーちゃん………………………もうちょっと未来のことを考えて行動して欲しかったわ(涙)。 |