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オレ達は旅をしている。今日はこちらの街、明日は向こうの村、と移動して暮らしている。街道を歩いて、次の目的地に向かう。 晴れの日も、リナは嫌がるけどたまに雨の日もある。そして当然、こんな日も。 「うきゃあっ!」 ばさあ、とマントが重そうな音を立てて翻る。途端、リナはバランスを崩して転びそうになった。慌てて体勢を立て直して、ぷうと頬を膨らませる。 「何なのよ、今日のこの風は!」 今日は朝から風が強い。空は晴れているし、気温もいい具合なのだが、真っ向から吹いて来るこの風は頂けない。遮るものの何もない草野原の真ん中の街道で、時折砂まで巻き上げて唸るそれに、リナは既に辟易しているようだった。 「急いで次の町まで行かなきゃなんないってのに! どうして今日に限って〜っ……うわきゃ!?」 「おっと」 今度こそ尻餅をつきそうになった彼女を、オレは後ろから支えて助けた。腕だけオレに預けてぶら下がったリナは、恨めしそうにオレを睨む。 「どーもアリガト」 「礼を言う顔じゃないぞ、リナ」 「だって! どーしてあんたは平然としてんのよ、こんな強い風よ!? あたしばっかり飛ばさて不公平だわ!」 「そりゃお前」 くくっとオレは笑う。 「体重が違うんだから、当然だろ? オレまで吹っ飛ばされるような風だったら、お前さん、立ってもいられないぞ」 「分かってるわよ! 分かってるけど、悔しいの!」 オレ達の体格差なんて今更なのに、リナにとっては唐突に理不尽なことになったらしい。眉を顰めて、支えられていた腕を振り払う。 まあ、確かにリナには辛いだろう。いつもの不遜な態度に騙されがちだが、リナの体つきはそこらの女の子よりも華奢だ。疲れるようなことや、暑さ寒さに弱いのは当たり前だと思う。だから、雨の日や風の日を嫌うのも仕方のないことだ。 だけど、実は。そういう日にリナと歩くのを、オレは割と楽しんでいたりする。 今日も、ほら。悪態をつきながら、果敢に風に立ち向かおうとするから。 「リナ、リナ」 ちょいちょい、と手招きして、オレはリナを引き止めた。 「流石にちょっと辛そうだから、オレの後ろに入れよ。少しは凌げるかも知れないぞ」 「…………」 オレの提案に、リナは益々不機嫌そうな顔をする。意地っ張りだな、と内心だけで苦笑した。 「いいじゃないか。こんないい風除けが、ちょうど隣を歩いてるんだから。利用しないテはないだろ?」 「……………………そーね。そうさせて貰う」 まだ複雑そうな顔をして、しかしリナはすんなりとオレの後ろについた。小さな足の速度に合わせてゆっくり目に歩き出すと、リナがぴったりと後をついてくるのが分かった。 「しかし、凄い風だなあ」 「…………」 「次の街、遠いのか? せめて森にでも入れば、少しはマシになるんだろうがなあ」 「……………………」 「でも、雨まで一緒じゃなくて良かったよ。なあ?」 「……あんまり大口開けて喋ってると、口に砂が入るわよ」 「ははは、そりゃ困る」 また、びゅうと耳を音が掠めるほどの強い風が吹いた。うひゃ、と小さく悲鳴を上げて、リナが身を縮める。服の端が小さく引っ張られて振り返ると、リナの小さな拳がオレの腰の辺りにしがみついているのが見えた。 何だか妙にほんわかした気持ちになって、オレは口元を緩めたまま、風の中を進み始めた。 ようやっと街に着いたのは、予定をかなり遅れた昼過ぎのこと。その頃には風は益々酷くなっていて、オレとリナは転げるように宿に駆け込んだ。 「あ〜〜〜〜っ、酷い目に遭った!」 「流石になあ。……あ」 隣で伸びをするリナを見て、オレはぶふっと噴き出してしまう。 「リナ、お前さんすっげー頭してるぞ」 「なっ!?」 ずっと後ろにいたので気付かなかったが、風に吹かれ続けたリナの髪は、元々波打っていたのが一層ぴんしゃんと気ままに跳ね回って、鳥の巣みたいになっていた。くすくすとしつこく笑い続けるオレを、リナは慌てて髪を撫でつけながらぎらりと睨んだ。 「何よ、あんただって人のこと言えないでしょっ!」 ぷりぷりと怒って、宿の手続きに行ってしまう。空いていた部屋を二つ押さえると、リナは足音も荒く階段を上り始めた。 部屋の番号を聞き逃してしまったオレが慌てて後を追うと、リナはもう髪を整えて、部屋を出てくるところだった。 「あ、もう昼飯か!? 待ってくれよ、オレもすぐに――」 「違うわよ」 まだ怒ったままの顔で、リナ。よくよく見ると、手にブラシを持っていた。ぺん、と手を叩くみたいに、掌にその背中を打ち付ける。 「その頭のままで食堂に行く気? ……梳かしたげるから、さっさと部屋に入って!」 きょとんとするオレを置いて、リナは勝手にオレの部屋の鍵を開ける。それが、リナなりの昼間の礼なのだと気付いて、オレはまた頬が緩むのを感じた。 「なぁにニタニタしてんのよ、気色悪いっ!」 扉の中からリナの怒声が聞こえてきて、オレはリナの気が変わらない内に、さっさと彼女に従うことにした。 ――だから。オレは、風の日は嫌いじゃない。
Fin. |